編入 1
しゅたん、と軽やかな足音を響かせて、彼女は地面に着地する。
顔を上げて見据えるのは、彼女の登場に驚いた顔をすぐに引き締めて銃を構えた厳つい外国人男性。
「……みぃつけたっ」
色素の薄い瞳が三日月形に笑み、柔らかそうな栗色の巻き毛が肩の上でふわりと揺れた。
守ってあげたくなるような華奢で可憐で清楚な超絶美少女。
それが、まさに彼女を表す言葉。ただし、外見だけであるが。
案の定、彼女はゆっくりと口角を上げて、ふわふわの桃色の唇から有り得ない言葉を吐き出した。
「さっさとくたばれよぉ!この猥褻物があ!!」
ドォン!!
差し向けた手のひらから放出された凄まじい衝撃波が、それに対抗して撃たれた銃弾をも弾き飛ばして彼の身体を貫いた。
衝撃波により空気が凄まじい砂埃を上げる中、彼の身体が力なくへたりと地面に落ちた。
しかし、"猥褻物"が息絶えたことの彼女の仕事柄重要な確認もせず、くるりとその場に背を向けた彼女は、気だるげに髪の毛をかきあげた。
「弱ぇなあ」
* * *
――― 聖セレスティナ学園。
マフィアやスパイ、暗殺者を育成する、国が黙認している裏社会を代表する登竜門。
表向きは超お嬢様お坊ちゃん学校であり、偏差値も高いため、一般的に簡単に入学できないと思われている。
学園は、2100平方キロメートルの広さを誇っており、その面積のほとんどが実戦経験を積むための練習場として存在している。
香川県の広さが1875平方キロメートルであるからして、聖セレスティナ学園の巨大さがおわかりであろう。
2100平方キロメートル全てが、50メートルの外壁で囲われており、聖セレスティナは登校時と下校時以外は、外界から完璧に遮断されている。
さて、そんなに広いと移動やばくね!?と思われた方。ありがとう。誠によい質問です。
聖セレスティナ内は、所々に高頻度で設置されているエレベーターのような箱で地下を高速で移動できる(エレベーター内の液晶パネルに、行きたいエレベーター設置場所をタッチすると、指定先に1分と経たずに到着する)ため、心配ご無用なのだ。
聖セレスティナ学園には、所謂能力者と呼ばれる者も通っており、その者たちもあわせて、実力で細かくクラス分けと、ランク付けがされている。
ちなみに、聖セレスティナ学園の"聖"は、"せい"ではない。"ひじり"と読む。
―――…さて、そんな聖セレスティナ学園に、本日一人の編入生がやってきた。
彼女の名は、萩原陽埜。
先程の、女性とは到底思えない言葉遣いをした美少女である。
聖セレスティナ学園の正門の前に少し落ち着かない様子で立ち、軽くジャンプしてスクールバックを肩にかけ直す。そして、着慣れないブレザーの首もとをしきりに気にしている。どうにも、リボンの角度が気にくわないらしく、引っ張ったり左右に揺らしたりして、ようやく頷いた。
そして、深呼吸を2回…3回……5回………8回。少し泣きそうな気持ちを引き締めるため、唇をきゅっと噛み締めて、両頬をパチンと叩いた。
「頑張るぞっ!」
うしっ、と気合いを入れて、陽埜は聖セレスティナ学園のインターホンを押した。
* * *
「萩原陽埜。17歳。今までニューヨークに滞在しており、実戦経験も豊富。能力あり」
空間パネルを操作しながら、深い碧色の髪をした整った容姿の、さわやかな印象を与える端正な顔立ちの男は楽しげに言う。
「かいちょーお、それ今度の編入生?」
彼の後ろから、パネルを覗き込んだ茶髪の少し幼い印象の彼に、会長と呼ばれた男はうんうん、と頷いた。
「わ、超美人じゃん!やった!」
パネルに表示されている履歴書の写真に、茶髪は大きな目が特徴的な可愛らしい顔を綻ばせて嬉しそうにはしゃぐ。
「ったく、てめえは変態かよ」
そう言ったのは、金髪を靡かせる、どこかの貴公子かのような綺麗な顔立ちの男だ。
「瑠架が変態とか今更だ、柚生」
呆れたように茶髪を見やるのは、黒髪に赤いメッシュが入った少し厳ついながらも整った顔付きをした男。
黒髪メッシュは、自分の言葉に何か遠い目になって、はあ、とため息を吐いた。
どうやら、茶髪の瑠架という男の、過去の変態行為に思いを馳せているらしかった。
「え、俺そんなに変なことしたことある!? ねえ、柚生!?」
燈眞の感慨深いため息に、瑠架が金髪に聞く。
柚生という金髪は、冷たく瑠架をみやり、よく胸に手を当てて考えてみるんだな、と言った。
「うわぁぁん!かいちょー!」
