第四十五話 『ドーントレス』
窓のない通路を、5つの影が音もなく進んでいく。
天井の裸電球だけが時折影に色を与えてその姿を露わにするが、電球の間隔が広くてすぐにその顔も闇に隠されてしまう。
エレナは、地下にあるであろう核弾頭の制御室に該当する部屋を探していた。
地下に降りて1つずつ部屋を確認しては、ハズレを引いて扉を閉める。しかも、地下の通路は入り組んでおり、地図は貼られているのだが15年間ほったらかされていたのか埃まみれで色落ちしてしまい、まともに解読することは困難だった。それをどうにか判別して、同じ場所を巡らないように気を付けながら進んでいく。
「そっちはどう?」
エレナは自分が調べた部屋とは反対の部屋に飛び込んでいった仲間の男に向けて聞くが、男は無言で首を横に振る。
「くっ、これじゃ先輩を気取れないじゃない」
「旅団の人間ですね?」
「誰!!」
独り言を呟いていると突如、聞き慣れない声が背後から投げかけられ、そちらに向けて銃を向ける。振り向くと4人の仲間も同じように反応していたらしく全員が声の主に銃口を向けていた。
「ついて来てください。ご案内します」
「誰、あなたは」
電球の無い通路の陰から出てきたのは、黒ずくめの男。だが、口調から機械人だと推察できる。
ここにマガスがいれば、彼がいつもマガスの傍で『デルジャナ』の意志を伝えていたあの機械人だと気づいただろう。
「この身体は私の手足。私はこの都市『デルジャナ』の中枢となるAIです」
「マガスの仲間が、私たちに何の用かしら」
「ここでは話せません。ですが、あなた方に損は無いはずです。私は、核弾頭を止めるために動いているのですから」
その台詞を聞いて、エレナ一同「はあ?」という表情をする。
『デルジャナ』の中枢AIともなれば『大崩落』では『デルジャナ』の防衛兵器の統一操作を行っていた、いわばマザーブレインのようなものだ。全ての兵器は彼女(性別があるかどうかはおいておくとして)の意志で動かされていたのだ。『デルジャナ』から放たれた全ての核弾頭も彼女が発射したものだし、終戦時には原型を留めないほどに破壊されたとエレナたちは聞いている。
それが、目の前で機械人の身体を借りて、いや通じてエレナたちの前に立っているのだ。変な顔をするなという方が無理な話なのだ。
「……いいわ。核弾頭の制御室に案内しなさい。妙な動きをすればいつでも破壊してあげるわ」
「心配いりません。私はすでにマガスの命令とは別の意志によって動いていますから」
機械人の男が通路を進んでいくと、その後ろをエレナたちが用心深く追っていく。
男は入り組んだ路地を迷うことなく進んでいき、突如止まった。
そして横を向くと壁を睨むように見つめた。
「ここです。内部にはマガスの部下が3人います。私は戦えませんので、お願いしますね」
「いいわ」
エレナが小さく頷くと、男はニコリと笑って壁を規則正しく2回叩いた。すると足元で何かが光り、ただの壁が横に滑る様に動いて隙間から淡い光が漏れた。
エレナたちは銃を構え、扉が全開になるよりも速く隙間から中に転がり込むと、敵を探し出そうと目を目まぐるしく動かす。そしてモニターを見つめる3つの影を確認すると、5人がほぼ同時に引き金を引いた。3人の男はなす術もなく銃弾を受け、モニターに頭を突っ込ませて動かなくなる。3人の機械人が死んだことを確認すると、先ほどの男が入ってきた。
「お見事です」
「どうでもいいわ。それよりもここが制御室?」
銃を近くのテーブルに置くと、エレナは巨大なモニターが幾つもある壁を隅から隅まで睨み、求める表示を探し求める。
「ええ、核弾頭はすでに発射態勢に入っており、燃料が注入され次第、各基発射されます」
「なんですって!? 核弾頭はあなたの管轄内にあるんでしょう!? ならすぐに止めなさい!」
エレナが男に飛び掛からん勢いで叫ぶが、男は表情を変えずに話を続ける。
「核弾頭の停止命令は、マガスからの物しか受け付けないのです。発射停止は私でもできません。ですから、あなた方をお呼びしたのです」
「どういうことかしら……」
男はテーブルに置いてあったエレナの銃を手に取る。4人の男が素早く反応して男に銃を向けるが、エレナはそれを手で制する。
「私が核弾頭の管理をしていることは確かです。私が破壊されれば、核弾頭の発射シークエンスは止まります。ですが、私は自己破壊できる権限を有しておりません」
「私たちに壊させようってことなのね」
そう言うと、男はニコリと笑う。
そして人差し指を立てて頷いた。
