第十六話 <過去Ⅵ> 新たな一歩
過去編が終わります。
次回に少しだけ持ちこされてますが、ほとんどありません。
ようやく現在に戻ります。
8時に目覚ましをかけたが、ルートは30分も早く起きてしまった。なかなかに濃い出来事があったルートはあまり寝たという実感は湧かないが、逆に眠いというわけでもない。
むくりとベッドから起き上がると、時計を確認して再びベッドに倒れこむ。昨夜も眺めていた写真が視界に入ってくる。
「もう、決めたんだ」
頭の中でマックが渋い顔をするのが容易に想像できた。
「……ルートも起きてたんだ」
上から声が聞こえてきた。
2段ベッドの上で寝ていたフラッシュが上からヒョコッと顔を覗かせる。目元に酷い隈が出来ているのが、影になってはいるが分かる。
「寝てないのか?」
「ルートはよく寝られたね……」
「寝られる時に寝ないで何時寝るんだ?」
ごもっとも、と情けなくフラッシュは笑うと、ベッドから飛び降りた。そして大きく伸びをして、同時に大きな欠伸が漏れた。
「シャワー浴びてこい。眠気覚ましてきた方がいい」
「ん~、だね。早いけどご飯食べに行っちゃおうか」
「ああ」
そう言うとフラッシュは風呂場へと消えていった。
2人部屋には小さいながらも風呂がある。1人部屋の場合は共有の浴場へ行かなければならない。マックはいつもそっちに行っている。
これが男女で2人部屋を使っているなら大問題なのだが、幸いルートもフラッシュも男、何の問題もない。因みにレイは風呂には入らないからフェイナが自室の風呂を独占している。
ルートも若干名残惜しいがベッドを這い出して、着替えを取り出して手際よく着替える。
いつも着ている普段着ではない。
旅団で支給されている軍服だ。まだ旅団の隊員を示す部隊章が付いていないため、希望すれば誰でも着ることができる。成人が着ていると隊員と間違えられるので注意されるが。
今まで、1度も着なかったのは、ある意味今日のためであったのかもしれない。着ることもなく押入れの中で若干埃を被っていた感はあるが、問題はない。
「…………」
ふと、袖の長さに違和感を感じて、両手を横に大きく開いてみる。ピッタリのサイズだ。
「貰ったのは3年前くらいなんだがなあ」
「父さんが入れ替えていったんじゃないかな?」
シャワーを浴びて頭からタオルをかぶっているフラッシュがにこやかに言う。
「そうなのか?」
「いや、確証はないけど、……あ、やっぱり前のじゃないよ」
フラッシュはルートの後ろに回り込むと、裏側の襟下にあるサイズ表を引っ張り出して確認する。そして納得の表情をする。
「買ったときSだったけど、Mだよ、これ。あ、じゃあ僕のもそうなのかな?」
「だろうな」
フラッシュも押入れに顔を突っ込み、奥の方にあった服を引っ張り出す。そしてそれを広げてサイズを確認すると、やっぱり、と少し嬉しそうな表情をした。
「……なんか、全部見透かされている気分がしてならないんだが」
「育ての親だよ? やっぱりそういうもんなんじゃないかな」
「はあ、何時入れ替えたんだろう……」
「聞いてみる? 後で」
「入隊したら問い詰めよう」
「りょ~かい」
冗談交じりにフラッシュが敬礼して、服を着替え始める。
ルートは机の上に置いてある書類を手に取り、しげしげとそれを見つめた。
そこには入隊志願書と大きく書かれており、その下にルートの名前とサイン、そしてその下の保護者欄にはマックの名前が書かれている。だが、当たり前だがマックのサインはまだない。何が何でもルートは貰う気でいる。それはフラッシュも同じだ。
旅団の入隊資格は、15歳以上であれば得られる。だが、保護者がいる場合は保護者の同意が必要である。さらに15歳になって入隊したとしても、実動部隊である部隊に配属される前に訓練課程を修めなければならない。艦内にある射撃場での実弾訓練や、訪れた都市の訓練場を借りて部隊行動を学んだりする。
そして何より、大型兵器などの所謂運転免許を取らなければならない。こればかりは座学をしっかり修めたうえで実際に試験も受けなければならない。傭兵として、扱える兵器が多いことに越したことはない。実際、マックもヘリ、戦車などの免許は持っているし、レイはさらに大型艦の操縦免許、航空機の免許も持っているらしい。操縦しているところを見たことが無いので確かではないが。
