山城 3 / side 紫苑
▼ side 紫苑
彼らは完全に誤解していた。
あれは、無意識ながらに、完璧に脅迫と化していた。
俺は後方でその状況を眺めながら、小さく溜め息をついた。
***
入室する。
山城からきいていた通り、彼らは静かに座っていた。
俺たちの見ているところでは、従っているかのように見せるのである。
本当に…いらない知恵を付けたものだ。
しかし、バレたらどうなるのか、というところまでは頭が回らないらしい。
それとも、見回りの仕事の合間に恐喝などして、バレていないとでも思っているのだろうか。
ちゃんと念を押したつもりだったんだけど、俺が思っていた以上に、彼らは理解していなかったみたいだ。
壊滅させたときの加嶋の怯えは、俺の言葉を理解し、従っても将来的にも消されるかもしれないという不安からのものではなく、ただ暴力と権力と身に迫った社会的抹消に対してだけの恐怖であったのだ。
現時点で彼らは、俺たちに不要な人材――むしろ、邪魔者であると認識されている。
いつもなら、もう消してるところだ。
足手まといはいらない。
従わないやつはいらない。
危険因子は排除する。
そうやって、聖セレスティナ学園生徒会の"仕事"は成されてきた。
自分たちの基盤を危うくしてまで、邪魔者の面倒をみる必要などないのだ。
だから、あえて。
萩原陽埜に任せた。
彼女の実力は認めている。
裏社会で、名を馳せているあの"CODE:HH"だ。
風のように。
ふわりと現れ、何の証拠も残さず、綺麗に殺す。
ターゲットは自分が死んだことすらわかっていないような穏やかな顔で死ぬのだ。つまり、一撃だ。
任務は完璧で、その姿を見た者は殺される。
それなのに、何故彼女のコードネームがバレたり、二つ名がつくほど有名になったかというと、彼女の所属していた組織が面白がってバラしたかららしい。
彼女もそれなりに恨みを買っているだろうに、正体が露見する危険性を面白いで片付けるのだから、彼女は組織からの信頼も厚く、バレても問題はないと思われるほどの実力を持っているということになる。
俺は彼女に、いい裏社会をつくると言った。しかし、そのために汚いことをしているのも事実だ。
彼女には、俺たちの"仕事"のいいところも悪いところも知っておいてもらう必要がある。
無理やりとはいえ、セレスティナの生徒会に所属しているのだからその義務がある。
ひいては、今回の件で裏社会の現状に触れ、改善したいという意識を引き出す。
邪魔者は、消すべきだと。消さなければならない人物もいるのだと。
―――彼女は知らなければならない。
ヤクザに怯えている彼女は、それでも強かだ。
やるときはやる。間違っていると思ったら、ヤクザ相手だろうが何だろうが対抗する。自分に危険が迫ったら、ヤクザ相手だろうが何だろうが攻撃する。先日の生徒会然り、彼らを壊滅させたとき然り。
それでいいのだ。
そして、それが自分であると認めなければならないのだ。
そんな俺たちの思いは、よくも悪くも裏切られることになったが。
どうなるのかな、と楽しみな気持ちを抱えつつ、俺は柚生と燈眞と共に、整列する集団を挟んで瑠架たちの対面を陣取った。
萩原が瑠架の背中から、そろりと目だけをだす。そして、楽しそうな俺たちを見つけ、瞳を眇めた。ちょっと怒っているのかもしれない。彼女は、あまり表情を顔に出さないから分からないが。
加嶋哲郎。
彼は単純な男だった。
危険を、暴力でしか判断できない男だった。
だから、わざと怒らせた瑠架に、簡単に引っかかった。
こんな小さくて野蛮なチームでも、トップだった男である。
バカ呼ばわりされてずたずたになったプライドにかけて、啖呵を切って。
愚かだ。全く考えなしの行動だ。
俺たちに逆らって何のメリットもないことすら分からないのだろうか。
否、損だらけだ。前、消すと言ったのに、もう忘れているのだろうか。
前回、俺と萩原の2人相手でさえかなわなかったのに、今回は生徒会5人だ。今は男のプライドだなんてカッコ良く言ってる場合ではないのだ。
ああ、ほんとにバカなんだ。瑠架に同感した。
彼らの評価はますます下がった。邪魔者から、消したい者になった。
いらない。バカはいらない。
立場も状況も、何も考えられないバカはいらないんだ。
瑠架もそう思ったんだろう。瞳がすぅ、と細められ、笑みが消えた。
しかし、すぐに取り繕う。何か背後と言い合いをしている。
「ひぃ、!」
小さな、悲鳴だった。
しかし、加嶋哲郎が萩原陽埜に恐怖を植え付けられていることはすぐにわかった。
彼はあのとき、圧倒的な暴力に屈した。故に、あのタイミングで一番暴力に訴えた――つまりヘアピンをぶっさした彼女に最も恐れを抱いているのだろう。おそらく、言葉で追い込んだ俺よりも。
「あの……」
萩原が声をかける。加嶋は、はげしく首を左右に振る。
「な、何でもないです!」
その言葉に、萩原は納得がいかなかったらしい。きっと、もう彼女の頭の中にはヤクザ云々は消えているのだろう。
「え、いやいや!啖呵きる途中だったじゃないすか!」
「滅相もない!」
「ええっ!? いや、言ってくれてかまいません! 私は話し合いをしにきたんです、さあ!」
否定する加嶋は、可哀相なくらいの怯えようだ。