いじめられたー。と、会長に抱きつけば、よしよしと頭を撫でられて満足げだ。
「で、その萩原なんたらがどうかしたのかよ」
柚生が会長に問うと、会長は意味深に笑った。
「お楽しみ。」
* * *
▼ 陽埜 side
―――― 3日前
ガタガタと揺れるレトロな列車の中で、私は今朝母親から送られてきたパンフレットをめくる。
『仕事お疲れ様。
お願いがあるんだけど。ね、陽埜。明日から日本の学校に行ってみない?』
受話器の向こう、軽いノリで話された。
もちろん、拒否した。
断固、拒否した。
この人が、未だかつて私にプラスになる提案をしてきたことなど一度もない。いや、一度だけあったか。
しかし、うちの母親が私の拒否権なんて認めているはずもなく、"お願い"という名の"命令"は、決定事項として私に告げられた。
『陽埜は勉強できるけど、人生それだけじゃないのよ。それに、ほら、暗殺の基礎的なこと学びたいって言ってたし、丁度いいと思うの。明日、パンフレットをホテルに送るわ』
ニューヨークで一般人として通っていた学校には、すでに退学届けが提出されていて、母親の手際の良さに泣きたくなった。
まあ、確かに私は戦闘専門で、それしか勉強していないから、日本で一級の暗殺について学びたかったのも事実だ。日本、つまりシノビであり、ニンジャである。私のモットーに最も近いクノイチの祖国日本!
だから、日本に帰国することについては賛成である。
でもなあ。
学校に通う必要がわからない。しかも、高校生レベル。
加えて、あの母親が進めてくる学園がまともなところだと思えない。
今の所、パンフレットをみる限り、ただの超金持ち学校だけど、面積がはんぱじゃない。いくら金持ち学校だからって、普通に暮らすのにこんな面積使う?金持ちの神経って信じられない。
それに、聖セレスティナ学園って、仕事関係できいたことがあるような気がするんだけど…、気のせいかな。提案された仕事内容が、この学園に通ういけ好かない金持ちの抹消とかだったのかな?うーん。なんだか違うかった気もするけど。まあいいか。
だいたい、日本語なんて滅多に使わないから下手になってきてるし、いきなり日本に帰れって言われても困るのよね。……ちょっと、今思うと、母国語をしゃべれないって、けっこう深刻じゃない?
ま、まあ、気を取り直して、真面目に手元のパンフレットに目を向ける。
豪奢な校舎の写真がところ狭しと貼り付けられていて、食事はミシュラン三ツ星のシェフがどうたらだとか、世界で最大級の広さを誇るだとか(←当たり前だろ)、校舎は伝統的な建物でありながら、清潔感溢れるだとか、世界一綺麗な校舎に選ばれたとか、学生はみな礼儀正しく勤勉で、粉かなクラス分けで一人一人の実力にあわせた授業をしているとか、私にとってはあまり魅力的に感じない言葉たちがずらずらと並べたくられていた。
そのとき、パンフレットの間から、ヒラリと封筒が落ちた。
誰からかと、裏返すと母親の名前が。
全くいい予感がしない。
嫌々ながら封を切り、中に入っていた手紙を読んで――…
「うそぉおぉぉお!?」
私は絶叫した。
そうだ。そうだ!
きいたことがあるような気がしたのは、金持ちの抹消なんかじゃない。
ここが!
あの"聖セレスティナ学園"か!
日本の裏社会を牛耳る統領とかマフィアとかスパイとか暗殺者とかを育成する、超恐ろしい場所!
厳めしい男が溢れかえり、殴り合いなんて日常茶飯事、あわよくば殺っちまえ!精神の地獄のような場所!
そんなデンシャラスプレイスに私を放り込むつもりなのか、あのババアは!?
いや!無理だから!!
絶対生きて卒業できない。もはや、入学した途端に私は昇天するかもしらん。
うわ、最悪。泣きそう。
まだ17歳なんですけど!まだ生きていたいんですけれど!切実に!
命の危機を感じた私は、貪るように母親からの手紙を読み進める。
なんでも、この学園には、逆らってはならない超危険人物がいるらしい。
私はそれを、死ぬ気で頭に叩き込んだ。
そして。
やってきた本日、編入当日。
「はじめまして」
校長室にやってきた私は、白髪混じりのおじ様にとびっきりの笑顔でご挨拶。
じろり、と私を見た校長の目に、私はピキリと固まる。
……この校長、すごい強いぞ。
雰囲気が、熟練者だ。もし、任務中に会ったら、確実に泣いて逃げるレベルに強い。今まで会ってきた中で、きっと一番強いんじゃないだろうか。
うわぁぁ!殺さないで!!
