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<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

猫だまし

作者: 六樫エカニ

 残酷な描写が一部ありますので、個人的には些細な描写ですが気になる方もいるだろうと思うので一応R-15です。でも基本全年齢だと思います。

 ジャンルは一応ミステリ?なんでしょうか、本当に書きたいことを書いただけなのでよくわからないんですが、確実なのは猫が出てくるパラレルワールドものということです。

 気になったら読んでみてください。そんなに長くもないので、軽い気持ちで。多分十分もあれば読み終わります。

A


彼は一人で帰路に着いた。

薄暗い路地を通っていく。


狭隘な道で、雑草の草丈が高い。わずかに舗装された道の上を進んでいく。


道を遮るように立っている少女が目に入る。

X「どいてくれないか」彼は静かに言った。

Y「まだダメだよ」少女は答えた。かわいらしい声だったが何処か凛とした響きがあった。

Y「アナタは何も知らない。まだこの間違った世界に居たほうがいいの」少女はそう言って両手を広げて彼の行く手をふさいだ。

X「ボクには君が何を言いたいのか分からないな」呆れたような声が彼から漏れると、少女は

Y「だから行かないほうがいいの。きっと後悔するから。ここは世界と世界の継ぎ目。平行に見えた2つの世界には、実は繋がるべきところがあったの。ここがそうなの」と言った。

X「君の夢の中の話を聞いている暇はないんだ。僕はここを通らなければ家に帰れない。早くどかないと力ずくででもどいてもらうことになる」彼の声にいら立ちがこもっていく。疲れているんだ。仕事帰りのサラリーマンの邪魔をするんじゃない。そう言いたそうな響きだ。

Y「へぇ。案外乱暴なんだね。でもアナタは間違ってる。家に帰る道はここだけじゃないわ。アナタがわかるまでは通せない。早く戻ったほうがいいわよ」少女はけらけらと笑いながら答えた。その態度に堪忍袋の緒が切れたのか、

X「いいからどけ!」

そういうや否や彼は少女を突き飛ばし、肩を怒らせて進んでいく。少女の声が後から聞こえた気がするが、彼は無視して突き進んでいく。


路地を抜けると商店街の前に出た。アーケードのない商店街に寒風が吹きすさぶ。右側、手前から3軒目の店から人の声がする。あの店は何だったろうか。ひどく頭が重い。路地を抜けてからぼうっとしている。気が付くと膝をついていた。そのまま前のめりに倒れる。突然腹部に衝撃が走る。痛い。そっとおなかに手をやったが、外傷はなさそうだ。頭がぼうっと重い。何かで刺された?あの店は料理屋だったっけ?何故そんなことが頭に?頭が重い。何も考えられない。重い。

X「……いったい何があったんだ……?……そんなことより、とても眠い、な……」

そう呟くと、彼は腹部に痛みを感じながら昏倒した――


B


彼は一人で帰路に着いた。

薄明るい路地を通っていく。


狭隘な道だが、雑草の影はなく舗装がしっかりと為されている。


道を遮るように立っている少女が目に入る。

X「どいてくれないか」彼の声には少し苛立ちがこもっていた。

Y「後悔した?」彼の言を無視して、少女はそう彼に訊いた。

X「僕には君が何を言っているのかわからないな」怒気のこもった声は、しかし少女には通じない。

Y「あら、記憶をなくされちゃうんだね。何でかわかんないけど、アナタはまだ生きてるみたいだし。」猫が毛づくろいでもするように、少女は指全体で、爪を立てずに髪を整えながら言う。

X「まるで僕が殺されたような口ぶりじゃないか」彼はおどけて見せる。

Y「……まあ、仕方ないよね。でもね?私のほうが少しだけアナタよりここに詳しいの。だから指示に従ったほうが賢明だよ?」そういいながら少女は野良猫を追い払うような仕草を彼に向けた。

X「どちらが賢明かは僕が決めることだ。」

Y「何も分からないのに決められるわけないじゃないの。いいのよ、アナタはここに居れば。そうするのが正しいのかまでは私には分からないけど」少女はそう言って右手の人差し指に髪を巻きつけた。

