編入 4
「萩原さんには、生徒会秘書として副会長の仕事をやってもらうって言ったでしょ」
ヤクザ様だなんて微塵も感じさせない穏やかな雰囲気で、彼は言った。
了承してないけどね、と私は呟く。
「今まで瑠架の仕事は、俺たちが分担してやってきたんだけど、ちょっとそれじゃ人手不足で」
困った様に笑う彼には、なんとなくこちらの警戒心を解かせるような雰囲気がある。
しかし、そんな山吹紫苑はテポドン級の爆弾を投下した。
「今回、殺し屋として名高い君に、俺たちの"仕事"を手伝ってもらうことになった」
ああ、なるほど、殺し屋の…
は?
私は口をあんぐり開けた。
いきなり過ぎて、さらりと言われ過ぎて、思わず納得するところだった。
今、私のトップシークレットを、こいつは軽々と言わなかったか。
え。何故知ってんだ。
私が隠している…ってか誰にも言ったことがなく、証拠も完璧に隠滅しているそれを…っ!!
てか、仕事を手伝う…って、何を!?
麻薬を売りさばくとか、スイッチ入ったときはともかく、口を割らせる拷問とか、私できないっすよ!?
「丁重にお断りします」
用件がそれだけならさっさ帰ろうと、私は立ち上がった。
「じゃあ、しょうがないか。ほんとは、こんなこと言いたくなかったけど」
いやな予感がする。
ピタリと歩みを止め、振り向く。
わざとらしい悲しげな表情を作っているヤツに、私は見事に固まった。
え。
何ですかっ。
家族がどうなってもいいのか、とかそういう感じですか!?
脅しですか会長ぉぉおお!!
顔をひきつらせる私を見て、トドメにヤツは呟いた。
「……ゴシックカルマ」
なっ!?
な、な、な
「イヤァァァァアァア!!!!!!」
発狂した。
耳を塞いで首を振る。
私は、そんなパターンの脅しに対する術を持っていませぬ!
さらに、山吹紫苑は口を開く。
「…カラミティレクイエム」
「ぎゃーっ!」
「ほんとに嫌なんだね。いいじゃん、かっこいいよ。俺も二つ名欲しいくらいだ」
笑ってんじゃねぇよ!
バカにしてんのか貴様っ!
お前は知らないんだよ!
この名前が、アメリカの新聞につけられた時のあの憎悪を!
この名前が、仲のいい友達の口から発せられた時のあの戦慄を!
「やめてくださいっ!何故それを知って…!?」
殺し屋として、情報がばれるなんて有り得ない。失格だ。もう最悪。
ほんと、私こんなとこで何やってるんだか。
「瑠架が、情報屋の息子だからね」
嫌がる私を面白そうに見つめ、山吹紫苑は佐久良瑠架に視線を移した。
それに気がついた佐久良瑠架が、ヴゥン…とテレポートし、いきなり私の腕に絡みついた。
「もっと知ってるけど、聞く?」
「やめてください」
即答すると、けらけらと笑って彼は私の腕から手を離した。
「ともかく。萩原さんには、聖セレスティナ生徒会の"仕事"をしてもらいたい。これが仕事の目的と内容だ」
山吹紫苑から、すっと差し出された紙。
私は嫌々ながら、それを恐る恐る受け取って、目を通した。
【聖セレスティナ学園生徒会執行部の存在意義及び任務について】
●はじめに
聖セレスティナ学園は、裏社会での秩序を乱すものを許さない。
聖セレスティナ学園は、表の皆様の安心できる裏社会を作り上げることを目標としている。
………………
…………
……
●目的及び役割
聖セレスティナ学園生徒会執行部は、本校の卒業生が安心して裏稼業に専念できる環境をつくること、これを第一目標とする。
聖セレスティナ学園生徒会執行部は、本校内及び聖セレスティナ学園が所有する敷地内での不正行為を取り締まる権限を持つ。
聖セレスティナ学園生徒会執行部は、裏社会での警察である地位を持つ。極悪を取り締まることをその意義とする。
聖セレスティナ学園生徒会執行部は、よって人を裁く権利を有することとする。しかし、これは校長の同意を得ることを定める。
聖セレスティナ学園生徒会執行部は、表の皆様に対して、裏社会の誤解を招くような輩はこれを認めない。即刻始末せよ。
聖セレスティナ学園生徒会執行部は、よりよい裏社会を築き上げることに努める。
………………
…………
……
●任務内容
薬物や暴力、その他外道な行為は、これを認めない。
………………
…………
……
つらつらと、理解不能な言葉が並べたくられているそれを黙読していると、頭痛が酷くなったため、途中で断念。
眉間にシワを寄せる私を見て、山吹紫苑は分かりやすく要約してくれた。
うん、できれば初めから、そうしてほしかった。
「つまり、俺たちは、裏社会の秩序を乱す者を捕まえる役割を担っているってことなんだ」
…………
「はあ…」
裏社会に秩序とかあるのか?
