第一話 出動
本編スタート
です。
大陸東の要衝都市、『ハルバート』の一角に濛々とした煙が上がっている。上空を何機ものヘリが周回し、ビルの間からは耳をつく独特のサイレンが鳴り響いている。
『大崩落』がから15年、世界には未だに戦争の傷痕が深く残っている。
だが、被害が少なかった都市が中心となり、わずか15年で麻痺していた都市間のインフラは回復し、戦争を生き残った人たちは平和な人生を謳歌できるまでになっていた。
『ハルバート』は大陸東にある港湾都市だ。
他の大陸から水揚げされる物資、往来する人にとって重要な都市だ。内陸では物資が不足している都市も少なくない。
そんな、平和で、豊かな都市で、普段聞きなれない乾いた破裂音が響き渡っている。
そこへ、ダークグリーンで色が統一された軍用ヘリが二機、猛スピードで接近していく。
機内ではルート以下12名の隊員が銃を抱えて座っている。
『管制より各機、突入2分前。全隊員は装面、武装の最終チェックを』
無線を通じて、ヘリ内の全員に指示が飛ぶ。
『こちら都市警察だ! 接近中のヘリ、武装グループはロケットランチャーを装備している。ホバリング中援護するが、反撃に注意してくれ!」
都市の治安を司る警察ですら、相手が軍隊張りの装備をしていれば手も足も出ない。都市は自前の軍隊を持つことが鉄則であるが、その練度、装備、規模は都市によってまちまちである。『ハルバート』の軍隊はそのどれもが低かった。むしろ、警察のほうが良い。
『目標を確認した。全員出るぞ!』
ヘリの両サイドの扉がスライドして解放される。
直下に高層ビルの屋上が見える。
と、同時に機体に何かがあたる甲高い音がヘリのローターが空を叩く音にまぎれて聞こえてくる。
どうやら、敵がこちらの接近に気が付き、発砲してきているようだ。これだけ爆音を響かせているのだから気づかれていないほうがおかしいのだが。
「全員、降下開始!」
パイロットが滑らかに機体を動かしてビルの真上に静止させる。そして、スルスルと片側3本、計6本のロープがヘリから垂らされる。
ルートは隊員の1人にアイコンタクトを送る。送られた隊員は無言で頷くと、ヘリの外へと、
飛び降りた。
高さにして10メートル。
生身の人間では下手をすれば死ぬ高さである。にもかかわらず、飛び降りた隊員は苦も無く屋上に着地した。着地した瞬間に地面がひび割れたが、本人は何事もなかったかのように片膝をついて上に向けて手を振った。
「クリアー!」
「よし、全員降下開始!」
6本のロープから武装した隊員が手際よく降りていく。ルートもまた、ロープを巻きつけて降下する。
「こちら403。全員降下した。これより作戦に入る」
真上のヘリに向けて顔を上げる。パイロットがこちらに向けて敬礼している。
『了解、グッドラック!』
ヘリがその身を翻して飛び去っていく。もう一機のヘリ、武装した戦闘ヘリはビルから距離を保ったまま、わざとビルの中から見えるような位置を飛ぶ。
屋上のルートたちを援護するために、注意を引き付けているのだ。輸送ヘリならともかく、戦闘ヘリは急所を撃たれでもしない限りそう簡単には撃ち落とされることはない。
「よし、奴さんが動き出す前になるべく浸透しておく。レイ、確認してくれ」
「了解」
先ほど一番槍を務めた隊員、レイが頷く。
「……階段を生体反応が2つ上ってくる。あと10秒くらいで、出てくるぞ」
「おし、全員物陰に隠れろ。出てきたところを1発で仕留める。レイ、2人目を頼む。
「外すなよ?」
「さっさと隠れろ」
階段へと通ずる扉の横に蹲る。小銃を構えて扉に狙いを定める。ここからでも階段を駆け上がる足音が聞こえる。
そして、扉が勢いよく蹴破られる。
「いらっしゃい、だ」
ルートが引き金を引く。フルオートで弾丸が発射され、開いた扉越しに敵の胴を穿つ。
