第四十三話 突入用意
「くくく、やはり人間とは予想もつかぬな……」
中枢をぐるりと囲む防壁のトンネルを突破されたという報を聞いて、マガスは不敵な笑みを浮かべた。目の前の巨人『ドーントレス』のコックピットにあるAIが起動し、巨人がゆっくりと膝をつく。
「南門に繋がるトンネルも突破される危険性があります。『ジャッカル改』を増援に回しても?」
「ダメだ。ドームを守る戦力がいる……、いや、いっそのこと『グラディオン』でやるか……」
マガスは顎を撫でながら考え込むとそぶりを見せると、顔を上げて部下と部下に連結されている『デルジャナ』のAIに向けて指示を飛ばした。
「『ジャッカル改』を全機南に回せ。ドームの守りは手薄で構わん。ドームに奴らがやってきたら『グラディオン』で戦闘能力を奪い、各個撃破する。まあ、待機状態の『グラディオン』の影響が出ているようだから、すでに長期の稼働も見込めないようだが」
「我々のAIも止まるのですか?」
「……、処置はしてある。私の戦力まで消すと思うか?」
「了解、しました」
『デルジャナ』の膨大な知識を要するAIはその瞬間、全てを察知した。
マガスのわずかな口調の変化、音程、身振りで、その言葉の真偽を見極めることぐらいはできる。もとより、そういう能力が無ければ戦争の本拠地なんて務まらない。
AIは、人間的に言えば、第六感が働いたのだ。
マガスは、全てを無に帰すと言った。ゼロに戻すと。
それは、機械人にも当たるのではないか? 機械人にだって、マガス、いや『始まりの機械人』に反旗を翻した者はいる。『始まりの機械人』が機械人によって討たれたのだ。マガスがそれを忘れたとは思えない。マガスの言うことは、機械人にも向けられている、そうAIは感じ取った。よくよく考えてみれば、世界各地の主要都市とその衛星都市などに向けられた核弾頭は機械人を巻き込まないわけがない。そして、『デルジャナ』のAIの管理を外れた核弾頭があることも、おそらくそういう事なのだろう。
マガスは、この都市すらも吹き飛ばすつもりなのだ。
そして、自らに都合の良い世界を創造するつもりなのだ。ゼロからの全てがマガスの手によって作られた、マガスによる世界秩序だ。
『グラディオン』で潰しきれなかった機械人、マガスが集めた仲間を、マガスは核弾頭で吹き飛ばそうとしている。
もし、AIに感情があったなら、もし、命令に逆らうだけの自由があれば、あるいは結末は変わったかもしれない。だが、悲しいかな、AIは命令に従うしかできなかった。
「レイッ! 今だ!!」
「了解!」
外装を絶え間ない攻撃でへこませ、へこんだ装甲が可動部にめり込んで動きが鈍くなった『ジャッカル改』に、レイがレールガンの弾丸を撃ち込む。『ジャッカル改』は腕で防ごうとAIの前に腕を持ってくるが、弾丸は太い腕を一瞬で貫通、AIに命中する。
それを見て、小さく握り拳を作ったルートに、背後からフラッシュの大声がかけられた。
「ルート、そっちに1機行った!」
「言うのが遅い!」
ルートが振り返ると目の前には剣を思い切り振り上げた『ジャッカル改』がいた。『ジャッカル改』を同時に複数相手にするのは自殺行為だと判断したルートは、攻撃を仕掛けてきた『ジャッカル改』2機を分断し、各個撃破する作戦に出ていた。1機を足止めしている間にもう1機をレールガンで撃破した後、即座にもう1機を攻撃しようとしていた。
だが、ルートたちが手こずっている間に『ジャッカル改』は足止めの包囲網を突破して隊長であるルートに狙いを定めてきた。
巨大な影の中にルートが入り、目の前に黒い影が迫る。
「はあ、死角が大きいって難儀だなあ?」
「ルート、危ないわよ?」
影の上から声が投げかけられた。
ルートも、『ジャッカル改』の後を追い、その巨体の背中に飛び乗ったのを確認したから、『ジャッカル改』を目の前にして逃げるそぶりも見せていないのだ。
『ジャッカル改』の背中から姿を現したフェイナは手近な装甲を持ち前の怪力で引きちぎると腕を突っ込んだ。そして手に握られていた手榴弾を押し込むと、素早く手を抜いて『ジャッカル改』の前に回り込む。
すぐに手榴弾が爆発して、脇腹の辺りから『ジャッカル改』は火を噴き、右腕が衝撃で吹き飛んで地面に叩き付けられた。大きくのけ反った『ジャッカル改』は無事な右腕で自らの身体にしがみ付くフェイナを振り払おうとするが、フェイナは器用に『ジャッカル改』の四肢を伝って移動し、決してその巨大な腕では捕まえられない。
