第二十七話 目指すは『デルジャナ』
マックの世代の人間が新たに登場します。
これから結構出番がある予定。
被害は決して小さくはなかった。
マックが言っていた通り、402部隊に率いられた戦車隊と隊員は結果的に『血の盟約』の主力であった部隊を壊滅させたが、手痛く反撃されたのも事実だ。
大破して都市に廃棄してきた戦車は5台、搭乗員15名が死傷した。
そして何より、被弾した『グランドフリューゲ』の修理が急がれた。
何しろ、ミサイル2発の直撃のおかげで、艦首付近はめちゃくちゃに破壊され、装甲がめくれあがって内部が露出してしまっている。幸い弾薬庫まで届かなかったため、誘爆して艦が真っ二つになる、ということは免れた。
しかし、その代わりに『グランドフリューゲ』の主力兵器である主砲の遠隔使用が不能になってしまった。着弾の衝撃で戦闘指揮所からの遠隔操作が出来なくなってしまったために、戦艦の醍醐味であり、十八番、必殺である一斉射撃が出来なくなってしまったのだ。各砲塔に隊員が入り、個別に発砲することはできるが、狙いを定め、誤差を修正することなどもすべて手動で行うため、著しく命中精度が下がってしまうことになる。
航空部隊は、被弾機は多かったが撃墜されたのは『スカル』に撃ち落とされた1機のみ。その1機にしてもパイロットはあの錐もみの中脱出し、無事生還した。
「マガスを仕留める前、随分と痛い目に合ってしまったな」
マックは、損害解析が記された報告書に目を通して頭を抱えている。
多少の被害は想定していたが、『グランドフリューゲ』がミサイルをもらうとは思っていなかった。修理のためにはかなりの時間がかかるため、どう急いでも『デルジャナ』に到着するまでに全回復することは望めない。この艦の攻撃手段はミサイルとガトリング砲という、情けないことになってしまった。これが軍隊の艦だったら主砲を小さくした副砲という対地対空の両用砲といった兵器が搭載されているところなのだが、あいにく出費を抑えるために中途半端な威力の副砲は取り外されてしまっている。
つまり、現在『フリューゲ』の戦力は実動部隊が実質の最終戦力となってしまっている。
これは痛い。『グランドフリューゲ』からの支援砲撃ができない状況では、どうしても戦場での出血が増す。マガスとの戦いは、『血の盟約』以上の激しい戦闘が想定されているため、何とか戦力の補てんをしなければならない。
マックはすでに、繋がりのある都市に対して今回の世界規模の危機に対しての共闘を申し出ている。普段だったらまず信じてもらえない一大事なのだが、『血の盟約』との戦闘、これまで得た情報の一部を提示することによって、信じない政治家を黙らせることに成功し、有力な都市からは都市軍の派遣を検討するとの連絡が返ってきた。
だが、それが間に合うかは分からない。
『大崩落』後、残存する兵器の危険性を理由に『デルジャナ』近辺にあった都市は遠くへ移ってしまった。もちろん、これは残されていると思われる核弾頭が爆発した際、影響がないと思われる位置までの退避であったため、ほとんどの都市が大した反対もなく住み慣れた都市を離れて新たな都市を建造するようになった。
そのため、現在『デルジャナ』近辺には『デルジャナ』を監視するための軍しか残っていない。『デルジャナ』までの道のりはとにかく遠いため、陸上兵器の輸送は空輸となるわけだは、一定以上の数が揃うのにはある程度の時間を要する。かといって、航空戦力だけでは足りない。最終的に要塞のような地上基地は陸戦によって勝負が決する。あくまで航空戦力はその支援であり、それだけでは敵を打ち倒すことはできない。
『旅団長、『デルジャナ』の警備にあたっている軍の所属である『ニースローグ』から連絡が入りました』
マックの執務机の通信端末から副官の声が入り、ディスプレイに初老の女性の顔が浮かび上がった。
『久しぶりね、マック。景気はどう?』
「今聞いても皮肉にしか聞こえないですよ、ミス・ジゼル?」