「うあっ!」
1人目に続いて飛び出してきた男が突然ハチの巣になって倒れた仲間に怯む。だが、敵を前に動きを止めることは死に直結し、事実その男もそうなった。
「バースト」
レイがそう呟くのが聞こえ、直後男の眉間に1センチ程度の穴があく。
「クリアー」
「さすが、狙いは外さないな」
ルートがレイに向かって親指を立てる。
「伊達にアンドロイドやってないさ」
レイはかつての『大崩落』にも参加していた機械人だ。見た目は人間と見紛うほどであるが、目を凝らしてみると関節が義手のようになっていたり、不自然な凹凸があったりと、機械人の特徴を見ることができる。
この部隊にも、あの戦争で家族を亡くした隊員がいる。だが、誰一人レイを軽蔑したりしていない。レイの人柄を知っているからだ。
「それよりも、おしゃべりしていないでさっさと行こう。時間は無限にはないからな」
「わかっている。警察隊の突撃が始まっている。挟撃できなければ意味がないしな」
ルートは全員に向けて手を振り、後に続くよう指示した。
「まいったな」
ルートは現在のありさまを見て、そう呟くしかなかった。
現在、屋上から突入したルートたちは階段を駆け下りて敵が立て籠もっている10階にいる。
ところが、敵は10階に大量の物資を持ち込み、おまけに机やら何やらでバリケードを構築、階段から飛び出してきたルートたちめがけて銃を乱射してきた。
おまけに断続的に撃ってくるため、下手に頭も出せない。
結果、ルートたちは階段の陰で動けなくなってしまっていた。
「あんまりやりたくないが、レイ、頼みますわ」
「了解だ」
レイが躊躇いもなく敵の射線に飛び出した。
当たり前だが、レイに銃撃が集中する。
その一瞬があれば、十分であった。ルートが物陰から半身を出して、銃を構える。だが、バリケードを破るのに小銃の弾では役不足だ。だから、銃身下に取り付けられているグレネードの引き金を引く。
ドンッ!
小銃の発砲とは一味違う反動を肩で受ける。
ドオオン!!
グレネードはバリケード下部に命中。
瓦礫が宙を舞い、瓦礫の煙で視界が塞がる。
「斉射」
敵の攻撃が止んだ一瞬で、部隊の全員が発砲できる位置に移動していた。そして、ルートの合図で全員が視界を遮る煙に向けて発砲する。
絶え間ない発砲音の間に見えない敵の悲鳴やうめき声が聞こえてくる。
「生体反応なし。ここの敵は制圧した」
「よし。悪かったなレイ。囮なんぞ任せてしまって」
「なあに、敵が小銃じゃなかったら引き受けなかったさ」
レイの身体は機械人全般に使用される通常の金属ではない。戦闘用に作られた防弾仕様だ。小銃程度でどうにかなる代物ではない。
「だな」
『403聞こえるか、403』
突然、無線が入ってきた。レイが3人の隊員を引き連れて警戒に出る。
「こちら403、問題か?」
『そのようだ。警察の突入隊が敵の迎撃にあって動きが取れなくなっている。重火器を回してほしい、とのことだ』
「2人つける。アーチ、フランク、5分で終わらせて合流しろ」
ルートが隊員2人に告げる。
「「了解だ」」
重火器。
要は機械人のことだ。彼らは人間では持てないような重火器を体内に格納できる。それゆえ、作戦中は重火器と呼ばれることがある。
2人が最寄りの窓を叩き割って飛び降りる。何も知らない人間が見れば飛び降り自殺にも見えるだろう。だが、2人は違う。内臓した小型ジェットエンジンを起動させて姿勢を保ち、5階ほどの高さで静止する。そして窓を突き破って内部に突入。とたんに足元から物凄い発砲音と爆発音、それに伴う振動が襲ってきた。
「派手にやってるなあ」
「レイか、この先の様子は?」
偵察に出ていたレイが戻ってきた。
「先ほどの爆発、ここのだが、爆発を聞きつけて大所帯がこちらに向かってきている」
「まったく、何人いるんだ……」
