遅刻 1
ジリリリン。
けたたましい時計のベルが鳴り、それを手でおもむろに探り当てる。
…うぅーん。
開かないまぶたをこじ開けて、霞む視界で見た時刻は6:00。
……はーあ?6:00だと?
もぞもぞと再度布団に潜る。
私、なんでこんな時間に目覚まし鳴らしてんの?ついにばか?
任務はいっつも夜中だし、こんな朝早く起きる必要はないし、今日は特に何の予定も――…
そこまで考えると、何かが寝起きの頭に引っかかった。
…なんだっけ。
何かあったっけ。
うぅーん。
まあいいか。眠いし。
睡魔は何事にも勝るのである。
うん、てことで寝よ。
――――――…
リリリン。
…リリリン。リリリン。
リリリン…。
……うるさいなあ。
けたたましく鳴る音に手だけを布団の外に出して、またしても私は目覚ましを探り当てようとする。
あった。
それに、バシッと手を叩きつける。
リリリン。
ん? ミスったか。
バシッ。
リリリン。
バシッ。
リリリン。
バシッバシッ。
リリリン。
……あぁん?
リリリン。
仕方がないので、のそりと起き上がると、目覚まし時計は鐘の部分が半壊していた。…おかしいなあ。 私の手って、そんな若干凶器みたいな代物だっけ?
リリリン。
まだ鳴ってる。
…鳴ってる?
や、違う。携帯だ!
急に目が冴えた私は、慌てて携帯を開く。
『Hello! Good morning,my sweet girl! Hiino! まだ寝てたのかしら?』
受話器の向こうの無駄にハイテンションな声。私は、朝から少し疲れた気分で応える。
「ああ、お母さん。寝てたけど…どしたの?」
『あんた、まだ寝てて大丈夫なの?そっち、今何時よ?』
「7:00だけど…今日は特に予定ないから大丈夫で――」
『学校は!?』
私を遮って、慌てたようなお母さんの声がする。
…ああ、お母さん今ボストンにいるんだっけ。…ボストンとの時差って、いくつだっけ……てか…眠いなあ…。
って、え?!
「学校!!」
* * *
能力で大気を縮める。1歩を10歩にする。走る。やばい、遅刻する!
制服のボタンを閉めながら、ウィダーをくわえる。
ついでに靴下をはいて、スクバを肩にかけた。
残念ながら、チコクショクパンマガリカドのイベントは発生致しませんよ。期待しても無駄です。
いや、こんなピンチで発生したら、手をさしのべられようとなかろうと、それどころか私は問答無用でヤツを張り倒して学校へ行きますがね!!
なんて、考えていたら。
「きゃ!」
そんな馬鹿な!
曲がり角で何かにぶつかった。
…って、はあ!?
いや、違うよ!やめてよ!
今のはフリじゃないよおおおお!!
「ぃっ!」
スピードがついていたのもあって、私は宙へ投げ出され、コンクリートに転がった。
「…っわ、ごめんなさい」
慌てて立ち上がり、その人に謝る。
「ぶつかってんじゃねえよ!」
叫んだ声は、男。ってか、完璧年下。
そのまま走り出そうとしていた私の足は、少し止まった。
「しかも、すごい勢いだしっ」
キッと私を見上げた彼は、14歳ぐらいで、すごい整った顔なのに、なんだか生意気そうな印象だ。涼しげな目許は、将来すんごいいい男になりそうな感じ。スリーピースのスーツを着て、なんだかお坊ちゃま風。
「……き、きいてんのかっ」
……。
ああ、やだやだ。
金持ちの息子ってば、やっぱり高慢知己ね!
「ごめん、ほんとごめんね。じゃ、私急いでるんで」
申し訳無さそうな顔を作って、彼の腕を強引に掴んで立たせる。
そして、じゃ、と手を挙げて私はまた走り出した。
しゃあないよ、遅刻は厳禁。
チコクショクパンマガリカドの魔法はこりごりですっ!
というか、こういうイベントはもっと先だと思います!
* * *
「せーふっ!」
しゅたっと舞い降りた私に、クラスのみんながびっくりしたように目を見開く。
え、今どこから現れたんだ?的な目線をスルーする。
その時、ジャストでチャイムが鳴った。
うわ、やば、超セーフ!!
良かった良かった。
1日目から遅刻とか、印象悪すぎるもんね!
私の能力がこれで良かった!
ほっと、安堵の溜め息を吐きながら自分の席に着く。
「今、どこから現れたんだ?」
お、流石私。
視線の意味を一言一句、違わずに受信するなんて、ただ者じゃないわね!
…って、そうじゃなかった。
こっちを、興味深そうに見ているのは、隣の席の安斎柚生さんです。
てか、あなた隣の席だったとは。
彼は色素の薄い目で、私をけだるげに見ている。
おっと、まだ私はあなたたちが怖いわけでありますので、そんなに凝視してくるのはご勘弁願いたい所存であります!
「あ、えと、大気を圧縮しまして、その凝縮された空間から来たんで、突然現れたように見えたんだと思います、はい」
縮こまって言うと、彼は聞いてきたくせにあまり興味がない感じでふ〜ん、と頷いた。
「仕事も期待できそうだな」
流し目でそう言った安斎柚生に、身が総毛立った。
いやぁぁぁあ!
無駄に色気を振りまくな!
そして、仕事に期待をしないでぇぇぇ!!
がしっと自分で自分を抱きしめて、私は慌てて正面へ体を戻した。
すると、感じる視線。
……穏やかに見ている山吹紫苑。くすくす笑う佐久良瑠架。無表情の木ノ内燈眞。
何見とんじゃワレぇ!!
ガンつけ返す私のほうが、立派にヤクザっぽいなんて、私はまだ気づいてなかった。
「はい、授業を始めます」
―――初日はまだまだ始まったばかりだ。