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月夜に嗤う魔女  作者: 七友
第一章 月夜に嗤う魔女
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   月夜の遊戯(一日目) 02






 通路の影の部分には浮浪者の姿が散見する。その数の多さに驚く。対照的なのは、道の中央を闊歩する人物の派手さが目につく。また争いごとあるのか、青銅の甲冑を身に付け、剣を腰に携えているどこかの兵士もよく見かける。

 ひとつの道を歩くだけでも、解ることは多い。まず、この世界にはまだ機械と呼べるものは存在しない。


 交通の多くは荷馬車。時折馬に乗った人たちがいる。当然のように車や電車などはない。―――いや、フラニーが作りだした架空の世界なのだから、科学的なものが突然湧いて来ることもあるかもしれない。が、ゲームに対して真剣そのものであるフラニーが、世界の空気感を乱すことをするとも思えない。

 着ている服装については、西洋風の衣装が多い。チェニックなど身軽な服装だった。だが、その多くは生地も粗悪なものが目に付く。今は暖かいとはいえ、まだ少し肌寒さを覚える気候のなか、その服装だととても寒そうだった。

 意図して身軽な装いをしているのか、他に着る服がないのか、あるいは服を買う金がないのか。町にいる人の種類を見てみれば、想像は難くない。


 やがて人並みが、ひとつの方角に向かって歩いていることに気が付く。視線を向けると巨大なアーチ状の大通りを見つけた。両端にそれぞれ様々な小店が列を成して並んでいる。人並みも多く、人が洪水になって入り乱れていた。

 朝の大市場だろうか。熱気の孕む独特の空気が、遠くにいても伝わってきた。

 人混みが嫌いだと文句を言いたくなりながら、織花は大通りに足を踏み入れる。

 人が多くいる場所は情報収集に適している。特に商いを行うのなら、必然的に商談が発生する。そこに時事ネタが飛び交っていても不思議はない。 


 織花は耳をすませながら、人が行き交う大通りを歩いていた。人の喧騒が無秩序に聞こえてくるが、その荒れる大波のような情報量を一つ一つ聞いては吟味していく。


 ―――今夜の祭りは、せめて派手にやりたいもんだねぇ。

 ―――西の………でまた処刑が執り行われたらしい。教会の連中がこっちにも。

 ―――北東のダイブロス一家に泥棒が入ったらしいぜ。ついさっきな。

 ―――腹減ったなぁ、何か、何か飲みたいよぉ。

 ―――また…………が出たらしい。今月に入ってから何度目だっ!

 ―――北西の寒村にいた村人がみんな処刑されたらしい。いつまで続くのかねぇ。

 ―――不思議な格好をしている連中がいるらしいぜ。大層な金を持ってて……。

 ―――北の街道でどこぞの家族の死体が転がってた。兵の連中がやったのかねぇ、あるいは奴らなのか……。


 すべての会話が鮮明に聴こえてくるが、乗り物酔いに似た不快感が胸中にこみ上げてきた。必死になって元来た道を戻り、人込みが外れて新鮮な空気を肺に入れる。 


 大通りに向き直り、今得た情報を整理していく。

 明るい情報はあまり出ていない。街並みを見て察していたが、治安の悪さと貧しい国情の話をよく耳にした。

 物騒な話も多い。強盗や殺人が起きても騒動にならず、日常のものとして受け止められている。それだけで不安の種が増す。治安が悪いのなら、何が起こってもおかしくない土台ができているということだ。


 三対の魔女の起こすささいな波風に反応して、大災害に繋がる可能性は高い。 

 特に気になったのは、処刑、という言葉だ。その単語には強烈なトラウマが呼び起こされる。

 このゲームを催しているのは、三対の魔女たちだ。

 魔女。

 処刑。

 二つの単語から連想されるのは、悲劇の象徴だった。


(トラウマが、刺激される……)


 胸が狂おしいほど高鳴りズキズキと痛みが走る。

 あまりの激痛に胸を抑えつけて、通りの外れにある壁に身体を寄せて、ずるずるとその場に膝をついた。


(フラニー……そのつもりなら、悪趣味すぎますよ……)