ともかく、入隊しても決して楽な道ではない。よっぽど都市で仕事を探す方が楽なのかもしれない。
それでも、ルートは決めた。この道を行くと。
「ルート、飯行こうよ~」
扉の前でフラッシュが腹に手を当てて手招きしている。ルートは書類を折りたたんでポケットに入れて、上着を手に取り部屋の扉を開けようとした。
ルートがドアノブを掴もうとした時、ガチャっというドアノブが捻られる音がしたと思ったら、扉が開いてルートを強襲した。
「2人とも、今大丈夫、ってルート、顔押さえて何してんの?」
「つ~、……自分の胸に手を当ててよく考えてみろ……」
「?」
扉を開いたのはフェイナだった。内向きの扉は無防備なルートの鼻を強打し、ルートは大きくのけ反って蹲っていた。まったく事態が呑み込めないフェイナは素直に胸に手を当てて考えているが、どうやら扉に当たった時の嫌な音も聞こえていないのだろう。頭の上に?マークが浮かんでいるような気がしてならない。
「フェイナ、君が扉を開けた時、ルートは扉の目の前にいたんだ。それで、顔面強打したってわけ」
「ああ、そういうこと……、って傭兵になろうってんだったら人の気配くらい掴めなさいよ。一応ノックもしたのよ?」
「「いつ?」」
つい、ルートとフラッシュは声を揃えて聞いてしまった。少なくともルートはノックの音を聞いていない。この様子からだと、フラッシュも同じのようだ。それなのに、フェイナは何を言っているのだ、という表情をしている。
「入る前に決まってるじゃない。それ以外に何時するのよ」
「すまん、今度からもっと大きくノックしてくれないか?」
「そう? じゃあ蹴り破ってあげるわ」
「父さんに請求書が行くから勘弁して。というか、レイさんにも迷惑かかるよ?」
ルートとフェイナが言い合いを始める。それをフラッシュは傍でため息をついて眺めているが、さすがにほっとくわけにも行かないので仲介に入る。
「まあまあ、2人とも、今日がどういう日かわかってるでしょうが。フェイナも、何か用事があってきたんでしょ? 言い合いしてる場合じゃないんじゃないかな?」
「うっ、それを言われると……。仕方ないわね、話っていうのは、他でもないけど入隊のことよ」
フェイナは部屋に入ると扉を閉める。そしてルートの机の横にあった椅子を手繰り寄せるとそこに座る。
「2人は、どうするの?」
「もちろん、決意は変わらないさ。フェイナは?」
「あたしもよ。ただ、そっちと違ってややこしそうでね」
「ややこしい?」
フラッシュが怪訝な顔をする。
するとフェイナは1冊の本を取り出して、フラッシュに渡した。昨晩フェイナが読んだ、というか眺めていた機械化についての本だ。
「今のあたしじゃあ、ろくな戦力にもならない。だから、あたしは機械化手術を受ける」
「それが、どうかしたのか?」
「手術自体は問題ないのよ。体中切り刻まれるのはいい気分じゃないけど、我慢できるわ。ただ、手術に半年以上かかる上に、慣れるまではろくに歩ける状態でもないらしいの。だから、もし入隊できたら、1年ぐらい会えないかも、と思って」
フラッシュがルートに本を渡す。バラバラッと見るだけだったが、どれだけ危険な手術なのかはよく分かった。脊髄、頭蓋以外のほぼすべての骨を補強、四肢は義手義足だからあまり関係ないが、肋骨などの骨は1本ずつ骨の外向きの側を薄い金属で覆うという処理がされる。また、スキンと呼ばれる表面装甲で体を覆われることになるらしい。その上を人工皮膚で覆い、手術は終了する。
「まるで機械人みたいじゃないか……」
どれほど危険か、詳しくないルートでも気分があまり良いものではない。
「正確にはサイボーグよ。まあ、あたしには変わりないわよ。どんな体になっても、それで父さんたちの役に立てるなら、我慢できるわ。お金は仕事で稼いで返すしかないけど」
「なんか、随分と話が進んでるね。まだ入隊したわけでもないのに」
フラッシュがすでに勝った気でいるフェイナに言う。
するとフェイナは当然のように言い放った。
「え? もうあたし入隊したわよ?」
「「え?」」
「いや、だから入隊したって。正確には入隊することに決まったってこと」
