第三十話 わずかな休養
小さな都市の大通りを見慣れないジープが疾走している。
この農業で生計を立てている人間の多いこの都市で、軍用の、荒地仕様のジープなどめったに見ない代物だ。道行く人はチラリとそのジープに視線を向けるが、中の様子を窺い知ることはできない。
都市の道路脇には制限速度が書かれた標識があるが、ジープはその速度ギリギリで走行している。そのため傍から見れば猛スピードで走っているのだ。
「へえ、話は聞いていたが、中はそれほどひどいわけじゃないみたいだな」
助手席に座るレイは、通りの左右に店舗を構える飲食店や衣料品店を眺めながらポツリと呟いた。
「まあ、郊外に比べれば文明的な生活を送っているようではあるね。一応車が走ってるし」
後部座席にはまだ包帯の取れないフラッシュが乗っている。ルートとレイが出かけると聞いたフラッシュは医師の静止を振り切ってジープに乗り込んできた。ジープが舗装されていない道を走り、デコボコの道で跳ねる度にフラッシュが苦悶の表情をしていたが、前に座るルートとレイはそれを笑ってスルーしていた。
ハンドルを握るルートは片手にマックから貰った都市の地図を見ながら車を運転している。道と地図を見比べて、丁寧にハンドルを切って交差点を曲がる。
主観だと分からないだろうが、ジープはかなりの速度を出している。ほぼ速度を落とさずに直角に曲がる様はさながらスポーツカーと言ったところだろう。
旅団の人間は入隊してすぐにほぼすべての乗り物の操縦資格を旅団内で取らなくてはならない。配属される部署にも影響を与えるもので、航空機の操縦が得意ならもちろん航空部隊に、自動車や二輪車の運転が上手い者は通常の実動部隊や戦車隊に配属されることが多い。
ルートの場合は広く浅く資格を取っているため、突出した操縦技術などは持ち合わせていない。
だが、必要に迫られて技術は磨かれ、本業のそれには及ばないにしてもルートの自動車の運転センスはかなりのものになっている。
「で、ルート、行き先は決まっているのか?」
黙々と運転をするルートにレイが問いかけた。
ルートは手に持つ地図をレイに渡し、赤い丸が付けられた場所を指差す。
「『ドルシェ』、カフェか何かか?」
「そんなもんらしい。艦を出たのが昼過ぎだったのもあるし、軽く済ませようと思ってな」
「観光名所と言えるような場所もなさそうだね」
地図を後ろから覗き込んだフラッシュは残念そうにため息をつく。
この都市は、世間から随分と隔絶されているようで、外部の情報が入ってこないように外部に情報が出ていかない。
ルート自身、この都市の名は聞いたこともない。おそらく、名もないのかもしれない。
「農業で生計を立てる人間が多いということは、それなりに料理もあるだろうと思ったんだが、どうだ?」
地図をレイから返してもらい、ルートは再びそれを見つつ運転をする。
地図が逆さまだったことに気が付いてひっくり返すと、目的地までそう遠くない場所まで来ていることを確認した。
「構わんぞ。もとより俺はお前の付き添いだしな。フラッシュも久しぶりに病院食以外も食べたいだろう?」
「1日か2日だけどね……。旅団の病院食って味気ないから……」
「そういうもんだろう」
しばらく進むと、目的の店が視界に入ってきた。
店は通りに大きく張り出した天幕を持ち、その下には丸いテーブルが幾つか並べられている。ルートはその脇にジープを止めると、エンジンを切ってジープから降りる。周囲を見渡すと、物珍しさからかこちらに視線を送る人間が何人もいる。
中を覗くと、数人の客と店員がいるだけで、丁度3人が座れる席があった。それを確認してからルートは店の扉をくぐって店に入る。
「いらっしゃいませ」
「3人だ」
指を立てて店員に人数を教えると、窓の近くの席に通され、メニューを手渡される。
「仕事中だし、酒は無理だな」
「当たり前だよ、ルート……」
少し残念そうにアルコール系の飲料の欄を飛ばすと、適当な物を選んで注文する。料理ができるまでの間、ルートたちは今後の事と現在の状況について小声で話すことにした。
「つまり、この都市の上層部はマガス繋がり……?」
「おそらくな。町は貧しいとは言わないが別段栄えているわけでもない。にも関わらず豪勢な生活を送っているようだからな」
フラッシュが考え込む。
そして、気まずそうな表情を浮かべて辺りを窺う。
「こんなところにいても大丈夫かな」
それを聞くとルートが何を今さら、といった表情を浮かべ、先に来た紅茶に口を付ける。
「もとより、俺は気晴らしだけにこの町に出てきたわけじゃないぞ? 仕事も兼ねてる」
「来るんじゃなかった……」