「そういうことです。と言っても、私の本体は都市の地下数キロの場所にありますし、そこまでたどり着くのには相当な時間がかかります。ですから、手っ取り早く私と核弾頭の接続を切ってほしいのです。この部屋の機材は私と核弾頭の発射機器を外部接続している部屋なのです。ここを破壊すれば、少なくとも1基を除いて核弾頭は飛ばなくなります」
「最後の1基は?」
男はモニターの画面を操作する。
するとドーム内と思われる映像がモニターに浮かび上がり、その中心で巨人が小さな黒い点を相手に剣を振ったり銃を乱射したりしている光景がエレナたちの前に映し出された。
「マガスのAIを搭載した『ドーントレス』、災厄の子です。彼の背中に最後の1基が搭載されています。こればかりは完全に私の管轄から外されていますので、私でも解除することができません。あなた方の力で止めてください」
「……どうして、マガスを裏切ろうとするの?」
気になっていたことを聞く。
男はモニターに向けていた視線をエレナに向けると、少し表情を曇らせて俯いた。
「私は、罪もない機械人が殺されるのが我慢ならないのです。ですが、私はマガスに逆らえません。ですから、これくらいの事しかできません。仲間を仲間とも思わない、マガスから守るにはこうするしかないのです」
AIとは思えない、感情のこもった自責の念が言葉の節々に滲み出していた。
「だから、速くこの部屋を破壊し、マガスを止めてください。この部屋からの操作で放射されている電磁パルスもこの部屋が破壊されれば止まります。あれは、私たちすらも蝕んでいます。防護されていない機械人も破壊されてしまっているんです。ですから、速く!」
最後には叫びになっていた。
エレナは短く瞑目すると、目の前の男の脳天を撃ち抜いた。男が一瞬宙を舞って床に叩き付けられるのを確認すると、すぐさまエレナは振り返って4人の部下に命じた。
「さあ、ありったけの爆薬を設置して。この部屋を跡形もなく吹き飛ばすのよ」
「そんなにちんたらと戦っていて良いのかね!?」
「くっ、フラッシュ、横から来るぞ!」
「うわっ!」
マガスのAIを乗せた巨人機『ドーントレス』は足元を動き回る蟻を踏みつぶすかのように戦っていた。いや、マガスにしてみればこれは戦いでもないのかもしれない。ルートたちの攻撃は『ジャッカル改』以上に分厚い装甲に阻まれ、まったく聞いている気がしない。逆に、『ドーントレス』の攻撃は一撃必殺の物ばかりで、剣が振られるたびにグラウンド直下で地震が起こったかのような振動に襲われ、足元をすくわれる。
図体が大きいにも関わらず、『ドーントレス』は電磁パルスの影響を受けていないために『ジャッカル改』並みの機動性を有している。当初はルートたちも反撃していたのだが、弾切れを起こすとマガジン交換の隙を与えまいと『ドーントレス』が銃で牽制して剣で一撃を狙ってくる。
「この野郎、デカい図体でちょこまかと……」
憎たらしげに、ルートは動き回る『ドーントレス』を睨み付ける。
『ドーントレス』はルート、フラッシュ、ラーキンに囲まれながらも、まったく臆することなく、万遍なく3人に攻撃を加えていく。誰一人として核弾頭に近寄らそうとはしなかった。囲んでいるのはルートたちであるのに、主導権はマガスにあるという、どうにもならない展開になっているのだ。
「くくく、やはり人間は弱いな。15年前も、裏切りさえなければ勝てたものを……」
「あんまり人間なめるんじゃねえ!!」
自分の成し得る最高速度で銃身下のグレネードに弾を装填したルートは、『ドーントレス』目掛けてグレネードを発射する。胴体の中央目掛けて発射されたグレネードは『ドーントレス』の肩に命中して僅かに『ドーントレス』をのけ反らせる。その間に小銃のマガジンを交換して核弾頭を狙って引き金を引く。
核弾頭のエンジン部に銃弾が集中してくぐもった爆発音を立てて黒い煙が核弾頭の下の方から立ち上り始めた。これでこの核弾頭は飛ぶことはできない。
「ぬう、やりおったな!」
台詞と裏腹に、口調は余裕そのもの。マガスにとってはルートたちとの戦いはただの時間稼ぎ、言いかえればマガスにとっての児戯に等しいのだ。
核弾頭を撃つために『ドーントレス』に背中を向けたルートに向かって、『ドーントレス』が銃を向ける。引き金が引かれて六砲身の巨大な銃が回転して無数の銃弾を雨霰のようにルートのいる場所に送り込んでいく。
「ルート!」
それを見たフラッシュが牽制とばかりに銃弾を『ドーントレス』の胴体上部にあるAIを狙って送り込む。その背後で、素早くラーキンがロケット砲を準備している。そして『ドーントレス』が狙いをフラッシュに切り替えてその巨体をフラッシュの砲口へ向けた瞬間、フラッシュはしゃがみ込み、背後のラーキンがロケット弾を発射、初速の速いロケット弾が一直線に『ドーントレス』胴体へと飛翔する。