警察隊と戦っているのが10数人。少なくとも20人規模だ。明らかに組織化されている。
「はあ、言っていても仕方ないか。よし、不意打ちする。展開」
廊下の端、階段からの襲撃に備えて作られたバリケードは逆に言えば階段へ向かってくる敵を迎撃することができるルートたちにとってのバリケードとなる。
崩れたバリケードの左右に身を潜める。
「ルート、フラッシュバンを使うぞ」
レイがそう言うと、手に持っていた手榴弾、強い光と音を発生させるフラッシュバンの安全ピンを抜き、床を転がす。
そして、突き当りまで転がったところで、ものの見事に敵が現れた。
敵は足元に転がる物体を見てあわてて逃げようとするが、後ろの男とぶつかって逃げそびれ、全員が強烈な光と音の餌食となった。
その間、ルートたちはバリケードの陰で耳を塞いでいた。あれは下手に使えば味方にも被害が出るもの。うかつに直視すれば一時的に視力を失い、鼓膜が破れる可能性もある。そうなれば、戦闘は不可能だ。
「クリアー」
6人の男が見事に全員突っ伏している。手早く武器を取り上げ、手足を縛りつける。
『ビル北東3キロ、飛行禁止空域に未確認のヘリが2機侵入した。どうやら敵のお迎えが来たようだ』
「させてたまるか。全員お縄につくか冥土に行ってもらう」
『当たり前だ。こちとら金もかかっている。全員無力化せよ』
「了解」
「部隊を2班に分ける。俺とレイ、アレックス、メイソン、ジェイス。これより残りの敵を無力化する。残りは屋上まで後退、敵のヘリをけん制しろ。アーチとフランクはそちらに合流するように連絡する」
「「「「「「「「「了解」」」」」」」」」
5人が階段を駆け上がり、5人がビル内部へと歩みだす。
この階の敵はあらかた倒したはずだが、油断はできない。事前情報を正確とは言えないため、念には念を入れなければならない。
「むっ、下から来るぞ。北の階段だ」
レイに言われて即座にもう一方の階段を目指す。
と、視界の下のほうで何かが右から左へと光を反射させた。
ルートが顔を近づけて見ると足首の高さにワイヤーが張られている。そのワイヤーの端へと目を伝わせていくと、そこには木鉢の隠された指向性地雷が巧妙に設置されていた。おそらく、北からの侵入者はこれで撃退、もしくは接近を知らせられるようになっていたのだろう。
ルートは慎重にポケットからハンカチを取り出し、ワイヤーの上にかける。これだけで後続に何があるのかを知らせることができる。口頭でいうよりも分かりやすい。
「ブービートラップか。こんなものを仕掛けるとは」
「手が込んでいるな」
レイがルートの言葉を継いだ。
「ヘリといい、トラップといい、そこらの馬鹿ができる代物じゃあ、ない」
ワイヤーを跨ぎながらレイが聞いてくる。
「背後に相当大きな組織がいるようだな。後始末が大変そうだ」
そんなことを話しながらも、階段から来るであろう敵に注意を集中させる。どうやら10人近くいる。
階段の隙間から下を覗き込むと、敵が銃を担いで駆け上がってくる。
そして、そのうちの1人と目が合った、気がした。あわてて顔を引っ込める。
「気づかれたかも」
「おいおい、頼むぜ」
そう言いながらレイが慎重に下を見て、表情が凍りついた。
「ロケット弾!!」
レイがそう叫ぶと同時に階段からルートたちを遠ざけるべく突き飛ばす。
そこへ、真下から撃たれたロケット弾が飛来、至近の壁に当たって爆発した。発生した爆風にレイが吹き飛ばされ壁に叩きつけられる。発生した爆風はもれなくルートたちの上に瓦礫を降り注がせた。爆煙が立ち込めて視界が悪くなる。
「くそっ、レイ、大丈夫か!?」
煙をかき分けてルートが吹き飛ばされた方向へ向かうと、すぐに壁に寄りかかっているレイが見つかった。戦闘服が焼き爛れて、右腕を酷く損傷している。
「生きてるな!」
「それが負傷した者に対する言葉か、普通」