それを、裏社会の実質一番怖い人代表のあなたが捕まえる?
……よく意味がわからないな。いや、わかりたくないな。
血みどろだよ、血みどろ。
流血だよ、流血。
生返事を返したら。
「極悪を取り締まる生徒会は、裏社会の警察的な立場で」
極悪?
ああ、あなたたちのことか。
極悪が極悪を取り締まってどないすんねん。大規模な生きるか死ぬかの、ただの弱いものいじめではないか。
またも訝しい顔つきになる。
山吹紫苑は、そんな私にどう言えばいいのか迷っているように、視線をさまよわせる。
「まあ、つまり危険のない良い裏社会を作っていこうってことなんだ。だから、俺たちは表の敵じゃないってことを知っておいてほしい。それに、裏社会がないと表社会も動かないんだよ。本来の裏社会は、イコール悪いものじゃなかったんだ。本来の裏社会を取り戻す。それを手伝ってほしいんだよ、君の実力を見込んでね」
にこっと人が良さそうな笑みを浮かべて、山吹紫苑は首を少し傾けた。
「どうかな?」
なんだか、山吹紫苑のいいたいことが、わかるような気がした。あくまで、気がしただけだが。
でも、言ってやりたい。
裏社会に、良いも悪いもないと思います。
危険のない裏社会とか、あるわけないっす。
薬物も暴力もない裏社会って逆に何?
それ、ほんとに裏社会って言えるの?
まあ、とにかく。
私は死んでもやらない。
何故私があなたたちと裏社会の秩序とやらを守らなきゃいけないのよ。
私は暗殺について学びたいだけで、そんなデンジャラスなパーソンとデンジャラスなデイズを過ごしたいわけじゃないのだ。
そうだ。 だから、……いくら二つ名を使って脅されようと…脅さ、れ…ようと…
『カラミティレクイエム』
脳裏にふと、先ほどの悪魔のような笑みが浮かんだ。
くすり、と笑うその声が耳に纏わりついて離れなくなった。
その単語は、頭の中で何度もエコー&リピート。
カラミティレクイエム…
カラミティレクイエム…
カラミティレクイエム…カラミティレクイエム…カラミティレクイエムカラミティレクイエムカラ―――――
「ぜひ、やらさせてください」
―――――あれ?
私今、何て言った…?
信じられない思いで固まって、思考を巡らす。あれ?あれれれ?今、もしかして、自分、何か、血迷ったことを言ったのではないだろうか…。
「わ、よかった!ありがとう!」
ふわり、ととろけるような甘い笑顔で、山吹紫苑は言った。すごく喜んでいらっしゃいます。
……いや、間違い。
やりたくないです。
なんて、こんな笑顔を見せて喜ばれた後じゃ、口が裂けても言えない。でも、言わなきゃ。
ごめんなさい、間違いました、お断り申し上げます、と。丁寧に誠意を持って!
いくらなんでも、断った瞬間に首と体がオサラバするなんて急展開はないだろう。
あれ、おかしいな。目から大量に汗が湧き出てきたよ。大洪水だ。どうしよう。
「良かったじゃねえか、紫苑」
木ノ内燈眞も、無表情ながらに少し口元を綻ばせている。
やめてください。
そんな目で私を見ないで!