「ぬうっ!」
両手を前に構えようとするが、一瞬間に合わず両手の隙間を縫ってロケット弾が胴体に着弾した。
グレネードよりははるかに威力のあるロケット弾の直撃を受けて、『ドーントレス』の動きが鈍くなり、その動きが止まる。黒煙が上半身を包み込んでいる為、損傷を窺い知ることはできないが、少なからず効果はあったとフラッシュは確信した。
「フラッシュ、大丈夫か!?」
動きを止めている間にルートはフラッシュの所に走り寄り、お互いの状況を確認しあう。
「大丈夫だよ、今のうちに核弾頭をっ!?」
フラッシュが言葉を切って『ドーントレス』に視線を向けた。
黒煙の中を『ドーントレス』が移動して、その上半身が煙から姿を現す。その胴体には着弾を示す弾痕がくっきりと残っているが、装甲こそへこんでいるが貫通には至っていない。
防ごうと胴体の前で組んだために、銃の内側が破損し、火花を散らしている。『ドーントレス』は使えなくなった銃を捨てて、両手で剣を構えると、3人目掛けて突っ込んできた。
「ロケットの弾は!?」
「2発だ!」
「くそっ!」
それだけじゃどう考えても『ドーントレス』を倒すには至ることができない。
そう考えたルートは悪態をつく。
「どうしろっていうんだよ!」
突っ込んでくる『ドーントレス』を睨み付け、この事態の打開策をルートは必死になって模索する。
「ちょ、フェイナさん、無茶ですよ!」
「カンナ、フィリップさん、黙って手伝ってください」
観客席の1番上までフィリップとカンナによってひっぱりあげられたフェイナはまともに動かない四肢をどうにか動かそうともがいていた。
だが、少し体を動かすだけでも、関節が悲鳴を上げて火花を散らす。すでにフェイナの身体の機械部分は電磁パルスによって壊滅的なダメージを受けているのだ。だが、フェイナは何とかして立ち上がろうとして床に突っ伏し、必死になって動こうとする。
「だいたい、その身体でどうするつもりなんですか! まさか戦おうなんて考えてませんよね?」
「あたしだってこの身体で戦えるなんて考えてないわよ。くっ、レイの銃を取って」
「な、何をするつもりなんですか」
フィリップがレイと共に持ってきた、使えなくなっているレールガンを指差して、フェイナは言った。フィリップがレールガンを抱えてフェイナの許へ戻ると、カンナの腕を手繰り寄せてフェイナが口を開く。
「レールガンは電磁パルスで使えなくなっているわ。だけど銃身自体は無傷よ。だから、レールガンとあたしを繋ぐのを手伝って」
「つ、繋ぐんですか!? ど、どうやって!?」
つらい顔に鞭打ってニヤリと笑うと、自分の腕をフィリップに差し出す。
「あたしの身体の回路は神経からの情報を電気信号に変えているのよ。あたしの生身の身体は天然の電池なのよ。だから腕のコード引っ張り出して」
「んな無茶な。レールガンを撃つのにどれだけの電力がいると思ってるんだ? レイさんは自分の電力で賄えたけれど、あんたは無いだろうが」
「そこは根性よ、何もやらずに、ただ見てるだけなんて御免なのよ。それに、負けたらレイに会わせる顔もないじゃない……」
レイは壁に寄りかかる形になっている。完全に機能が停止しているため、修理するには旅団の専門の部門に連れて行かなければならない。だが、それもこの場を生きて帰らなければ始まらない話だ。
「……わかりました。どうしたらいいか、指示をお願いします」
カンナはナイフを取り出す。フィリップも呆れたようにため息をつきつつも、フェイナの腕を手に取ってしっかり固定する。そこにカンナがナイフを振り下ろし、細いフェイナの腕の外装をカンナが器用に捲ると、無数の回路と金属の棒が姿を現した。回路と回路を結ぶ機器が黒く変色してその機能を発揮できなくなっている。
「まずは、あたしの神経とレールガンを繋げるわ。一番奥のコードを……」
フェイナたちも、まだ負けるつもりはなかった。
いやはや、予測不能だよ、私は。
どっかの眼鏡ロン毛みたいなことをのたまいましたが、気にしないでください。
ラスボスは強いですよ、なんとか二話ぐらい引っ張りたいところですけど、まあ無理でしょうね。
ま、そんなわけですので、いよいよ終わりが見えてきたああああ!!
はい、最終決戦のBGMでも考えてた今日この頃。
候補としてはアニメ『ジ〇ング』の戦闘BGM。
分からない人はようつべで『ジパンゲリオン』で検索するがいいのです。
あとは『Megalith』
ようつべで調べましょう。エスコン04の最終ステージの曲です。
私の中でいわゆる神曲に当てはまる奴ですよ。
ではまた……。
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