瑠架 2
「生きたまま、己のしたことの罪を償ってー、絶望に苦しみながら俺らの手足となって欲しいなあって思いますー」
下僕。生きる絶望。
いい響きである。
なんて、うっとりしかけた。危ない危ない。なんてことだ。デンジャラスな奴らに感化されている。下僕よりも生きる絶望よりも何よりも! 不意打ち殺害の方がいいに決まってるっ!こんなんじゃ不意打ち隊隊長の名が廃るわ!!
しっかりするのよ陽埜ちゃん!がんばれがんばれ陽埜ちゃん!
「えー、なぜ壊滅させられてるかお分かりのこととは思いますがー。詐欺とかー、不法な取り立てとかー、あー、うちのかいちょーが一番嫌がってたのは、一般の方を巻き込んだことですー。
裏だけで勝手にやってたらまだマシなのに、一般の方も連れ込んで不当な取引させて、従わなかったら追い立てて身売りまでさせたらしいじゃないですかー。身売りって、何時代ってゆうかー。笑っちゃうんですけどお。ぷぷ!
俺はー、基本的に暴力で解決するのが好きなんですけどー。だって、言ってもわからないバカには、体にわからせるしかないじゃないですかあー」
とことこと、部屋を歩き回りながら佐久良はしゃべり始めた。まるで世間話。
その会話の運び方は、なんとなく山吹を彷彿とさせた。
組長のおじさんの腕を背中でひねりながら、私はそれを見ていた。
おじさんの捕獲あんど拘束を佐久良に任されたのである。佐久良は、他の組員の完全無力化に努めるらしい。
ふむふむ。こうやって、佐久良のやり方を学ばせようということだな。なるほど。ためになるぜ。お母様!ボス!そしてユラ!ハニーちゃん!シェル…はどうでもいいや。あと不意打ち隊のみんな!待っててね!陽埜ちゃんはジャパンで大きくなって、暗殺を学……ん?そう言えば、私ってば、一級の暗殺を学びたくてここに来たんじゃなかったっけ?あれ?なんでこんなことしてんだ?なんでヤクザ様なおじさまをひねり上げてるんだ?うーん。でもなあ、山吹には逆らえぬ。あいつはデンソンNo.1だ。そう、デンジャラスパーソンなのだ。しがない殺し屋のか弱い陽埜ちゃんは、鬼のような生徒会のヤツらの手駒となって、ヤクザ様と戦わなければならないのだ。なんて運命!なんて可哀想なの!私可哀想すぎるわ!
「は、離さないかっ!」
下で何やら喚き声が聞こえる。気のせいである。
か弱い悲惨な運命に巻き込まれた陽埜は、ヤクザ様に離さないかなんて言われるはずがないのである。よって、完全に気のせいである。
「……」
「聞いているのか!おい!きみ!」
「ああはいはい。きいてますよう、うるさいなあ」
「う、うるさいだと!? ふざけるな! そもそも、こ、こんなことしても、我々を警察に突き出すことはできないぞ!」
「知ってますよう。だから、セレスティナがきたんじゃないですかー」
…………。
おじさんがうめいて逃れようとしてるけど、ばっちり関節キメてるから!
