迫る柱
力の入らない下半身は柔道の崩しを掛けられたかのように簡単に重心を奪われた。
たまらず祐介は手近な背もたれに手をついた
だが、追い打ちをかけるように急なステアリング操作が行われ、その手は外れる。
働いている慣性に勝てず、祐介は2メートルほどたたらを踏んだ。
半ば投げ出されるかのように頭から運転席の方へと倒れこむ。備品などが収納されているサービスボックスの角でひたいを擦る。
――熱っ
運転席を隔離するゲートは閉じられていなかった。
額に触れようと、たまたまステアリングに掛かっていた左手を反射的に引いてしまった。右へと切られていたステアリングが引き戻される。
車体がガクガクと左右に揺れる。
「――――っ!」
声にならない運転手の叫び。
フロントガラスの向こうにはそびえ立つ巨大で奇怪な柱が迫っていた。
運転手はこれを回避しようと急ブレーキを踏みステアリングを切ったのだった。
だがステアリング操作が邪魔されたため完全には避けきれず、サイドミラーは折れて飛び、車体の左側が柱にガリガリと接触した。
柱の直径は1メートル以上もある。血管だか瘤だか分からないものがあちこちに隆起し、無数のうろのような物も見える様は樹木のようでもある。だが枝や葉などは一切付いていない。何よりその色がまるで生肉のように赤い。
激しい衝撃が走るが何とか横転することはなく、バスは側面を擦りつつ肉柱の脇を抜けた。
バスが肉柱に接触する直前、バスの後方では黒道着の男――金岡が、急ブレーキにより体勢を崩し怪物に隙を与えてしまっていた。
ミエが牽制のために十字架を振り回すが、ボンネットは構わずに金岡へと突進する。
金岡は崩れた体勢のまま、迎撃には心元ない短刀を腰の辺りから引き出す。
武器を抜くと同時に、まるでスケートのように両足が同時に滑るような独特の足捌きで半身を入れ換える事で体勢を整える。
一転して攻撃の姿勢だ。
短刀を薙ぐ。すべてが流れるような淀みのない動作。
凶板と短刀が激突し、火花が瞬く。
金岡の振るう小さな――彼の肘から手首までぐらいの長さしかない――武器は、喰らいついてきたボンネットをしっかりと受け止めていた。
「……コグソク」
誰かが呟いた。
一度は敵の攻撃を受け止めた金岡の短刀だが、質量の差は大きくじりじりと押され始めた。
ミエからも座席と金岡の背がブラインドとなり、ロザリオを投げる事が出来ないでいる。
さらにミエ側の窓にも相変わらず大口が衝突を繰り返しているため、そちらも無視する訳にはいかない。
ブランコのように徐々に大きくなっていくスイングは、今や最高点に達しこれまでで一番の勢いで窓ガラスに衝突してきた。
とうとうピンクに染まった窓ガラスに細いヒビが走った。
戦況は悪い――しかし偶然が重なり、ここから状況が一変する。