「お前は普通じゃないだろう」
レイがひどく冷静な声で返してくる。
「右腕が動かんだけだ。まだ戦える。それと敵にも機械人がいる」
レイは立ち上がりながらブランとぶら下がる右腕を邪魔だと言わんばかりに引きちぎる。人工皮膚が剥がれて銀色の装甲がむき出しとなる。
「機械人? 確かか?」
「S&A社の旧型だ。人工皮膚もつけていない、奴隷のような奴だがな」
機械人は言うまでもなく人間が作り出した人工生命体だ。そして、全世界で機械人、アンドロイドの製造が許可されているのはS&A社と呼ばれる企業だけで、もともとこの会社は『大崩落』前の『デルジャナ』に本社を構えていたが、戦争で本社は崩壊し、世界各国の支社が会社を復興するために今も奔走している。
すでにアンドロイドの製造は禁止されており、現在存在するアンドロイドは戦争前から戦時中に作られたものか、違法な手段で作られたものしかない。動かなくなったアンドロイドが数体あれば、完全自立は無理だが、ロボット程度のものは作れる。
ルートがレイの銃を拾い上げて渡そうとしたとき、階段の下から発砲音が響き、ルートたちの頭上に着弾する。
振り返ると階段の下からロープのようなものが伸びている。ロープははるか上の屋上近くまで伸びている。そして直後にロープを巻き上げる機械音と共に男が集団で階段の隙間を”上っていった”。銃を構える暇もなく男たちが目の前を下から上へと移動していった。
隊員の中にはすぐさま起き上がって追跡できる態勢にあった者もいたが、残念ながら最初のロケット弾で上階への階段が崩れてしまっている。
「屋上に機械人を連れた敵が向かった。無理なら後退してアーチとフランクの到着を待て」
『了解』
屋上でヘリを相手にしている5人にすぐに無線で連絡を入れる。
「さてと、あとは上の連中に任せるしかないな。レイもその状態じゃあ戦えんだろう?」
「腕が無くても戦えるが、そう言ったところで許可は出さないだろう?」
「もちろん」
レイが諦めた表情をしている。レイとしてはもう少し自分よりも仕事を優先してもらいたいところなのだろう。彼は機械人、考えて行動する。ルートのような考えはあまり理解できないのも当然なのかもしれない。
『こちら屋上! くっそ、直ちに後退します、ヘリがミサイルを撃ってきた!!』
「全員伏せろ!!」
直後にビル全体が巨大なハンマーで殴られたかのように揺さぶられた。態勢が悪かったレイが今度は床に叩きつけられ、悪態をつく。
頭上から天井の破片がパラパラと落ちてくる。
どうやら、『お迎え』のヘリはあの世からのお迎えだったようだ。屋上めがけて機関銃を撃っているのか重苦しい重低音が聞こえてくる。
「屋上、無事か!?」
『……あ~、なんとか。アーチとフランクにしがみ付いて空飛んでます』
「……」
『軍が出動してヘリを追うとのことです。屋上組は私たちが指揮本部まで連れて行っておきます』
返事がないルートに対して、アーチが続ける。
「……うん? 軍が出張っているのか?」
あくまで警察と自分たちだけで事足りると思っていただけに軍の介入に疑問を抱いた。
『これだけ大っぴらに戦争してしまいましたしね。彼らもここまでやられるとは思っていなかったんでしょうね、状況を教えろとうるさいです』
「あ~、管制?」
状況が刻々と変わっている。
ターゲットは同士討ちで今頃あの世だし、どうにもならない。
『分かっている。ヘリの追撃は軍に任されることになった。すぐに撤収するぞ』
「後味がよろしくないな」
「まったくだ」
レイはそう言うと他の隊員の状態を見に行く。
「まったくもって中途半端だ」
ルートのボヤキを聞く者は、管制官だけだった。
どんなもんでしょうか。
誤字脱字でも構いません。感想いただけると嬉しいです。
……どれくらいの長さが良いのかわからないという問題……