第二十四話 『ブラッディスカル』
「ボヘミアンはどこにいると思いますか?」
艦最下層、壁越しにキャタピラの音がする細い通路をルートたちは一列になって走っていた。ルートが曲がり角で足を止めると、後方のカンナが聞いてきた。
「指揮官としては、艦橋を離れることはないだろうが、相手はあの”クレイジー”ボヘミアンだ。常識は当てにならん」
「そう言えば、作戦会議の時も誰かが言っていましたけど、”クレイジー”とはいったい……」
ラーキンが背後を警戒しながら聞く。
カンナ、ラーキン、フィリップはこの401部隊に選抜されて初めてボヘミアンに関しての情報を受け取った。だが、それは時間の都合上かなり端折られたもので、ルートやレイ、フラッシュがマガスとの関係でボヘミアンを知った時に比べれば、かなり情報量が少ない。
ボヘミアンの名前はそれ以前から知っていたとしても、”クレイジー”の由来など、知る由もないのは仕方のない事だった。
「あいつは、自ら敵を殺すことを楽しむ癖がある。部下に任せずに自分で殺すんだ。先頭に立って敵陣に突っ込むことなど日常茶飯事、仲間であっても、何か失敗すれば彼が直々に首を刎ねる。それほどまでの奴だ。それで人類至上主義など掲げているんだから、お笑い種だがな」
「それほどまでですか」
「ああ、あいつは殺すことに至上の幸福を見出す。人間ながらに殺人人形のような奴のようだな」
手信号でカンナ、ラーキン、フィリップを通路の奥へ行くよう指示する。
「3人は後部へ、格納庫から機関部へ進んでくれ。ラーキン、残りの爆薬を機関部に設置、このデカブツの足を止めろ」
「了解した」
「フラッシュ、レイ、俺たちは上に向かう」
「「了解」」
艦後部へと3人が狭い通路の先へと消えていった。
それを確認してルートは通路を曲がり、通路脇にある梯子に手をかける。梯子の先にはハッチがあり、現在は開いており、上のフロアが少し見えている。周囲に人の気配が無いのを確認した上で、ルートは銃を背中に回して梯子を駆け上がる。上のフロアに這い上がって素早く銃を構え、周囲を警戒する。敵の姿が無いことを確認してフロアの下にいる2人に声をかけ、昇ってくるよう合図を送る。
「人の気配がなさすぎる」
フロアを上がり、レイが周囲を見渡しながら呟く。それにルートも小さくうなずく。
「ああ、いくら戦闘中とはいえ、ここまで人の気が少ないのはどうもおかしい……。そもそも、ハッチ爆破に気づかれていないはずがないんだが……」
結構派手に爆発させたおかげで、すでに敵に気づかれているものだと思っていたが、敵が一向に現れない。まるで3人をどこかに誘っているかのように、無人の通路が目の前に伸びている。
「フラッシュ、無線は拾えるか?」
「無理だね。この周囲は電波妨害されている。十中八九僕たちを対象にしたものだと思うよ」
「やはりか……。敵の襲撃に注意しろ」
「「了解」」
このフロアは、どうやら居住区のようだった。
『血の盟約』のメンバーが過ごしているのであろう部屋がいくつもあり、狭い通路の両脇には段ボールが積まれていたりして、さらに狭くなっている。
ここにはどう考えてもボヘミアンがいる要素がないので、ルートは先ほど上がってきた梯子の脇にある次のフロアへと続く梯子に視線を向ける。
軍艦というものには、要所要所に指標が設置されてる。この艦も御多分に漏れず、梯子の隅に小さい字でこの上が何なのか書かれたプレートが取り付けられている。
「第2艦橋、ということは、その上には第1艦橋があると考えてよさそうだな」
「何かしらの情報も得られるかもしれんな」
「無線も拾えるかも」
