山城 1
ふわぁぁ。
欠伸をかみ殺す。
やっと終わった!
今日も生きて帰れる!
驚異的なスピードでスクバに教科書を詰め込み、身支度を済ます。
はやくセレスティナから立ち去りたい一心だ。
「何帰ろうとしてんの」
「へっ?」
背負ったスクバをぐいっと引かれた。このまろやかな声は!
振り向けば、案の定、安斎柚生である。
ああ、もう嫌な予感しかしないよね!
「今日は、生徒会だろ」
「…………。いや、知らねえよ!」
「けど、萩原も出席義務があるだろうが」
無視かっ! くそっ!
何も言えねー!
いや、感動でとかじゃないよ!
蹴り飛ばして脱走とか、怖いことはできない。
なんといっても相手はヤクザ様。ジャパニーズマフィアだ。
怯えなのか怒りなのか何なのか。無意味に震える身体で、黙って安斎に確保された萩原です。
「………だるい」
「テンション下がるようなこと言わないでよ、燈眞ぁ〜」
「君たち、ピシッとしないかね、ピシッと!」
「「これはこれは山吹大佐!」」
変な小芝居をしている3人がやってきて、ますます鬱になった。
木ノ内燈眞、佐久良瑠架、山吹紫苑である。
木ノ内、きみ、そんなのに付き合うキャラだとは…!
びっくりである。でも、木ノ内は無表情……というか、むしろ怒ってんのかって言いたい。怖いから、その顔。いや、笑ってもきっと、子供誘拐しそうにしか見えないんだろうけど。笑顔でね、警戒心を解いてやろうとしてね、子供に逃げられるやつね。
「さあ、みんな揃ったね! 行こうか!」
うきうきといった擬態語がぴったりと当てはまるような山吹紫苑は、にこにこしながら先陣切って教室から出て行く。
どうした。何がそんなに楽しい。
「生徒会は、月末の金曜日に行うから。覚えといて」
安斎柚生が言う。
え、毎月やんの!?
びっくりした顔の私にどう思ったのか、木ノ内が続けた。
「結局仕事のせいで毎日活動あるから、変わらないが」
………………。
え?
「きいてないきいてないきいてない!! え? 毎日!?」
「言ってなかったのかよ」
少し驚いたふうな木ノ内に問われ、安斎もきょとんとした。
「知ってると思ってた」
そういうコミュニケーション不足が、人間関係を冷め切らすのよ!!
「えええ! まじそういうのやめて! 帰りたいです!」
「じゃあ、ひとりで帰る途中で、組壊滅して来たらいいんじゃない?」
「わー、ステキ! 柚生様と毎日生徒会活動だなんて楽しいなー!」
「……」
その冷めた視線、やめてください。安斎柚生さん。
イケナイ道に目覚めそうです。
「じゃあ、生徒会始めます。それでは皆さん!」
山吹紫苑の言葉に、俊敏に立ち上がる生徒会一同。
「“安心をあなたに!清い裏社会をお届けします、生徒会です”」
言い終わると一斉に着席し、何事もなかったかのように手元の書類に目を通し始めた。
1人、ついていけず困惑する私。
え、もしかして、いつもこれやってんの?
始まりの号令代わりなの?
言えない、漠然とした不安を胸に、私もおもむろに書類を手に取る。
「さて、」
―――山吹紫苑の開始の一言。
それだけで、先ほどまでとは全く違う空気が辺りを包んだ。
緊張感とも殺気とも違う。異質な空気だ。
重い。
私は周りを伺った。円形に座っているため、みんなの顔がよく見えるのだ。そして、見たことを後悔した。
今までのふざけた雰囲気とは違う、それは、裏社会の代表としての彼らの顔だった。
いやん、陽埜、死んじゃうかも。
「前回の組壊滅に伴って、ある問題が生じた。山城組に面倒をみさせたのだが、どうにも、山城の見てないところでやりたい放題し始めたらしい。緊張感がなくなったみたいだ」
……それって、あれかな。
青のりカーテンかな?
みんな、覚えてるかな!
私がヘアピンを投げつけたヤクザ様だよ!
でも、なんだかこの空気。私がいつものようなノリで発言することがはばかられた。……ので、無言で話をきく。
きっと、平和的な解決をしてくれるはずだ。
私が突っ込まざるを得ないような――…
「シメれば」
「木ノ内ィィイィイイイ!!」
えええ!?
