編入 3
身をさすような冷たい風が吹いた。無意識に身体が震える。
辺りは色を無くし、物悲しく感じられる。
何故だろう。
そんな季節ではないはずなのに。
……ああ。そうか。
ある可能性に思い至った私は、ふふ、と儚く微笑むと、目の前の人物を見つめた。
―――― 今、私が生命の危機に瀕しているからか。
なぁんて、ちょっとしんみり語ってみたけど!語ってみたけれども!
嫌だ!
冗談じゃないわよ!
こんなか弱い乙女(今、誰がって言ったやつ出てこいや)を校庭に呼び出して!
決闘するとか言って!
私1人対Sクラス総勢25人だなんて!鬼!悪魔!
一応闘うのは一人ずつってったって、何の慰めにもならないわよ!!
しかも、野次馬は全校生徒!
わては見せ物とちゃうねんぞ!!
でも。
そんなこと言えません。
ヤクザ様にそんなこと言えません!
「お前に勝ったやつは、SSにあがれるとの条件を校長に取り付けてきた」
Sクラスの代表らしい流雅という人物のその言葉に、Sクラスが雄叫びをあげる。
なにやってくれとんじゃあのハゲえええええ!!!!!!
てか、だから何なんだよお前らの異常なSSへの執着は!?
俄然やる気に漲った彼らに、思わず顔が引きつる。
「まずは俺が行く!」
挙手しながら高らかにこちらへ一歩踏み出して来たのは、見るからに屈強な男だ。
げぇぇぇ。
野次馬たちは、私と彼を取り囲むように円形に距離をとった。
ほんとにやるのか…。
「よろしく。海だ。手加減はいるか?」
彼は、断絶勝つつもりのようだ。だが、いたずらっ子の少年のように笑ってみせるので、不快さを感じさせない。イントネーションも冗談のような軽さ。
でも、それが逆に私がこの決闘から逃げ切れないってことを知らしめているようで、眉を寄せた。
はいはい。やってやるわよ。
やればいいんでしょ!
「萩原ですよろしく。手加減は必要ないわ。殺しはあり?」
同じく冗談めかした私のその発言に、笑いが起こる。
「殺しはなしさ!」
「新入りの恒例行事ってやつだからな!」
「相手の実力をはかるだけだぞ!」
親切に答えてくれる野次馬に、ちょっと気分が楽になる。
でも。
「びびってんじゃねえぞ!」
「命が惜しいって?」
「殺されたくないか!」
見た目は完璧エリートのくせに、最後のほう、そこなへんのチンピラと変わんねえ発言をしているヤツがいるじゃないか。 上がってた気分が、急降下。
そっと、下品な笑い声が聞こえれる方を伺えば、EやFといったバッチが見受けられた。
クラス分けって、人間のランクでもあるのかな、あれ。
なんて、漠然と考えていると、
「まあ、真剣勝負だ!両方本気で行くか!」
心底楽しそうな声が。
そちらを見やれば、対戦相手は、ニカッと笑ってみせた。
なんだか、気持ちのいい人間だ。ヤクザ様なのにな。
ちょっと笑って、私も頷いた。
「もちろん!」
途端。
相手がすっと腰を屈めた。そして私は、衝撃波を生み出そうとして……。
あれ。
これって、能力使っていいのか?
……………。
ぴんちだっ!
「能力はあり!?」
とっさに叫んだけれど間に合わず、返答が返ってくるまえに、彼が肉薄。
咄嗟に彼から突き出された拳を掴んで、それを引き寄せ、バランスが崩れるのを予想して足を払おうとしたが、逆に掴んだ手を利用されて、身体を捻り飛ばされた。
ちっ。くそ、体格差がありすぎる。
飛ばされながら、空中でくるりと一回転して着地する。
砂埃が舞う。
スカートを叩いて、海に向き直れば、海はやっぱり楽しそうに笑っていた。
でも私は、そういう体で戦うの苦手なのだ。能力を使ってもいいのか、聞かなくちゃ!
