少年 1
「やっと会えたぞ、ひいの!」
目の前でふんぞり返って声高に叫ぶ少年を、私は無表情で見た。
対して少年は、どや、という擬態語が聞こえてきそうなくらい、満足げな顔つきだ。
なんかムカつく。
いや、違う。
まず、誰だ、こいつ。
バラ柄のYシャツに、スリーピースのスーツ。ん?思わず二度見した。……バラ柄?趣味悪すぎないか。
しかし、まさにそれは、赤いYシャツを着込んだスーツのジャパニーズマフィアを彷彿とさせた。
まさか!
少年、ヤクザ様か!?
そして、これが俗に言う待ち伏せ!?
ということは、リンチ!?
瞬時に退路を探して、そして、ふと思い当たった。
そういえば、つい一週間ほど前のこと、佐久良が私に言ったのだ。
『そういえば、陽埜ちゃんのことかぎまわっている男がいるよ』
このとき佐久良がにやついていることに気づくべきだったのだけど、"かぎまわってる男"に思い当たる節があった私は、一瞬で頭が煮えて佐久良を見る余裕をなくした。
脳裏によぎるのは、2つ年下の少年だ。
長身で、恐ろしいほど整った顔立ち。ミルクティー色のくせ毛、同色の瞳。精巧な人形のような彼からは冷たい印象を受けるが、なにぶん内面が残念すぎる。
あの、あいつじゃないだろうな…!
『聖セレスティナの情報は全部俺がみてるんだけど、さぐられてるんだよねー。しっかりガードしたけど!』
バリアーとか言いつつ変なジェスチャーをする佐久良を後目に、私はすぐさま携帯を取り出した。
"nanDEmoya"。それを電話帳から探し出して、電話をかける。
…プルルルル……カチャ
『もしもーおし? ひさしぶりじゃんヒイノ!』
甲高いアニメ声の変な訛りが入った英語が耳をつんざいた。
おぅふ…。
思わず携帯を離して、耳をさする。
さあ、気を取り直して。
「ユラ。ボスに代わって」
『やーん! 世間話すらさせてくれないのお? もお、ヒイノったら冷たあい。 ……ボスう! ヒイノからあ!』
ユラの声が一瞬遠くなって、
『―――私だ。どうした?』
渋いバスの声が響いた。
……………。
…めんどくせぇな。
「………ボス。ご無沙汰してます。どうしたんですか。真面目モードですか」
怒りを抑えながら問うと、ヤハーッ!と訳の分からない発音のバカ笑いが聞こえてきて、私はますますいらっとした。
『ハハ! ボクってばうっかりさんだね! ヒイノ相手に仕事モードだったね! 自分が恐れ多いよ!』
「は? 言葉の使い方間違ってませんか。てか、バカにしてます?」
『まあまあ、ヒイノ! 久しぶりだね。こっちはみんな元気だよ。いやー、優秀な人材ばかりで困るね。流石"nanDEmoya"だね。一体誰が建てたんだろうね!』
「はあ…。あなたですよ、ボス」
『ヤハーッ! そうだった、ボクだった! うっかりさんっ!』
ちょっと、いらっとしちゃったな陽埜ちゃん。
「ほーんと、ボスは奥さんに逃げられるくらいうっかりさんですよねーっ」
『………。禁句だよ、ヒイノちゃん』
「すみません。あまりにもイラッとして。……突然ですが、シェルにいらぬこと言ってないですよね?」
『…。……シェル? 何も言ってないよ。彼は今、君がいなくなった絶望に打ち震えて、任務もままならないよね。連れて行ってあげなよ』
「いやですよ。面倒臭いの知ってるでしょう? ……うーん、じゃあシェルじゃないのか」
『ヒイノが日本に行ったなんて知ったら追いかけかねないからね。任務があるから言ってないよ。――それより、もう依頼を受ける気になった?』
「まだですよ。私には、まだまだ学ぶことが沢山ありますから。超一級の暗殺マスターするんで、帰ったら絶対私が"エース"ですよ!」
『……。ほいほーい、期待してるねー』
「ちょっ、私、真面目に言ってるんですけど! 総理とか一発で殺れるようになりますから!」
『わかったわかった、頑張ってね。ヒイノ』
「はい、じゃあボスもお元気で」
電話の切れた携帯をながめる。
相変わらず頭おかしいけど、信頼していたボスと話せて、私は無意識のうちに頬が緩むのを抑えられなかった。
懐かしい空気だった。
まだ、聖セレスティナ学園に転校してきて日は浅いのに、もう何年も会ってなかったような気がした。
ああ…。
きっと私は、デンジャラスな日々に染まってしまったのだわ。
そこの見えない会長と、腹黒い副会長と、毒舌な会計と、怪力な書記と、殺る気しかない生徒ばっかりの、このデンジャラススクールに。
そして、そのうち私もデンジャラスガールに! ……あれ、ちょっとカッコいいな。ふは。
なんて、にやけていると。
「…ひいの? どうした、」
どや顔少年が、私の顔を覗き込んだ。
おおおっ。忘れていたぞ少年。
そして近いぞ少年。
綺麗な顔立ちしやがって、このやろ。
嫌味か!平々凡々な私への侮辱か!
