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月夜に嗤う魔女  作者: 七友
第一章 月夜に嗤う魔女
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   悪意の采配(二日目) 03





 町に戻ってもまだ日の出は遠く、辺りは静かな闇に満ちていた。

 もう何十時間も経っている気がする。時間の間隔が狂っているんじゃないかと誰にともなく抗議したくなった。

 ささくれた気持ちのまま屋上から屋上へと跳躍してクレセントを目指していくと、眼下の通りから怒号が聞こえてきた。

「答えろ!! どうしてこの男を貴方たちは殺したっ!」

 銀の声だった。思わず足を殺して現場を一望できる屋上に足をかけて覗きこむ。

 今にも力任せに引き裂きそうなほどの剣幕で、銀が浮浪者の服をつかみ上げていた。浮浪者は苦しそうにもがきながら懸命に言った。

「な、仲間うちで噂されてたんだよっ。あいつらには、一生遊んで暮らせるだけの金を持っているから奪えば楽になれるって!」

「だから、それを最初に誰が言った!」

「知らねぇ! 知らねぇよ俺ァ!!」

「じゃあなにか! そんな曖昧な情報を聞いてお前はこんなことしたのか!」

「そうだよ! 俺たちにはそうやって生きるしかねぇんだよ!! クソが!!」

「―――ちっ!」

 銀が掴んでいた浮浪者を地面に叩きつける。咳きこみ苦しむ男を無視して、近くにいた男に近づいていった。


 屋上から、浮浪者に詰め寄る銀の姿を、どこか冷めた気持ちのまま見つめる。どうしてそこまで感情的になれるのか。熱くなれるのか。

 どうやったら、そんな風に感情を表に出せるのか、織花は解らず首を傾げた。

 疑問に思いながら屋上に座った織花は、屋根の煉瓦を拳で砕いて破片を手に持った。おもむろに銀に向かって投げた。

 力任せに投げたが、銀はこちらを見ずに破片を左手でがっちりと受け止め、織花を見上げた。

「……戻って来たのか」

 銀は破片を捨て、一足飛びで織花のいる屋上までやってくる。

 まだ興奮が冷めないのか、荒い呼吸をくり返している。今が真冬ならば、湯気が出ていそうなほど熱く火照った顔をしていた。


 憮然とした様子のまま胡坐をかいて、がしがしと頭を掻く。やがて銀はむっつりと口を閉じたまま、織花を見つめた。その瞳の色が真剣味を帯びていく。

「……何かあったのか?」

「綾姫を追いかけましたが、逃がしてしまいました。わたしの責任です」

「そうじゃねぇって。なにか、あっただろ」

 どうして銀はここまで勘が鋭いのか。織花は心中で嬉しく思いながら、すまなそうに俯いた。


「気のせいですよ。本当に」

「………そっか」

 銀はそれ以上無理には追及せずに、小さく笑った。

「……話を変えるけどさ。何なんだよ昨日の黒い男たちの数は。魔女たち五十人以上操ってただろ。あれって反則になるだろ」

「反則ではありませんよ」

 織花は疲れを消す様に長く息をつく。


「昨日追いかけながら、一人一人息の根を止めていきました。死ぬ間際までに確認しましたが、フラニーの紋章はありませんでした」

「何気に物騒なことを平然と言うんだな」

「それはお互い様です」

 織花は宿屋クレセントを見やる。そこには銀が仕留めたのだろう黒い服の男たちがクレセントの周りに転がっている。朝には大騒ぎになることだろう。

 指摘を受けて、銀は苦笑した。


「ごもっとも。それじゃあ、いったいどういうことなんだ? 明らかに俺たちとあの家族を狙っていたじゃないか」

「雑兵は誰の命令を受けて動きますか? そういうことですよ」

「…………。じゃあなにか? フラニーはどこぞの犯罪組織でも乗っ取ったのか」

「元からトップの命令に従順に動く組織の幹部を操れば、いくらでも兵士は増員できます」

「あーあーあー。五対二でずるいとか思ってたが、それどころの話じゃなかったわけか」

「一度操った人間は死ぬまで変えない、というルールがあるんですが、そんなのあってないようなものです。自害させれば交換はいつでも可能です」

「……下衆なやり方だ。気に入らない」

「上手い方法だと感心しますけどね」

 フラニーがよく使う手段のひとつだ。最初から操る人数を明確にしておき、命令で動く人間を数多く用意することで容易にかく乱させることができる。

 これでも織花にとって有利な状況なのだ。最初の頃のゲームは本当にひどいワンサイドゲームだったのだから。

 織花はため息をついて、情報を整理する。


 昨日、貴族らしき少年を攫ったときに手傷を負った仲間をあっさり犠牲にしてまで目的を果たそうとする思考。死をも恐れず、ではなくて、主のためなら死も喜びとする価値観を持っている連中なのだ。トップを操るだけで屈強な手札を手に入れることができる。