頭に手をついて項垂れるフラッシュを隣のレイが慰める。
仕事というのは、もちろんマガス関係だ。
この都市の上層部が敵に通じているのなら、十中八九旅団が来たことはあちら側に伝わっている。そして、こちらの動向を知ろうと斥候を放ってくるはずだ。そして、その斥候が狙うであろう獲物をルートは買って出たのだ。街中だから大っぴらに仕掛けてくるとは思わないが、こちらの常識だけで物事を考えるのは危険なことだ。
ルートたちは偵察と敵に対する囮となり、町を移動し、こちらの尻尾を掴ませるのが目的だ。フラッシュが付いてきてしまったのはルートにとって予想外でもあり、想定内でもあったが、ジープを使えばさほど支障はないだろうと判断することにした。
「敵が仕掛けてくると決まったわけじゃない。その時まではこのわずかな休暇を楽しもうじゃないか」
「10分で終わるとか言わないでね……」
フラッシュの力のない声が店内に響いた。
しかし、フラッシュの思いとは裏腹に、その様子を店の外の物陰から見つめる影があることに、3人はまだ気が付いていなかった。
『最悪の展開よ』
通信越しのジゼルの顔は憔悴しきっていた。あまりのショックに感情を制御できていないようで、言葉の節々にトゲがあり、いつにも増して表情が強張っていた。
ジゼルは頼りになる人物ではあるが、1度怒り出すと目も当てられない事態になる。それだけは避けなければならないと、マックは言葉を慎重に選びながら会話を続けようとする。
「と、いうと?」
『フェイナと共に調べたら、大統領は限りなく敵だったのよ。調査していることがどこからか知られて全ての調査を大統領命令で止められたわ。おかげでこっちは動きが取れなくなってしまったわ』
ジゼルが調べ上げた情報では、当初の懸念通り、大統領はマガスに繋がっているだろうことが疑われた。決定的証拠に欠け、100パーセントではないにしても、その可能性は限りなく高いものだった。
おまけに、大統領は裏切ったわけではなく、最初からマガスに協力していたようなのだ。つまり、『大崩落』後、終戦宣言をした男はずっと人類を裏切り続けてきたのだ。そんなことが公になれば、世界各国での混乱は避けられない。『ニースローグ』に至っては存続すら危うくなる。
『フェイナが動いてくれるおかげで調査は続けられているけれど、私への監視は強くなったわ。大統領直属の人間が軍に出向してきたのも、そのせいね。この通信はプライベート用だから大丈夫だけれど、公用のはおそらく盗聴されているわ』
「証拠は上がりそうですか?」
『大丈夫、とは言い難いわね。監視が強くなったということはあちらの警戒も強くなったってことよ。フェイナにも極力出過ぎるなとは言ってあるけれど、正直心配でしょうがないわ。戦場にいたときだってこんなに不安にはならなかったのに……』
ジゼルがいつもは見せない弱気な感情を表に出している。
マックはできれば慰めてやりたいと思うが、事態はそれを許そうとはしていないのが現状だ。
「ミス・ジゼル、もしあなたの身に危険が迫ったら我々のことなど気にせずに身を引いてもらっても構いません。他の都市にも協力要請はしていますし、あなたの軍には敵いませんが精鋭を揃えてもらうよう言っています」
『そうは問屋が卸さないわ。私だって言ったからにはそれなりの責任があるわ。必ず大統領をとっ捕まえてあなたたちの所に行ってあげるから、期待して待ってなさいな』
ジゼルは憮然として言い放った。
先ほどの弱気はどこへやら、まっすぐにマックを見据え、鋭い眼光をを向けてきた。
それを見てマックは小さく微笑んだ。
「それでこそ、『ニースローグ』の女帝ですよ。あなたほど弱気の似合わない女性はいないですよ」
『フフ、褒め言葉として頂いておくわ。それはそうと、話を続けましょう? まだ話さなければならないことがこの一晩でたくさん起こったのだから』
「お願いします」
『では……』
そして、ジゼルは語り始めた。時間が経つにしたがってマックの表情が強張り、凍りついていくのが、目に見えて分かるほどの内容だった。
『ニースローグ』の大統領は、調べによれば非常に真面目で、感じの良い、熟練の政治家であった。にも関わらず、戦後数年はおかしな言動が目立ち、一部には機械人ひいきと取られるような政策、言動が見られるようにもなっていた。それらも今では完全になくなり、至って普通の政治を送っているのだが、そこにジゼルは疑問を持っていた。
戦後のあの宣言の時は、当時の部下でさえ驚くほどの饒舌だった。それを間近で見ていたジゼルはそれをよく覚えていた。
あの、口下手で、純真で、真面目な男が、まるで独裁者かのような演説を行ったのだ。彼を個人的に知っている人間でそれを不審がらない人間はいなかった。