なのに、
「なかなかやるな!」
そう言うが否や、彼はまたもや突っ込んできて――
「ちょっと待ったぁぁあ!!」
ドシュっ!!
「ボベバ!!」
あ。
………すまん。
空を仰いで、上空20mを飛んでいく海に謝った。
ほんとすまん。衝撃波出してしまって。で、でも一応咄嗟だったけど、手加減したよ?空気軽くしたよ?………いや、でも、なんかごめん。
ズサァァ…
地面に叩きつけられた海は、カクンと力なく首を傾けた。
………死んでないよね!?
―――――― しーん。
静寂。
神様、地球ってほんとうはこんなに静かだったんですね。ははは。
やっちゃったな、おい。
だから、突然響いた歓声にびっくりした。
「お前能力者だったのかよ!?」
「俺とも戦ってくれ!」
「すげえなあ!」
「あの海が吹っ飛ばされたぞ!」
「次は俺が!」
「何の能力なんだ?」
「いまの何を出したんだよ!」
「いや、あの………」
「強いんだな!」
「やっぱりSSってことか!」
「なあ、アレスはいくらなんだ?」
「やべえな!」
「なあなあ、どうなってんだ!?」
「………ほんと、すみませんでした!」
居たたまれず、逃亡しようと空気で体を浮かせたら、一斉にみんなが逃がすか!とばかりに飛びかかってきた。
「ぎぃやぁぁぁあぁあ!!!!!」
足を掴まれて、地上に降ろされる。嘘でしょお!危ない危ない!いや!危ないっつってんだろ!って、どこ触ってんだよ!?
「はぁなぁせ!!!!!」
ごお…っと、傷つかない程度に空気を凝縮させ、四方に発射させる。
「「「うおっ!!」」」
足やら手やらを掴んでいた人たちが吹き飛ばされて、自由になった私は彼らを踏みつけて走り出した。
「待てーーっ!」
「捕まえろおー!」
復活速いな!流石ヤクザ!!
って、お前ら足速っ!
「イヤァァ!!!!」
ヤクザ様に集団で追いかけられるなんていう貴重な体験をさせていただいてありがとうございますハゲジジイ!
くそっ!後で覚えてろよ!!
でも、教室に逃げても人はいないし、助けてもらえる可能性のある、ここでの唯一の知人は校長だけだ。……あれ、目から汗が。
「助けて下さいっ!!」
ぜえぜえ、と肩で息をしながら、私は校長室に飛び込んだ。
しかし、中はもぬけの殻。
誰もいない。
うそーーん!?
あいつ、最強に使えねえ!!
「はっはっは、さあ、俺と戦ってもらおうか」
「………くっそ」
振り向けば、流雅が嬉しそうに笑っている。
そんなに私と戦いたいのかよ!?
「追いつめたぞ」
わざわざ言わんくとも、わかっとるわ!
じりじりと寄ってくる流雅に、私はじりじりと後退。
とん、と足が校長の机にぶつかった。
キラキラした目で迫る彼らに、視界が滲む。
ああ、嘘っ!何故涙などっ!
泣いちゃだめよ、私!頑張って!だ、大丈夫よ!
新入りの恒例行事だって、実力をはかるだけって言ってたじゃないか!!
