第三十六話 役者は舞台へ上る
本日2つ目~
ヘリのローターが空気を叩く音が後部甲板に響き渡る。
決して広くはない甲板には、計4機のヘリが離陸できる体勢に入っていた。甲板の端から1号機、格納庫に最も近い位置にいるのが4号機となっており、それぞれに1個の部隊が乗り込んでいる。その中でも、1号機のヘリは、タンデムローターと呼ばれる、機体前後にローターを持つ大型の機体で、機内には他のヘリには積み込めないような大荷物を格納し、動かないようにしっかりとロープで固定されている。
2号機から4号機のヘリにはすでに部隊が乗り込んでいるが、1号機の後部、広い貨物室にある後部ハッチは未だに開け放たれたままになっており、401部隊、ルートたちもまだ乗り込んではいない。
出撃予定時刻まではまだ少し時間があるのだが、やはり時間通りに出撃できるか心配なようで、1号機のパイロットはしきりに格納庫内にいる401部隊の様子を気にしている。
当のルートたちと言えば、荷物を積み込み、ヘリに乗るかと思いきや格納庫に戻り、最後の確認を行っていた。作戦概要、目標、道筋、落下傘の具合などである。特に、常人以上に重くなってしまったレイは、人用の落下傘ではロープが切れてしまう恐れがあるとのことで、急遽車両を降下させる時に使用する専用の物に切り替える羽目になった。
フル装備になったレイの重量は優に150キロを超え、やはりレールガンが異様な空気を醸し出している。そのレールガンから太い電源コードがレイの腕に伸び、腕に新しく設けられた接続口に吸い込まれている。レールガンの太い銃身、いや、もう砲身と言ってもいいだろうほどの物の下には四角いマガジンが取り付けられており、1つのマガジンにつき5発のレールガン用の銃弾が入っており、レイが背負う背嚢には残りの5個のマガジンが収められている。
また、背嚢の上部には通常の小銃が縛り付けられており、レールガンが使用できなくなった際にはそちらを使用できるようになっている。
ラーキンとフィリップは、レイのと同等かそれより若干小さめの背嚢を背負っている。この中にはロケット弾や、爆薬が山のように詰め込まれている。おそらく総重量は40キロを優に超えて、2人でなければ持ち運ぶことは容易ではないはずだ。
その逆に、カンナは必要最低限の物しか身に着けていない。近づいての格闘がメインの彼女には、大きな背嚢や銃は足手まといでしかない。愛用の2本のナイフの他に、予備のナイフ、銃身を短くした小銃、手榴弾、煙幕弾などを腰につけ、ラーキンたちのとは二回りほど小さい背嚢も、小銃のマガジンと救急セット程度しか入っていない。
「ここが、着陸予定地点。あまり広くないうえに、ビルが乱立しているから、ビル風に注意が必要だ。着地後は合流地点に集合、全員が揃うまで合流地点を死守しろ」
小さく折りたたまれていたために、折り目が無数にできてデコボコになった地図を手でならしながら、ルートは南門から中央へと続く大通りからややずれた場所に書かれた赤い丸印を指差した。
ルートとフラッシュは、似たような恰好をしている。ルートは肩に小銃を提げ、腰にはマガジンと手榴弾などを取り付けている。フラッシュは小銃を背嚢の上に縛り、軽機関銃を肩から提げていることぐらいが、2人の差異だった。軽機関銃は銃身下に四角いマガジンが取り付けられており、200発の銃弾を連射できる代物だ。また、旅団で使用されている小銃と同じ口径の弾のため、ルートが持っている小銃のマガジンを使うことも出来る。
「着陸したら、『ジャッカル』に気を付けろ。どこにいるか分からんからな」
2足歩行兵器『ジャッカル』の改良型かそれに準ずるものが『デルジャナ』にあるであろうことは、『血の盟約』戦後、自爆したボヘミアンの機体『スカル』に印字されていた製造番号から分かったことだ。『スカル』は人間が乗れるようにさらに改造されたもののようだが、ある程度整った製造ラインで作られていたことが調査で分かった。そのような場所で、1機しか作らないはずがない。量産に成功したかどうかまでは分からないが、少なくとも複数の『ジャッカル』が存在するであろうことは容易に想像がついた。
「『ジャッカル』を見たらレイを呼べ。絶対に1人で引き付けようとか考えるな。複数による挟撃、その隙にレイが敵のAIを破壊する」
「「「「「了解」」」」」
レールガンを持っていく最大の理由がこれである。
ルートがマックに言ったように、『スカル』との戦いで『ジャッカル』シリーズとの戦闘に小銃では役不足であることは明らかになっている。おまけに、よっぽど当たり所が悪くないとミサイルでも防がれてしまうという厄介さを兼ね備えている。『グランドフリューゲ』の主砲を食らえば話は別だろうが、『グランドフリューゲ』も突入するため、都市内に入ったら直接の支援は受けられない。
初速が速く、驚異的な貫徹力を持つレールガンに白羽の矢が立ったのは、自明の理なのかもしれない。
「俺たちが着陸するまでは、護衛の戦闘ヘリが俺たちを支援してくれる。着地予定地点は万遍なくならしてくれる。着陸したらそれも無理だが、上空で可能な限りの支援を継続してくれる。それと、支援の3個小隊も俺たちと共に侵攻し、状況に応じて俺たちの侵攻を掩護、陽動に回ってくれるから、その際には連絡を密にして、決してお互いが孤立しないように心がけろ」
「ラーキン、フィリップは的になりやすいから、常に2人1組を心がけてね。レイは常に僕とルートで3人1組を組んで行くから。カンナは遊撃して、突入の際にはルート、僕、カンナで最初に行くよ」
