第十九話 『ブラン・コーリア』
『グランドフリューゲ』がその動きを止めた。
故障したわけでも、前方に障害物があるわけでもない。
しばらくして艦後方の巨大なハッチが開け放たれ、ハッチ自体がスロープの役割を果たして高低差のある艦と地上とを繋ぐ。
『出動許可が出ました。キュプロクス隊、発進してください』
「了解。キュプロクス小隊出撃する、レディスアンドジェントルメン、本日はキュプロクスタクシーをご利用頂きありがとうございます」
「戦車長、作戦前っすよ」
戦車1個小隊の隊長車両内で、戦車長と呼ばれた中年の男が、軽口を叩くと、砲手の若い男が忠告する。その様子をルートは戦車の後部にある兵員室で苦笑いしながら聞いていた。
「久々に客が乗ってるんだ。少しぐらい遊ばせろや」
「ダメっすよ、任務っすから」
「無線切れてるし問題ないと思うが」
「あ~、レイさんも戦車長を甘やかさないでくださいっす」
現在、この1号車には戦車長と砲手、操縦士の3人、兵員室にルート、レイ、フラッシュが乗っている。2号車には残りの3人、カンナ、ラーキン、フィリップが乗り込んでおり、3号車は誰も乗せていない。戦車の後部に強引に兵員室を取り付けたこの戦車は、後部が不自然に膨らんで見えるため、仲間内では「デカ尻」というありがたくないあだ名を付けられている。
既製品ではなく、旅団において兵員輸送に使える車両が少なく、戦車も少人数でもいいから乗せられるように、というコンセプトで改造されたもので、後部にあったエンジンが前部に移動するなどの改造も加えられている。
戦車は砂漠仕様に変更されており、カーキ色に塗り替えられた戦車は砂漠の景色の中に溶け込んでいる。そうじゃなくとも、ほとんど沈みかけている太陽の明かりでは、何もない砂漠でもこの3台の戦車を見つけ出すのは困難だ。ゴムタイヤを使用しているため、駆動音はいくらか騒音も少ない。
「目的地到着は明け方5時だ。若い連中は一眠りしておくといい」
「寝たくても、ここじゃ寝られないが」
ルートが兵員室の座席を叩きながら苦笑する。詰めて4人乗れる程度の広さしかない兵員室ではルートとフラッシュが同じ座席に、向かい合って逆の座席にレイが座っている。レイは身体が大きい上に現在多数の兵装を装備しているため隣り合って座ることができない状態にある。愛用の巨大な狙撃銃は戦車の外部に縛り付けられている。
「はっはっはっ、手厳しいな。じゃあ、雑談でもして時間を潰していてくれ」
戦車長は豪気に笑いながら言うが、そんな様子を見ていた3人はこんな人が戦車長で大丈夫なのだろうか、という思いが脳裏をよぎった。
「……はあ、あ~、こちら1号車のルートだ。そちらは問題ないか?」
ルートはやりきれなさが残るが諦めて無線を使って2号車に乗っている3人と連絡を取ろうとする。
『こちらカンナ、なんで私がこんなむさい2人と狭い部屋にいなきゃいけないのか説明を求めます』
無線から酷く不機嫌な声が響いてきた。404部隊から選抜されたカンナは選抜隊員の中で唯一の女性隊員だ。一般の隊員であるため、403部隊の隊長であるルートに対して敬語を使ってはいるが、明らかにその声は怒りに満ちている。
「じゃんけんで負けたんだから仕方がないだろう。それに2人とも良い奴だろう?」
『男は顔8割なんですよ』
『『ひどっ!?』』
無線の反対側で男が2人情けない声を上げたのがこちらまで聞こえてきた。
ラーキンとフィリップは確かに見るからに軍人という体型をしており、顔も確かに中の下ぐらいなのかもしれない。女性隊員の中でも比較的小柄なカンナにとっては居づらいことこの上ないのだろう。
「かといって、こちらに乗せても同じだろうが」
『まだマシです』
「「「はあ~」」」
ルートとレイ、フラッシュは漏れてくるカンナの文句に耐えきれずに無線を切った。切る寸前に何かが聞こえたような気がするが、聞かなかったことにする。大方、純情なフィリップがカンナに泣きついたのだろう。それをカンナが一蹴する、といった感じか。確かに大男が突然泣きついてきたら反射的に殴り返すだろうなあ、とルートは心の中でフィリップに同情する。
