第二十九話 裏でうごめくはマガスの影
頑張って次話投稿に前書き、本文、後書きを書き、やっとの思いで次話投稿のボタンを押して、
エラーが出て、
戻ったら全部消えていて、
泣きたくなりますね…………。
都市『ニースローグ』。
15年前の『大崩落』時には『デルジャナ』攻略の根拠地となり、終戦宣言が行われた都市でもある。そのせいもあってか、戦後『ニースローグ』は軍事都市としての側面と、観光地としての側面という、到底共存しそうにない2つの産業が相容れている。戦争の最前線となり、人的被害も甚大、にも関わらず驚異的な発展を遂げられたのはそういう背景がある。
軍事都市としての知名度は世界屈指であり、現にジゼル率いる『ニースローグ』都市軍は、都市軍としては異例の海外派遣すら可能な能力を持つ。自らの都市を守るだけでなく、他都市を守って余りある軍事力を備えているのだ。練度も高く、兵器も都市独自の発展を遂げ、砂漠戦においては比類無き戦闘能力を発揮する。これは『ニースローグ』と『デルジャナ』を砂漠が隔てているという理由によるが、それ以外でも塗装さえ変えればどこでも通用する一級品の製造が行われており、他都市からの受注も多い。
それゆえ、『ニースローグ』は軍事国家として一面が強い。とはいえ、それだけで社会が回るわけではない。観光業による外貨の取得、都市郊外における農業の促進など、都市の人々に直接影響するような政策もかけ合わさり、政局も安定している。
言ってみれば、世界でも稀に見る高度な技術と平穏を手に入れた都市なのである。圧倒的な武力に裏付けされたことによる外敵の侵入の皆無、安定した生活による平穏、これほどまでに理想的な都市は片手の手で足りるほどしかないと言われている。
「そういう都市の司令官をやっていると、どこか平和ボケしてしまうのかもしれないわねぇ」
「ジゼルさん、いきなりどうしたんですか?」
ここはジゼルの個人的な執務室。
さすが、司令官にもなると執務室の広さも段違いである。スペースに限界のある『グランドフリューゲ』ではマックの執務室もそこまで広くはないが、ジゼルの執務室はとにかく広い。壁一面の本棚と、窓から見える都市の風景だけ見ていると、ここが軍の最高司令官の部屋とは思えない気分になる。
「ああ、ごめんなさいね、フェイナ。ちょっと考え事していたもので……」
ジゼルは物思いに耽っていて、つい目の前の来客用のソファに座っているフェイナの事を失念してしまっていた。
「それにしても、あの小さかったフェイナが、今じゃ情報部隊のエース……。長生きはしてみるものね」
「ジゼルさんこそまだまだそんなお歳じゃ、っていうか今が最盛期なんじゃないですか?」
「最盛期を迎えたということは、後は落ちるだけじゃない。私はまだまだこれからのつもりよ?」
クスッと笑ってジゼルは紅茶をすする。
「それで、マックの使いとして来てくれたわけだけれど、マックは今回の事をどう考えているのかしら?」
カップを机に置くと、ジゼルは柔和な表情を消し、目つきも鋭くなる。
フェイナも、もとよりその事で来たのだからと、姿勢を正して持ってきた書類を取り出して机に広げ始めた。
「これは、旅団からでも入手できたこの都市の政府高官の情報です。その中から我々は最近の行動に違和感を持った人物をピックアップしてきました。この都市の情報機関の情報はどうでしたか?」
書類の写真に目を通しながら、ジゼルは机の引き出しから種類の束を取り出し、フェイナに手渡した。フェイナが持ってきた物と同じように、怪しい人物のここ最近の行動や金回りなどが詳細に書かれている。
「こっちも似たようなものね……。つまり、外と中で同じものが手に入れられるってことね。情報統制が甘いわね」
「それはまた後程。我々が最も憂きしているのは、書類の最後の人物の関連です」
「ええと、ってちょっと!?」
ジゼルが書類の最後の1枚を見て顔色を変えた。そこには髭を丁寧に切りそろえ、選挙カーのような車の上で手を振っている男の姿が写されている。どう見たとしても良い印象しか持てない。
「都市の大統領じゃない! あの人がマガスと繋がっているというの!?」
「最悪、そうなります。情報が大統領まで上がっていないと聞いてまず、政府高官の裏切りを考えましたが、旅団が得た情報によると、どうも高官の1人が大統領と共謀して情報が上がらないように仕向けていたという可能性が浮上しました。大統領は知らぬ存ぜぬで済まされるし、最悪高官がばれたとしても処断するトップが敵なのですから、処分などたかが知れています」
