木ノ内 1
「あ、あのう」
出て来た声は、とてつもなく震えていた。
いやね、怖がってるわけじゃないのよ!
ほんとよ!ほんとなんだから!
でもさ、木ノ内ってさ、なんかでかいし、怪力だし、しゃべりはじめたらしゃべるくせに基本無言だし、なんかこうさ、つかめないってゆうかさ、いや、もう言うよ、言う!
------気まッずい!!
安斎のときより気まずい!!
嫌いじゃないだけ、というかむしろ好きな部類なだけに、余計に沈黙が苦しい!
わかってるのよ、彼がほんとは優しいってこと!でも、やっぱりそんな付き合い長くないからさ、黙られてると実は怒ってんかなとか不安になるじゃん?なんない?いや、なる!!(どーん)
しかも、こないだ"俺的教育方法☆ ~火あぶり編~ 著:木ノ内燈眞"を目にしたばかりの私には、彼と二人きりは刺激的すぎる。
火あぶりである。めらめらで焼死である。そうだ、忘れがちであるが、こいつらはみんなヤクザ様だったのだ!いつだって私は殺される危機にいるのである!ひいのちゃん、うっかり忘れちゃうとこだったぞ☆
「なんだ」
上から見下ろされる視線にぞくっとしちゃう。
ひいの は あまり の きまずさ に あらたな きょうち を みいだした 。
境地もとい、快感である。
「…今日は、その、何をしに?」
恐る恐る彼を伺う。
そう、何を隠そうこの陽埜、のこのこ待ち合わせ場所に来たはいいが、本来の目的を知らなかった。
内容を把握してないなど、仕事人としてあるまじきことだ。
まさしく必殺である。つまり、自分が必殺されるのである。笑いごとではない。
「…今日は、燃やしにいく」
……what?
なんだと?
燃やす!?
火あぶりか!!!
「いらない廃屋とかは、溜まり場になるから燃やす。それから、交渉すら応じねえし、まじでいうこときかねえとこを燃やす。あと、何があっても暴れるな」
お、おう、いえーす。
あいあんだーすたーんど。
ゆーあー、べりーべりー、
でんじゃらすぼーい!
その発言通り、木ノ内は能力使ってあらゆる場所を燃やして行っただけだった。
たしかに、無口で天然っぽいもんね、交渉とかできないよね、木ノ内くん。
ちなみに、行ってきて☆と言われたから私はここにいるのであって、これを見学してどうなるかといったことは、私のような下っ端にはわかりません。
山吹生徒会長様のようなお偉い方には、なにかお考えがあってのことなのでしょうが、私のような一介の秘書には到底理解できません。
けれども、ついてきたからには、わたくし、精一杯燃やすのを手伝わせていただく所存です!
私は、微風を起こして火の向きを調節したり、燃え上がらせたりしてサポートに回った。なんだか結構楽しんだ。
だが、問題だったのはここからだった。
終わりだ。と言った木ノ内に頷く。
またやりましょうね!というと、苦笑された。
楽しかったんだな、と微笑ましそうに見下ろされ、憮然とした私ははあ?と喧嘩腰に嫌な顔をした。
「た、たたた楽しくなんてありませんでしたけど!」
「そうか。だが助かった」
「…………いえ。ありがたきお言葉。楽しかったです」
大人な対応は、時として何よりも心に深く傷を残すものである。めそ。
「それで、もう解散ですか」
「違う。が、萩原はただ暴れなかったらいい。俺もそう。後は、あいつらに任せる」
………Pardon??
Could you speak more slowly??
いや、ゆっくりされてもわからんけど。
暴れなかったらいい?
結構難しいことをおっしゃいますな木ノ内どの。
だってさ、殺し屋としてはさ、本能的に身体が動いちゃうというかなんというか……
……はっ!ほら殺気!!
身体をかがめ、肘を思いっきり後ろへ引く。
どふっ、と肘にいい感触。
ど真ん中!!
………て、え?
後ろを振り向くと、ひっくり返ったスーツのおじさん。え?
前を向けば、あーあ、と落胆の表情で私を見ている木ノ内。え?
もう一度振り向く。銃口があった。え?
木ノ内を見る。もう無表情だ。
振り向く。銃口だ。
はあ!?!?
いや、落ち着け。
久しぶりの火薬にテンション上がってるだけだ。落ち着けー、落ち着くんだひいのー。
深呼吸をして、観察をする。
先ほど失神させたおじさんと同じスーツを着た十数人が私たちを取り囲み、皆同様に私たちに向けて銃を構えていたのだ。
な ん で す と !