 綾姫を攫っていった時もそうだ。一人一人が協力して、タイミングよく織花を妨害しながら、あの場所へと誘導した。逃げきる余裕を持ちながら。


 廃墟になっていた寒村に導かれたのは、他でもないフラニーの意思だろう。織花の記憶にある場所に案内したのだ。追いかけないわけにはいかない理由を作って導いた。もしかしたら綾姫を攫った目的の一つも寒村を見せることだったのかもしれない。

 そこに何の意味があるのか、情報が少ないためまだ解らない。

 フラニーの動向が窺えない状況下のなか、織花たちは絶対に後手に回らざるを得ない。それに、操っているかどうかは額を確かめるしかない。

「何がゲームは平等にするだ。ワンサイドゲームもいいところじゃないか。操る五人は入れ替え自由、俺たち以外なら誰でも可能。国王でも乗っ取られたら理不尽にやられるだけになるな」

「一度ありましたね。それ」

 フラニー主導のもと催された五回目のゲームで、国家と犯罪組織と敵国のトップを操り、恐怖の三つ巴の戦争に巻き込まれたことがあった。四面楚歌の地獄絵図の戦場に巻き込まれ、数十万以上の死者が出た。それなのに、フラニーが操ったのは各元首の三人だけだった。だから、フラニーにとって参加人数はあまり関係ない。たった一人でも絶対的な力を持っているからだ。


「もう一つ気になるのが、宗一郎のあのおかしな最後だ。なんだっていきなり町の人を襲いかかったんだ」

「自分がなりたくない存在に、自分を投影してしまって自我を失ったからですね。プライドが高すぎる人みたいでしたから」

「……やけに詳しいな。家族のことには深入りしないって言っていたのに」

「―――解るものは解ってしまうんです」

 激しい頭痛に苛まれながら、織花はこめかみを抑えて膝をつく。

「おいおい、大丈夫か」

「大丈夫ですよ。本当に」

 脂汗を拭いながら、織花は苦しげに答える。

 宗一郎の死に至った事件は、喜劇にも悲劇にもならないあっけない寸劇だった。


 恐らくフラニーが背中を押さなくても、宗一郎はああして身を滅ぼす道に進んでいただろう。少なくても、そういう危うい岐路に立っていた。そういう人たちなのだ。魔女が用意するゲームの参加者は。

 こみ上げてくるため息をこらえる。まだまだ考えないといけないことがある。

 綾姫はいったいどこへ連れ去られたのか。

 居ても立ってもいられず、力任せに立ち上がろうとする。そんな織花を、銀が肩を押さえて踏みとどまらせた。

「無茶なことはするな。そんなふらふらな状態じゃ何もできない。今は休むべきだ」

「休みなしでも今までやってこられたんです。だから今回も大丈夫です」

「今にも気を失いそうな奴の言う言葉じゃない。いいから休め」

 銀が顎で促した先には野営用の簡易の寝床が用意されていた。


「で、でも」

「見失ってしまった以上捜しようがない。それに誰からか情報収集するにしても朝にならないと始らない」

 理屈は解っている。無闇に捜したところで見つかりっこないことくらい。

 でも守るべき対象を誘拐されてしまっては、王手を取られている状態に等しい。

 休んだ分だけ、不利な状況に立たされることになるかもしれないのだ。どうしようもなく焦ってしまう。


 銀が肩を竦めから、織花の肩に手を乗せる。

 疲労が溜まっているか、不思議と嫌な気持ちにはならなかった。

「今までは独りで戦ってきたのかもしれないけどさ、今は俺もいるんだ。少しくらい頼ってくれよ」

「……。……わかり、ましたよ」

 織花は返事に困り、ふてくされたようにそっぽを向いた。


 空は白んできているが、まだまだ肌寒い。寝床のなかに潜った織花は暗がりの夜空をぼんやりと見つめる。

 精巧に作られた星空だ。星の美しさに魅せられ、白い息をこぼす。

 何度も想う。ここは本当に架空の世界なのかと。

 いつも疑問に思う。感覚がリアルすぎると。

 いつまでも経っても慣れない。


「………」

 今日は色々なことがありすぎた。

 宗一郎を見殺しにした。

 冷静な気持ちでそう断定する。

何で? 

断言できる。怖かったからだ。

 全身を氷像のように凍えさせる頭痛が今もなお思考を埋め尽くしていた。

 何度味わっても“この感覚”は慣れない。

 それに綾姫は連れ去られてしまい、今回のゲームで一日目にして不利な状況に立たされてしまった。原因は解っている。自分の優柔不断な言動が招いてしまったことだ。綾姫を生きているうちに見付けられればいいのだけど。


(……フラニー)


 フラニーから聞かされた初代魔女リースとの関係。そして魔女の秘宝が生まれるきっかけになった発端を聞かされた。

 抜け落ちた記憶を持っている織花にとっては、すぐに納得することはできない情報だが、初代魔女が住んでいたと言っていた村やこの町を見て、強い慨視感を覚えた。それだけでも、フラニーが言っていることを決定づける証明になってしまう。