「……なんてこと」
ジゼルがショックのあまり言葉を失う。
「とはいえ、これはまだ可能性の段階です。そちらの情報と併せて精査する必要がありますから、協力をお願いします」
「他ならぬマック、そしてフェイナの願いとあれば拒む理由はないわ。けれど、大統領がマガス側だとなると、この都市の根幹に関わることよ。 知ってると思うけど、あの人は『大崩落』で終戦宣言をした本人、都市内だけでなく、世界からも尊敬されている人、そんな人が敵だとなると……」
「確か、『デルジャナ』で『始まりの機械人』の残骸を最初に確認した指揮官でしたよね。あたしは小さかったからあまり覚えていませんけど、旅団長がそんなことを言っていました」
あの頃の旅団は小さい子にあまり重い話題を聞かせぬようにとそう言った知らせはあまり子供にまで伝わってはこなかった。フェイナも入隊して、この都市に始めて来た時にマックに説明されて以来である。
「そうよ、そんな人がマガスの内通者? これは最悪私の首を覚悟する必要があるわね」
「失職ではなく、ですね」
「ええ」
ジゼルは小さなため息をついて書類を机に置いて、背もたれに寄りかかる。
「マックには言ったけれど、事態がどう動こうと私はあなたたちを助けに行くつもりよ。内部の敵を一掃したら、特急便で『デルジャナ』へ行く予定、すでに関連部署への根回しは済んで、いつでも動ける態勢にはあるわ。けれど、大統領が敵となると、大統領命令で止められる可能性があるわ。私は気にしないけれど、他の人は違うだろうし。フェイナ、この情報の詰めは私に任せてくれないかしら? 身内のことは身内で片付けるのが道理だと思うのだけれど」
ジゼルが言いにくそうに表情を歪める。
だが、フェイナはそれまでの穏やかな表情を変えない。
「もちろん、そちらの問題はそちらでやってもらうつもりです。けれど、あたしも力添えはしますよ?」
「それは、願ったりよ」
ジゼルが笑みを浮かべると、手を差し伸べてきた。
フェイナはその手を握り返し、笑みをこぼした。
「それじゃあ、フェイナ。これからは仕事仲間ね」
「よろしくお願いします」
小さな都市の傍に、『フリューゲ』の家である『グランドフリューゲ』が停泊している。
高層ビル建設に使われる大型のクレーンに囲まれ、『血の盟約』との戦闘で被弾した艦首付近には修復用の機材が置かれ、溶接に使われる工具が放つ火花が至る所で輝きながら雨のように降り注いでいく。
ルートはその様子をこの都市で最も高い都市政府の建物の窓から眺めていた。
「いやあ、こんな辺境の都市では、このような大口の契約が出来る事自体ありがたいんですよ」
「応急処置で構いませんよ、こちらも急ぎですので」
ルートの背後、ガラス製の机を挟んでマックとこの都市のトップの男が今回の契約について話し合っている。
この都市に寄ったのは、旅団を雇うとかそういうものではなく、ただ単に『デルジャナ』に行く道中でまともな修理と補給を受けられそうな都市がここしかなかったからだ。
規模は『ブラン・コーリア』の半分ほど、工業よりも農業の方が盛んな様で、窓からの景色も田園が広がっている。都市中枢部は建造物が集中しているが、郊外へ行くほどのどかな風景になっていき、そのど真ん中に『グランドフリューゲ』はいるのだ。そしてその周辺だけ妙に工場が立っているという、田園とは似合わない光景が広がっている。
「いえいえ、正直申しますと、最近はこのような場所まで来て、修理と補給を頼んでもらえることなど皆無でして……。ぜひ我々の都市を助けるつもりで契約の上乗せなど、頼めませんか?」
都市長、このでっぷりと太った男はそう名乗った。
都市によってトップの呼び方は違うが、この都市ではそう呼ぶそうだ。
都市長はポケットから葉巻を取り出すと太い指で器用に挟むと火をつけて大きく煙を吸い込んだ。
正直、ルートのこの男に対する第一印象は最悪、その一言に尽きる。田園をこの男の迎えの車で通ってきたが、市民は決して裕福とは言えない生活を送っている。都市の表通りこそ小奇麗に清掃され、市民が往来していたが、それが違和感を覚えるほどに整頓されていたことに気が付いていた。
外面だけを良くした、という感じで、都市中心部はある程度栄えていたが、あまり見られない郊外との格差は誰が見ても明らかなものだった。
