第五話 暗躍し始める敵
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事後処理は手間取らずに終えることができた。
人質を都市警察に引き渡し、後のことはそちらに引き継がせた。
犯人グループは1人を除いて全員死亡、その1人は背後関係を洗うためにタイガーチームが半殺しで止めた男だ。死んだほうが楽だったかもしれない。縄に縛られていたところを人質にリンチされたからだ。
あえてフラッシュも止めなかったのは、見てて爽快だったから、とはさすがに言えない。
被害は撃たれた隊員が2人。
1人はかすり傷で済んだが、もう1人は不運だった。防弾チョッキを装備していたのだが、弾は運悪く防弾チョッキの隙間を縫うように脇下に命中し、反対側の肩甲骨付近へと貫通していた。その場で応急手当てをして、すぐさま都市の病院に搬送された。
「ご苦労だったな」
「旅団長、もう着いたんですか」
ヘリへ戻るかと思っていたら、都市警察の車でマックが現れた。
「100キロ程度、すぐだよ。君たちは艦に戻りたまえ、レイに場所を知らせておいたからそこまでヘリで飛んでくれる」
「旅団長は?」
「お偉いさんと報酬の交渉だ。せいぜいたくさんふんだくってやるよ」
くっくっくっと笑うマックはどう見ても悪役にしか見えない。
「それと、負傷した隊員はできるだけ早く艦に移しておかなくてはな。絶対安静となっているだろうから1週間はここに留まることになるだろうが」
「すみません」
フラッシュが頭を下げる。
それをマックが笑いながら制した。その笑みは屈託のない笑みだ。
「何を言っている。別に急いでいるわけでもないしな。丁度いい、非番の時は出回っても良いようにしておこうか。都市内であれば何かあってもすぐに駆けつけられるしな。ではな、お偉い方を待たせるとあとが面倒だ」
そう言ってマックは車に乗り、走り去っていった。
「フラッシュ、戻るからヘリに乗ってくれ」
そこへレイが来た。肩に巨大な銃を担いでいる。下手をしないでも2メートルはある。あたりの視線がレイに集まっているが、レイは気にもしていない様子。
「ああ」
そんなレイに苦笑しながらも、ヘリに向かう。
「いつもレイに守られてるルートがうらやましいよ」
レイの肩に手を回す。
「なんだ、おだてても何も出んぞ? 頭でも打ったか?」
「うるせい、素直に感謝してるんじゃないか」
そう言うと、レイが呆れたような表情をし、すぐに笑みがこぼれた。
フラッシュもそれにつられて笑い出す。
「あ、晴れたな」
空は雲一つ無く晴れ渡っていた。
「面倒なことになった」
「旅団長。もう少し詳しく言ってください」
マックが頭を抱えている。
その場にはフラッシュとレイがいる。
事件が解決して2日。
マックは滞りなく謝礼交渉を行い、嬉々として帰ってきたのだが、その上機嫌な表情も今はどこへ行ったのやら。
「で、何があったのですか?」
「政府を内偵していた偵察部隊の隊員が1時間前都市内の河川で死体で発見された。死因は胸部に受けた銃創だ」
「っ! 一体どこの誰が……」
旅団内はたとえ親しい関係になくとも皆家族のような結束で結ばれている。それゆえ、仲間の死には敏感である。
「君たちの報告で、犯人たちが旧式の正式銃を使っているというのがあっただろう? そこで政府か警察内部に邪な考えを持っている人間がいるのではないかと思ってな。調査を何人かに頼んでおいたのだが、昨日から彼との定時連絡が途切れたと報告を受け、先ほど都市警察から連絡が来たのだ。偽造した身分証を確認したところ、確かに情報部隊の隊員だった」
情報部隊は内外共に機密性の高い部隊だ。所属する隊員も大っぴらにされておらず、旅団内でも知る人のみ知る部隊である。通常の部隊から出向している場合もあり、実は隣の仲間が情報部隊でした、なんて事があってもおかしくない。
「彼は政府のある高官を監視していた。そして、これが彼の遺品だ」
マックは机に小さなチップを取り出して置いた。
「殺した相手によく取られませんでしたね」
おそらく重要な物証なのだろう。訓練を受けた旅団の隊員を殺して、きっと所持品もあさられただろう。それでも気づかれなかったということか。
「彼は自分が死ぬと感じていたのかもな。これは彼の胃の中から見つかった」
「そう、でしたか……」
「そして、これが中身だ」
マックが写真を投げる。
どこからか隠し撮りしたのか、写真の隅が影で黒くなっている写真だ。男が2人、レストランのような場所で話し合っている写真だ。
「右が内偵対象の男。左が犯罪組織のリーダー、ジャック・マガスという男だ」
「ビル立て籠もり事件の黒幕でしたね」
そう言ったのはレイだ。