第2艦橋は第1艦橋の補助を行う。第1艦橋が健在な時はあまり使いどころのない場所ではあるが、緊急時の臨時艦橋として必要不可欠な場所だ。そして、第1艦橋が使用不能な時に迅速に操艦機能を継承するために、そこには常時リアルタイムの情報が送られ続けているのが、軍艦として当たり前のことだ。もちろん、それに伴う艦橋要員もいるはずだから、ルートは今一度安全装置が無効になっており、弾が装填されていることを確認する。
「第2艦橋を制圧、ボヘミアンを探し出すぞ」
「了解だ。フラッシュ、後ろに」
「分かった」
前から、ルート、レイ、フラッシュの順に並び、ルートは梯子に手をかける。そして手早く階段を駆け上がり、先ほどとは違って閉まっているハッチの取っ手を掴む。固い取っ手を力を振り絞って回し、ガコンという音と共にハッチが少し浮き上がる。
それと同時にハッチの向こうから物音が聞こえ、慌ててルートはハッチを静かに閉じる。明らかに、誰かがいる。下を向いてレイとフラッシュに敵がいることを知らせ、激しい閃光と音をまき散らすスタングレネードを取り出し、安全ピンを抜く。
そして2秒待ってからハッチを少しだけ開け、そこからスタングレネードを転がし、すぐさまハッチを閉める。それを見て下の2人が耳を塞ぎ、ルートも梯子を飛び降りて耳を塞ぐ。
刹那、乾いた爆発音が響き、ハッチ1つ挟んでいても耳にくる甲高い音が響き渡り、上から悲鳴と激しい物音が聞こえてくる。
「行くぞ!」
ルートはすぐさま起き上がり、梯子を駆け上がってハッチを思い切り押し開ける。銃だけをハッチから出して、内部に向けて弾をばら撒くように発砲する。悲鳴が聞こえて、何度かドサリという何かが落ちたような音が聞こえ、ルートはハッチから顔を出す。
「クリアー」
「お見事」
第2艦橋に通じる広い踊り場には、5人ほどの男が倒れ伏していた。
ルートは5人の喉元に指を当て、死亡を確認してから先へと進みだす。
「第2艦橋の要員か?」
レイが後を追いながらルートに聞く。
「おそらくな。戦闘員といった感じではない。だが、だとしたらどうしてこんなところにいる?」
「罠に飛び込んだ気がしてきたんだけど……」
「おそらくその通りだぞ、フラッシュ」
そうレイが言うと、フラッシュがため息をついて項垂れる。
第2艦橋に通じるハッチはそれほど梯子のあった場所から離れておらず、少し歩くと重厚なハッチが3人の行く手を阻んだ。だが、ロックはされておらず、3人はお互いの顔を見合って小さく頷き合った。
ルートがハッチの取っ手を掴み、レイとフラッシュが銃を構える。
そして、勢いよくルートがハッチを開き、ルートとフラッシュが艦橋に飛び込み、固まった。
「……無人だ」
後から入ってきたルートもその言葉に銃を下した。
第2艦橋はもぬけの殻だった。計器は動いているが、それを操作、監視する人間は誰一人いない。どうやら先ほど倒した5人が実質の艦橋要員だったようだ。
レイがもう1つある出入り口を確認しつつ、計器に近寄るルートとフラッシュを掩護する。
「ロックもされていない。ここから敵の情報は取り放題だぞ……」
画面を見て、ルートは茫然とした。
現在、この艦が何を狙い、何を撃っているのかの情報から、端末を経由することで艦内の監視カメラなどにアクセスすることもできるほどであった。いかに第2艦橋とはいえ、戦闘時に人がいない場所でロックが無いのはどう考えてもおかしい。それに気が付かないほどルートたちも馬鹿ではない。
「だが、どういうことだ……」
理由が分からない。罠だというなら、とっくの昔に敵がここになだれ込んで来ていてもおかしくない。
「これが理由だよ、ルート」
