第四十七話 終焉
「くそっ、一体全体何が起こってるんだ!?」
「旅団長、やはり全く動く気配がありません!」
悪態をつくマックは艦橋の壁に拳を叩き付けながら、何もできない自分の無力さを呪った。
生き残った『ジャッカル改』と激しい戦闘を繰り広げていると、突如全ての電子機器が使用不能になり、艦内の有線電話から、主砲の発射システムまで、その全てが使えなくなってしまった。
訳も分からず状況を把握しようと艦内を奔走する隊員を尻目に、マックは艦橋から見渡せる通りの先を見据える。
眼下には、旅団の戦車と『ジャッカル改』、反乱軍の戦車が見える。
だが、その全てが動きを伴っていない。戦車から飛び降りた旅団の隊員が戦意を失った反乱軍の兵士を拘留し、『ジャッカル改』の機能停止を確認するために動いているが、それ以外に動くものが存在しない。
マックのいる艦橋も、全ての機能が使えなくなり、下に降りるのも階段を使うために体力と時間を浪費してしまう。
「航空部隊との連絡は」
「一切通じません。不時着したのは確認しましたが、『ニースローグ』支援機共々生存はまだ確認できていません」
「ジゼル……」
異変が起きた時、丁度マックは艦橋から空中での戦闘に視線をやっていた。異変が起き、艦橋内の全ての電力が落ち、ほぼ同時に敵の無人機がキリキリ舞いになって落ちていくのが目に飛び込んできた。そして味方の戦闘機がフラフラと飛びながら徐々に高度を落としていき、ビルの向こうへと消えていったのも見てしまった。
旧友であるジゼル共々、彼女らの安否が気になるのは当たり前のことだ。
「『ニースローグ』の輸送機は?」
「都市郊外に着陸、部隊を展開してこちらに向かっています!」
「合流するぞ。全員艦から降りて、戦える者は武器を持ってハッチ前に集合せよ。敵の兵器も止まっているとなると、ドームまで妨害してくる敵はいない。『ニースローグ』の戦車に同乗して進むぞ!」
マックはそう言うと自らも艦橋を後にして長い長い螺旋階段を下っていく。
マックはこの異変の原因にはある程度の見当がついていた。
これだけ大規模に、電子機器が使用不能になっているのだ、強烈な電磁パルスが放射されたのだろうことはすぐに分かった。問題は、本来ある程度の電磁パルスは防護されているはずの機械人まで倒れてしまったことだ。
旅団に所属するほぼ全ての機械人が戦闘中に突如意識を失い、後方へ搬送されている。AIに損傷があるかは調べないと分からないが、少なくとも大した被害を受けていない、とは言えない。
ほぼ全て、と言ったのには訳がある。1人だけ安否の分からない機械人がいるかだ。
「レイ……」
意識もしない間にマックはその最後の1人の名前を呟いていた。
唯一最前線にいるレイのみ、無線も全て使用不能になってしまったためにその安否が確認できない。
だからマックも冷静ではいられなかった。この15年間、マックと共にルートたちを見守り、マックの頼みで403部隊に所属し、ルートの背中を見守ることを快く承諾してくれた戦友が、死にかけているかもしれない時に、何もできない自分が悔しいのだ。
もちろん、自らが育てたルートやフラッシュ、レイが育てたフェイナ、そして401部隊の仲間や護衛を務める他の仲間、その全ての安否が分からなくなっている。それだけでもマックの神経をすり減らすには十分だった。
「旅団長、銃を!」
途中で出会った隊員から小銃を受け取り、マガジンの中を確認して肩にかける。
「隊員は!」
「全員揃っています! いつでも出られます!」
「ようし!」
心配している暇はない。
銃は使えるが、戦車は使えない。『ニースローグ』が空輸した戦車は電磁パルスの影響を逃れることがでいたために使えるが、旅団の銃は撃てるは撃てるのだが、電子照準器を持つミサイルなどは使えない。
「準備が出来た者から外へ出ろ! ドームへ行くぞ!」
前部格納庫へ降りたマックは右手を大きく振り上げて、開きっぱなしでハッチに足をかける。そして、地上へと躍り出て行った。
「くそっ、さっさと核発射を止めろ!」
倒れている『ドーントレス』のAIを闇雲に撃つが、甲高い音と共に弾き返されてしまう。
「くくく、ロケット弾でもAIの装甲は剥がせんよ。座して死を待つがいい」