フラッシュがルートの後を継いで、細かい指示を飛ばしていく。
401部隊を掩護する3個小隊は各実動部隊から選ばれた、準401部隊であり、それによる残りの部隊の戦力低下は避けられない。だが、今回は戦車隊がすべてそちらに回り、南門突入組は『グランドフリューゲ』にギリギリまで乗っていることになっているので、影響は少ないとされている。艦の対空砲なども、俯角を取れば地上掃射に使うことが出来る。
「ルート、レールガンを撃つ時は合図をする。いちいち展開する羽目になるから、発射までの援護を頼む」
「分かってる。それも、ラーキン、フィリップの役目だ。残りの部隊も、場合によっては掩護に回る」
「了解」
レイは他の人間と違い特殊なボディアーマーを着込んでいる。レールガンの反動で壊れないように強化されたもので、小銃の弾程度では穴も開かないのだが、狙いを定める時間は一切の反撃ができないため、掩護が必要だ。
「じゃあ、私は行軍の際にはどこにいても良いということですか」
「まあ、そうなるな。先行して斥候になってもらう時もあるだろうから、その時はよろしく頼むぞ」
「分かりました」
カンナが小さく頷く。
「ラーキン、フィリップ、背嚢がでかいから死角も多い。背後は常に仲間がいるようにしていけ」
「「了解だ」」
「よし、それじゃ行こうか」
広げていた地図を小さく折りたたむと、ルートはそれを胸ポケットにしまって、格納庫から甲板へと向かう。
その後に続いて、5人が格納庫を出ると、すでに待機していた甲板員からすぐに出られる、とヘリのエンジン音に負けないくらいの大声で叫ばれ、ローターが巻き起こす強い風に顔をしかめながらも礼を言ってヘリへと向かう。
格納庫の方に機首を向けていた1号機のコックピットにいるパイロットに親指を立ててこれから出ることを知らせると、パイロットが首を縦に振って離陸の準備を始めた。その間に6人は後部ハッチから乗り込み、貨物室に向かい合って取り付けられている座席に座り、ハーネスをしっかりと締めて、身体を座席にしっかりと固定する。
「全員乗ったか!?」
パイロットが貨物室に向かって大声を上げる。一応機内では無線を通じて普通に聞こえるのだが、やはりローターの音がすさまじいため、無線越しでもある程度の音量が無いと聞き取りずらい。
「大丈夫だ! 離陸しろ!」
ルートが親指を立ててその手を上下に振る。それを見たパイロットが頷いて、艦と連絡を取り合う。
「こちらオウルエッジ1、401部隊を収容した。これより離陸する」
『了解、オウルエッジ1。離陸を許可します。幸運を』
無線でのやり取りはルートたちにも聞こえている。
パイロットがゆっくりと操縦桿を引き、機体がフワリと浮かび上がる。タンデムローター式のヘリの特徴である振動の少なさから、安定して離陸した機体は滑らかな動きで甲板から離れていく。そしてある程度の高度を取ったら横滑りしながら位置を移動し、後続に道を開ける。
『オウルエッジ2、3、4。離陸を許可します。続いてゴールデンイーグル隊、甲板へ移動してください』
格納庫から3機の戦闘ヘリが引き出される。そして輸送ヘリが離陸した下に滑り込むように甲板を移動すると、すぐさまローターが回転を始めて、離陸準備を整えていく。
「総勢7機、ちょっとした都市ならたぶん僕らだけで拠点制圧できる戦力だね」
「ちょっとした都市なら、な。あいにく俺たちの相手は難攻不落の要塞都市だ。おまけに戦力では圧倒的に不利だからな」
「核弾頭の発射までの時間が分からないのが心配だな。ジゼルとフェイナが機械人で偽物だった大統領のAIから破損していない情報を抜き取って送って来たそうなんだが、今日午後3時以降というところまでしか絞れなかったからな……。『ニースローグ』都市軍が間に合ってくれるといいんだが」
核弾頭の情報は最重要である。現在午後の2時を回ろうとしているところだが、ここまで作戦開始がギリギリになってしまったのも、ジゼルたちの情報を待っていたからだ。最新の情報を待つがゆえに、作戦時間がギリギリになってしまったのだが、あいにく今さらそんなことを愚痴っていてもしょうがないことだ。
「ジゼルたちが『ニースローグ』を出たのが確か0930時頃だって言っていたな。輸送機だとすると、少なくとも6時間、給油機がいたとしてもそのくらいはかかるだろうな」
「そっちもギリギリだね……。上空に到達したらヘリがドームの状況を逐一監視することになっているけど、ドームの天井が開いたらタイムリミットまでそう長くはないと思わないとね」
1号機を先頭に、輸送ヘリが三角形を描いて編隊を組む。そして1号機の前、後方のヘリ3機のさらに外側を攻撃ヘリが守ると、7機のヘリははるか遠方に見える『デルジャナ』目指して高度を落としつつ接近を開始した。
「出たか」
マックは、その様子を艦橋で見つめていた。
そして、ヘリ群が高度を下げつつ『デルジャナ』に向けて飛行を始めると、すぐに艦橋で指示を飛ばし始めた。
「全速前進、目標『デルジャナ』。全火砲攻撃用意を整えろ」
そう言うと、戦闘指揮所から次々と報告が挙げられてくる。
『主砲、発射準備良し!』
『対艦、対地、対空ミサイル、準備良し!』
『対空砲、いつでも撃てます!』
「旅団長、戦闘準備整いました」
副長がマックに向かって言う。
マックは頷くと声を大にして言い放った。
「これより、旅団『フリューゲ』は戦闘に突入する! 各員奮闘せよ!!」
マックの声が無線を通じて全ての隊員へと伝えられる。
戦闘、開始DAAAAAAAAA!!
みたいな?