「これで仕事もはかどるな、燈眞」
解放された感バリバリの表情で安斎柚生はため息をはく。
「やった!美人と一緒に仕事だー」
「瑠架は仕事しないだろ」
「俺の仕事を代わりにやれ」
にこにこと会話に花を咲かせる生徒会の皆様。
私は冷や汗がだらだらだった。
は、速く言わなきゃ…!
「うん、ほんとによかったよ。ニューヨークでの噂は聞いていたしね」
「けっこうセレスティナでも話題になってたしな」
「そんなに前から狙ってたのかよ?」
「まあね」
「かいちょー、すとーかー」
「……瑠架にだけは言われたくないかな」
「確かに。胸に手をあてて考えてみろって、さっきから言ってるだろ」
「まだ自分が変態だって認めてねえのか」
「うわぁぁぁん!」
上から、山吹紫苑、安斎柚生、木ノ内燈眞、佐久良瑠架の順。
その会話に、私は曖昧な笑顔で固まっていた。
……引き返せないぞ、陽埜。
どうする陽埜。
何故、口走った。
何故、脅しに挫けたのだ!
自分自身に失望だよ。
どうしてこんな目に!
いや、今からでも遅くないはず!
一か八か! 当たって砕けろ!
すぅ…と息を吸い込んで――
「ごめんなさい私――!」
「ようこそ、聖セレスティナ学園生徒会へ」
―――あれ。おかしいな。
言えなかったぞ。
山吹紫苑に遮られたぞ。
私の命がかかった一大決心を!
山吹紫苑を見れば、彼は えへっとでも言いそうな勢いで笑っている。
まさかこいつ…!!
わざとかっ!?
真剣な眼差しで私を真っ直ぐ見て、山吹紫苑は、口角をキレイに持ち上げた。
「ごめんね、萩原さん。君がいないと困るんだ。
やめさせてなんか、あげないよ」
ぞぞぞぞぞ…っと、体中に鳥肌が立つのがわかった。
いや、そんなセリフを吐けるお前にもびっくりだし!
これから人生が、きっとワンダフルすぎて悪寒だし!
「萩原、諦めたほうがいいぜ」
木ノ内燈眞が、ぼそっと呟いた。その視線に哀れみが混ざっているのは、気のせいだと思いたい。
「そうそう。瑠架に、プライバシーの欠片もない情報を口にされる前に、な」
木ノ内燈眞の言葉に頷いて、安斎柚生が恐ろしいことを言った。
プライバシー…!
殺し屋の私のプライバシーがだだ漏れなのですね!? それは殺し屋として死活問題だよ!
というか、そういう問題じゃなかったー!
私の一体、ナニがバレているのですかっ!
知りたいような、知りたくないような!
いや、知らぬが仏!
「言っちゃってもいい?」
てめぇは黙っとけ!
楽しそうな笑い声をあげる佐久良瑠架を本気で殴りたくなった。悪くないよね。
と、山吹紫苑が立ち上がった。私はびっくりして、慌てて仰け反る。
「モットーは!」
叫んだ生徒会長。
対して。安斎柚生は苦笑し、佐久良瑠架はノリノリで立ち上がり、木ノ内燈眞は無言で山吹紫苑を見た。
え、何。
何が始まるのですか。
「"安心をあなたに!清い裏社会をお届けします、生徒会です"!!!」
息ぴったりで言う生徒会の皆様。
………………………
………………
………
…うん。
………で?
………。
あ、そうなんだ〜。
へぇ〜。
……………。
……あ、もしかして、私に突っ込みを求めていらっしゃるのですか?
はい、わかりました。
仕方ないです。
生徒会秘書だって?ああ、そうですか。 やってやるよ!この際、私何だってやってやるわよ!
「―――― 選挙かっっ!!!!!!」
お気に入り登録、感想ありがとうございます!
とても励みになります!