マガスがまるで他人事のように呟くが、それに耳を傾けることなくルートはAI目掛けて銃を撃ち続ける。フラッシュがロケット砲を持ってきて間髪入れずに撃ち込み、爆炎が『ドーントレス』を覆う。至近距離で撃ち込まれたロケット弾は、直撃してその爆発力を『ドーントレス』の胴体に食らわせるが、煙の中からマガスの笑い声が聞こえて、AIがまだ破壊されていないことを知らされる。
「ルートさん!」
「カンナ! フェイナは?!」
フェイナの身体を担ぎ、ヨタヨタと歩み寄ってきたカンナは、ルートに担いでいたレールガンを渡した。
ルートはレールガンから伸びるコードがフェイナの腕に吸い込まれているのを見て絶句し、その視線をカンナに向けた。
「フェイナさんはレールガンに必要な電力を自分で作り出したんです。でも、発射の影響で一気に体力を削られたようで、意識を失ってしまいました」
「くそっ、無茶ばかりしやがって。俺の周りには常識のある奴はいないのか……」
そう言いながらも、ルートは悔しげにフェイナを見つめる。
「フェイナさんは意識を失う前に、なにがあってももう1発撃ってみせるって言ってました。根性なのか、意識を失っているにも関わらずレールガンに充電が今も行われているんです。ですが、いつ止まってもおかしくありません、ルートさん、速く!!」
「あ、ああ!!」
レールガンを手に取り、その大きさと重さに改めて驚かされる。こんなものを、レイもフェイナも撃っていたのか、と思いつつも、コードが許す限り『ドーントレス』に近寄ってAIに狙いをつける。
「なっ、レールガン、だと? まだ撃てるのか!」
マガスがどこから見ているのかは分からない。カメラの位置など把握する暇はなかった。だが、確かにマガスにはレールガンを持つルートの姿が映っている。そして、その声に焦りの色が滲み出したのを、ルートは決して見逃さなかった。
「やはり、レールガンなら貴様の装甲も貫通できそうだな」
「くっ、タイマーを加速させて……」
「させるかよおおお!!」
引き金を思い切り引き、レールガンの弾丸が轟然と撃ち出される。超至近で放たれた弾丸はAIの分厚く強靭な装甲に直撃して砕け散る。ルートは反動で後方へ吹き飛ばされ、5メートルほど宙を舞って地面に落ち、さらに地面を滑っていく。もちろん、その時点でフェイナとレールガンを繋いでいたコードを引きちぎられ、2度とレールガンは撃てない状況になっている。
だが、そんなことはどうでも良かった。ルートはレールガンを撃った衝撃で外れた肩を抑えながら、痛みに耐えながら立ち上がると、レールガンの直撃を受けたAIの装甲を覗き込んだ。
そこには小さな穴が開いている。強烈な衝撃を伴った弾丸によってロケット弾の直撃を受けてもヒビ1つ入らなかったAIの装甲には無数のヒビが入り、赤い光が明滅する。
「ば、馬鹿な。この、私が」
ヒビはどんどん広がっていき、次第にAI全体を覆っていった。
ルートはナイフを取り出すと、それを思い切り振り上げる。狙うはもちろんレールガンの弾痕。全てのヒビの始まっている場所。
「や、やめろ!」
マガスの悲鳴じみた声もルートには決して届かない。
ルートは渾身の力を持ってナイフを振り下ろし、AIの装甲に突き立てる。
その瞬間、装甲が嫌な音を立てた。それまでゆっくりと広がっていたヒビがその勢いを増して、蜘蛛の巣のようにAIを完璧に覆うと、少しずつ剥がされるように崩れ落ちていった。そして最後には金属の、AIの本体がその姿をルートの前で露わにした。
「これが貴様の本体か……」
「ルート、時間がない、早く」
「ぐう、一太刀すら返せないのか、私は! 15年前から振り上げていた拳を、振り下ろすことすら許されないのか!」
マガスはもうルートたちすら眼中に入っていないのかもしれない。その言葉は、ルートたちに向けられたものですらないのかもしれない。
「人間のような、下等な、不安定な要素を排除して何が悪い!? なぜ誰も理解せん! 機械人という完璧な存在があってしても、人間が必要だというのか!? この星を汚し、搾取し、壊すことしか考えない、そんな存在が許されても良いというのか!」
「良いとは言わない。だが、そのために人の命を弄ぶことは誰にも許されない。貴様は人間だけでなく、世界中で暮らす貴様の仲間にまでその銃口を向けた。その時点で、貴様は狂っているんだよ。機械人とて、完璧じゃない。この世に完璧なものなど存在しないんだ」