シメんの!!
まず話し合いじゃないの!?
「最終的には、シメるけどね」
「山吹ィィイィイイイ!!」
シメるんだ!
シメるんだね!?
なかなかワイルド☆ ……じゃねぇよ!!
だめだ、もはや異文化交流だ。しっかりするのよ陽埜。
「でも、もう会長たちが話し合いしたんでしょ? だったら、もう脅すしかないじゃん?」
瑠架てめェエェェエエ!!
「山城さんも連れて、トラウマにしちまえばいい」
安斎ィィイィイイイ!!
「まっ、待って待って! 武力で支配することは結果的に本質的な解決にはならないと思うな! 過去の大きな戦争とかも、武力や権力で抑えつけられた被支配者層の支配者への不満が爆発して起こってるじゃない? ね!」
何が、ね! なんだと自分でも思った。
だがしかし、よく頑張った、私のチキンハートよ。
「反抗なんてさせなきゃいいんだよ。そんな気起こさせないくらいの圧倒的な権力差を見せて、彼らが結託するのさえ許さない。それとも、他に何かいい案が?」
山吹の視線が、怖い。
いや、今までも怖かったけど、そうじゃない。今までは、私が怯えていた。
けど、これは山吹から出された相手を恐怖させる冷気だ。
いつも緩く溶けている濃紺の瞳は、底冷えするような光をもって私を射抜く。
これが、山吹紫苑の仕事の顔。
私は、少し笑った。
そうか。ちょっと、楽しいな。
懐かしい空気。
だって、これは、彼らにとっての任務だ。
かち。
小さな音がした。
そう。任務!!
「…ふふ」
「え、萩原さん? どうかした?」
楽しくなって、笑った。
ら、山吹が訝しげな顔をした。
「あー、もしかして……」
「瑠架、知ってんのかよ」
「なんか、やばいんだけど」
もうだめだ!
抑えられなくなって、私は叫んだ。
「行くぜ卑猥物があああ!! 脅しだなんて生ぬるいんだよ!!」
ダンッ! と机に足を乗り上げた私に。
「え? え?」
山吹はテンパる。
「陽埜ちゃん人格変わるんだよー、ある言葉で」
瑠架は冷静に分析。
「……大丈夫なのかコレ」
木ノ内は無表情で心配。
「…変わりすぎだろ」
安斎は普通に驚いている。
「あのカーテン、まじナメたマネしやがったらただじゃおかねぇ」
思い返して、ギリギリする。
にしても、カーテン!
よく身勝手できたな!
ピン1本じゃ足りないってかコラ!
「大丈夫、基本口が悪くなって、戦闘中毒的な感じになるだけらしいからー」
「「「大丈夫じゃないだろ!」」」
佐久良の説明に、3人が異質なもの見る目で私を見る。
失礼しちゃう!
え?
二重人格じゃないよ?!
意識あるから!
陽埜としての意識あるから!!
ただね、任務だと思ったらね、うずうずしてね……、
うわああああ、行くぜェエェェエエ!!ってなってね、まあ、行くんだよね!!
何にって?
そりゃあ殺しに!!
そりゃあ、殺し屋だから!
任務だから!
やらないと死んじゃうから!
「待って、落ち着いて! 瑠架、落ち着かせて!」
「んー、情報とちょっと違うなー。ま、いっか。お疲れ様、陽埜ちゃん」
お疲れ様だって?
ああ、終わったのか。
「………はい、お疲れ様です」
「切り替え速ぇな! そして、しおらしいな!」
「むしろ誰だ!」
本当に失礼なことを言うな、安斎!! むしろ誰とかひどすぎるだろ!! 今まで、ちゃんとおしとやかだったでしょ!
頭の中で騒ぐ戦闘狂が去っていく。
はあ、終わったか、任務。
「え、二重人格?」
「違います!」
「……別人だったぞ」
「いえ、あの…。任務のたびに自分を鼓舞してたら、任務ってきいたらあんなになるようになってしまって……」
「苦労してきたんだな…」
「へ、へい…」
すまん、nanDEmoya。
やっぱり、だめだ。任務ってきいたらおさえられなかったよ。
いやん、陽埜ったら、うっかりさん(コツン☆)。
「予想外のこともあったけど、まあ、全員一致で"シメる"に決定だな」
山吹が言った。
―――あ。