「なぜ、この面子なんだろうね」
「マックの人選だからどうしようもないだろう」
フラッシュの疑問をそれで片付けるルート。
戦力的には確かにバランスの取れた人選ではある。遠距離のレイ、ラーキン、中距離のルート、フィリップ、中近距離のフラッシュ、カンナと、攻防のバランスが取れているのだ。全員各部隊でも特に優秀な隊員だし、素行に問題があるわけでもない。だが、少なくとも2号車の3人の気が合っていないことは確かだ。
「まあ、皆優秀だし問題ないだろう。戦闘となれば背中を預け合う仲間だしな」
「それはまあ、そうだけど……」
「フラッシュ、あまり悩みすぎるな。マックだって何も考えなしでこの人選をしたわけじゃないだろうさ」
レイがフラッシュの肩をポンと叩く。
フラッシュも諦めたらしく小さくため息をつくと頷いた。そして背中を壁に預けると仮眠を取り始めた。
「ルートも寝ておけ。昨日からあまり寝ていないだろう?」
「なんだ、気が付いていたのか」
「目の下に隈作ってれば気づく」
レイに指摘されてルートは苦笑する。
抱えていた銃を壁に立てかけ、ルートも仮眠を取ることにする。この乗り心地最悪の戦車と堅い座席で眠れるかという心配は目を閉じて数分で霧散し、ルートは眠りについた。
突如、車体が大きくつんのめる様に停車し、ルートが頭を壁に打ち付けた。寝ていて無防備だったルートはかなり強く頭を打ち、否が応でも目を覚まされた。
「な、何事……、フラッシュ、さっさとどけ」
隣のフラッシュが停車の勢いでルートの半身にのしかかっているので、それをどけながら言った。重装備であるため、起き上がるのも一苦労である。フラッシュがレイに引っ張られながら狭い兵員室で背中を曲げて立ち上がり、後部のハッチを開ける。
「後ろの3人、仕事だ、降りとくれ」
戦車長の声が聞こえてくる。出発時の軽い口調ではなく、冷静で低い声になっている。
「着いたのか」
時計を見ると、朝の4時50分を指している。
「ああ、レイさん、入り口を案内してくれ」
「了解した、先導するからついてきてくれ」
暗闇の中にレイが躍り出る。
暗視ゴーグルを装着してルートも外に出ると、一瞬砂漠の砂に足を取られる。わずか15年で、『ブラン・コーリア』周辺の森は枯れ、広大な砂漠となっていた。
レイは戦車の前に出ると、操縦席から見える位置に立ってやや離れた所に見える砂丘を指差す。
「方角で言うとあの砂丘を超えた場所に都市外壁に廃艦があるはずだ。それの陰にある」
「廃艦? 戦艦が打ち捨てられてるのか」
「ああ、俺とマックの昔の家だ」
砂丘の陰に隠れながら、戦車3台が傾いたまま進む。砂丘のおかげで都市からこちらは見えない。高台で監視している敵がいるだろうが、砂丘の裏では見つけようがない。夜の砂漠では音が響くため、戦車は細心の注意を払って無駄な音を立てないようにする。
砂丘の頂上にレイがうつ伏せになって頭だけを出す。そして手を振って戦車を招きよせる。
「下り坂だ。速度が出過ぎないように気を付けてくれ」
戦車の前半分が上り坂を超えて車体下部のさらすが、すぐに重力の法則で後部が浮かび上がり、急な下り坂へと進み始める。レイが注意したにも関わらず、戦車は結構な速度で滑り落ち、砂丘の尾根のあたりでようやく停車した。続く2号車、3号車も同様で、キャタピラでもこの砂では制動が利きにくいようだ。
「降車する」
無線に短くカンナの声が入り、2号車のハッチが開いて小柄な影が降り立ち、その後ろから比較すると巨人のような影が2つ降りてきた。
「先に降りておけばよかったわ」
額を抑えながらカンナが呻く。どうやら砂丘を滑り降りる時にぶつけてしまったようだ。
「2人は大丈夫か」
「「問題ない」」
ラーキンが親指を立ててきた。頑丈さが売りの2人にこの程度では傷1つつかないようだ。
「さて、あそこが入り口だ」