「「なぜ?」」
これから、ルートとフラッシュが決死の覚悟でマックに直談判する直前にすでにフェイナが入隊したと聞かされて、2人の表情がとてつもなく怖くなる。あまりの気迫にフェイナが椅子から離れて後ずさる。
「だ、だから朝父さんの所に行って、あたしの思いを言ったのよ。そうしたら、『分かった、後でルートと旅団長の所に行く時に志願書を提出しよう』って言ってサインくれたのよ、ほら。だから、後は旅団長のミフネさんに出すだけ」
フェイナが自分の志願書を取り出して2人に見せる。そこには確かにレイのサインがすでにしてあった。
それを見て2人が震えだす。
「レイさん、あの人娘が重大な決心したのに軽すぎないかな……」
「あ、フラッシュ、それにはあたしも激しく同意するわ」
「父さんは、無理だな。激しく反対するだろうな……」
「が、頑張れ……」
「「はあ……」」
フェイナの応援は、2人の耳には届かなかった。
「ほう、ではレイはフェイナの入隊を認めるのか」
所変わって、旅団長ミフネの執務室。
今年で70歳のミフネは意外そうな顔をしてレイを見る。さすがに70年も生きると、身体が思い通りに動かないらしく、ミフネは事務処理に徹するようになった。だが、その目は曇ることなく、今もしっかりとレイに焦点を合わせている。
その様子を見る限り、マックにはミフネが70歳とは到底思えないほどである。
「まあ、そういうことになります。マックはどうするんだ?」
「あ~、あいつら次第だな」
「相変わらずマックは堅いようだな」
「自覚はしてます」
ミフネに言われて、マックは苦笑する。
「しかし、君たちの育てた子か……。成長ぶりを見たかった気がせんでもないな」
ミフネがどこか達観した表情をする。
「何を言ってるんですか、旅団長。あなたはまだまだ現役じゃないですか」
「いやいや、迫りくる年の瀬には敵わんよ」
「この間も射撃場で見かけましたが?」
「たまには動かんと体が鈍るからな、仕方なかろう?」
「……それが現役だって言ってるんです」
レイがマックの言いたいことを継いでくれた。マックは大きくため息をついた。
「まあ、長くはないことは自覚している。育て上げたこの旅団を信頼できる仲間に遺せることはうれしいものだ」
「最近、旅団長も老いましたね……」
あまりにミフネがいつもと違うので、ついマックは口を滑らし、慌てて口を塞ぐ。
だが、時すでに遅し。
ミフネは何時の間に取り出したのか手に持った紙に何か書き留め始めた。
「マック、減俸3カ月」
「ま、待ってください! この間ルートとフラッシュが壊して修理に回ってる車の修理代差っ引かれたばかりじゃないですか!!」
「自業自得」
「レイ! 頼むから何も言うんじゃない!!」
マックが照準をレイに変更してその胸倉に掴みかかる。その目は「今月はヤバいんだ!」と告げている。まさしく目は口ほどに物を言っている状況だ。
『旅団長、入隊志願の者が3人来ました』
不意に執務机の通信端末から声が入り、マックとレイは押し問答を終わらせ、一瞬表情を強張らせる。
「そうか、来たか。よし、通せ」
『はっ』
ミフネがそう言うと、ほどなく執務室の扉が開かれ、ルート、フラッシュ、フェイナが現れた。全員が旅団の隊服を身に纏い、直立不動の体勢で敬礼している。マックは自分がここに始めて来た頃の自分とダブって見えた。
「「「失礼します!!!」」」
3人が大声を上げる。
ミフネが許可すると、3人は部屋に入り、執務机の前に立つ。マックとレイは横に避け、その様子を立ったまま見つめる。ルートとフラッシュは若干緊張しているか、表情が硬い。フェイナもどこかしら動きがぎこちない。
「さて、入隊したいという若者が3人やって来たわけだが、保護者の許可はあるのかね?」
ミフネは本人も知っていることを言う。
だが、言わなければ話が始まらない。
「これから、父さんを説得しますので、少し待ってください」
「もちろん、待つさ。時間はある」
そう言うと、ミフネは右手でマックを指す。マックは憮然とした態度で2人を見据える。2人が今まで見たことのない、厳しい表情だ。昨日の表情も厳しかったが、2人を心配しての表情だった。
だが、今のマックは違う。