この"nanDEmoya"が誇るソルジャー陽埜ちゃんからは逃げられないんだぞ☆☆☆ てへ ☆…
…………ちょっと、前回の戦闘狂のイメージを払拭しようとして失敗しました。全て忘れてください。ほんと。
「蹴り飛ばしていうこときかせるのは簡単なんですよねえ。恐怖は人間の本能ですから。バカでもちょっとはわかるでしょう。でも、誰だって、痛いのは嫌だと思うんですよー」
佐久良は続ける。
言ってることとやってることが矛盾しているような気がするのは気のせいではない。
やつは、まだ動きそうなわずかな敵意を持つヤクザ様に蹴りを加えて無力化していっているのである。
え、あんた結構武力派だったのね。
怖い怖い。可愛い顔して怖いわー。
やることえげつないわー。
もうその人、アキレス腱切ったから歩けないのに、睨まれたのが気に入らなかったのか傷口を踏みつけている。悲鳴が上がる。カオスだ。
このやり方、真似しない方がいいと思います。人間として。
ちらりと腕の中のおじさんを見る。佐久良に怯えているようだ。楽しい。
「…怖いですか?」
「ひっ、へっ?な、なんだっ」
いきなり話しかけた私に、おじさんはびくっと体を揺らして反応した。
ふは。可愛いなあ。こんなに震えてるのに、強がって睨みつけてくるのだ。
なんだか、虐めてみたくなって、私は腕をひねりあげる角度をきつくした。
「ぐっ!」
「……」
息の詰まった呻き声。
私は少し笑ったのかもしれなかった。
楽しい。
--------不意に片隅で気配がした。いけないとわかっていたけど、さっきのせいで、あれが頭の奥底でずっと蠢いているのだ。出てこようとしているようで、でも、私はそれでもいいかな、とか思った。
そうだ、血だった。
背後から見えるおじさんの無防備な首筋に、乾きかけた血が見えた。私じゃない、佐久良がつけた傷だ。
ふと。
そこへ無意識に手を伸ばした。
「な、なに…を……っ!」
びくっ、と震えるおじさん。つつ…と、傷口にそって指を這わせる。傷は細いけど、深いらしい。強張る肩。少し粘着のある、血液独特の感触。ああ。血だ。血を流させてる。どうなるかな。
どきどきした。やばいと思った。
ぐ、と指先に力をこめたその瞬間。
「だから、」
目の前に佐久良が現れた。
はっとして、首筋から手を離す。
同時に、戻ったのがわかった。はっとした。頭が鮮明になった気がした。
危ない危ない。殺し屋としての私は出さないってボスとの約束なのに。まだまだ半人前だ。やだ!しっかり!
いきなり現れた佐久良は、ブレザーのポッケに手を突っ込んで、ゆったりとこちらを観察している。
まったく能力がテレポートだなんて!
なんて羨ましいっっ!
私も空間を縮めることはできるけど、疲れるんだよね。すっごいねむくなるんだよね。
体力ない私にとって、それほど羨ましい能力はないぞ!!
思わず、再度おじさんを締めてしまった。背中で腕をひねりあげられているおじさんは、再びぐう、と変な声をあげる。やだ、うっかり☆
佐久良は、そんなおじさんの前に立って、笑う。
「ふふ。苦しそうだね? 苦しいのは嫌ですよねー。俺も痛いのは嫌です。
でも。俺の場合、苦しませるのは好きでしてー」
楽しそうな表情を浮かべて、佐久良は先ほどまで私が触れていた、その傷口に指を添える。うらやま。
恐怖に引きつったおじさんの顔を存分に眺めてから、そして、ぐにゅりと指を食い込ませた。
ごぽ、と。
流れる血。
わああああ!やだ!!
新しい血が、鮮血が!!
きゃああああ、羨ましいいいい!!
え、違う? 女子高生の反応じゃない?
いやいや、でも見てよ! おじさんのあの苦痛の表情を!
…え? …そういう性癖じゃないよ!!違うよ!
おじさまをひねり上げていた私には、痛みと恐怖に完全に支配されたおじさまの脈が急激に上がるのがわかった。
身体も小刻みに震えている。
「ひ、ひぃぃい…っ!」
「いうこと聞いてくれないとやだよ。俺に暴力をふるわせないでね、次は殺しちゃうかも」
ぐちゅぐちゅとえぐる指の動きに、声にならない悲鳴をあげるおっさん。
……シュールだ。
もう、おじさんの首からは血がだらだら流れている。やだ、見ちゃだめ☆陽埜ちゃんもそろそろ我慢のゲンカイだぞっ。
これでショック死しないなんて、佐久良は色々なテクニックを使っているのだろうか。気になる。もしかして、今回学ぶのはこういうこと!?拷問だって取引だって、人体のこと知り尽くして情報だって集め尽くして挑めよ的な!?なんてこと!こいつ、できる!!