おまけに、移動する際に、ナイフを装甲の隙間に差し込んで内部の回線等を少しずつ切断していく。巨大な身体を動かすには、大量の情報伝達用の回線が装甲の裏側を網の目のように張り巡らされている。分厚い装甲が無ければ、どこを攻撃されても動きが止められてしまうほどだ。
「レイ、早いとこやってくれ」
「俺がやるまでもない」
レールガンを担いで近寄ってくるレイは、ニヤリと笑って巨人を相手にその巨体を逆手にとって動き回るフェイナの姿を見る。
腕の関節を器用に破壊したフェイナは、あとは暴れる事しかできなくなった『ジャッカル改』のAIに飛び乗ると、その赤いランプ目掛けて自らの腕を突き出し、AIに腕をめり込ませる。貫通こそしなかったがAIの表面は大きくへこみ、ランプは割れて消えてしまった。
そこからは、あまりにも一方的な戦いだった。
フェイナは両足で自分の身体を『ジャッカル改』から落ちないように固定すると、両腕を振りかざしてAIをめちゃくちゃに叩き始めた。驚異的な速度で繰り出される拳が、1カ所に集中して打ち込まれてAIの装甲が面白いように1カ所だけへこんでいく。量もある上に、質、つまりは1発の重みが人間のそれとははるかに違う。そんなものを連続で受ければ、さすがの『ジャッカル改』も耐えきれず、ついにAIの表面が破壊されて内部が露出する。
「なんだ、あんがい脆いのね」
それを見たフェイナはつまらなそうにため息をつくと、背負っていた小銃を身体の前に持ってきて5発ほど撃ち込んでトドメを指す。
そのまま動きを止めた『ジャッカル改』からフェイナが飛び降りると、腕を回しながらルートとレイの所に歩み寄ってきた。
「もう少し、張り合いのある奴はいないのかしら」
「フェイナ、いつから戦闘狂になったんだ……?」
「戦車の中で丸まってたから身体が動きたがってるのよ」
それを聞いて少なからず納得する2人。
確かに、戦車の兵員室は狭い。1人で乗ったとしても、決してのびのび出来るものではない。おまけにフェイナの場合、不整地を走ってきて、激しい戦闘の間も、ビルに穴を開けて瓦礫の上を突っ走って来た時も、あの狭い箱のような場所に入っていたのだ。頭の1つも打っただろう。
「どうも動きが鈍いのよね……。あなたたち、こんな奴に手こずっていたの?」
顎で『ジャッカル改』をしゃくると、反論したいが目の前で単独、『ジャッカル改』を撃破したフェイナに何も言えずに複雑な表情を作るルートに対して、レイはハッとした表情をしてフェイナを見つめた。
「動きが鈍い……。確かに、速度はあるが、1つ1つの動作の間があるような気がするな」
「うん? そう言われれば、分からなくもないな……。こう、もともとあったものが抜けたような……」
言われて気がついたが、確かに今の2機の『ジャッカル改』は明らかに動きが悪かった。それほど道が狭いわけでもないし、こちらはこれまでと同じような戦い方をしている。
どう解釈していいのか、さっぱりだ。
単純に、『ジャッカル改』の動作不良なのか、それとも、もっと奥のある理由があるのか。
「……あれ、くそっ、どうした?」
不意に、フラッシュの声が聞こえ、3人は『ジャッカル改』を回り込んだ。すると無線機を軽く叩いているフラッシュの姿が飛び込んできた。
「どうした、フラッシュ」
「あ、ルート。無線機の調子が悪くて……。カンナ、そっちのは?」
マガジンを交換していたカンナが振り向き、無線機を取り出して周波数を調整してみるが、無線機はうんともすんとも言わない。
「ダメです。妨害電波ですか?」
「そうじゃないみたいよ」
そう言ったのは、エレナだ。エレナは赤外線誘導のロケット弾をルートに渡すと、照準器を覗いてみるよう促した。ルートが照準器を覗くと、本来出るべきシーカーが出ない。目の前には未だに煙を出す『ジャッカル改』が佇んでいるにも関わらず、熱が発する赤外線を感知する照準器が全く機能しない。
「これは……」
「どういうことなんだ……うん?」
ルートの様子を見ていたレイが顔をしかめて自分の手を見つめる。そしてその手を開いたり閉じたりして、まるで動作確認をするかのような動きを繰り返し始めた。
「レイ?」
「いや、妙な感覚が……」
「あれ、レイも?」
それを聞いたフラッシュが、真剣な顔でレイの顔を覗き込んだ。
「あたしも、この都市に来てから自分のイメージする動きに身体が反応しにくいっていうか、水の中を歩くみたいに身体を重く感じることがあるんだけど」
「……、電子機器が軒並み影響を受けている、と考えるべきか」
「言い方は悪いけれど、そういう事なのかもしれないわね」
