そうかもね、と彼女が囁く
ぼくと先輩は、お互い予定がない休日はどちらかの部屋で漫画を読んで過ごす。
先輩の守備範囲は意外と広い。メジャーな少女漫画からマイナーな萌え系まで。読んでみたい、となんの気なしに言えば次の時に貸してくれたりする。
ぼくは少年漫画が多い。だから、ひとつのタイトルで巻数がかさむ。故に、新刊を買い忘れることがままある。
* * *
「雨、本降りになったね」
「そうですね」
ファミレスの窓際の席。今日はふたりで書店を巡っていた。
先輩が楽しみにしていた新刊をぼくが買い忘れたからだ。コンビニで売っているほどのメジャータイトルではなかったし、他にほしい文庫本もあったから、書店に行くことにした。先輩も、「行くと買っちゃうんだよね」とぶつぶつ言いながらもついてきた。
そうなると少し、楽しくなる。
ふたりとも本が好きだし、あーだこーだと新刊を冷やかしたりして。興に乗って、次は沿線で一番大きめの場所で大手書店を眺めることになった。
ふたりで電車に乗っておでかけ、というのは実はこれがはじめてだった。学校までの方向は同じだけれど、お互い自転車で行ける距離だからだ。
「楽しかったですね」
雨に降られてファミレスで雨宿りしなければならなくなったが。
「なんだか、デートっぽくて」
自分で言葉にして気づいた。そしてなんだかだんだん照れてくる。
先輩は少し意地悪く笑っている。
いよいよいたたまれなくなって、目線を飲んでいたコーヒーに落とす。
「そうかもね」
優しい声音で先輩が囁いたから、驚いて顔をあげた。
「楽しかった」
* * *
好きだ、と明確に気づく瞬間を恋に落ちるというのなら、きっとこれがそうだった。
遠くもなくて近くもない今の距離より近づきたいと、そう願ったのは。
先輩にただ触れたいと、びっくりするほど強く思った。