「温かいねー、どうしよ、これ、動脈だよね、でっかいやつだよね、んー、きみ、もしかして死ぬ?」
違ったみたい。
こいつ、ただのばかみたい。
人のこと異常者みたいに言ってるけど、佐久良も大概、精神壊れてると思うよ。
周りを見渡せば、意識ある人は誰一人として存在していなかった。血みどろである。誰も死んでないのが不思議なくらい血みどろである。いや、死にかけばっかりだな。
まあ、"nanDEmoya"も人格破綻した奴らばっかりだったのは内緒である。
そこから、佐久良はガサゴソと端がシワになった感じの書類を出してきた。どこに保管していたんだ。山吹を見習わんかね!
対して、おじさんは意識朦朧としてるっぽい。応急処置したけど、血流しすぎたのと、首のなか抉られるっていうショックな出来事のせい。
そんな、意識ないも同然のおじさまに、佐久良は従うことを承諾させ、手際良く書類を書かせ、山城組の傘下にはいる旨を伝えて、次からはそこの屋敷で働けと言った。説明が適当なのは、佐久良が適当だったからです。
ううーん、ところで、山城組ってこんなにメンバー増やしてどうするんだろう。
「陽埜ちゃん?」
「は、はいっ!」
ぼんやりと、うな垂れたおじさんたちを見ていると、佐久良に話しかけられた。
おじさん、カーテンと仲良くやるんだぞ。カーテンは改心したからな、おじさまもきちんと働けよ。うむ。なんて他人事みたいに車に積まれて行くおじさまを眺めていたところだったから、佐久良の言葉を咀嚼するのに時間がかかった。
「陽埜ちゃんにね、教育を任せるってー」
iPhone片手に、佐久良はのんびりと言った。
……。
「代われ☆」
笑顔で手を差し出せば、佐久良は大変怯えた顔をして、慌てて私にiPhoneを渡した。
『ー……あれ? 瑠架? おーい』
聞こえてくる声は、我らが生徒会長様のものである。
「あらあら、山吹様ごきげんよう」
不機嫌に挨拶すると、受話器の向こうで山吹が楽しげに笑う声が響いた。
『ははっ、ご機嫌ななめだね?』
誰のせいだと思ってる。
『そうそう、次の仕事だよ。萩原さんにはね、次は柚生の仕事を見学してもらいますっ!』
山吹の声の遠くで、わあー、とやる気のない盛り上げ役(つまり、のこりの安斎と木ノ内)の拍手がきこえた。
なんだあいつら!
『別に柚生の仕事は教育係じゃないんだけど、今回萩原さんが捕まえた彼らの教育を見てもらうのがいいかと思って。瑠架のあとだから、穏やかな柚生が適任だと思うんだ』
へいへい。
行けばいいんでしょ行けば!
「わーかーりーまーしーたー」
「はは。そんなにすねなくても。いいでしょ?萩原さん、お勉強好きでしょ?」
「えっ、なにその勘違い!?こわいっ!!」
「いずれは、陽埜ちゃんが書記…あわよくば副会長なんだから、しっかりしてもらわないと」
……は?
いま、聞き捨てならない単語がっ!
「はっ!?えっ!?なにっ!?会長ってな」
「あ、やべ」
ツーツーツー……
切りやがった!?
あ、やべって何!?
言っちゃった☆みたいな!?
何それ!どういうこと!?
みんな同じクラスだよね!?
それで、だから同じ二年生だよね!?
なのに?私が?書記!?なぜだっ!
……考えてもわからないし、ま、いっか。
いやいやよくない!よくないよ!
パニックになって、逆に冷静に佇んでいた私は、佐久良が山城さんを呼んだのに気がつかなかった。
「セレスティナ生徒会の皆様。ご苦労さまですわ」
りん、と涼やかな女性の声がした。
はっとしてそちらを見れば、豪華な着物に身を包んだ、日本人形みたいな綺麗な女の人がいた。
……誰だ?