機械人も極端な言い方をすれば機械だ。フェイナも身体の臓器は生身だが、表層や、四肢は機械化されている。神経と回路を結ぶために複雑な機械が組み合わさっている。
「核、電波、……電磁パルスか?」
「あり得るな……、なにしろ、俺たちが目指しているのは核の巣窟だ」
EMP、核爆発によって引き起こされる電磁パルスはケーブルなどを通じて電子機器に過負荷をかけ、損傷、または誤作動を起こさせる。核戦争では、被害を受けなかった地域でも、電磁パルスの影響で指揮系統がマヒすることもある。防御するために、電子機器を全て金属板で覆うなど、対策も立てられることがあるが、レイのような戦争直前に大量生産された特殊な型の場合、それが省かれていることがある。フェイナの場合は、当時旅団がそれをしていたか分からないが、今の様子からして、対策は取られていないようだ。
「まずいな、レイ、AIは保護されているな?」
「大丈夫だ。身体が動かなくなったら俺のAIだけでも持って帰ってくれ」
「あたしは多分大丈夫だと思うけど……」
神経と回路が並列しているフェイナは機械部分が破損しても情報伝達を神経が継続して行う。そのため、電磁パルスの影響は受けるだろうが、機能不全に至るほどのダメージにはならないだろう。
だが、レイはそうはいかない。
中枢であるAIこそ保護されているだろうが、それ以外はまともに電磁パルスの影響を受ける。
原因が核弾頭、そしてマガスにあるとしたら、この先はレイにとって危険な場所という事になる。ルートはレイをこのまま共にドームまで連れて行くか迷った。
レイという個の戦力は、今のルートたちには必要不可欠だ。それは、この戦いだけに限った話ではない。これまでも、今も、そしてこれからも、ルートの部隊にはレイが欠かせない。戦友として、そして年齢的なことはノーコメントで人生の先達として。
「レイ、いけるか?」
だから、ルートは一瞬迷って聞いた。その表情は隊長としてのルートではなく、1人の人間として、仲間を思いやる、心配する不安な色が見え隠れしていた。
それを見たレイは小さくため息をつくと苦笑してルートの肩に手を乗せた。
「その質問は野暮ってやつだ、ルート。たとえ残れと言われても、お前の背後は守ってやる」
ニヤリと笑うレイ。
それを見て、ルートは自分の心配事が酷く馬鹿らしいものであるように感じられた。
「まあ、ぶっ倒れたらフェイナにでも運んでもらうさ。なんせこの身体は重いからな」
ハッハッハッと笑いながら自分の身体を指差すレイは、そう言うとレールガンを持ち上げた。
「さあ、行こうぜ、相棒?」
「レイ、何をカッコつけてるのよ~」
「フェイナ、少し空気読もうよ」
レイに突っ込むフェイナに、ため息交じりにフラッシュが言うのが視界に入り、ルートは今度こそ馬鹿らしくなり、照れくさそうに頭を掻いた。
「……そうだな。さっさと終わらせて帰ろうじゃないか」
「おう」
「は~い、友情を確認し合っているところ悪いんだけど、ルート、目的地が見えたわよ」
先行していたエレナ隊がどのタイミングで割って入ろうか迷い、結局話が切れるまで待ちぼうけを食わされていたようで、若干不機嫌な面持ちでルートを呼んだ。
ルートが慌ててレイたちを引き連れてエレナの許へと向かうと、建物の陰でエレナがルートたちに手招きした。陰から顔を少しだけ出して表を覗くと、ボールを半分に切って置いたような巨大なドームが姿を見せた。入り口付近には戦車が止めてあり、一定の間隔でドームの周囲をグルリと戦車が取り囲んでいる。戦車10台程度を基準に『ジャッカル改』が立ち、警備をより強固なものにしている。
「入り口は、あそこだけか?」
「ええ、私たちが敵をおびき出すから、あなたたちは正面を一点突破しなさい」
「分かった。危険だと判断したら引いてくれ」
「そうさせてもらうわ」
そう言うとエレナは部下を連れて通りを横切り、ルートたちから離れていく。それを見ながら、ルートは小銃の残弾を確認、マガジンを交換するために空になったマガジンを地面に投棄した。
「突入用意」
ルートの声が短く響き渡った。
やっとこさ、ドーム到着であります。
そして、後書きのネタが見つからないのであります。
何かネタないですかね?
道男さん出すのもあれでして……。
今出すとネタバレしかねなくて……。
というわけで、短くて済みませんが今日はこの辺で。
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