別の端末を操作していたフラッシュが声を上げる。フラッシュは画面を操作して1つの映像を映し出した。ヘリがローターを回転させており、そこに大勢の人間が乗り込んでいる様子が分かる。
「逃げ出すのか、この艦を捨てて?」
「そのつもりなのかな。北門は旅団の戦車群がいる。他の門は使用不可。ビルを押しつぶし、外壁を破壊して逃げ出すなら話は別だけど、どうもヘリで逃げ出す気のようだね」
「まさか、この艦はまだ戦闘能力のほとんどを残しているはずだ。ボヘミアンがこの程度で諦めるとは到底思えない、っ!!」
その時、艦を揺るがす巨大な振動が3人を襲った。ミサイルが直撃した時のような揺れを受け、3人がバランスを崩して床に膝をつく。だが、揺れは上からではなく、足元から来た。
それが表すのは、機関部の爆破。
「向こうの3人は上手くやっているようだな、っと、フラッシュ、今の画面を拡大しろ!!」
何かに気が付いたレイがフラッシュに向けて大声を上げる。
フラッシュが画面を戻して拡大すると、そこに巨人のような影が映っていた。ヘリの脇に佇み、何か筒状の物体を抱えているのが分かる。
そして、その筒に3人は見覚えがあった。
「あれは、まさか……」
「そのまさかのようだな」
レイが苦々しく言う。
巨人が持つのは、3本の筒。1基あたり推定4メガトンの核弾頭をその巨人は抱えていた。
「この画像の場所は?!」
「ちょっと待って! ええと、艦橋後部のヘリポートみたいな場所だよ! ここから遠くない!!」
「行くぞ!!」
銃を抱えてルートは第2艦橋を飛び出し、2人もその後に続いて艦橋を飛び出した。
「ボス! 本当にこれでいいんですか?」
ボヘミアンは自らの操る個人装甲機、『スカル』の操縦席で目を閉じていた。
そこにヘリのパイロットが駆け寄り、声を張り上げてボヘミアンに叫んできた。
ボヘミアンはパイロットの方に顔を向けた。
「この艦は、マガスの計画のためのスケープゴートの役割を果たす。艦を捨てることは惜しいが、この艦よりも重要なものがあるのだ。マガスの現在の最大の懸念材料は傭兵旅団『フリューゲ』の存在、それを排除することが我々の任務なのだ」
ボヘミアンはそう言うと、『スカル』の腕を器用に操って抱える核弾頭を軽く叩く。一瞬パイロットの表情が凍りつくが、すぐに気を取り直してボヘミアンに敬礼してヘリに戻っていった。
そして、艦内に残っていた主要な人間を乗せて飛び立った。
艦に残っているのは、操艦に必要な最小限の人間のみと、ボヘミアンだけとなっていた。
ヘリを見送りながら、ボヘミアンは怖気の走る笑みを浮かべていた。
「くくく、さあ、ハイエナども、羊が野に放たれた。せいぜい追いすがるがいい」
ヘリが高度を上げ始めたのを確認して、ボヘミアンは大きく手を広げた。
「そして、『フリューゲ』は翼をもがれて抗うことも出来なくなるのだ!」
『ブラッディスカル』と核弾頭による自爆。
北門周辺の戦車隊は灰塵に帰し、距離のある『グランドフリューゲ』も爆風で大損害を受ける。
そうなれば、旅団には到底マガスを追う力は残されない。
「先ほど敵が突入して来たとき、甲板に出ていたために情報を奪われたかもしれんが、それも無駄に終わる。なんせここで死ぬのだからな」
1人で不気味な笑みを浮かべるボヘミアン。
『スカル』に乗るその姿は悪魔のように見えるほど邪悪だった。
「そうはいかないぞ、ボヘミアン」
ボヘミアンの背後から、声が響いた。
ついに、ボヘミアンと直接対決! です。
まあ、そこまで長くもありませんでしたけど……。
ボヘミアンの駆る巨人機、ガ〇ダm、じゃなかった、『スカル』をいかにしてルートたちは倒すのか……、そんな感じに次回は進めたいと思っています。
誤字脱字でも構いません。
感想お待ちしております。