X「やっぱりだ。君にだって分かっていないみたいだから、僕はここを通させてもらう。」彼はゆっくり少女に近づきながら言った。

Y「やっぱり?やっぱりってどういうこと?」と、少女は怪訝そうな顔を彼に向けた。

X「大した理由はないさ。ただ分かっていなさそうな気がしただけで。通してくれ。僕はここを通らなきゃ帰れない。」

Y「そんなことないわよ。道って意外と色んなところにつながってるものなんだから。どうしても通りたいのならいいわよ、通っても。アナタが後悔するっていうことはないみたいだし、何かあっても私がどうにかすればいいみたいだからちょっぴり安心したわ。そのことがきっと世界を伝える鍵になるかもしれないしね。」少女は左によって彼に道を譲る。そして、

X「今回は意外とすんなり通してくれるんだな。」そう彼は少女の脇をすり抜ける途中に呟いた。

Y「今回は?今回はってどういう――あ、ちょっと!」


路地を抜けることは出来なかった。目の前には大きな壁が立っている。壁の両端に仁王像のように屹立する2本の樫の木がざわざわと音を立てる。木の葉のこすれる音が恐怖心をかきたてる。仕方ない、引き返すか。そう思った瞬間、

Y「怖い?でもね?あの子たちだってそうだったはずなの。少しだけ、今の間だけ、あの子たちの気を晴らさせてあげてね?大丈夫、あとで私がどうとでもできる――」

その声が聞こえると、彼は側頭部にひどい激痛を感じて昏倒した――


C


彼は足に怪我をした猫を抱いたまま帰路に着いた。

仄明るい路地を通っていく。


狭隘な道だが、誰かが刈ったのか雑草はほとんどない。ほとんど舗装されていない地面の上を覆っている不安定な石畳の上を跳ぶように進んでいく。まだ昨日の雨によるぬかるみが残っているからだ。


道を遮るように立っている少女が目に入る。

X「どいてくれないか。」彼は苛立ちを隠しきれないようだった。

Y「嫌だわ。アナタ何をするか分からないもの。それにネコがいるじゃない。」少女は猫を敵意をこめた眼で見ていった。彼は怪訝そうに顔をしかめて、

X「猫に何か問題があるのか?」と言った。

Y「大アリよ。ネコは毛玉をはくじゃない。まるで世界みたいな毛玉を。」少女は相変わらず猫から視線を外さずに言う。彼が首をかしげながら

X「僕には君が何を言っているか分からないな。」というと、

Y「分からなくて当然だわ。」間髪を入れずに切り捨てられる。

X「どうしてそう言いきれるんだい。」彼がそう尋ねると、

Y「アナタに私を伝えようとしていないからよ。アナタも同じにそうしているようにね。」少女は何故か苛立っているようだった。猫がいるからかもしれない。

X「心外だな。僕は伝えているよ。割りにしっかりと僕の気持ちをね。どいてほしいんだと伝えてあるだろう?」彼もまた苛立っていた。少女が意外にも頑固だったからだ。

Y「早く何処へなりと行きなさいよ。とにかくここは通れないの。」少女の視線は相変わらず猫に向かっている。少女は猫を警戒しているのだろうか?だとしたら何故?彼の頭にそんな疑問がよぎる。だが今はそんなことを気にしている暇はない。早く帰ってビールを飲んで寝てしまいたいのだ。

X「そういうのなら僕はここを通るよ。ここからじゃなきゃ帰れないからね。」

Y「ここを通っても帰れるとは限らないわ。」彼の言葉に少女が返す。さらに彼が

X「事故に遭う可能性なんて危惧していたらどう仕様もない。いいから通してくれ。」と言うと、

Y「じゃあネコは置いていって。私が介抱するから。」と少女は言う。猫が嫌いなわけではなかったのか。だとしたら何故警戒していたんだ?だが、通してくれるというなら素直に少女に従っておくのが吉だ。

X「猫が好きなのか?僕が介抱してあげようと思ってたんだが……尤も、僕のアパートはペット禁止だから、そうしてくれると助かるけどね」そう言って彼は猫を少女に手渡した。少女は猫を一度きっと睨みつけた。一瞬瞳孔の形が変わった気がしたが、見間違いだろうと彼は考えた。

Y「じゃあいいわよ、通っても」もしかしたら、これなら。少女はそう呟いたが、その声は彼には聞こえなかったようだ。少女は左側によって道をあけ、彼は意気揚々と帰っていく。そして、思い出したように振り向いて

X「それじゃあね」少女に向かってそう言った。


路地を抜けると彼の家があった。隣の家の『五人なかと』という表札を見てほっとした。あぁ、ようやく帰ってこれたんだ。5回もループして、ようやく……。しかし彼は違和感に気付く。妙に猫の鳴き声が多い。子供のころ、友人と自宅近くにいたカラスをエアガンで撃って遊んだ翌日に、近くの電線にカラスが恐ろしい量止まっていたことがあった。その時の恐怖が彼の胸に去来する。