少し離れた所でレイが目の前に見える外壁の1カ所を指差す。巨大な影が闇夜に浮かび上がっている場所のすぐ脇、1カ所だけ壁がない場所があり、ポッカリとその部分だけくり抜かれているように見える。
1号車が静かに動き出し、ゆっくりと前進を開始する。レイとフラッシュが1号車の斜め前方に立ち、1号車と2号車の間、その左にルート、右にカンナ、最後尾にラーキンとフィリップが立ち辺りを警戒する。
暗視ゴーグルの視界は狭い、見ている目が多いに越したことはない。それぞれの戦車の戦車長が砲塔上のハッチから上半身を出して機関銃に手を添えながら辺りを見ている。
穴に近づくと、レイが駆け出して先の安全を確認する。幸い今のところ敵に気が付かれた様子はなく、順調に進んでいるが、都市内には何があるか分からない。
「戦車長、これぐらいは乗り越えられるな」
穴の下には瓦礫が積み重なっていた。長い年月で穴の周囲の壁が崩れ落ちたのだ。決して小さくない瓦礫が行く手を阻んでいる。ルートたちは瓦礫をよじ登れば済むのだが、戦車は下手をすると瓦礫がキャタピラの中に入り込んでしまう危険があるため、慎重にならなくてはならない。
聞かれた1号車の戦車長は暗視ゴーグル越しに瓦礫を見つめ、若干思案した後にゴーサインを出した。
「これくらい登れないでは、な」
などと言いながら下にいる操縦士に発進の指示を出し、戦車がゆっくりと瓦礫を登り始める。瓦礫が崩れ落ちる音がする度にヒヤヒヤしながら、戦車が瓦礫の障壁を乗り越え、都市内に滑り込む。レイが先に都市内に入って目の前のビルの1階部分に開いた穴を指差し、戦車はそのままビル内へと入っていく。
「これは、すごいな……」
戦車長が息を飲む。
ビルの中には床に巨大な穴が開いていた。そしてそこに3本の戦車橋がスロープ代わりに架けられており、地下に降りられるようになっている。
「ちょっと待っててくれ、フラッシュ、行くぞ」
「お、おう」
スロープをつたって地下にレイとフラッシュが降りていき、安全を確認しに行。ほどなく無線で大丈夫という報告が入ってルートとカンナが1号車に飛び乗り、しっかりとしがみ付くと戦車がそろそろとスロープを下り始める。スロープはそれほど長くない代わりに傾斜が大きく、並みの車両では上るのも一苦労に思える。それだけ当時は急務だったのだろう。
「暗いですね」
「戦車長、ライト」
「合点」
戦車のライトが点灯され、暗い地下を照らす。
地下駐車場は広々としている。支柱が整然と並び、内部の損傷はあまり大きくないようで、至る所に撤退時に持っていかなかった軍用品が打ち捨てられたままで残っていた。古い銃や、損傷したミサイル発射筒、はては野戦テントがそのままの状態で残されていた。中は幾つかのベッドが並べられており、野戦病院として機能していたようだ。死体はないが、至る所に血が飛び散っているのが暗視ゴーグル越しでも黒いシミとなって分かる。
「戦車は1列に、レイ、都市内部への出口は?」
「こっちだ」
レイが手招きして先へ進む。50メートルほど進むと駐車場の真ん中付近に地上へと登る坂が現れ、そこを登り始める。そして地上まであと少しというところで瓦礫の壁に阻まれた。
「塞いだ、と言っていたな」
「厚さは大体3メートル程度だ。撤退までの時間が稼げればよかったから2階部分の外壁を崩したんだ。戦車砲でも穴は開く」
「そこを突破するんだな」
「ああ」
それを確認するとルートとレイは来た道を戻り、戦車を止めた場所に行く。
戻るとフラッシュがルートに何かを放り投げてきた。
「腹ごしらえしとけって、戦車長が」
「そうか、今度は俺の分も残していたんだな」
「…………根に持つね」
フラッシュが顔をひくつかせるのをニヤニヤしながら見つめつつ、真空処理されたレーションを破って開けて、中からクラッカーを取り出して口に入れる。
「作戦開始は2時間後だな。最後の確認をしてから少し休憩しよう」
ルートは小さなランプを地面に置き、その隣に偵察写真を元に作り直された都市内の地図を広げた。どこが瓦礫で通れないのか、や敵勢力の配置などがこと細やかに記されている。