 今まで、フラニーが情報を与えてくれることなんてなかったのに、どうして今になってかつての故郷の話を聞かせたのだろう。

 目的は解らない。親身になって話しかけてきた理由も解らない。思考の迷宮に放り込まれた織花は何から考えていいのかも見通しがつかずにいた。


 ここは、フラニーが生み出した過去十五世紀に類似する世界。現実と瓜二つに見える不思議な箱庭。そんな空間に迷い込んで、織花はこれからどうなっていくのか。

 勝てるのか。

 負けるのか。

 勝っても負けても、得るもの失うものがあって、すぐには答えを導き出せない。何度も自問自答したけど、納得のいく回答は今も見付けられていない。

 冷たい風が吹きつけてきて、織花は身体を丸めて身じろぎした。

「そうだ織花。調理器具出しておいてくれないか」

 織花は怪訝な様子で銀を一瞥してから、胸元を軽くなぞり手に調理器具を出現させた。銀のほうへ放り投げると、的確に受け止めた。


「よし。そういえば織花は布団なくても大丈夫なのか?」

「慣れてます」

「そうか」

「変なことしたら許しませんよ」

「するつもりならとっくにしてる」

「チキンなんですね」

「恋の過程は大事にするほうなんでね」

「…………」

「織花?」

「………」

「おやすみ」

 その何気ない言葉に、思わず返事を返してしまいそうになった。ありふれた言葉をかけられたのは、祖母を失って以来三カ月ぶりだった。


 ゲームの最中は、いつだって不眠不休で戦ってきた。連日の徹夜は慣れている。だからこうしてゲーム中に眠るのは初めてのことだった。

 想像していた以上に疲れていたのか、ゆっくりと織花は眠りに落ちる。

 身体は澱のように重たかった。目を覚ましたり、すぐに眠ったり、そんな浅い眠りをくり返した。

 浅い夢の中、織花は先代魔女であるお祖母ちゃんと過ごしていた日の記憶を見ていた。


『織花、貴方が先天的に持っている魔法は、とても危険なものよ』


 温和で慈愛に満ちた嗄れた声。擦れるような風変わりな響きを伴うお祖母ちゃんの声が織花は大好きで、いつまでも聞いていたいと、暇さえあれば膝に頬を乗せて話をせがんでいた。

 家族や町のみんなは、お祖母ちゃんのことを恐ろしい存在だと噂しているが、織花にとってそんなのは嘘でしかなかった。織花に対してこんなに優しく接してくれるのは、お祖母ちゃんしかいない。


『人の死に触れれば、貴方の力は増していく。全てを呑みこんで、自分のものにしてしまう。感情や力。そして記憶のすべてまでも』

「?」

 お祖母ちゃんの話は織花にとってはむずかしすぎてさっぱり理解できなかった。

 真剣な顔をして、お祖母ちゃんは織花をまっすぐ見つめる。

『いいかい。織花、よく覚えておきなさい。決して揺らがない自己を確立しなさい。傷ついて屈しても、痛くて泣いても、必ず戻れる心の拠り所を見つけなさい。そうすれば、……独りでも生きていけるかもしれない』

「わたしひとりなんてやだよ、お祖母ちゃん。いつまでもお祖母ちゃんといっしょがいい!」

『ああ、傍にいるよ。織花の力があれば、私はいつまでも傍にいると約束できる。必ず織花の夢を助ける力になるよ』

「ほんとっ。えへへ」

 ずっといっしょに居られるという言葉を聞いて、織花はふにゃりと頬をゆるめて微笑む。

『……魔女の名は、呪いでしかない。初代から受け継いできた重責を、貴方に受け継がせるしか方法がないなんて』

「お祖母ちゃん、むずかしい話すぎてさっぱりだよ。楽しい話をしてよ」

 頬をお餅みたいに膨らませて、織花は抗議する。お祖母ちゃんは優しい目をしながら、織花のさらさらとした髪を撫でた。


 気持ち良さそうに身じろぎをする織花を見て、お祖母ちゃんは静かに涙を流していた。

『……織花、貴方しかいない。私には、貴方しかいない。おばあちゃんたちが遺した負の遺産を、一人で背負わせることになってしまう……。本当に辛かったら、私や魔女のこと、呪っても構わないからね』

「お祖母ちゃんのこときらいになんてならないよ」

『今はなにも決めなくてもいいんだよ。さて、それじゃあ今日は何をして遊ぼうかね……』

「この前のお話しのつづきがいい! お姫様を救いにくる王子様のお話し!」

『またかい? 本当に好きだねぇ。おばあちゃん、もう本を読まなくても諳んじることができるようになっちゃったよ』

「ね、お祖母ちゃんっ。早く早く!」


 お祖母ちゃんの笑顔を見るのが好きだった。

 お祖母ちゃんの皺だらけの手で、そっと髪の毛を撫でてくる優しい感触が好きだった。

 お祖母ちゃんが話す不思議な物語に聴いているのが好きだった。

 お祖母ちゃんがいれば、生きていける。

 どんなに辛い目にあっても、この場所に戻ってくればお祖母ちゃんが居てくれる。

 だから、怖いものなんてなかった。

 ここにいる時だけは、現実のことを忘れられた。

 不安も、恐怖もない、透明な世界にいることができた。

 そんな優しい世界に、織花は守られていた。

 

 



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