X「でも、家に着くのがあまりに早すぎる……?もしかして、これは――」

彼は首の動脈から吹き出る血を見ながら昏倒した――


D


彼は一人で帰路についていたが、気付くと猫が後から付いてきていた。

薄暗い路地を通っていく。


狭隘な道には、歪な舗装がかかっていて、そこから雑草が我が物顔に伸びてきている。道には昨晩の雨による水溜りが残っている。


道を遮るように立っている少女が目に入る。

X「どいてくれないか」彼は穏やかに言った。

Y「絡まりあった世界の中にはこういう世界が時々出来てしまうの。ゴメンナサイ。私にはどうすることも出来なかったの……」少女は泣きながら言った。

X「君の言っていることが僕には理解できないな」彼はひどく困惑した様子で言った。少女の言葉の内容と、突然の涙のせいだ。

Y「ええ、勿論そうだわ。私がアナタの立場なら理解できないもの。そうしてきっと、理解したくないんでしょう?」少女は潤んだ瞳を彼に向ける。大きな瞳孔が妙に似合っていた。

X「よくわからないけど、あるいはそうなのかもしれない」泣いている女にはとりあえず肯定しておく。それが彼の信条だ。たとえ少女であろうが、その信条は曲げない。

Y「それが普通なのよ。それとも、私の言っていることって間違ってるのかしら」少女は涙声で問い続ける。言葉の端々で洟をすする音が混じる。

X「間違っているかもしれないね」何か言われそうだが気にせず彼は肯定した。女の言うことなんか、特に子供の言うことなんか真に受けていたら疲れてしまうと本気で思っている。少女はその態度にいらっとしたのかころっと泣き止んで、

Y「何でだろう?素直に肯定されると腹が立つわね。まあ、いいや。そのネコはどうしたの?」と訊く。

X「こいつは気付いたらついてきたんだ。なかなかかわいいネコだろう?」彼は猫を抱き上げて少女に見せてやる。

Y「随分とカッコいい猫ね」少女は猫をまじまじと見つめながら言った。

X「君は猫の顔の良し悪しが分かるのかい?」彼は驚いたように言う。

Y「あるいはそうかもね」少女は一瞬猫を威嚇するような目つきになったが、すぐ柔和な表情に戻った。猫が一瞬すくんだことに彼は感づいて、

X「・・・・・・君は猫を殺したことがある?」そう、恐る恐る訊いた。

Y「さあ、どっちだとおもう?」少女はいたずらっぽく訊く。笑顔は妖しく煌めいた。

X「たとえ仕方なかったにしても殺してしまったことはあるんだろうね」彼は少し怖気づいたような調子で言った。

Y「私、アナタが何を言いたいのかわからない。私、ネコ好きなのよ?ネコは私の仲間だもの」猫が私の仲間?あぁ、猫っぽいとかよく言われるとかだろう。確かに奔放っぽいしなぁ。彼はそう思って少女の言葉を一笑に付して、

X「それでもだ。さて、そろそろ通して貰おうかな。僕はここを通らなきゃ帰れない」と、本題に戻った。

Y「何でアナタはこの道にそんなに固執するの?周りを見渡せば道は一杯あるじゃない」少女は彼に疑問をぶつける。

X「君がどうしてもここを通そうとしないのと同じ理由さ。勝手に通らせて貰うよ」彼は適当に答えて少女をよけて進む。

Y「あっ!ちょっと!」少女は止めようと手を伸ばしたが、ついてきた猫にさえぎられて彼を止めることはできなかった。


路地を抜けると近くにトンネルが見える。トンネルへと向かう道程に立つ街灯が、仄かに彼を照らしている。街灯は何故か1つだけ壊れている。そこの下に来た時、空気が変わって寒気がした。なんだろう?ぞわっと。気持ち悪い。背中が冷たい、冷たい舌でなめあげられるような感覚が。ぞわっと。気味が悪い。引き返すか。声がする。祭囃子のようなものが聞こえる。気がする。声がする。だんだん大きくなる。大きくなる。おおきく。