刃こぼれして、使い物にならなくなったナイフを捨て、ルートはフラッシュからナイフを受け取る。それをAIに突きつけ、片手で思い切り振り上げる。
AIの薄い金属はナイフでも貫ける。銃を使う必要すらない。
「私は完璧を作ろうとしたのだ! 管理された、恒久的な平和を! それが完璧というものだ!」
「違うね、血を流した先の平和なんて、所詮一時的なもの。いつかは崩れ去る。それでも、人間は平和を求める。方法こそ違えど、僕たちとあんたは同じ目標を目指していた……。どこで間違えたんだろうね」
フラッシュは感情を呑み込み切れずに、声に滲ませながら言葉を紡いだ。
「貴様は全てをゼロにするつもりだったのだろう? だが、全てを帳消しにすることはできない。俺たちがやったことも、貴様がやったことも。人間は前を向いて歩く生き物だ。15年前がそうだったようにな。過ちを繰り返すなら、それを直そうとするのが人間だ。これまでも、今も、そしてこれからもそうなる」
「馬鹿を言うな! 貴様らは何も学習しない! 同じ過ちを繰り返しては、その責任を誰かに擦り付けようとする。だから私は貴様らを野放しになどしない! 貴様ら人間がいる限り、この星は滅亡する!」
すでに、マガスの言葉は叫びを通り越している。悲鳴の中に何とか聞き取れるぐらいまで電子音が雑音を伴っている。衝撃でAIの内部が損傷したのだろう。
「安心しろ、貴様がいなくともこの星は滅びない。貴様らさえいなければ、余計な被害は出なかった。だが、貴様に感謝したいこともある」
「感謝、だと?」
「貴様が15年前に戦争を起こしてくれたおかげで、俺はレイに出会い、マックに出会い、たくさんの仲間を得た。失ったものは大きかったが、それ以上に得たものもあった。だから、礼を言う。そして、安らかに眠るがいい」
ナイフが振り下ろされ、丸い物体に深々と突き刺さる。
その瞬間、『ドーントレス』の身体が痙攣したかのように動き出し、全ての機能が誤作動を起こしたように無茶苦茶に動き出す。
「そんな、あり得ん! この私がああああああああ!!!!!!!」
だが、それも徐々に遅く、小さなものになっていき、やがてピクリとも動かなくなった。
最後に派手な爆発音を立ててAIが粉々に吹き飛び、ナイフを突き立てたルートはもとより、やや離れてたフラッシュも爆風で地面に叩き付けられた。
普段なら、なんてことはない衝撃だった。
だが、疲労困憊状態の2人は簡単に倒されてしまった。
「……死んだかな」
なんとか起き上がると、フラッシュがナイフを見つめながら呟く。
「ああ、破壊した。核弾頭の発射も止まったようだ」
「終わったのですか?」
カンナがフェイナを抱きながら聞いてくる。
終わった、とは言い難い。双方に多大な出血を強い、世界を巻き込んだ危機へと発展した今回の事件。これにより世界中の都市における今後の在り様は変革を求められることは確かだ。
未だに世界では15年前の戦争を引きずる者が大勢いる。
機械人を許さない人間が大勢いる。
その全てが手を取り合い、共に生きていけるようにあるまでは、マガスの野望は朽ちない。
もし、機械人と人間に限らず、機械人との共存を望む者と望まない者が争っても、それはマガスにとっては勝利となるだろう。
だから、これで終わったわけではない。
全てが始まったと言っても良いだろう。
だから、これで終わりとは言わない。
だが、けじめがついたことには間違いない。
それに、世界を変えるのはルートたちの役目ではない。人間が1人ずつ変わらなければならない。それはルートたちにも当てはまる。
「始まりが終わった」
「哲学的だね。でも、何となく言いたいことは分かるよ」
フラッシュがルートの脇をすり抜けて、ラーキンとフィリップのところへ歩いていって、何事か話し合っている。フィリップが小さく頷くと、観客席へと向かっていった。どうやらレイを回収しに行ったようだ。
「カンナはフェイナを頼む」
「了解です」
ルートが外れた肩を根性で戻そうとした時、突如ドームの壁面が吹き飛ばされる。
瓦礫がルートたちがいる所まで飛んできて、慌てて『ドーントレス』の陰に隠れて降ってくる瓦礫を避ける。
『ルート! レイ! 皆無事か!!!?』
穴から拡声器を使ったのだろう大声が響き渡り、耳に突き刺さる。
土煙の中から戦車が現れ、その砲塔から顔を出すマックを確認する。