2人が兵士として生きていけるか、その資格があるのかを見極めるための、同情無き目をしている。今ここに立っているのは、ルートとフラッシュの保護者としてのマックではなく、新兵の適性検査でもする歴戦の傭兵として立っている。
「さて、昨日の答えをもらうとするか」
「「はい」」
フラッシュがマックの前に立つ。そして、精一杯胸を張って身長の高いマックを見上げた。
「僕は、父さんたちの住む世界から助けられた。だから、他の世界を知らない。テレビの中で平和そうな映像を見ても、そこに行きたいとは思わないんだ。平和な場所には平和な生活があるかもしれないけど、僕はここで平和を求める人たちをそこに送り届けたい。父さんたちが今までやって来たことを、僕もしたい、いや、する覚悟を決めてきた。人を殺す覚悟も、殺される覚悟もできてます。取捨選択する覚悟も。それだけの価値があると、僕が決めたから!」
「……ルートのも、一緒に聞こうか」
じっと目をつむり、マックは目を閉じたままそう言う。
「俺は、父さんに憧れた。戦場からたくさんの人たちを救い出してきた、そんな父さん、いやこの旅団に憧れたんだ。深い理由なんてない。殺す覚悟なんてとっくの昔に済ませた。俺は、俺の意志でここにいる。だから、頼むよ!」
ただ、それだけだ。
それだけ言うと、ルートは勢いよく頭を下げた。フラッシュも後から頭を下げる。だが、マックは動かない。腕を組んで、瞑想でもしているかのように目をつむり、立っている。
そして、大きくため息をつくと、両手を大きく2人の顔の横に広げ、2人の顔を上げさせる。
ルートとフラッシュが顔を上げると、そこにはいつもの穏やかな表情をマックがいた。何も言わず、2人の頬を撫でている。
「まったく、何時からそんな風に育ったんだ……」
ニコリと笑う。それを見て、ルートとフラッシュが喜ぼうとした時、マックの指が2人の頬をつまみ、そして思いっきり引っ張り始めた。
「イダダダダダダ!?」
「痛い痛い痛い!!」
突然の出来事に2人が慌てふためいてじたばたと暴れ始めるが、がっちり摘ままれた頬からマックの指は引きはがされない。見ればマックの顔は阿修羅の如く怒り狂っている。
傍で見ているミフネとレイ、フェイナもあまりの出来事に茫然としている。てっきり認めたものかと思っていた。
「何が覚悟だ! お前らは何も知らん赤子同然だぞ、覚悟なんて言葉は殺した奴だけが言っていい台詞だ、気安く使ってるんじゃない! 憧れ? そんな軽い気持ちでここに来るんじゃない! いいか、俺たちは人殺しだ! その事実は絶対に変わらん。戦時の英雄は平時の犯罪者と言うだろう、戦後の今、犯罪者はいらないんだよ!!」
マックが耳をつんざくほどの大声で2人に怒鳴りつける。
「ぷはっ、だから俺たちは後ろ指指される覚悟も出来てる! それで救える命があるなら、それでいいじゃないか!」
「馬鹿もん!! 1人助けるために10人殺すことが正しいと言うのか!?」
「そうじゃない! 取捨選択するんだ、そう言ったのは父さんじゃないか!」
「人を殺したこともないお前が言っていい台詞じゃない!」
「じゃあどうしろと言うんだ!」
「1年間訓練でしごかれて来い!!」
「「え?」」
「聞こえなかったのか!? お前らみたいなひよっ子が生き死に語るのは許さん。せめて半人前になるまで泥水啜って汚く生きる術を叩き込まれて来い!」
マックは2人から志願書をひったくると、それをミフネの執務机に置き、ペンを取り出してサインし始めた。
「え、結局、反対じゃなかったの?」
訳が分からないフェイナがレイに小声で尋ねる。
「俺から言えることは、1つだけだ。ああいうのを世間ではツンデレと呼ぶらしい」
「レイ、どこでそういう知識を仕入れるんだ」
マックが不思議そうに言う。
「フェイナ経由ですが」
「意味ない気がするんだが」
「一見落着したんですから、深いことはなしで」
ふと思ったんですが、残酷描写ってどの程度からなのでしょうかね……
私の小説はいわばシューティングゲーム程度の残酷描写な気がしますし……
一応殺しがあるのでつけてますが……
次回、時系列は現在に戻り、大規模な戦闘へ向けて旅団が動き出します。
誤字脱字でも構いません。
感想お待ちしております。