ネコ「ようこそ、冷たい夜へ。歓迎するよ。だって、お前が俺たちをここへ連れてきたんだもんな?」

彼は、心臓を抉り出された――


E


彼は一人で帰路についていた。

仄暗い路地を通っていく。


狭隘な道で、ところどころ舗装がはげているが、雑草はほとんど見当たらない。


道を遮るように立っている少女が目に入る。

X「君に遭うのは何度目かな」彼は静かに言った。

Y「6度目よ。やっぱり記憶がないって言うのは嘘だったのね」少女は答えた。

X「今回は猫がいない」彼はぽつりと言う。きっとこれが条件の一つだから。

Y「あら、だからって通すわけではないのよ?」少女は小馬鹿にした表情で言う。

X「分かってるよ。君が何処まで知っているのか、訊いてもいいのかい?」そういうと、少女は少し哀しそうに、

Y「私には答えられないわ。そういうルールなの」と言った。

X「何かのゲームみたいなものなんだね?」彼がそう訊くと、

Y「今の会話だけでよく分かったわね。」と、少女は本当に驚いた様子で言った。

X「別に判断基準は今の会話だけでもない。今までの世界を総合した結果だよ。」彼は少し誇らしげに言った。

Y「ずいぶんと冷静なのね。」少女の声に嫌味っぽい響きが混じる。

X「それはどうだろうね。ずいぶんと見落としたものがある気がするよ。」

Y「やっぱり冷静なのね。必死にここから逃げ出そうとしてる割には。」少女は皮肉めいた目を向けた。

X「この世界に果てはあるのかな。」彼は素朴な質問を少女に投げかけた。

Y「あの子たちの気が済めば出られるんじゃないかしら。」

X「アノコタチ?」彼は首をかしげながら言った。

Y「そう、あの子たち。アナタがこんな間違った世界につれてこられたのもあの子達の話を聞けば納得だわね。」少女は小さく頷きながら言った。

X「心当たりがないな。」彼には本当に心当たりがないようだった。

Y「あら、そう?まあ、いいわ。きっと今回で思い出すから。」少女はすんなりと左によって道をあける。彼は『思い出す』という単語に引っかかっていたが、その反応に驚いて、

X「通してくれるのか?」と疑問をぶつけた。

Y「ええ。いけばいいじゃない。何でかアナタはこの道に固執しているけれど。」

X「その理由は僕にも分からないよ。」彼は笑いながらその道を通った。


路地を抜けると、彼は土の中に閉じ込められていた。上を見ても土。下を見ても土。前後左右を見ても。6方向全てが土に囲まれている。なんとか這い出ようとするが、分厚い固い層の中にいるらしく、少なくとも素手では外に出られそうもない。

X「近いんだ。近づいて来れてはいるんだ。……そうか!漸く分かった!」

彼は酸素の足りない世界でゆっくりと窒息していった――


F


彼は一人で帰路についていた。

薄暗い路地を通っていく。


狭隘な道には水溜りが残り、地面はわずかにぬかるんでいる。舗装もなければ雑草もない。


道を遮るように立っている少女が目に入る。

X「どいてくれないか」彼は語勢を強めて言った。

Y「アナタは行っちゃダメなのよ。今行くとひどい目に遭っちゃうから」少女の声にはヒステリックな響きがあった。

X「君はいったい誰なんだい」と彼は訊いたが、

Y「ちょっと考えれば分かるでしょ?顔も見えてる筈なんだし」と少女は取り合わない。

X「実は暗くてよく見えないんだ」彼が正直に言っても、

Y「じゃあ声で分かるでしょ。大丈夫よ。意外と世界は混み合っているから」少女は難解に返す。

X「その理屈は僕にはよくわからない」彼がそういうと、少女は大きくため息をついて、

Y「じゃあ、少しだけ教えてあげる。実際は世界はごちゃごちゃに絡み合う幾つもの世界から出来ているの。ちょうど猫が吐く毛玉みたいにね。そしてこの道はそのうちの一つとつながる場所なの。分かっているのはこれくらいかな。あと、この世界が間違った世界だってことくらいね」一息にまくしたてた。