天井に吊されて車でぶつかられたりとか、怪しい薬をかがされたりとか、バラバラにされて海に沈められたりとか…、コンクリートに…漬けられたり……とか……うっ、………何故私がこんな目に……。
「えっ、おい、泣くなよっ」
「………は!?」
瞳が潤みだした私に、流雅がびっくりして、慌てたように言う。手をおろおろと動かして、慰めるかのように近寄る。それに、びくっと身を縮めると、彼はそれ気がついてぴたりと歩みを止めた。
「な、泣いてないわよっ」
ぐいっと袖で目をこするが、逆にぽろっと雫がこぼれた。
「い、いや…泣いてんじゃん…」
「…もうっうるさいな!こっちだって泣きたくて泣いてんじゃないわよっ」
羞恥から思わず怒鳴ると、困ったように目尻を下げて、子犬のような可愛げな表情になった。
「す、すまん。俺ら、強いやつ見ると、もうどうしようもなく身体が疼いて、戦いたくなるんだよ。怖がらせるつもりはなかったし、みんなで戦えば、楽しめるかなと思ったんだよ」
しょぼん、という擬態語がぴったり当てはまるその様子と言葉に、私は拍子抜けした。
もしかして。
いや、もしかしなくても。
ヤクザ様だっていう先入観で、遠ざけて無駄に怖がってたのは私で。
ただ戦いたいだけの悪意のない彼らにちゃんと気がつけなかったのも私で。
壁を作ってヤクザ様は敵で私とは違うんだって思い込んでいたのも私で、…
なんだ。そうか。
悪いのは私だったんじゃん。
それに、新入りの恒例行事ってヤクザ様でいう歓迎会のようなものなんじゃないだろうか。
ヤクザ様なんだし、口が悪いのは当たり前だ。きっと、そんな言葉遣いしか知らないに違いない。
「…はははっ」
そう思うと、なんだか心が軽くなって笑えてきた。
なーんだなんだ。
ははは、みんな、私と仲良くなりたいのね!(笑) 全く不器用さんなんだから、仕方ないわね。なんて、ちょっと強引に考えてみると目の前の彼らが可愛く思えてきた。必要以上に怖がることなんてなかったんだ。そういえば、私はここにきて何もされてないじゃないか。
「ううん、私が悪かった。ごめんなさい」
そう言うと、流雅は驚いたように私を見た。
「じゃあ、続きをしてくれるのか…!」
「だが断る!」
私は、すっきりした全開の笑顔で言いきった。いやー、憧れのセリフをここで言えるとは。
一瞬固まった後、流雅は不満げにえぇーと口から漏らした。ぱんっと手を併せて、拝むようなポーズをとってみせる。
「頼む!やろうぜ!」
「だーめ」
「そうよ、だーめ…って…え?」
突如。
誰もいないはずの私の後ろから聞こえた声。
え"。
ピシリと固まった私の肩に、ふわり、と二本の腕が後ろから巻きついた。ふわり、とこころなしか柑橘系の甘い香りがする。
くす、と耳元で笑い声。
ゆ う れ い !?
ガタガタ震える私に、流雅の顔が強張った。
やっぱ幽霊なのか?!
「こんなに怖がってるよ?」
私の左耳に、さらりと柔らかな髪の毛が触れる。
その甘えるような声は、どこか聞き覚えのあるような…。
「瑠架さん」
控えめに呟くように言った流雅のその名前に。
……………え"。
私は、また別の意味で体が震え出すのを感じた。
ア―――メン!!!!!
助けて先祖さま!
瑠架さんって…!
瑠架さんって…っ!!
デンジャラスパーソンその弐、佐久良瑠架じゃないか!
そうだ。そうに違いない。
だって、彼の能力は、テレポートなのだから!
あぁ、眩暈が。
「やほ、流雅くん」
振り向けない。
振り向けない。
いや、無理。
さっき先入観で人を判断するのはダメだと改心したばっかりだけど、さすがに、さすがに…っ! いきなりデンジャラスパーソンは難関すぎだよっ! だって、デンジャラスパーソンだよ?! 略してデンソン! ……なんだかジェイソンっぽくて余計恐いよーっ!!
「萩原陽埜ちゃん」
ああ、やめて。呼ばないで。
私は目をぎゅっと瞑って、両手を組み合わせる。
「陽埜ちゃん?」
「……は、はいっ」
こんなことなら、Sクラスと決闘のほうがまだマシよ!!