 今ここにはいない魔女の悪辣な笑みを思い浮かべて歯噛みする。

 考えたくなかったけれど、ここが“そういう時代”だとしたら、織花にとっても西積家にとっても最悪の舞台と言うことになる。

 織花は頭を振った。

 頭が痛くて仕方がなかった。

 意識しなくても、次々と不穏な情報が耳に押し寄せて胸がざわつく。

 これ以上、人並みのなかにいると頭がどうかなりそうだった。織花は逃げるように大通りから外れて、人通りが少ない裏通りへと足を運ぶ。


 息を整えるため、大きく息を吸い込もうとしたとき、血の匂いが鼻についた。

 陽の光が届かない陰に隠れた裏通り。だが、夜目も利く織花にとって、何も隠すことはできなかった。


 視界の先に、黒い外套を身に付けた三人の男が見えた。同時に足もとには血の海に沈んだ四人の死体が転がっていた。

 普段の織花なら死を目の当たりにしても平然としていられるが、気分を害している時は正視に絶えず、思わずその場で呻いてしまった。


 三人の男たちが織花に気が付き、同時に振り向く。

 光が閃いた。

 それが投擲されたナイフの軌跡だと気付いたと同時に、織花はナイフを指先で払い落した。

 カラン、と金属音を響かせ、ナイフは地面に落ちた。


「……何のつもりか知りませんが、手出しされた以上、相手になりますよ」

 静かに言いながら身構えると、織花はあることに気が付いた。

 一番奥にいる黒い男が、小さな男の子を腕で抱えていた。

 男の子は気絶しているのか、ぐったりと脱力している。綺麗な服を身に付けていることから、貴族か富豪の子供なのかもしれない。


 目に付いたからには、放置するのも気が引けた。即座に意思を固めた織花は地面に転がっていたナイフを足で見事に拾いあげ、手元に放った。指先で刃の部分を掴み水平に払った。

 稲妻の切っ先のように鋭く奔るナイフが、子供を抱える男の足を貫いた。

「ぐぅっ!」

 魔力が込められたナイフは足を簡単に貫き、地面を抉って埋まった。

 常人なら、そこで慌てふためくはずだろう。だが、男たちの行動は早かった。足が使えなくなった男は、傍にいた男に子供を押し付ける。子供を抱え直した男は、織花とは逆の通りに向かって走り出した。


「っ! 逃がしません!」

 転がっていた石ころを拾い上げる。織花の掌にすっぽり嵌まる程度の大きさだ。先ほどのナイフと同様に、逃げていく男の背中に向かって魔力を込めた石を力任せに投げた。


 驚愕したのは、織花だった。

 無傷のまま残っていた男は躊躇うことなく、足を負傷した男を軽々抱えて、楯に使ったのだ。石は傷を負っている男の腹部に直撃して、血を吐いた。

 男の子を抱えていた者が完全に通りへ出たのを確認すると、無傷だった男は、二度も傷を負った仲間を放り捨てて後を追いかけていった。


「な……」

 黒ずくめの男たちの行動に生理的嫌悪感を抱いた織花は頭に血が上り、男たちを逃がすまいと地を蹴る。

 その行動を見越していたのか、もはや動けないだろう男が織花に向かって飛びかかって来た。

 両手で両肩を掴まれ、勢いを殺されその場に踏み止まることになる。


 二人目の男までも見えなくなったことに敗北感を抱いた織花は、足で男の体勢を崩して、反対に壁に抑えつけた。両手で片腕を捕らえる。そして関節を骨折寸前まで曲げていく。

「貴方たちはいったい何者ですか、答えなさい!」


 織花が怒気を散らすと、外套に隠れた顔がかすかに垣間見えた。傷だらけの男は、三日月のように口元を曲げていた。朗々と低い声で呟いていた。

「母よ。今あなたの元へまいります……」

 次の瞬間、黒ずくめの男は自由になっていた手を斜めに傾ける。服の裾からナイフが滑り落ちて、手に握られた。

 織花の行動よりも早く、躊躇なくナイフを自らの首に突き立てた。

「えっ!」

 血飛沫が織花の頬にも付き、慌てて距離を取った。

 一撃で致命傷だったはずだ。それなのに、男は二度、三度と自傷を繰り返し、血の泡を零しながら絶命した。

 ひゅうひゅう、と不気味な音を立てて呻いている姿を呆然と見つめる。


「……何なんですか、こいつ」

 理解が追い付かず、力なく声を漏らした。

 今まで奇人変人を何人も見てきた織花でも、ここまで理解に苦しむ存在を見たのは久しぶりだった。死ぬ間際、まるで喜びに打ち震えるような恍惚とした顔をしていた。それがさらに不快感を高じさせる理由だった。

