紫苑 2
「麻薬。」
口角をきれいに上げて、その爽やかな顔立ちを綻ばせる。
山吹紫苑は、自分の目線までその袋を持ち上げて、ゆらゆらと揺すってみせた。
「な、」
言葉を失うヤクザ様。もとい、カーテン。あれ? 逆か。
言葉を失うカーテン。もとい、ヤクザ様。
さっきのじゃ、カーテンが本体みたいになっちゃうもんね! 流石に青のりさんは可哀想だもんね!
「あなた方が売ってた物ですよ。ご存知ですよね」
「……」
「これを購入したときの、ビデオとボイスレコーダーがあります。それから、あなた方が麻薬を育てている場所も確認しています。また、麻薬密売の顧客リストも入手済みです」
……これでも、やってないって?
そう言い、にこりと、凄む山吹紫苑。
なんで笑ってんの!?
謎!! 怖い!!
「……っ」
ヤクザが、悔しそうに舌打ちをした。
やーん。私、舌打ちする男ってキライ☆てへ ………とか、やってる場合じゃないかー。
だって、逃げ切れないと悟ったカーテンが、怪しげな動きをしだした。私たちの隙を見つけようと必死になって、目がさまよってる。
というか、殺気がだだ漏れだぜだんなぁ!
考えるより先に手が動いた。
ヤクザ様の手が、のそりと不審な動きをしたと思ったその瞬間に。私は前髪をとめていたピンを外し、そのままヤツの手めがけて、投げつけた。
ぶすっ。と、破ける音がして、男はそのまま固まった。
「……は?」
そして、呆然と声を漏らす。
ヤツの人差し指と中指の間に、見事に刺さった私のピンは、ソファーを破いて、斜め45°に突き刺さっていた。
………あは。
やっちゃったー。
思わず、無意識よ? 悪気はないの。殺し屋の私の前で、怪しい動きをした、あんたが悪いと思うんだ。うん、流石、長年蓄積された殺し屋の反応!すごい!わたし天才!
苦し紛れに自画自賛しながら、少し罪悪感が芽生えた。
だって、今まで一言もしゃべらず大人しくしていた女が、ヘアピンをもの凄い速度で投げつけるっていう、突如の暴挙だよ? というか、ヘアピンは通常ソファーには突き刺さらない代物だよ?
そろり、と男を伺うと、目を見開いて、指の間に突き刺さるピンを凝視していた。
そして、ヤツはぶるぶる震え、瞳に怯えの色を浮かべて山吹紫苑を控えめに見やった。
―――んーと。…もしかして、私、追い討ちかけた感じ?
「……安心して下さい? 僕たちは、あなた方に危害を加えるつもりはありません。警察にも言いません」
不意に、山吹紫苑は口調をますます優しげなものに変えた。
首を可愛らしく傾げて、こちらを怯えた目で、それでもプライドにかけて私たちを睨み付けているヤクザ様の顔を覗き込む。
警察に言わないって言った途端、ヤクザ様の顔が明らかホッとしたのがわかった。
ただで黙っておいてやるわきゃないだろッ!!
「ただし、あなた方が僕たちに従えば、ですが。
………逆らったりなんて、しませんよねえ」
したら、ただじゃおかねえぞ。って、口外に含まれてますよね。脅しですよね。
「…っ、も、もちろんだ! だから今回は見逃してくれよ!」
ひとまずの保身に走ったヤクザ様。
でも、もちろん山吹紫苑もバカじゃないから、ちゃんとトドメを刺す。
「ちなみに、あなた方のチームの総人数は把握してますし、それぞれの氏名、住所、前科、経歴、その他まで調査済みですから、どこかに逃げて、姿をくらませたり、僕たちに逆らったり、復讐しようなんて、しないで下さいね?」
ぺら、と表が載せられたページをひらつかせる。
「僕らには、あなた方がどこに隠れようと、必ず見つけ出せるスキルがあります」
やべえ、がち怖いぞこいつ!