「やっぱりこれから生徒会室に来て?」
………………ごーん。
疑問形だけど、でも。それ、絶対私に拒否権ないよね。
「じゃ、ごめんね流雅くん。陽埜ちゃん、借りてくよ」
ほら、私何も言ってないでござるよ。
…いかん、お気を確かに陽埜。
これから私は、デンジャーの集合体とご対面しなくちゃダメなのだぞ。
これしきで倒れてたまるかっ!
そう、この萩原陽埜をナメてもらっちゃ困りますわよっ!
だいたい、私は流雅のものじゃないっ!
「テレポートするよ」
優しい言葉遣いで副会長様が呟かれた途端、私はガラス張りの豪奢な部屋に立っていた。
…テレポートすげえ。
向かい側に、机と3人のシルエットが見える。
中心の大きな机に座る堂々とした影と、向かい合わせに配置されているソファに座る二つの影。一つは気だるげに机に脚を乗せていて、もう一つは長い脚を優雅に組んでいる。
ガラスから入ってくる光が、私から見ると逆光になっていて、シルエットの顔が暗くて認識し辛い。
でも。わかった。
だって、副会長様はおっしゃった。生徒会室に行くのだと。
それに、野生の本能ってやつですね! 私には、身に迫る危険が、前方からビンビン伝わってくるのです!
「たっだいまー」
副会長様が、私の首に巻きついたまま上機嫌に言う。
いや、そろそろ離してほしいですよ私も。でも、さっきの野次馬みたく、空気でぶっ飛ばすなんて、チキンな私にできるわけがない。
どうしよう、と顔を強ばらせると、はあ、と溜め息が聞こえた。
なっ!?
私何かしましたでしょうか!?
何がお気に召さなかったのでしょうかっ!?
焦る私。でも、表情には出さない。うん、プライド的に。
無表情だとよく言われるから、集会でビビってたのも、バレてなかったらいいんだけども。
「何してんの」
机の彼から呆れたような声が。心地よいバリトンのそれは、確かに聞き覚えがある。
「かいちょーお。羨ましいー?」
そうです、会長です。
山吹生徒会長様ですっ!
「セクハラじゃないか」
きっとこの甘みのある軽やかな声は、安斎生徒会会計様。
「やっぱ俺、アイツとやっていく自信ねえ…」
このバスの渋みのある声は、木ノ内書記様だな。
「萩原さんが困ってんじゃん」
「え?そんなことないよ?」
いや、その通りです会長。
困ってます。
「最近ほんとに瑠架が同い年なのか、疑問に思うな」
「俺は前から思ってたけどな」
「瑠架」
「…しょうがないなあ!」
そんな声と共に肩に乗っていた腕がなくなって、私はひっそりと安堵の溜め息を吐いた。
てゆうか、私なんでここにいるんだろう。いろんな意味で。
「ちょっと暗いよね」
呟くと生徒会長様が立ち上がって、手を一振りした。すると、私の向かい側のガラス張りの窓にジャッとカーテンがかかり、私の横の壁でパチリと照明のスイッチが入った。
おお、流石。
物質操作の山吹紫苑様。
「うん、これでいいかな」
満足げに頷くその端正な顔が、今度は鮮明に見える。
いつの間にか、佐久良瑠架は木ノ内燈眞の隣に座っていて、話しかけてはちょっと鬱陶しそうにあしらわれている。
「手から炎だして、ファイアーっ!てして」
「なんでだよ」
「してよー」
「うるさい」
「そんなこと言ってたら、どっかに飛ばしちゃうからねっ」
「はあ? もういい加減黙れよ」
「わーん、柚生ー!」
なんだか、佐久良瑠架が不憫に思えてきた。
でも、年がら年中あの調子じゃ、ちょっとめんどくさそうだ。
「萩原さん、ちょっとこっちに来てくれる?」
その声に視線を山吹紫苑に戻す。彼は、安斎柚生たちが座っているのとは別の、ソファを指し示した。
なんだか、編入初日が長いです。
お気に入り登録ありがとうございます!
今回、けっこう自信ないです…
大丈夫かなww