「0700時、『グランドフリューゲ』がミサイルと艦砲による攻撃を開始、それまでに敵が気が付いて先制攻撃を開始するものと思われるが、俺たちは艦砲の着弾を待って出動する。爆発音に紛れて出口の瓦礫を戦車砲で破壊、俺たちはここに出る」
ルートが地図のとある場所を指差す。先ほどの出口が繋がっている部分で、見晴らしのいい通りに出ることができる。そしてその道は北門と中央を結ぶ大通りと交差する位置にある。
「そして出動するであろう敵勢力を横合いから思い切り奇襲、敵勢力の注意を引き付けつつ後退、市街戦を展開して敵をジリ貧にするぞ」
「こちらにはこの都市のプロがいるしね、頼むよ、レイ」
「ルートもフラッシュもこの都市の出身のはずだが?」
「「もう覚えてねえ(ない)よ」」
見事にはもってしまい、辺りから苦笑が漏れる。
「それはともかくとして、隠れられそうな場所は大体チェックしてある。絶対にこちらから向かっては行くな。それと、これを全員に渡しておく」
そう言うと、ルートは戦車の荷台から大きな箱を引っ張り出し、それを皆の前に置いた。そして開けると中には発煙筒が大量に入っていた。
「戦車の発射筒にはすでに装填されている。色はオレンジ、上空の航空部隊はオレンジの煙が上がれば優先的にその近辺を攻撃する。また、航空部隊の観測機が見つければ艦砲射撃も行われる。間違っても自分の近くで焚くなよ」
発煙筒を1人3本ずつ渡す。レイとラーキン、フィリップは余裕があるので5本を受け取った。
「都市内の敵は戦車隊が引き付け、その間に俺たちは敵の旗艦と思われる戦艦に向かう。作戦開始から1時間後にはこの艦にも大規模な攻撃が行われる予定だ。それまでにボヘミアンを確保、今度はこっちの発煙筒を焚く」
今度はあまり大きくない箱が取り出される。中には先ほどと同様の発煙筒が入っているが、巻いてある帯の色が違う。
「ブルーだ。これでヘリが近くまで来てくれる。ブルーを焚いたら戦車隊にも連絡を入れるから、それを合図にここに後退、都市の外へ脱出してくれ」
ブルーの発煙筒は1人1本計6本だ。多く持っていても意味がないため、最小限にしておく。誰か1人が焚ければいいのだ。
「では、全員装備を整え、1時間半後にここに集合、警戒は俺とレイで行う」
「「「「「了解」」」」」
作者「え~、今回は多くの作者さんがやっていらっしゃる対談方式で後書きたいと
思います」
ルート(以下道男)
「おい、これ↑はなんだ……」
作者「2字にしようとしたらそうなった」
道男「ふざけんな! ていうかすでに固定されているだと!?」
作者「はいはい、とりあえず話の流れを説明していきたいと思います。今回は新キャラが出てきましたね」
道男「3人出てきたな」
作者「はい、この3人は主要キャラとまでは行きませんが、エイジス隊のように今後も出てきます。もしかしたら登場人物紹介に軽く説明を入れるかもしれませんので」
道男「おい、俺いる必要あんのか?」
作者「主人公でしょうが」
道男「この後書きにいる必要があんのかと聞いてるんだ」
作者「今回は作者の出来心でこんな形を取っていますが、次回もこうだとは限りません。でもこういう形も悪くないかも……」
道男「な、何恍惚な笑みを浮かべてんだ……」
作者「ここなら何しても大丈夫じゃね? とか考えていたら、笑いが止まりません」
道男「具体的に何やろうとしてるんだ?」
作者「ルート弄りとか?」
道男「すでに弄られてるわ! さっさとこの道男を書き換えろ!!」
作者「無・理」
道男「くたばれええええ!」
作者「おっと、それでは私はこの辺で、戦場からエスケープだぜい!!」
道男「ヨルム〇ガンドか! ここは二次創作じゃねえぞ!!」
作者「プロローグ込みでたかだか20数話のこの作品を見てくれている人など多くはない! 故に分かる人だけ分かることをやるんだ!」
え~、今回は乱心しましたが、次回は普通に後書きたいと思っています。
まことに申し訳ありません。
誤字脱字でも構いません。
感想お待ちしております。