柚生 1
今日は休日です。
けれども、わたくし、萩原陽埜は、出勤です。
隣には、欠伸を噛み殺している安斎柚生様がいらっしゃいます。
そうです。
今日は、山城さんのところへ行くのです。
「休みの日まで生徒会とか、最悪。ただでさえ、疲れてんのに」
ふぁあ、なんて口を手で覆いながら、かったるそうに歩いています。
私はその三歩後ろ、所謂大和撫子ポジションで、そうでございますね、なんて頷く。
私が三歩後ろを歩いていると聞いて、乙女と思った方。訂正しておきます。
訂正することが、自分にマイナスになることはわかっています。けれど、乙女なんて思われるのは蕁麻疹が出そうなほど、むず痒いのです。そうです。これが、女子力が最大に欠如したものの症例です。
さて、みなさん、これは私が淑女だからではなく、チキンだからなのですね!
何が悲しくて、安斎の先陣を切り、悠々とヤクザ様のご教育に向かわねばならないのですか!?
なぜ!?いや、そもそも向かわねばならないことがなぜ!? どうして!?私はただ、ここで、この日本という土地で勉強して、スーパーになりたかっただけなのに!!
……ごほん。
取り乱しました。
今日は私、女子力向上デーなのです。ですから、このように敬語なわけです。
だって、今から女子力の塊、いいえ、女子力の権化のような山城さんに会うのですから、多少のむず痒さは耐えて、私も前もって女子力を上げておくべきでしょう。
そう!いくら、安斎に奇妙な目で見られようとも!
「…なんか、今日大人しくねえ?」
「そうですか?いつも通りですよ」
ふふ、と微笑むと、すごい嫌な顔された。
なんだ!なんか文句でもあんのか!
言えば!?言えばいいだろ!!
……ごほん。
こいつです!
私がこんな言葉遣いになってしまったのはこいつのせいです!
「…あー、そういえば蘭さんに会ったらしいじゃん」
ぶっきらぼうに尋ねる安斎は、こちらを見向きもしません。
けれど、さっきから絶えず話題を提供してくるので、私が思うにこの人は沈黙が苦手なのではないだろうか!
いつもは、やかましい佐久良がいるので気づかなかったけど。
「ええ、会いました。とても綺麗な方で女子力がとても高かったです」
おっと。
とてもを二回も連呼してしまった。
なれない女子力を意識すると、どうにもだめである。
反省していると、安斎は興味なさそうに欠伸をした。
「……へー」
なんだこいつ!
なにこの返事!
てめえが訊いたんだろうが!!
はーん?
なるほどー?
沈黙が苦手なわりには、問いかけるわりには、その話題を続けさせることが出来ないタイプだなー?
ふっふっーん?
「なにその顔。ぶさいく」
「は?!」
……、、
……は?!?!
「今、ぶさいくって言ったの!?ひどっ!!」
「いや、だってまじでぶさいくだったし」
「shut up!!」
「おおー、発音いいー」
「こいつ、ば、バカにしてるっ!!」
「はーい、つきましたよー」
「わー、ほんとだー。ってこら!!」
こいつと話しするの、なんか疲れるんだか!!
こんなめんどくさいやつだったっけ?
もう、デンジャラスパーソンの誰でもいいから来てよ!こいつと二人きりにしないでよ!
ふはは、なんてバカにしたような笑い声を上げながら、安斎は見覚えのある屋敷で立ち止まった。
カーテンと話し合いをした、お屋敷である。どどーんとした日本家屋で、もう日本庭園あるし、池あるし、そこには橋あるし、漆喰の門あるし、スーツの厳めしいオジサマたちいるし、てか、ヤクザ様いっぱいいるし、いるし、いやああああああ!!そうだわ!山城さんってかなりのジャパニーズマフィアだわ!がたがた。
「何固まってんの。置いてくよ」
「ま、まままま待って!」
こんなところに置いて行かれてたまるか!
「ようこそいらっしゃいました。お久しぶりでございます、安斎様。昨日ぶりですね、萩原さん」
にこ、と小首を傾げた山城さんにノックダウンしそうです。
昨日と同じように華やかな着物に身を包んだ山城さんは、そこはかとない色気が立ち昇っている。いやー、やっぱハニーちゃんとは違うわー。ハニーちゃんてば、あれだからな、色気万歳なわりに胸からしか色気出てないからな。……いや、こっちの話。
「ご無沙汰してます、蘭さん」
少し目を細めて、甘やかな声で山城さんに挨拶をする安斎に殺意が湧く。
てめえ、さっきまでの私への態度とのその差はなんだ!
どんな差別だ!貴様の態度の良さは、女子力の高さに比例するとでも言うのか!?
山城さん!こいつ、私にブスって言ったんですよ!むきーっ!
「あの子たちは、こちらに集めております。どうぞ、上がって下さい」
しとしとと歩く山城さんについて行く。
あのオジサマたちを、あの子呼ばわりする山城さんの将来が心配になった。
姐さんだな。こりゃ。真っ赤っかなグロスにタバコを咥え、下にヤクザ様を侍らせ、肩まではだけた着物姿の山城さんが脳裏に浮かんだ。
やだ!そんな!姉御ぉとか呼ばれてる山城さんは見たくない……こともないな。想像したら、すっげーかっこいいな。見たい…いやしかし!彼女は私の女子力の目標!姉御度MAXな山城さんは……いやでも!!
くそっ!どうしてこう世の中は理不尽なんだっ!私にいろいろな山城さんを見せてくれたっていいだろうに!
「萩原」
「はいっ!」
元気良く敬礼した私は、安斎の顔を見上げる。
危ない。
思考が旅に出ていたぜ。
「いっておかなければならないことがある」
安斎が神妙な小声で言った。顔も真面目くさっている。ぷぷ。え、自分、ぷぷじゃないよ。え。な、なに?なになに?
「俺も教育は初めてだ」
なんですと?!
「しかし、ここにマニュアルがある」
なんと!
ばさりと取り出したファイルの束に、私は感銘を覚えた。
「だが、この通りにいくとは限らないし、成功するかもわからない」
そうですね、その通りですけど、
「だから、俺は自己流で行く」
ふん、と口角を上げた安斎は、きまっていた。きらきらと金髪が光に輝き、背景には白馬が見えるかのようだった。さすがセレスティナの貴公子(聞いたことがない?そりゃそうだ。私が今つくったのだからな)。
そのセレスティナの貴公子(←ちょっと気に入った)は、ばさっと私にファイルを押し付ける。い、いらねぇ…。
「ついてこい!」
これ、突っ込むとこなのかな…。
踏ん反り返ってブレザーを翻す安斎の後ろで、私は"俺的教育方法☆~トラウマ編~ 著:佐久良瑠架"と書かれたファイルを抱きしめていた。
なんだこれ。これは確かに見習うべきではないと思う。けれども、初教育のあなたが自己流で行くのもどうかと思う。
不安しかない心を押し込めて、私は大和撫子らしく、はい、なんて笑顔で頷いた。