……うん?
あれ、なんか、どっかで見たような。
「オレに会えた感動で言葉も出ないか!」
……いや、気のせいだろう。
こんなガキは知らん。
「………」
私はくるりと踵を返した。
セレスティナに帰ろうとする私の背後で、何やら少年が喚いているのが聞こえたけど、さっぱり無視した。
面倒くさいことになった。
てか、名前ばれてんじゃん。
全然バリアー出来てないよ佐久良!
「あれ? どうしたの陽埜ちゃん。忘れ物ー?」
きょとん、と首を傾げている佐久良を睨みつけた。
「この役立たず!」
「ええっ! いきなりの罵倒! ちょっとゾクッとしたー!」
「げ、変態くるなよ! あんた情報管理全然出来てないじゃないか!」
「えー? ちゃんとしてるよー?」
「さっき知らん少年がきて、私の名前ほざいてた!」
「ああー、あれだ、藤本お坊ちゃんだ。あれはねー、わざと、なんだよ!」
「ああ、わざとかー。……って、ふざけてんじゃねぇぞてめえええええええ!!」
けらけらと笑う佐久良を追いかけ回す。
くそっ、全然つかまんねぇ!
歯ぎしりしていると、安斎が私の手首をつかんだ。反動で後ろによろめく。
「なんだよ!」
「はあ…。君も落ち着けば。調べたって名前と学校くらいしかわからない。瑠架は、ああみえて仕事に責任持ってる」
「責任持ってるやつが、生徒会の仕事をサボったりするのか!」
「……撤回しよう。瑠架は、ああみえて情報の仕事には責任持ってる」
「生徒会として意味あんのかそれ!」
「あは、てれるなー…。俺、出来る子!」
「佐久良てめぇ、別に褒められてねえよ!!」
「なんか腹立つなあの顔」
「俺ったら、シャイボーイ☆」
「うざい」
「うざうざうざうざうざうざうざうざうざうざ…」
「陽埜ちゃん! それ怖い! 連呼めっちゃ怖いから!」
怖いよう、なんてぶりっ子しながら、山吹にしがみつく佐久良を鼻で嘲笑って、私は窓際に近づいた。
そこから下を見下ろすと、腕組みをしながらふんぞり変えるガキ……ごほごほ。えー、なんだっけ、藤本お坊ちゃんがいて、憂鬱になった。
いったい、いつまでいる気だ。
帰れ! かーえーれー!(大人気ない)
そして、私は帰りたい!
ギリギリと奴らを睨みつけていたら、お坊ちゃんが視線に気づいて、満面の笑みで手を振ってきた。
ぞわわ。
ひいの は せいしんてき な ダメージ を うけた!
だめだ。なんだろう。
どうしたんだろう。
あいつ、生理的に無理だっ!
会話に妄想が入っているところが、一番無理だっ!
そして、ストーカーでしょ!
私が1番きらいな人種だよストーカー!
だって、だって、…(過去のトラウマ)
「俺も行こうか?」
そのとき、優しい声がした。
ひいの は その やさしさ に めろめろ だ!
「山吹っ!」
だいてっ!
「ありがとうございます。さあ、共に帰りましょう」
これ幸いと、ぐいぐい背中を押す私に、 山吹は苦笑して、
「いい機会だし、みんなで帰ろうか」
なんて、ふわりと笑った。