銃だああああああ!!
いやああああああ!!
NYぶりじゃないのあんた!
思わず叫んで、私に銃を向けてるやつの首に手刀を叩き込むため重心を下ろし、風も操って銃口を切ってやろうとしたとき。
「だから、暴れんなって言っただろうが」
耳元でそう言って、木ノ内が私の目を塞いだ。
何事だ。
そして、腕も絡め取られる。
何事だ!
「暴れんな…、いいな」
耳元に低いバスの声で囁かれると、腰にきちゃうゼ木ノ内☆
こくこくと頷き、私はテンションを落ち着けて、戦意も収める。
両手を上げると、彼らはぺらぺらと英語を話し始めた。
「{抵抗するな。黙って私たちについて来い。そうすれば、まだ撃たない}」
こくこく、馬鹿の一つ覚えの如く頷く。
まだ、に、ぞくぞくきちゃうね!
命の危機だね!
なのに暴れんなって、反撃しちゃだめってことだよね!
死ねってか。
死ねってか木ノ内いいい!!
無表情で後ろ手に腕を縛られている木ノ内に恨みがましい視線を送っていると、私も手首を捻じ曲げる勢いで縛られた。……痛いんだけど!
「{ちょ、痛い痛い痛い!優しくしてよ!}」
抗議すると、かちゃりとこめかみに銃を突きつけられた。
やだ、野蛮!!
「{うるさい。黙ってろ。次しゃべったら命はない}」
銃を懐かしんで、テンション上げてる場合じゃなかった。
間違いなく命の危機だ。
ヤクザ様マジ怖いっす。マジパネェ。
命の危機にもかかわらず、こいつらを殺して逃げようと思わないあたり、私はそこそこ、木ノ内を、そしてセレスティナ生徒会を、信用していることになるんだろう。ヤキが回ったもんだぜ、アタイも。へっ。
どんっと肩を押され、荒々しい仕草で黒い車に押し込められた。
痛いってば!
睨むけど、口答えはしません。
命が一番大事です。
誰かチキンな私を笑ってくれ!
そして、罵ってくれ!
不甲斐ない私が、再び立ち上がれるように!みんなの罵倒を!!
………なんだか、ヒーローっぽい。
窓にはカーテンがされていて、外の様子は見えない。車が動き始めた。どこに行くのだろう。どなどな。
* * *
おい起きろ!というヤバンな怒鳴り声で目が覚めた。
何事だ。あたりを見回して、私を蹴り飛ばそうとしているスーツ姿の男が目に入った。もれなく、拳銃もついている。
はっとした。
そうだ。誘拐されたのである。拉致である。監禁である。白骨死体である!
そんな状況にもかかわらず、惰眠を貪っていた自分は、まさしく尊敬に値する。
隣をみれば、おきろ!という怒声とともに木ノ内が蹴り飛ばされていた。さすが木ノ内。きみも仲間か。
緊張感のない私たちに、誘拐した彼らは苛立っているようだった。
おりろ、と乱暴に背中を押される。
やだ、優しくして☆
なんてふざけていると、倉庫みたいなところに転がされた。そして、見張りを五人ほど残して、あとの人は去って行く。
見張りは二人が入り口に、後の三人は奥にある部屋へと消える。
きた、放置プレイ☆
眉をひそめて座り直している木ノ内は、打ち所が悪かったのか、いってぇ、なんて呟いている。
「あの、」
この後どうするんですか、と彼に問おうとしたところ、じゃき、と音がした。
入り口に立っている男が銃を構えている。なんと!
「{しゃべるな!}」
気が立っているようだ。カルシウム不足が案じられる。ううむ、きれやすい若者。いかにも、私のほうが若いのに問題であるな。
武力と権力と金にはめっぽう弱いこの私、ソーリーと口にする他なかった。つまり、全てに弱いのである。てへ☆
そういえば、私が肘鉄喰らわす前に、木ノ内は後はあいつらに任せると言ってはいなかったか。
あいつらだと?
考えられるメンツは、もちろんのこと、残りのセレスティナ生徒会の皆様である。
そのとき、頭にノイズが入った。
-----------生きてるか?
「死んでたらどうすんねん!」
思わず叫ぶ。
ぴしゅん!
間髪いれずに、足元に銃弾が飛んで来て平謝りする。
まじで死ぬとこだったじゃねえか!
誰だよ、こいつ。
訝しむ私の心が伝わったかのように、明瞭になった音声が頭に響く。
-----------安斎だ。
えっ、安斎だと!?
そんなことできたのか!?