「いかにも。どうやら、こいつは様々な都市の高官に太いパイプを持っているようだ。高官が使用されなくなった兵器を闇でこいつに売り飛ばしていたようなのだ」
「それを内偵していたところを気づかれた、と」
「そうだ」
「この男、都市警察には知らせたんですか?」
政府高官の男を指差す。
正直、今すぐにでも殺しに行きたい衝動にフラッシュはかられた。
「知らせるまでもなかった。その男も死体で発見されている」
「マガスの仕業ですか」
「おそらくな。こちらに感づかれたと判断して、自らの尾を切り落としたのだろう」
マガスという男は相当な切れ者のようだ。
「403部隊の件といい、こいつが世界を股にかけて何かしでかそうとしていることは明らかだ。頭を突っ込んでしまった以上、無関係ではいられん。今後は情報部隊を総動員して調査にあたる。直接対決も辞さない。仲間を殺したつけは億倍で返してやる」
「言われるまでもない」
レイがどすの利いた声で言う。レイも、仲間を殺されて怒り心頭なのだ。
「新たな進展があるまでは待機だ。新たな依頼は最小限の協力に留める。以上だ!」
「「了解!!」」
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そこは、どこかの暗く、狭い部屋。
そんな場所に男が数10人集まっている。
裸電球が1つだけで、電球の近くにいる人間しか顔は分からない。
「また邪魔されたそうだな」
顔が影で隠れた男が重い口を開いてそう言った。それだけで場の空気が凍りつく。
「はっ、傭兵旅団『フリューゲ』の戦力は強大、生半可な兵では返り討ちになってしまいました」
「その兵士を育てたのは貴様だろう?」
発言した男が固まる。
「敵は傭兵旅団『フリューゲ』。近日中に情報をかき集めろ。『粛清』の邪魔はさせん」
人とは思えない抑揚のない冷めた声。その言葉に全員が固まってしまう。
「『デュマル』で奴らの情報員に目をつけられたのは予想外でしたが、始末したのでこちらの情報が伝わってはいないはずです」
「……”はず”、だと?」
男が立ち上がる。影から現れた目は鋭く、眼力だけで人を殺せそうなほどだ。男は報告した男の前まで行くと、睨み付けた。
「憶測でものを言うな。可能性あるすべての事象に目を向けるのだ。傭兵と言えども、奴らは兵士、何を考えだすか分からん。到底油断していい相手ではない」
男がポケットから拳銃を取り出し、目の前でブルブルと震えている男の眉間に押し付ける。
「貴様の失敗は私の会合現場に奴らの仲間が入り込める隙を与えたこと。そしてたった今、私が嫌いな憶測でものを言ったことだ」
「ボス、どうかチャンスを……」
バンッ!
ボスと呼ばれた男は躊躇いなく銃の引き金を引いた。
男が反動で頭を上に向けながら後ろに倒れこんだ。
「さっさと片付けろ。無能はここには必要ない」
「りょ、了解です、ボス」
死体が引きずられて部屋の外へと引っ張り出される。
それに見向きもせずにボスと呼ばれた男は壁に掛けられた世界地図に歩み寄った。
「ようやく、悲願が叶うのだ。15年かかったが、ようやく、だ。誰にも私の邪魔はさせん」
「ボス、ボヘミアン氏がお見えになりました」
「通せ」
扉が開け放たれ、男がずかずかと入ってきた。眼帯をして、無事な方の目がぎょろぎょろと動き回っている。あたりの様子を警戒しているようだ。
「よく来た、我が友よ」
男が両手を広げてボヘミアンを歓迎した。だが、ボヘミアンはブスッとした顔を崩さず、近くにあった椅子を引っ張ってきてドガッと座った。
「準備は順調だ。現在廃都市『ブラン・コーリア』に集結している俺の軍はいつでも動ける。指示があれば今からでも」
「君の軍は非常に強力だ。1個軍で都市を崩壊させることができる。そう易々と動いてもらう訳にはいかん」
「それはそっちの都合だ。俺はともかく、部下には血の気の多い奴らが多い。俺を監視しているてめえの部下が死んでも知らんぞ?」
「それは困る。だが、近々存分に戦える敵ができると思うぞ? 傭兵部隊だ」
男がボヘミアンに写真を渡した。そこには翼をモチーフにしたエンブレムが描かれている。
それを見たボヘミアンの顔が驚きに変わり、そしてニタリと笑った。
「『フリューゲ』か。あいつらのことは俺も知っている。良い戦争をやると聞いている」
「彼らが私の邪魔をしてくる可能性がある。その時は君の軍を動かすことになるだろう」
「フッ、了解だ。腕によりをかけて殺してやろう」
立ち上がったボヘミアンの顔は入ってきたときとは一転、上機嫌な様子。その様子に周りの人間は安堵のため息をついた。
「ではな、ミスターマガス。この世の地獄を見せてくれ」
「地獄ではない、新たな世界を創るのだ」
「どっちでもいいさ。俺は、俺たちは、戦えれば良いのだ」
ラスボスはどこまでもラスボス、にしたいな……