品の良い笑みを浮かべた女性、ジゼルは『デルジャナ』警備を引き受けている都市『ニースローグ』都市軍の最高司令官だ。女性ながらその圧倒的な指揮能力と人望から、都市外でも軍関係者で彼女を知らない者はモグリ扱いされるほどである。
『そうね、『血の盟約』とは1度やりあったことはあるけれど、厄介な敵だものね。話は聞いているわ、『血の盟約』を壊滅させたことには、感謝と、敬意を』
「どうも。それでは、本題に入りましょう。先刻送った質問の回答をお願いできますか?」
帰還してすぐに、マックは『デルジャナ』に関係のある都市にいる知り合いに片端から連絡を入れ、個人的に情報をかき集めている。都市政府の公式報告を信じていないわけではないが、やはり個人的な繋がりからの情報は信ぴょう性が高い。それが軍高官ならなおさらだ。
『結論だけ言えば、ノーよ』
ジゼルは表情を曇らせ、画面の中で小さくため息をついた。
「やはり、ですか……」
『ええ、先ほど『デルジャナ』駐留軍に連絡を入れたのだけれど、まったく通じなかったわ。おまけに偵察に出た機が通信を絶ったわ。十中八九私の軍の仕業よ』
「あなたの責任ではないですよ、ミス・ジゼル」
『『デルジャナ』の指揮官は、私が送り出したのよ? 責任を感じないわけないじゃない』
ジゼルとは、1度『ニースローグ』に立ち寄った際に都市軍の教導を頼まれた事をきっかけに知り合った。お互い指揮官として何か同じ雰囲気を醸し出していたのか、すぐに親しくなり、何度か一緒に飲みに行ったこともある。とはいえ、旅団は同じ場所には留まれないため、お互いに連絡先を教えあい、マックは都市を後にした。
『はあ、どうやら私の目も節穴になってしまったようね……』
「あいにく様ですが、あなたの目は未だに猛禽類の目ですよ」
『ありがとう、そう言ってもらえると助かるわ』
純粋に褒めていたわけではないのだが、とマックは内心で思うが、おいそれと口外するわけにはいかない。
「それで、政府の反応は?」
『ニースローグ』には公式な筋で、つまり政府に対しても打診しているが、一向に返事が返ってこない。こういうのは時間が命なのだが、『ニースローグ』からは丸1日経っても返事が来ない。
業を煮やしたマックは、軍司令官であるジゼルに内密に政府内部の様子を聞いていたのだ。ばれればジゼルは反逆者並みの扱いを受けるのだろうが、その程度で怖気づく人間ならマックの友人リストには入らない。
『どうもきな臭いわね。政府内部には危機感のある人間もいて、あなたたちに協力するよう申し出ている人もいるのだけれど……。ここだけの話、そのことを大統領が知らないのじゃないかという噂が政府内で囁かれているの』
「都市のトップが知らない? どういうことだ……」
『おそらくだけれど、政府高官にマガスの手の者がいるのよ。そいつが情報をそこでストップさせて大統領まで情報が上がらないということは考えられるわ。今都市の諜報機関とも協力して怪しい人間をリストアップしているから、目星がつくのにはもう少し時間がかかるわ』
マガスが都市政府に太いパイプを持っていることは随分前から分かっていた。それが今、形となってマックの前に立ちふさがっている。
「分かりました。何か分かったら連絡を」
『いいわ。ああ、それと私の軍だけれど、動くわよ? たとえ政府が断っても』
不意にジゼルが笑みを浮かべる。
「いいのですか? 最悪職を解かれますよ?」
『それでついて来なくなるような部下は持っちゃいないわ』
ジゼルがウィンクして見せ、自らが育て上げた兵士を誇った。
彼女の指揮は、ただ命令を上から下に伝達するだけではない。もともと彼女自身が戦場で銃弾の雨を潜り抜けてきた経験があるため、現場の意識をこれ以上理解できている司令官は存在しないだろう。それゆえ、ジゼルは決して現場の兵士をないがしろにするようなことはしなかったし、それに反対するような輩はことごとく軍から追い出されていった。それに反感を持つ人間も少なくはないが、圧倒的に支持する者が多いため、ジゼルはかなり強引な軍改革を行ったにも関わらず、未だに現職として軍を引っ張っている。