そして、それを大統領は察知したかのように、今まで自分の周りにいた側近を左遷したり、失職に追いやったりし、新たな人材を政府に呼び込んだ。中には外部の人間すらいる。
まるで、昔の自分を隠すかのような行為は、ジゼルの元にも及びそうになったのだが、ジゼルは彼を貶めようなどとは考えずに彼の指示に従うことを選択した。それにより、世界がどう変わったかは分からないが、少なくともそれをしていなければ今こうしてマックと話し合っていることなどなかっただろう。
戦後の突然の変容、そして親しい者の左遷と失職。
それが指し示すことはあまりにも突拍子の無いものであり、最も説得性の高いものであった。
「……、『ニースローグ』大統領、終戦の立役者は、機械人」
マックが小さく呻くように言う。
それが、最も懸念されていた事態であった。人間であれば説得するという可能性が残されているが、機械人相手に話し合いは無意味だ。実力行使しか残されていないのが実態だ。だが、彼を機械人とは知らずに彼を守る人間も数多い。もとより信望厚い男なのだ、取り巻きは多い上に、悪い人間は少ない。最も相手にしたくない敵だ。
『事態が動くことは確実。あなた方が動くと同時にもし彼が何かしらの動きを見せたら、私が潰すわ』
「期待してます、ミス・ジゼル」
『はあ、なんでこんなに面倒なことになっちゃったのかしら……』
「それは違いますよ」
マックが表情を変えずに言うと、ジゼルが首をかしげる。
「これからがもっと面倒な事態にあるんですよ」
作者「どうも、作者のハモニカです」
道男「ルートだ」
作者「え~、というわけで、この駄作もついに三十話です。なんというか、戦闘描写がマンネリ化している気がして不安でしょうがない今日この頃です」
道男「まあ、ボキャが少ないのはもともとだしな」
作者「高校でも英語に関して言えばボキャが無いのでフィーリングでどうにかしてしまう人間でしたので……。でも戦闘描写はそれとはまた別の難しさですね。それも銃とか砲とかだと、必殺! 的なことができませんので」
道男「映画とかでも、いざとなると頼りになるのは銃ではなく己の肉体、的なイメージが強いよな」
作者「私は『沈黙~』シリーズとか、アイルービーバッ、じゃなかったアイルビーバックな元州知事とか、マト〇ックス、最近だとア〇ターとか好きなんですけど、やっぱり最終決戦て格闘ですよね」
道男「銃が無くとも強いおじさんたち……、渋いの好きなお前らしいな」
作者「邦画だと、『相〇』シリーズとか、アニメですけどファーストガ〇ダムだと青い巨星とか好きですし……、ニート志望の主人公なんかよりよっぽど人間臭くて好きです」
道男「最近のは見ないのか?」
作者「ガ〇ダムですか? 友人に見せてもらったダブルオーの一話程度ですよ。後はゲームですかね……ガンガンネクストは大学入ってから再燃した感があります」
道男「好きなキャラは?」
作者「ガトーさん」
道男「『沈黙』繋がりを意識したか……?」
作者「いや、『ソロモンよ(以下略』がカッコ良かったもんですから……。他だとノリスさんとか?」
道男「また渋いところを……」
作者「あれは珍しくアニメも少し見ましたけど、あの人の献身度は半端ないですね」
道男「最近のは中年以上は敵でしか出てこない気がするのは俺だけか?」
作者「少なくとも種以降仲間で渋い人ってあまり見ないですよね。あ、オーブに髭の人がいたような気がしますけど」
道男「いたな。死んじまうが」
作者「って、何を話しているんですか、私たちは。そんなことを話すつもりでやってるわけじゃないんです」
道男「じゃあ聞くが、ネタはあるのか?」
作者「ぐっ、そう言われると困りますが……」
道男「…………どうしてこれ始めた」
作者「かっこいいじゃん」
閑話休題
照男「え~。ルートが作者を連れて訓練場に行ってしまったので、ここからは僕がやりますね。あまりやることもないですが、とりあえずこれを読んでくれている方に無上の感謝を。これからもよろしくお願いいたします。大抵後書きでフルボッコされる作者に労いの言葉などかけてあげてくれると助かります」
道男「随分と奴の肩を持つじゃないか」
照男「うわっ、ルート?! さ、作者さんはどうしたの?」
道男「遠いところへ行ったよ。遠いところヘな。それはともかく、お前、何か下心があるんじゃないだろうな?」
照男「べ、別にないですよ!? 別に出番増やしてほしいとか、待遇改善を求めている訳じゃないよ!?」
道男「…………ちょっと逝こうか」
照男「ちょ、字が、字が間違って……アーーーーーーッ!!」
道男「誤字脱字、感想などお待ちしている」