X「じゃあこの世界は誰かによって作られた世界なのか?」

Y「そこまでは知らないわ。ただ、噂によると恨みを持った妖怪さんの仕業って話よ」少女の言葉に、彼は思わず吹き出しそうになる。

X「噂って、誰から聞いたんだ」さらに問いただしてみると、

Y「風よ。いつも低く唸ってるじゃない」少女はそう答えた。彼はついに我慢できなくなり、

X「君は統合失調症の可能性があるな」あざける調子でこう言った。

Y「何よそれ。事実を事実のまま話したら何かおかしいの?マスコミみたいな情報操作が必要なの?」少女はヒステリックに訊く。彼は適当にいなそうと

X「そこまでは言ってないよ。それにしても、妖怪なんて信じてるのかい?」と訊く。

Y「ええ。」少女は深く頷いた。彼は我慢しきれなくなってしまった。

X「ハハハハハ。妖怪なんてモノは存在しないよ。そんなことより、ここを通してくれないか。ここからじゃないと帰り方が分からないんだ」少女は哂われたことにどうやら怒ったらしく、髪を逆立て目を瞋らせて、

Y「適当に家の方向へ向かえば着くわよ。道は世界よりも入り組んでるんだから」と言う。彼はため息をこぼしてから、

X「通してもらうよ」そういって強引に押し通ってしまった。

Y「あっ」少女の声がする。何を言っているか、彼は最早気にしていない――。


路地を抜けると、そこはバス停だった。御珠環町4丁目のバス停は、いつものことだが、どこかみすぼらしい。彼はバス停を素通りしようとする。後から走ってくる足音。健康を気にするペースではない。明らかに、何かを追っているペースだ。全力で、こんな場所で、何を追っているのか。周りには動物一匹いやしない。じゃあ、こんな場所で何を?いやな予感がする。足音がどんどん大きくなる近づいてくる迫ってくる肉薄する。彼は後ろを振り返ってしまう。刹那、

Y「へぼい生命にここを抜けることは出来ないの。何故なら、アナタがあのこたちにそう言ったから。あのこたちにそう言って、こうしたから」

そう声が聞こえると、彼は眼球にナイフを突き立てられて絶叫した――


G


彼は一人で帰路についていた。

いつもより割りに明るい路地を通っていく。


狭隘な道は整備し尽くされて彼の道を遮るようなものは何もないように見える。


しかし少し行くと、やはり道を遮るように立っている少女が目に入る。

X「どいてくれないか」彼は冷静に言う。

Y「アナタもしつこいのね。通っちゃダメなんだってば」少女は呆れたように言った。

X「もう何もかも分かったんだよ」彼はため息をつくような言い方でそういった。

Y「あら、何が分かったっていうのよ」

X「君が誰なのか。僕がどうしてこの間違った世界に連れて来られたのか。この路地の先で何が僕を待ち受けてどんな結果になってしまうのか。そして、君がどうしてここを通そうとしないのか」

Y「分かったんだったらいいじゃない。どうしてれば通してくれるのか、わかったってことでしょう?」少女が言うと、彼は自嘲するように、

X「そこについては正確じゃないんだ。この正確には戻らない時間軸に、他の誰かを巻き込むわけにはいかないしね」と言った。

Y「ずいぶんと優しいのね、ヒトには」少女は彼を睨みつけた。少しく髪は逆立っているが、瞳は人並みなんだな、と彼は思った。

X「そんなに怖い顔をしないでくれないか。確かに君たちにはひどいことをした」

Y「今更他人事みたいに何を言っているのかしら?全てアナタがしてきたことでしょう?私たちは、というかあのこたちは、か。何もしていないのに」少女の声には肉親を殺された遺族のような響きがあった。

X「そうだな。すまないとは思うけれど、今更謝っても誰も赦してくれないだろうね」彼が申し訳なさそうに言うと、

Y「……私以外はね」少女は少し照れくさそうに言った。

X「やっぱり君は……」

Y「ええ、そうよ。どうしてあんなことをしてきたの?ホントは優しい人なのに。私を助けてくれるような人が、なんで……」

X「あの時期は本当にどうかしていたんだよ。つかれていたんだ、精神的にも、肉体的にも」

Y「そう。それで今もつかれちゃってるのね」少女は下卑た笑いをこぼした。

X「そうなのかもな……」

Y「ねぇ、妖怪を信じる気にはなった?」少女は訊く。

X「信じざるを得ないんだろうね、こうなった以上は。ところで、どうして今更なんだろう?君は知っているのかい?」

Y「さぁね。アナタがつかれてるからじゃないかしら。私はこの一件に関与する気はなかったのだけど、昨日あんなことをされちゃったわけだしね。私もアナタを助けるのが礼儀ってモノじゃないかしら?って思っちゃったのよ」少女は照れたように顔を背けた。

