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小さな下駄

作者: 陽詩麗

 

「あーしたてんきになーあれ!」


 少女は一人、夕日に向かって自分の履いている下駄を蹴り上げた。

 下駄はくるくると虚空を回り、地面に落ちた。

「明日は雨かー。残念」

 少女はそう言うと空を見上げてふるふると首を振り、片足でジャンプをしながら飛んでいった下駄のところまで行き下駄を履き直した。

 母さんに頼まれた栗ご飯のおすそ分けに隣の家へ行った帰り、その少女の一連の行動をたまたま見た僕は、初めて見るその遊びに興味を持ってしまい思わず足が少女のほうへと向いていた。

「ねえ、その遊びなーに?」

 少女は僕のほうを振り向くと、一瞬驚いたあと笑顔で教えてくれた。

「これはね、下駄投げって言うの。おばあちゃんが教えてくれたの」

「下駄投げ?」

 僕は自分の履いているスニーカーを見下ろす。下駄なんて古いものはきっと僕の家にあるとは思えない。

「そうよ。下駄を投げて明日の天気を占うの。表なら晴れ、裏なら雨」

「へえ。そんなことで天気が決まっちゃあ、雲も大変だね」

 おかしなことを言ったのか、少女がくすっと笑った。

「たしかにそうね。でも外れることもあるわ、ただの占い遊びに過ぎないもの」

 ふーんと頷きながら、少女の履いている下駄をしげしげと眺める。

「ねえ、よかったら貸しましょうか?君が投げたら明日は晴れになるかも」

「いいの!?やったあ」

 少女が下駄を脱いで僕の前に揃えて置いてくれる。僕はその下駄を履いてみる。

 初めて履く下駄は木の香りが仄かにし、黙って立っているだけでも踵がかくかくして思わず転びそうになった。

 そして僕の足には、この下駄は少し小さかった。


「よし、いくよー!」

 えいっと蹴り上げた下駄はくるくると虚空を回り、地面に落ちた。

「やっぱり明日は雨かあ」

 少女はそう言って苦笑した。

 下駄は裏を見せて地面に座っていた。

「明日何かあるの?」

 残念そうな表情をする少女が気になった。

「うん、明日はおばあちゃんとピクニックに行くの。でも雨じゃあ無理ね」

 少女はまた苦笑し、飛んでいった下駄を拾いに行った。

 僕は片足の下駄を脱いで自分のスニーカーに履き替え、ふと思いついたことを口にした。

「じゃあ僕、今日の夜はてるてる坊主を作るよ。そうすればきっと明日は晴れになるよ」

 遠くの少女は振り向くと、にっこりと笑ってこう応えた。

「ありがとう。じゃあわたしも作るね、てるてる坊主さん」



 15年前のその下駄投げの少女には、それ以来一度も会っていない。

 名前も住所も聞いていなかったのだから仕方が無いだろう。だけどきっと近所の子なんだろうと思い、当時の僕は毎日近所を走り回って少女を探していた。

 いつの間にか僕は"かけっこ坊主"だなんてあだ名をつけられていた。



 いつしか僕は、固い土の上を白線に沿って走るようになっていた。

 遠くに見える景色が、ひゅんひゅんと音が鳴っているように動く。足を進めても足を止めても僕の耳には拍手や歓声が聞こえた。

 度々海を渡ることも多かった。僕の足は、それほど大きくてたくさんの人の期待が乗っていた。

 たまに帰る地元でも、まだかけっこ坊主だなんて呼ばれていた。


 そんな地元に小さな靴屋ができた。

 走ることが仕事の僕にとっては今では行き着けの場所でもあり、そして帰る場所でもある。

 その靴屋のオーナーはいつも店頭に下駄を並べており、訪ねてくるお客に必ず下駄を勧めていた。

 夕方、閉店する頃になるとオーナーは夕日に向かって下駄を蹴り上げるんだ。僕は毎日その光景を見るのを楽しみにしている。

 何故だか15年前のあの下駄投げの少女と重なり、とても懐かしく感じるのだ。


「ねえ、てるてる坊主さん。よかったら貸しましょうか?君が投げたら明日は晴れになるの」



 あーしたてんきになーあれ!

さて、下駄投げをご存知でしょうか?


幼少の頃に一度やったことのある方も多いと思われます。

今では下駄投げ大会などが行われたり。はたまた日本唯一の気象神社では、絵馬の代わりが下駄となっています。


大正から昭和の始め頃に一般庶民に履かれるようになった下駄ですが、当時は天気予報がなかったため子どもたちの間で遊びとして始まったそうです。

特に下駄は歯が高いため雨にも濡れにくく、雨の日に履かれるようになったそう。天気と結び付いた履き物なので、こうして天気予報の遊びに取り入れたのではと言われています。

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