それを見てルートはため息をついて『ドーントレス』の陰から身を乗り出す。そして大きく手を振ってみせると、マックが心底嬉しそうな顔をして戦車から飛び降りてきた。
「こんの馬鹿者が! 死んだかと思ったじゃないか!」
「ちょ、旅団長、肩外れてええええええ!!!」
肩を抑えられて強烈な痛みがルートを襲う。
「ヴィクター隊とエレナ隊はさっきそこで拾った。これで全員だな。……レイはどうした?」
ルートを掴みながら、辺りを見渡してレイの姿がないことに気づいたマックの顔が凍りついたのにルートはすぐに気が付いた。
「レイは電磁パルスにやられた。速いとこ戻ってAIを取り出してくれ。身体はもう使い物にならないかもしれん」
「そう、か。無事だと信じたいな。フェイナも、大変だったようだな」
カンナに抱かれるフェイナを見て、マックが目を細める。
「とにかく、家に帰ろう。ここでは何もできないからな」
「ああ」
フィリップがレイの身体を担いで降りてきたのを見て、マックはレイに駆け寄った。そしてフィリップの怪我を気遣ってマックがレイを担いで戦車に戻った。
驚いたことにドームの外には旅団の人間が無数にいた。それこそ全員いるんじゃないかと思ったほどに。マックが艦の人間も全員いると聞いて、ルートは呆れかえるしかなかった。数少ない戦車にレイとフェイナを担ぎ込み、マックは砲塔ハッチから滑り込み、ルートとフラッシュは戦車のフロントに飛び乗る。そして飛び乗ったのを確認するとマックは発進の合図を出して、ドームに突っ込んでいた戦車がゆっくりと後進してドームの外に出た。
カンナたちは他の戦車に飛び乗ると、旅団の仲間たちから手厚い歓迎を受けていた。
それを苦笑しながら横目で見ていると、フラッシュがルートの隣に座りこんできた。
「今、旅団長が話してた。『グランドフリューゲ』も電磁パルスで使えなくなってるって」
「そうか、だが、家には変わらないさ」
南門から一直線に続く通り。
その通りに戦車が出ると、当然のことながら真正面に『グランドフリューゲ』の姿が現れる。
「家が壊れたなら、直すだけだ」
ルートはそう言うと仰向けになって空を見上げる。
雲一つない空が、どこまでも高く続いていた。
その日、1人の機械人が死んだ。
いや、15年前に瀕死の重傷を負い、今まで辛くも生きながらえてきた彼が、ようやく息を引き取った、と言うべきなのだろうか。
15年前の悲願を目前に、息絶えた彼に追従する者は、決して少なくはないだろう。
『血の盟約』の残党も、かなりの数が世界各地へと散っていった。
マガスに追従していた機械人たちも、その多くが表舞台から姿を消した。そのことが発覚したのは、あまりに多くの機械人が忽然と姿を消す事件が続発したからだ。
マガスが、『始まりの機械人』が撒いた種は、確実に芽を吹かすだろう。
その時、人間と機械人が力を合わせることが出来れば、必ずや困難を乗り越えられるだろう。
『デルジャナ』で、マガスが各地に分散していた仲間を呼び集めた時、遠方にいて合流が見込めないと判断した者たちは、自らのいる都市で大規模なテロ行動を行った。
全世界での死者は数千人に上るともされ、決して局地的な事件で終わることはなかった。
だが、僥倖とでも言うべきだろうか。一般人は、今回の一連の事件、戦争を通じて、改めて世界の安全保障について考えるようになったともいえる。
いかにして、機械人と人間の差を乗り越えるのか、真剣に考え始めるようになった。
結論がいつ出るかは分からない。
だが、少なくとも議論が開始されたのだ。
「始まりが終わった」
序論の次には、本論が来る。
そして、結論が議論を締めくくる。
その日まで、世界は試され続けるのかもしれない……
さらっと終わったとか、軽~く終わったとか言わないでください……。
え~、はい、エピローグを除けば本編は終了いたしました。
エピローグの方でいろいろ言いたいことはありますのでここでは長くしません。
最後の文は、まあ、カッコよく終わらそうかな~なんて薄っぺらい考えから投稿直前に付け加えたもので、あまりしっくり来ない方もいるかもしれません。
マガスの死にざまをもう少し書きたかったんですが、ちょっと無理だったので……。
いや、グダグダ書いていたらいつの間にか7000字に迫る勢いだったので……。かといってどこかで切ると次が3000字くらいになっちゃうので……。
はい、とりあえずここで切ります。
ではでは、失礼をば……