確かに、この人を誑かす甘やかで軽やかな声音、そして、それでいながら身を張った我々への気遣いのかけらも無い言葉。まさしく安斎柚生であろう。
まじこえー。精神干渉まじぱねえっす。
だてにデンジャラスパーソン名乗ってないわ。まあ、勝手につけたわけですけども。さすがセレスティナの貴公子。まあ、これも勝手につけたわけですけども。
てへぺろー。
------------これ、精神削るから、…早く終わらせるぞ。あと萩原、失礼なこと考えてんなよ、筒抜けだからな。
私は思考を放棄した。
-------------待機だ。
えーと、…
one more please?
--------------木ノ内、了解。
えっ、了解しちゃったの木ノ内!
これでわかったの木ノ内!
--------------だから、何もすんなって言ってんの!
苛立ったような安斎の声。
ここにもカルシウム不足の若者を発見である。まったく、世の中とはなんと無常なことか。穏やかなる萩原が、愚かなキレやすい若者によって、虐げられているのだ。これを見逃すことがあってよいのだろうか。いや、ない!!
---------------はあ、…きみ、まじでうるさいから黙ってくんない?だから、俺らが奴らを潰すまで、そのまま待機!逆らわずにそのまま待機!じっと待ってろ!
はい。すみません。
しつけのなってない雌犬で申し訳ありません。
こんな雌犬に口は必要ございませんね。
まあ、口じゃなくても考えてたら丸分かりなんだけどね!!あははは!
-----------------ちっ。
舌打ちと共に接続が切られたのが、感覚でわかった。
舌打ちしたあ!
あいつ舌打ちしたよおおおおおお!
……………。
……。
することないな。
もぞもぞと動くと、後ろで縛られた手が縄で擦れて痛い。
あいつら、やりたい放題しやがってー。痛いだろ!女の子には優しくしなきゃだめって言われたでしょ!これだから日本はレディーファーストがなってなくて困る!とは言うものの、彼らは英語しゃべってたし、アジア系ではあるものの日本人ではない顔立ちだった。
香港とか?
…香港!?
チャイニーズマフィア!
なんと!
逆らわなくてよかった!
体と首が永遠のお別れをするところであった。
まず手から切り離され、次に足!
おおおおおおお。なんてことだ。
日本に帰ってくるべきではなかった。
あのまま、nanDEmoyaで依頼を受け続けているべきだったのだ…。
こんなところで死ねないわ!
私!私、まだやり残したことが………。やり、残したことが……。……ないな。
特にねえわ。盛ったわ。
ふう、妙に冷静になったな。
やり残したことがないなんて、なんて人生を謳歌しているのであろう。
まったく、素晴らしい生き方である。
このゆとり世代蔓延る現代、我のような悔いなき生き方を体現している者が二人と存在しようかというものだ。
ふむ、ならば、やりたいことをやるべきではなかろうか。
待機と言ったが、この陽埜。そんな弱気でよいのか!よくない!!…いや、待て。
よく考えろ。
あのセレスティナ生徒会の三人のいうことをきかなくていいのか?
否、そんなわけない。デンジャラスボーイたちに逆らうことなんて出来っこない。そんなことしたら、香港の方たちよりも恐ろしい目に会うに違いないのだ。
…待とう。ここで待っているべきだ。
でも。
ここを見張ってる奴らくらいは!
やっちゃってもいいんじゃないの!
自分で安心する場所をつくらないと!
誰も守ってくれやしない!!
てことで!
陽埜!
いっきまあす!!
「木ノ内」
「あ?」
「アタシ、やってやんよ!」
「………は?」
叫ぶと同時に銃口が向けられる。
にやりと笑った。縄を風で切る。ええ、やるしかないのです!
大気を圧縮して、打ち出した。ぴしゅん、と銃弾を弾き飛ばして、その空気の塊は見張りを吹き飛ばした。
ふふん、陽埜様にかかれば、こんなものさ。
倒れこんだ2人の見張りに駆け寄る。
呻いている。そうだ。だって殺さないようにしたもん!
だ、け、ど!
その腹を踏みつける。
完全に急所を狙ったそれは、彼らの意識を奪った。
振り向いて、木ノ内に親指を立てる。
すげえっ!みたいなキラキラした目で見られた。
おお?わかってくれるか木ノ内。
こんなの初めて!!
私は感動のままに駆ける。
奥の部屋から出てきた男たちの背後に回る。首筋に手刀を叩き込む。蹴る。殴る。ちょろいぜ!
私がふっ、と髪をかきあげれば、木ノ内がおおー、と拍手をしてくれた。
やだ、いいキブン!