エピローグ01
「ふあ……、眠い」
ルートは起き上がると辺りを見渡して大きな伸びを1つする。
『デルジャナ』での戦闘が終了した後、全ての機能が失われた『グランドフリューゲ』を置いてルートたちは『ニースローグ』まで飛んできた。
『グランドフリューゲ』ではレイとフェイナの修理も、隊員たちの治療すら満足にできない状況だった。必要最低限の隊員と『ニースローグ』の戦車隊を残して戦傷者を詰め込んだ輸送機で『ニースローグ』へと降り立った。
そこからは、あまりにも展開が速すぎてよく覚えていない。
ルートとフラッシュはレイとフェイナの付き添いで途中まで一緒について行ったのだが、フェイナは神経衰弱と無理な機械との接続で疲弊しており面会謝絶、レイはあの身体が使い物にならないと判断されて新身体を急遽取り寄せてAIの移植が行われ、ルートはレイの、フラッシュはフェイナの手術室の前で一晩粘ったのだが、ルートは途中で技師に丸2日はかかると言われて宛がわれた部屋に戻って仮眠を取ることにしていたのだ。
あれから2日、マックは、『ニースローグ』に降り立つなりジゼルと共に政府の最高指導部へと赴いたっきり姿を見ていない。
不時着して、右腕を骨折していたジゼルが平然とそれに付き添っていったのを見たときは、さすがのルートもジゼルの打たれ強さに感嘆するほかなかった。
ベッドから降り、窓のカーテンを開けると、まぶしい日差しが差し込んでくる。
丁度その時、扉をノックする音が聞こえて扉を開けると、そこにはフラッシュが立っていた。息が荒いようだが、必死になって何かを伝えようとしている。
「ぜえ、ル、ぜえ、ぜえ」
「お、落ち着けフラッシュ。深呼吸だ、深呼吸」
「すぅ、はぁ、すう、はああああ……。よし、ルート! フェイナの意識が戻ったって!」
「なに!」
その知らせを受けてルートは慌てて部屋に戻ると、手に取る物もほどほどに素早く着替えると部屋から飛び出し、フラッシュの後を追った。
ルートもフラッシュも、負傷している為、『ニースローグ』都市内にある大きな軍の病院に入院させられている。フラッシュの後を追って階段を上がり、1番端の部屋の扉をフラッシュが開けると、途端に足音を小さくしてゆっくりと奥へと入っていった。
「フェイナ、調子は?」
ルートも、ドタバタと入るようなことはせず、部屋にゆっくりと入ると、ベッドで横になるフェイナの姿が飛び込んできた。
「ぼちぼちよ、2人とも。でも1週間はベッドから出られそうにないって」
「あれだけ無茶をやったんだ。当たり前だな」
フェイナが行った、レールガンとの連結については、帰還後カンナとフィリップから詳しい話を聞かせてもらった。人間の作り出す電気でレールガンに必要な電力を賄ったのだから、大したものではあるのだが、その代償は極度の神経衰弱となってフェイナを襲った。
今のフェイナは使えなくなった四肢を取り外して、簡易な義手義足をつけている。だが、フェイナは慣れない四肢に悪戦苦闘しているようで、水を飲むのにも一苦労する始末だ。
「レイの方はどうなの?」
「分からん、丸2日かかると言っていたからな、そろそろ何かしらの知らせが届いても良いはずなんだが」
「そう……」
明らかにフェイナの表情が落胆を現した。
「はあ、フェイナ、さっさと伝えろよな?」
「え……」
「今度の事で分かっただろ? いつまでもグダグダしてたら、どっちかが死んじまうかもしれない世界にいるんだ、俺たちは。だから、さっさとレイに気持ち伝えろよな」
「…………」
「ルートが、色恋沙汰を口にするなんて……」
フラッシュがポツリと呟いたことにルートの顔が真っ赤になる。そして飛び掛からん勢いでフラッシュの胸倉をつかむと、思いっきり顔を近づけた。
「2度と言うんじゃねえぞ……?」
「照れてるんだね? 赤い顔で凄まれても怖くないよ?」
ニヤニヤと笑うフラッシュの頭に強烈な一撃をお見舞いすると、フラッシュが床を転げまわって痛みに悲鳴を上げる。
「まったく……。あ~、そういう訳だから、な? まったく、こういうことは女が言うもんだろう、普通。何が悲しゅうて男が言わにゃならんのだ……」
その時、病室の扉を叩く音がして、もがいていたフラッシュが起き上がると扉を開いた。
するとそこにはマックが立っていた。
「よう、看護師の人に聞いたら2人がここにいると聞いてな」
「旅団長、どうしたんですか?」
「まあまあ、あ、これフェイナの部屋に生けてくれや」
マックはお見舞いの花をフラッシュに手渡すと、何かそわそわしている様子で3人を見つめる。
何かこう、面白い事を早く言いたくてうずうずしている子供のような雰囲気だ。
「……で、どうしたんですか?」
フラッシュが水道の水を花瓶に入れてそこに花を生けるのを待ってルートが聞くと、待ってましたとばかりにマックが手を叩いて身を乗り出してきた。
「実はな、お前たちに合わせたい奴がいるんだ」
「合わせたい奴?」
「ああ、入ってこい」
開けっ放しの扉から、人影が現れた。
「…………」
現れたのは、少年だ。
ルートたちよりはるかに幼いが、ある程度の身長はある。
どこかで見たことがある銀髪銀眼で、恨めしそうにルートたちを睨み付けている。
まさか……、
「旅団長、まさかですか?」
「そのまさかだ……」
「……断固抗議する」
「レイ!?」
声を聞いてフェイナとフラッシュが奇声を上げた。