にも関わらず、この男は不健康なほどに太り、高級そうな服に身を包み、葉巻を吹かしている。
これで印象が良いはずがない。
「ご厚意はうれしいのですが、急いでますので、応急処置だけでお願いします」
「まあまあ、そう言わずに……」
この部屋に通されて3時間。
延々待たされた上に、話していることは契約の上乗せによる『グランドフリューゲ』の大規模修理についてなのだが、それも都市長が一方的にやらせてくれ、とせがむばかりでマックの言葉に耳を貸す気配は全く見られない。
都市長は口を開いては「修理させてくれ」の一点張り、何とか引き下がってもらおうとマックも遠慮しているのだが、そのやり取りは傍から見ていてイライラさせられるほどのものであった。
「とにかく、もし必要だと思いましたらこちらから要請しますので、今は応急処置でお願いできますか?」
「まあ、そういうことでしたら……。予定では2日もあれば修理はできます。その後また再契約という形でお願い……」
「旅団長、そろそろ艦に戻りませんと……」
「お、おおそうか、もうそんな時間か。では都市長、我々はこれで失礼します」
ルートが助け船を出してマックを無限ループから救い出す。そして足早に部屋を後にし、出口へと長い通路を歩きだす。
都市長の部屋がある通路を曲がり、視界から都市長の部屋が消えると、マックは小さくため息をついた。その顔には疲労の色が濃い。ルートは心配そうにマックの顔を覗き込む。
「すまんな、助かった」
「まあ、俺もイライラしてましたから……」
若干無理やりであったし、おそらくあの男もこちらが逃げ出したことには薄々気がついてはいるだろう。とはいえ、そうでもしなければあの場から逃げ出すことは不可能ではないか、と思うほどにあの男はこちらを引き留めようと必死になっていた。
「2日か。『ニースローグ』へ行ったフェイナからの連絡が来るまでは急いで行っても仕方がないからな。幸い、都市内は見て回るには丁度良さそう場所が幾つかあったし、見て回るのもいいんじゃないか?」
「暇ですしね。レイでも誘って行きますよ」
他愛のない会話が行われているように見えるが、それは口元のみ。目は目まぐるしく通路を走査し、監視カメラの有無を確認し、人の気配に神経を尖らせている。
それもそのはずで、旅団内では初めての場所での警戒は怠らないよう常日頃から心がけるよう言われているのだ。こちらが相手を知らなくとも、あちらがこっちを知っていることは多い。『フリューゲ』はそういう傭兵集団であるから、それには慣れている。問題は、知らなくてもいいような輩にまで自らの存在を知られていることだ。『フリューゲ』のような集団を快く思わない組織など、この世にごまんといる。
それは犯罪組織に限った話ではない。時には都市ぐるみで旅団を襲おうなどと考える都市すらある。もちろん、そんなに軽々しく銃を向けてはいけない相手だと理解していない愚か者が行う行為ではあるが。
だから、マックとルートはいつも通りの動作を行っているにすぎなかったのだ。
だが、あの部屋に通され、あの男を見て2人の脳内ではアラームが鳴り響いた。
少し考えれば分かる話だ。あまり収入が多そうではない都市、それも都市内ですら表向きのみ整備された都市、言い方は悪いがいわゆる貧乏都市のトップがあのような恰好であることに違和感を抱かないわけがなかった。そして、それは危険なほどに見えてきた。
都市の税収以外からの収入。
それが、あの男を醜く太らせている可能性がある。
そしてこのご時世、こんな貧乏都市に金を流す物好きなど、限られている。
「ルート、出歩くなら……」
そこまで言ってマックは耳たぶを指でつまむ。通信機を表す隊内での符号だ。そしてその手が腰に置かれ、小さく2度マックは腰を平手で軽く叩いた。
それが示すのはただ1つ。
「了解した」
ルートは小さく返事をした。
いわゆる、ネットワークという奴ですね。
マガスは世界中の都市の高官にパイプを持っています。つまり、網の目のように自分のネットワークが構成されているのです。
もちろん、それが本拠地に近づけば近づくほど細かくなるのは、言わずと知れたことなのでしょう。
次回、ルートたちが休養のために都市に出かける予定。
果たしてゆっくり休めるのでしょうか、はたまた……、的な感じでいきます。
誤字脱字でも構いません。
感想お待ちしております。