『それじゃ、何か分かったら連絡するわ。交流のある都市にも声をかけておくから、期待して待ってなさいな』
「期待させていただきます、ミス・ジゼル」
『いい加減それ止めてくれないかしら。無理しているのが丸分かりよ?』
含み笑いをしながらジゼルはマックに敬語を止めるように言った。
『一応、これだってオフレコみたいなものよ? 昔みたいにマック、ジゼルで呼び合いたいわ』
「また今度ということで。こちらも今は執務モードみたいなものなので、部下に示しがつきませんし」
仕事と私事の分別ぐらいはつける。相手方がラフでも、こちらが仕事中ならそのままでいく。そうでないといざという時に困る。仕事中はなるべく素が出ないように心がけているのだ。
『はあ、相変わらず固いのね。そう言えば、かわいい子供たちは元気?』
「相変わらず無茶やってくれますよ。『ジャッカル』の改良型に3人で挑んで、勝ちましたし」
マックが一際大きなため息をついた。
ヘリでフラッシュとレイが倒したボヘミアンの搭乗機について語っているのを耳にして、それが『ジャッカル』の改良型と理解した時は、怒鳴りつけようかと思ったほどだ。
フル装備の兵士を中隊規模で差し向けてようやく倒せるかどうかの化け物だ。そんなものにグレネードと小銃だけで立ち向かうなど、マックにしてみれば愚の骨頂であった。本物の『ジャッカル』であれば決してルートの行った作戦は成功しなかっただろう。結局、最後に勝敗を分けたのはボヘミアンが人間であったことか。
『あら、それはすごいわね。今度来たらあの子たちに教導を頼もうかしら』
「良いですけど、すり潰さないでくださいね? あいつらも今じゃ旅団の要なんですから。ああ、それから、先刻こちらから貴女に人を送りました。夕方には着くでしょうから」
『あら、どうして?』
「情報に関しては旅団でも屈指の隊員です。情報収集の手伝いが出来ればと思いまして。貴女も知っている隊員です」
『それは楽しみね。もしかして、あの子たちの1人かしら?』
「それは到着してからのお楽しみ、ということで」
マックが愛想よく笑う。
『そう、分かったわ。それじゃ、懐かしい顔を首を長くして待つとするわ。じゃあね』
そう言うとジゼルは通信を切った。
通信が切れたことを確認して、マックはディスプレイを閉じて背もたれに寄りかかった。
「……これで大体の根回しは終わったな。後は出張ってくれるかどうかだが」
ジゼルはほぼ確実に来るのだろう。
男に二言はない、という格言があるが、ジゼルは女性ながらその類の人間だ。言ったことは絶対に行う性格なのだ。それに公私の隔たりはない。だからこそ、信頼できるのだ。逆に変な約束をさせられると、後が恐ろしいのだが。
マックはディスプレイに地図を映した。
そこには現在位置が赤い点で示され、画面の端の方に小さく『デルジャナ』と示された青い点が光っている。そして、赤い矢印が赤い点から青い点へ向けて伸びており、最短の針路を映し出している。
それを見つめながら、マックは黙って腕を組み、小さく呻く。
マガスの勢力を考えると、旅団単独で勝利を収めることは絶望的だ。だが、応援を待っている時間もあまりない。ギリギリまで待つが、最悪ボヘミアンの時のように401部隊を招集し、マガスの首を取りに行くしかない。その際には旅団をすり潰すぐらいの覚悟が必要となるだろう。
「あいつら次第、と言ったところか……」
すでに、単独で動く場合の草案はマックの脳内に出来上がっている。それが形にならないことを切に祈りながら、マックはディスプレイの画像を消した。
はい、新キャラ、ジゼルさんでした。
これもまた次の話を投稿する頃には登場人物紹介に載せようと考えている人物です。この小説では数少ない女性キャラなので、大切にしたいなあ、とは考えています。
まあ、この時期に出てくるわけですから、案の定と言いますか、当たり前と言いますか、終盤にかけて出番が増えるわけなのですが……。