そう、目の前の少年の声はまぎれもないレイの声だったのだ。声と外見のギャップにルートは吹き出しそうになるのを必死にこらえようとするが、その正面でマックは盛大に爆笑していた。
「な、なぜこんな、ことに?」
フラッシュが笑いそうになるのを必死にこらえながら聞くが、すでにその頬は目に見えて痙攣している。
「俺に聞くな、気がついたらこんな身体だったんだ」
「い、いやなあ? ここの連中に頼んだら、今はこれしかないと言われてな。仕方なく間に合わせでいいからこれにしてもらったんだ。まさかここまで腹に来るとは思わなかったが……プ、駄目だ、我慢できない!」
マックは説明の途中で再び笑い出し、レイの肩が小さく震えているのにルートは気が付いた。おそらくこれが人間なら顔を真っ赤にして怒り狂うところだろう。
「レ、レイ。年相応になったじゃないか!」
「黙れ、ルート。それ以上言ってくれるな」
これ以上からかうと銃を取り出しかねないのでとりあえず笑いをかみ殺そうとするが、1度沸点を超えたそれはなかなかもとに戻ってくれない。
なんとかそれを心の奥底に押し込むと、部屋の隅から椅子を2つ持ってきてフェイナのベッドの傍に置き、立っているマックとレイにその椅子をすすめる。
「……レイ」
2人が椅子に座ったところで、今まで黙っていたフェイナが下を向いたまま口を開いた。
顔が少し赤くなっていることから、レイ以外の3人は「おっ?」と心の中で思い、「言うのか!?」と心の中の台詞が見事にシンクロする。そして3人の心の中だけで盛大なドラムロールがかかり始めた。
「うん? どうした、フェイナ」
「あ、あのね、実は……あたし、レイの事が……その……」
3人のボルテージが最高潮に達する。表向きは無表情を装っているが、内心では完全にテンションだだ上がりでドラムロールを叩き続けていた。
「そ、その……「言わなくていい」え?」
3人の中でレイの言葉でドラムロールが音を立てて破壊された。
「どういう、こと?」
フェイナの顔に不安の色が出る。
まあ、あそこで遮られれば拒絶ともとれるわな、とルートは内心でため息をつく。
「そういう事は、男が言うもんだ」
だから、その台詞を聞いてルートは安心した。
さすがのレイもここまで言われて気づかないほどの朴念仁ではなかったようだ。
その台詞を聞いてフェイナの表情が満面の笑みに変わる。
それを見たルートはフラッシュとマックに目配せして静かに席を立つ。2人もゆっくりと席を立つと、部屋を出て扉を閉めた。
そこで部屋から離れればいい話なのだが、あいにく野次馬精神に充ち溢れた3人は扉に耳を付けて聞き耳を立てた。
「……俺でいいのか? 俺はお前の育ての親で、機械人だぞ?」
扉の向こうからレイの声が聞こえる。
「レイだからよ。今のあなたに言うのもなんだけど……」
「言うな……」
扉の反対側で3人が声を立てずに口だけで大爆笑する。
「だからね、あたし、あなたのことが……」
「待て」
「え?」
再びレイがフェイナの台詞を遮る。
それに小さく舌打ちをする3人。
何かごそごそとする音が部屋の中で聞こえ、何事かとルートが耳を澄ますために顔を横にして耳を扉に押し付けると、突如銃声がしてルートの眼前5センチの所に小さな穴が開いた。
「……半径50メートル以内から立ち去るがいい」
慌てて走り去ったのは言うまでもない。
その日の午後、再び政府へ出向したマックは、その日の夕方テレビでその姿を現すことになった。
内容はもちろん、マガスがやろうとしたこと、そして、今後への対策だ。
もし、これがマックだけで、勝手にやったことなら確実に白い目で見られていただろう。だが、マックと共にジゼルが姿を現すと、その場にいる人々の疑念も何もかもが吹き飛び、ただマックとジゼルが紡ぐ話を黙って聞いていた。
それは、病院にいたルートたちも同じことだった。
フェイナの部屋に全員が集まり、ベッドの正面に据え付けられているテレビに食い入っていた。
テレビの中でマックは『デルジャナ』で起こったことを詳細に説明した。主要各都市で同時生中継されているというマックとジゼルの演説は、時折『デルジャナ』の映像や写真を表示しながら行われ、リアルタイムで各都市の反応が『ニースローグ』にもたらされるようになっていた。
もとより、主要な都市には戦闘前にマックから打診をしていたために、政府内での混乱はあまりなかった。だが、やはり市民には少なからず動揺が走ったことに間違いはない。
多くの都市政府がマックとジゼルに同調する動きを見せ、市民も最初こそ疑いや困惑の表情を見せていたが、そのうち少しずつ拍手が生まれ、徐々にそれが大きくなった。
「なんか、このままじゃマックが大統領になっちゃいそうな気がするのはあたしだけ?」
「「「あり得ない」」」
男3人が口を揃えて言った通り、当たり前のことだがマックは『ニースローグ』の大統領など引き受けなかった。一応打診はあったそうだが、旅団に留まることを選んだのだ。
代わりにジゼルが軍司令を退任して臨時の大統領となり、選挙が行われるまでの行政を行うことになった。臨時とはいえ、大統領の権限を手に入れたと聞いたルートが、頭を抱えたのは言うまでもない。
「何をされるか分かったもんじゃない……」
ルートは病室の隅でそんなことを呟いていたそうだ。
もう少し行きますよ~。