X「昨日のアレはただの気まぐれだよ」彼がそう言うと、少女は小さく首を振り、

Y「ウソよ。あんな危険なこと、ただの気まぐれで出来るわけないわよ。アナタダンプの前に飛び込んだのよ?自分の危険も顧みずに。それがアナタのホントの優しさってやつでしょ?」そう言った。彼ははにかむように小さく笑い、

X「まさか君が僕の味方をしてくれるなんてね。それは君の優しさなのかい?」と言った。

Y「気まぐれよ。ただの」少女は照れ隠しなのか、猫がそうするように指全体で爪を立てずに髪を整える。彼は笑った。

X「……そろそろ通っても大丈夫なのかな」

Y「ねえ、他の道もあるのよ?どうしてここなの?」少女は彼に尋ねる。そう、帰り道くらいいくらでもある。それは彼も気づいているし、知っている。

X「僕が行かなきゃ他の誰かが犠牲になるだろう。自分の業は自分で負うべきなんだ」彼はそう言って、一歩少女に近づく。

Y「……そういうことを言える人が、あんなことをされた方がどんな気分になるのか、分からなかったの?あのこたちが、かわいそうだとは思わなかったの!?」少女の声に怒気が混じる。

X「ヒトっていうのはそういう残酷な生き物なんだ。誰かの痛みは自分が経験しないとどうでもいいっていう人の方が多いだろう。そして僕もそんなヒトの一人だ」彼は冷静にそう言う。

Y「そんなものかしら」少女も真似して悟った風に言う。

X「そんなものさ、僕らは。君はそういうのが分かるものなのかな?」

Y「私はアナタみたいに頭がよくないのよ」少女は恥ずかしそうに言った。彼は少女をかわいく思って哄笑して、

X「ハハハハハ。……道はまだつながらないのかな?」と訊く。

Y「今さっきつながったところよ。……ホントにいくの?」

X「行くよ。僕にはそれしか選択肢がない」彼は決然と言った。

Y「そう……。絶対に助けるからね。声をかけるから気付いてよ?」少女は懇願するような口調で言う。それに対して、

X「君らしからぬ言葉だね。恩義をすぐに忘れるって聞いてたんだけど」彼はからかう様な口調で言った。

Y「それって偏見よ。私だって礼儀のレの字くらいは知ってるもの。」少女は頬を膨らませる。彼は笑って言う。

X「ハハハ。悪かったよ。じゃあ、通らせてもらうよ」彼は通り過ぎながら少女の顎をなでていった。

Y「気をつけてね」少女の声は光に呑まれていった。


 路地を抜けると、見慣れた道に出た。ほっと息をついたが、まだ油断はできないと兜の緒を締めなおして、そのまま帰路についた。

 トンネルを抜け、二本の大きな樫の木がある公園を横目に、商店街のアーケードをくぐって、バス停でバスを待つ友人を偶然見かけ、しばらく談笑して別れ、隣家の『五人』と書かれた表札をみて、ようやく彼は胸をなでおろした。

 やっと帰って彼女に会える。アパートの前に差し掛かった。もう安心だろう、と彼はすっかり油断していた。

 すると、突然背後から猫の声がした。

 驚きおののいて立ち止まり、振り返ってみると、しかし、猫はいなかった。不審がって下に目を転じてみる。目の前に水道管の工事なのか、人一人は優に入れそうな大きな穴が開いている。驚いて周りを見回してみると、どうやらこの部分だけコーンを置き忘れたらしい。

 嫌な汗がどっと噴き出るのを感じながら、誰にも聞こえないような声で呟いた。

X「ありがとう……」

 そうして、彼は漸く我が家に辿り着くことができたのだった。

 自室で彼は彼女へとささやいた。

X「本当に助けてくれたんだね。僕は君の仲間にあんなことをしてきたっていうのに」

 彼は彼女を抱き上げながら鼻の頭にキスをした。彼女は、当たり前じゃない、昨日はアナタの番。なら今日は私の番よ。とでも言うように誇らしげな声で

Y「ニャア」と鳴いた。

 読んでいただけたようで、ありがとうございます。初投稿ということで、色々やってみたいことを実験的にやってみました。読み返してみて意外と凝ってるんだなぁとか思っていただけたら嬉しいです。

 ストーリー、伝わったんでしょうか、あんな文章で?伝わってたらいいなぁ。よくわかんないところとか質問していただけたら普通に答えるのでコメントはいくらでもしてください。

 誹謗中傷の域までいかなければ批判もどんどんお願いします。

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