どうか、殺さないでぇえ!
ちょっと涙目の私は、今にも挫けそうな心を叱咤激励して、もう一度校長の目を見据える。
「今日編入する予定の萩原陽埜です」
はい。
これしか言うことないです。
困った。困ったな!
何か言って下さいな、校長ぉ!!
こんなことなら日本語の勉強を、もっと徹底的に理解し直すんだった。
ほんと、殺さないで。
お願いだから。
怖さにぎゅっと身体を縮めた私の耳に。
「よくきたな」
それはそれは、優しい声が届いた。
………ん?
さて、ここには私と校長しかいないわけだが…、
この声は、このガチ強そうな(まず眼力が常人じゃない)校長?
もう一度、校長をじっと見つめる。
確かに、眼力はとても恐ろしい光を放っている。でも、その奥に、暖かいものが見えて、思わず身体の力が抜けた。
なんだ、そんなに緊張することなかったんだ。校長は強いけど、きっとその分いい人だ。
「聖セレスティナ学園の女子はたったの1割しかいないが、君がみんなと仲良くなれることを祈っているよ」
……こ、校長ぉぉお(;O;)・。゜!!
「この学園は、大概普通の学校と変わらない。何事もなければ、みな普通の学生だし、普段は真面目に勉強をしている。奥の奥は別として、柄も悪くない」
私は、その奥の奥が大事だと思うのです校長。
……言えないけどさ。
まあ、裏にどっぷり浸かってる私が言えたことじゃない。
「ただし、喧嘩になった場合は、殺し合いだ」
はい、肝に銘じます。
こくこくと凄い勢いで首を振って見せると、校長は軽く頷いて続けた。
「その場合は、君も本気で殺ってくれてかまわない」
さっきから気になってたけど、やるって字、間違ってません?
…って、いやいや、現実逃避してる場合じゃなかった。
これは、ちゃんと聞いとかないと、死ぬ。確実死ぬ。文字通り死ぬ。
「だが、決して逆らってはいけない者が、いる」
はい。その通りです。
この萩原陽埜、彼らの名前から家柄、さらには身長、血液型まで調べ上げ、そして死ぬ気で覚えました。
まあ、プライベートな部分は、口にするのを控えましょう。………え?何でって?だって、まだ死にたくないから!
・ 山吹 紫苑
表向きは大手製薬会社、実は日本の裏社会のトップの山吹グループの御曹司様々。長男。
カリスマ性が半端なく、ヘタなことをしない限り誰にでも分け隔てなく優しい。家柄が怖いだけで、みんなに慕われているので、生徒会長を務める。
容姿端麗、眉目秀麗。運動神経もよろしい。ただ、言っとくが、日本で最もデンシャラスパーソン。
・ 佐久良 瑠架
やり手の情報屋で、かなりの権力を持つ佐久良家の3人兄弟の末っ子。
可愛い容姿と末っ子気質の甘えん坊さで、女子から男子から(!?)絶大な人気を誇る。
しかし、可愛い見た目に騙されてはならない。情報屋であるので、敵に回したくない男ナンバーワン。
どうしてか、彼が副会長。
・ 木ノ内 燈眞
由緒正しきヤクザの木ノ内家長男。つまり、どでかい日本庭園とかついてる日本家屋に住んで、若様とか呼ばれちゃってるよな感じ人。
こいつも、顔よし頭よし家よし。クールで強くて、憧れる!と、男から大人気。
厳ついくせに、書記なんかできちゃうような男。
・ 安斎 柚生
近頃、急速に力を持ち出した安斎家の次男様々。
安斎家は、表で外資系企業をしているが、裏ではスパイを派遣する家業を営んでいる。
柔らかい物腰と優しい喋り方、王子のような容姿も相まって、女子からキャーキャー言われる。
会計を務める。
そこまで反芻すると、全身に寒気と震えが走った。しかもこいつら、全員能力者。おっと、怖いね。ついつい神様を恨んじまうね。
「4人には、絶対!近づきません!!」
私は俄かに叫んだ。
よしよし、と少し口元を和ませた校長は、次の瞬間、信じられない言葉を発した。
「よし、じゃあ集会に行こうか。全校生徒、集まってるよ」
眩暈がした。
校長。
ヤクザの皆様方に向かって、私に自己紹介しろと言うのですか?
いや、あの。失神しちゃいますよ。私。