 黒ずくめの死体もまた、あたりに転がっている四人の死体と同様に、血だまりに沈んでいた。


 ある程度時間は経過しているはずだが、四人の死体に変化はない。他でもない、黒ずくめの男にも変化はなかった。

 物は壊しても元通りに復元するのに、人間は死体になっても変わる様子はなかった。フラニーの露悪的な一面を再認識して鬱々とした気持ちになる。


 死者に僅かに哀悼の意を示してから、織花は死体を漁ることにした。すべてが三対の魔女の掌の上であると仮定するなら、この場で奇妙な男たちに出会うのも必然と言うことになる。


 何がヒントになるか解らない以上、手当たりしだいに探る必要がある。

 などと、自己正当化をしながら、死体の性別と身なりを確かめていく。

 豪奢な服を身に付けている年若い男女。残り二人は護衛だろうか、屈強な身体つきをしている。身なりは粗末なものだった。

 どこかの貴族とその護衛。一目するとそう見て取れた。


 まずは身近にいた豪奢な服を着た男の死体を検分する。恰幅のいい体をしている。食べ物に贅を凝らしているのだろうか、妬ましい。血に濡れていなかったら、さぞ美しい服だと絶賛していたかもしれない。何か名前や身分が解るものがあれば良いのだが、それらしいものは見当たらなかった。


 次に唯一の女性。連れ去られた子供の年齢は五歳ほどだった。たぶんこの女性の子供だったのだろう。綺麗な顔立ちをしている。今では苦痛に歪んだ顔をしていて、恐ろしい形相を浮かべている。見るに堪えなかった織花は手向け代わりに目を伏せてあげた。男同様に身分などを示すものはなかった。

 代わりに、女の胸ポケットに麻袋が入っていて、中には数十枚の金貨が入れられていた。


 黒ずくめの男は強盗ではないだろうか。この金貨がこの世界ではどの程度の金銭的価値があるのかは解らないが、誘拐をするような連中なら持って行きそうなものだ。

 どうしてだろう、不思議だな、と思いながら麻袋を自分のローブのなかにしまった。その手を止めて、死んだ女性のもとに戻そうかと逡巡する。


(生きるため生きるため……)


 仕方ない、仕方ないと言い聞かせながら、もう一度、懐に戻そうかと考える。小心者の自分が憎い。

 結局、麻袋は元あった場所に戻した。こんなところまで固定概念や常識から抜け出せないでいるから自分は負けるのかもしれない。奇妙な敗北感を覚えながらため息をつく。


 気を取り直して護衛と思しき男のことも調べていく。だが目新しいことは男性や女性同様に見受けられなかった。

 最後に黒い外套を着た男を足で仰向けにする。まず顔を覆い隠している外套の頭部分を捲ってみた。額をよく確かめる。


「フラニーの紋様はない、ですね」

 ゲーム内において、フラニーが使役する従者―――いや、奴隷には必ずと言って額に紋章が刻まれているのだ。幾何学的な紋章には呪いが記されていて、それは死ぬまで消えることはない。そう、一度紋様が刻まれたら、死ぬまでフラニーの奴隷として使われるしかない

 これをフラニーが操っていたわけじゃないとしたら、黒い外套を着た男たちはいったい何者なのか。


 代わりに、剥き出しになった胸元には変わった刺青が刻まれていた。自らの尻尾を喰らいつく蛇が円を成して、中央には突き立てられた剣の模様が七つ描かれている。

 懐にしまっておいた紙を取り出して、さらさらとその模様を書き止めておく。

 別に正義感に駆られて、攫われた男の子を探すヒントをメモしているわけではない。直感が告げているのだ。


(どう考えても、この連中とはまた目にすることになるんだろうなぁ……)


 最も考えられるのは、犯罪組織の一員であるということだ。人目が少ない裏通りだからって、あんな目立つ黒い外套を着た連中がいるなんて、あまりにも滑稽だ。絵に描いたような犯罪者。


 だが、ここは架空の世界。目立つはずの黒い外套も、ここでは身を隠すために効果的、という可能性もぬぐいきれない。

 ありとあらゆる常識や制約が微妙にずれていることを想定していくなんて、考えただけで辟易する。


 第一、連中は男の子を攫って行ったのだ。黒い外套の男たちを犯罪者と断定して間違いではないだろう。

 これ以上の情報は得られそうにない。そう見切りを付けた織花は足早に裏通りを後にした。




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