能力者である、セレスティナ生徒会の面々が思い起こされ、思わず身震いする。
佐久良瑠架かっ!?
そんなあらゆる情報まで、網羅してんのか!?
「……ただ、勘違いしないで頂きたいのですが、」
もうこれ以上の話は必要ないと思ったのか、会長様は、書類の角を机でトントンと整える。
そうやって帰る準備を始めながら、今日は洗濯物がよく乾きそうっ、うふっ。みたいなノリで、彼は口を開いた。
「僕たちが何も危害を加えないのは、あなた方が僕たちにとって有益になると感じたからではありません」
…?
当たり前である。
私はむしろ、無益だと思います!
「…わかりますよね。あなた方は、僕たちにとって、いてもいなくてもよい存在なのです」
つまり、いつでも切り捨てられるんだぞと。
消せないわけでは、ないのだぞと。
せいぜい、俺らに消されないように、媚びを売って、へりつくろって、裏社会に貢献して、せめて俺らのマイナス要素にだけはなるんじゃねえぞ、と。
きっと、そういうことだろう。
消さないってことは、何か消せない理由があるんだ、みたいなバカみたいな勘違いをして、無駄死にしないように。これだけを忠告して。
「では、あなた方の今後の方針を書いた書類を、後ほどあなたの自宅に届けます。まあ、あなた方は雑用ですが、頑張って下さいね。……加嶋哲郎さん?」
カーテンの名前、かなり渋いな。
なんて思いながら、颯爽と立ち去る山吹紫苑の背中を追った。
* * *
……怖い。
山吹紫苑が、さらに怖い。
行きしよりも、さらに怖い。
物理的抹消だけでなく、社会的抹消までできちゃう人なんだ。
果てしなく、限りなく、激しくどこまでもデンジャラスパーソンなんだ。
「そんなに怯えなくても…」
「…ぃや、怯えてとか……、全然、…ほんと、ないんで…っ!」
「…。そうは見えないけど」
「いえっ!…ほんと、…違うんで!えと、殺さないでっ!」
「……怯えてるよね、やっぱり」
楽しそうに、でも少し寂しそうに山吹紫苑は笑った。
「でも俺は、萩原さんが俺らのことを怖がるのも、信用できないのも、わかってるつもりだよ。
だから、きっと、俺らと関わりたくないんだろうし、生徒会なんてやりたくないんだろうな、とも思ってる」
な、!
いきなり、そんなことを言う山吹紫苑に焦ったけれど、何も言う言葉が見つからない。
てか、やっぱりバレバレだったのね!
「半ば無理やり加入させちゃったしね。……でも、今はそれでもいいって思ってるんだ。
ただ、あいつら――瑠架とか燈眞とか柚生とか――心底悪いやつじゃないんだよ。ヤクザだし、言葉遣いは悪いし、裏社会に浸かってるけど……、それだけ、言いたくて」
にへっ、と、少し照れたように笑う山吹紫苑。
いつもキラキラしてる、濃紺の大きな瞳の目じりが、私を見つめて下がった。
それから、んー、ちょっと、かっこつけすぎたなあ、なんて誤魔化すように言って、後頭部の髪をくしゃりとかき混ぜた。
あのさ、言っとくけどさ。
そんなこと言っちゃえる人がさ。
一番、悪い人じゃないんだってことぐらい、私にだってわかるんだぜ?
「…言っときますけどっ」
私は、山吹紫苑から顔を背けて、わざとぶっきらぼうに言い放つ。
「私、一度引き受けた任務は、ちゃんとやり遂げる人間ですからっ!」
こちとらプロだぜ。
不本意ながら、一回頷いた仕事は責任持って成し遂げてみせるさ。
七番目の災厄、カラミティレクイエムの名にかけて!
かなり不本意だけどな!
まあ、かけるほどの名じゃないっつか、むしろ、消えてほしい名にかけてるんだけどねっ。