まあ、仕方ない。ヘアピンが革製品のソファに刺さるのに、どれくらい速度が必要なのかとか考えてみたら、萩原はもはや人間じゃない。俺でもそこそこ怖い。おそらく、風の能力を使って空気抵抗をなくしたとかスピードを上げたとかだろうと思うけど、そんなこと加嶋は知らない。
「な、いえいえっ、不満など何も!」
「………」
一向に話が進まない。苛立ったように眉根を寄せる萩原。
「ちょっとふざけただけなんです、真面目にします、すみません、刺さないで」
そこで、ようやく萩原は自分が怯えられている要因に思い至ったらしい。
「まさか!」
「ひ、!」
いきなり大声を出した萩原に、またもビクつく加嶋。いい加減、寿命が縮むんじゃなかろうか。
萩原は途端に、にへと顔を緩ませた。逆にちょっと怖い。
美人なのに何か残念なのは、きっとこういう表情の作り方が気持ち悪いときがあるからだろう。……いや、悪口じゃないよ。客観的な意見で。
胡散臭い笑顔で、胡散臭い話し方で萩原は加嶋に語り始めた。
「ご安心を。わたくし、本日は本当に、お互いに、よりよい関係を築こうと思ってやってきました。ですから、話し合いをしましょう。わたくしはまだ新参者でして至らぬ点も多々あるとは思いますが、あなたたちに快くお仕事に励んで頂けるよう尽力したいと思っています」
身振り手振り。
壺でも買わされそうな胡散臭さだ。
「本当なんです。だからこそ、私がこうしてお話ししているのです。バカ呼ばわりする後ろの小さいお兄さんとか、とにかくシメたがってる会長さんとか、実はみなぎってる無表情の大きいお兄さんとか、トラウマを植え付けたがってるお兄さんとかの代わりに。ね? ほら、私ってば何も怖くないでしょう? ヘアピン投げたのは悪かったです。殺し屋してたもので殺気に敏感なんです。殺られる前に殺らないとって思ってしまって」
この瞬間、加嶋一同がピシリと固まったのがわかった。
しかし、萩原は警戒心を解こうと必死でしゃべり続けていて、周りの空気のことなど気づいていないようだ。
彼らはやっと、俺たちが殺る気満々なのがわかったらしい。
それより。
俺たち、ちょっと貶されたよね?
柚生にアイコンタクトすると、眉をひそめて頷き返された。
燈眞は、なぜバレているのかとショックを受けていた。ああ、みなぎってたのバレたくなかったんだ。でも多分、みんな気づいてたよ。
「あ、殺し屋といいましたけど、ヤクザ様と殺りあうつもりなんてないんですよ、私は。だって、私の得意なのは、何も知らないターゲットの不意をついて殺るというか。つまり、不意打ちなんですよね。ですから、対面して殺し合うのは向いてないんです」
なんの悪気もなく言った萩原。
でも多分、加嶋たちは思ったのだろう。これは脅しなのだと。これ以上勝手をすれば、不意打ちで殺されるのだと。
つまり――。
"ヤクザ様と殺りあうつもりはない"は、殺り'あう'つもりはないのであって、殺るつもりはあると。
"対面して殺し合うのは向いてない"は、影から不意打ちで殺るのが向いてると。
「そう、その不意打ちのこと、よく仲間に卑怯とか言われるんですけど、抵抗されると困るじゃないですか。だから、殺るなら絶対、不意打ちです。安心しきってる相手のテリトリーで、死んだことすら悟らせなきゃいいんです。これ、知っといたら、いつか役に立つと思います! 是非、不意打ちやってみて下さい。ここだけの話、実は私、殺し屋の不意打ち派を増やし隊隊長やってるんです」
極めつけにこれだ。
知っといたら役に立つ、なんて不意打ちでやれるってこと覚えとけよって言ってるようなものだ。
知っとけば、予防くらいはできるかもね、ま、あなたたちのテリトリーであっても、殺せるけど。死んだことすらわからないうちに、って。
そう、あなたたちは、いつ殺されるかもわからない立場にいるのよ、と言ったのだ。
しかも。
殺し屋の不意打ち派を増やし隊隊長だ。他にも不意打ちができる殺し屋の存在を暗にアピールしたのだ。
――おそらく。
萩原は何も考えてなどいない。
顔が、自分優しい!って言っている。
警戒心を解こうと頑張るあまり、余計なことまでしゃべって、更に怖がられている。……世話ないな。
「あ、脱線してしまいましたね。すみません。
さて。なぜ、山城組さんに従わないのですか? なんでも言ってみて下さい!」
両手を広げた。
これは…、完全に、脅しだ。
無意識なのが、たち悪い。
益々怯えた加嶋たちを、不可解な顔で見ている萩原を見て、俺は目頭を押さえた。
こいつも、バカなんだな。
生徒会に入れたの、間違ったかもなあ。
柚生は呆れた顔だ。
燈眞は……、尊敬の眼差しで萩原を見ていた。マジか。
「……。みなさん?」
「………」
「……。…わかりました、質問形式にしましょう!はい、か、いいえで答えて下さい。あなたたちは今山城組の傘下にいることにご不満がおありですか?」
「えー、じゃー…、……これからは私が来なくても大丈夫ですよね?」
加嶋たちは、完全に畏縮していた。
彼らは完全に誤解していた。
俺は後方でその状況を眺めながら、小さく溜め息をついた。
彼女は、俺らの予想の斜め上を吹っ飛んで行った。
そして、帰ってくる気配もない。
予期せぬ脅迫なんて、何の意味もないんだよ。今度、言葉の使い分けと、態度の使い分けについて教えないとだめだな。
天然…、じゃないな。
バカかな。
俺は、
『平和的でしたよね? 物分かりのいい方たちでしたね』
なんて燈眞に言っている萩原を、生暖かい目で見ることしか出来なかった。
紫苑の口調 真面目ww