第十三話 <過去Ⅱ> 救出
二話目投稿……。
冒頭ルート視点が少し入ります。
何が起こったかなど、幼いルートたちには分からなかった。
突然、地面を揺さぶる大爆発が起き、部屋で寝ていたルートは両親に抱かれて家の外へと連れ出された。家の前には、近くの学校で使用されているバスが停車しており、銃を担いだ兵士が大声で「急げ!」と言っていた。
母親は、ルートを抱えてバスに乗り込もうとして兵士に止められた。
そして小さく首を横に、兵士は振った。
「お子さんだけです」
兵士はそう言うと、ルートを母親から受け取り、バスに乗っていた女性に引き渡した。
「母さん!」
ルートが振り返って母親に叫ぶ。
だが、両親は2人ともその場を動かない。
考えてみれば、子供だけでも逃げ出せるのだから、幸せなのだ。すでに主要な門は破壊され、籠の中の鳥となった今、軍が外壁の一部を爆破して脱出口を開いたのだ。とはいえ、全ての生存者を連れ出すだけの車もなければ、時間もなかった。
止まっているバスにはほかにも子供を連れた親たちが、必死に自らの子供をバスに乗せようとしている。ドアからだけでなく、窓からも、何とか子供だけは助けたい一心で子供を押し込もうとしている。
「母さん、父さん!!」
座席に押し込まれたルートは訳も分からずに窓の外で泣いている両親に向かって叫ぶ。
バスが動き出すと、大勢の子供が最後尾の座席によじ登り、窓越しにある子供は叫び、ある子供は泣き、ある子供は上にさらに子供が覆いかぶさってきたためにうめき声をあげている。
けれど、誰もそれを止めることはできない。あまりに大勢の子供が乗っているため、大人も子供の波を止めることはできない。下の方に埋もれた子供が圧死寸前だったとしても、助け出すこともできない。
バスは通りを横切り、郊外へと向かう道に出る。
そして、ルートは見た、見てしまった。
太陽を背景、真っ黒な影が空から迫ってきた。
甲高い音がバスの真上を通過すると、後ろを走っていた装甲車が突然ブレーキをかけ、車体上部に据え付けられている銃座の兵士が影目掛けて撃ちだす。その音がバスに響き、ルートは本能的に身を屈める。そしてすさまじい衝撃に襲われ、子供たちが折り重なるように最後尾の座席前の通路に倒れこみ、ルートは一番下の方に埋まってしまった。
息ができない。
腕が、足が、胸が、頭が、痛い。
そして真上から物凄い音がしたかと思うと、悲鳴が響き渡り、何かが当たるような振動を背中に受ける。
悲鳴が鳴りやむと、静寂が支配する。身動きの取れないルートはただただこの苦痛から早く逃れられることを祈るだけであった。
「………だ! …は……!!」
耳に声が届く。
真っ暗な視界には何も見えないが、徐々に体にのしかかる重みが軽くなっていくのが分かる。
「だ、だれかあ……」
必死に声を振り絞ってそれだけ言うと、不意に体が宙に浮き、目の前が明るくなる。
目の前に、男の顔が現れる。ルートを見つめて心底嬉しそうな顔をしている。
そしてルートを強く抱きしめてきた。いきなりのことに事態が理解できず、なされるがままになっていたルートは男の隣にもう1人いるのに気づき、そちらを見ると、顔がこわばった。
機械人だ。服を着ているうえに肌の露出はほとんどないが、分かる。何度もテレビに出ているのを見ていたし、両親からは機械人に気をつけろと何度も言われていた。
何故か、など幼いルートには理解できていなかった。
だが、危険なことは理解していた。
だからこそ、彼を見たとき、ルートは声を大にして泣いてしまった。
それが、ルートがマックとレイ、ひいては旅団の人々と出会った最初の瞬間だった。
「こちらA隊のマックだ。誰か応答できるか?」
3人の子供を助け出したマックとレイは、一路合流地点を目指してジープを走らせている。マックは出血の酷い少女を手当しつつ、無線で先に撤退した仲間に連絡を取ろうとしている。だが、どれだけ呼んでも一向に返事が来ない。無線からは雑音しか流れてこない。
「本隊と連絡が取れない。嫌な予感がする」
「無線妨害か?」
「いや、そうじゃなさそうだ。急いでくれ」
「分かった」
レイがアクセルを踏み込み、マックは座席に押し付けられる。大した怪我をしていない少年2人は座席したのところで蹲って少女のことを心配そうに見つめている。気を失っていた少年も激しく揺れるジープのおかげですぐに目を覚ました。全員誰のかも分からない血をほぼ全身に浴びてしまっているため、直接聞かないと本当に外傷がないのか分からなかったが、少年2人は幸いにも擦り傷、打撲などで済んでいた。
「大丈夫、この子は助かるよ」
そうマックが言うと、2人は少し安心したように頬を緩めた。
事実、出血は止めたため、本隊に着いてすぐに治療すれば問題なく治せる。とはいえ、あまり長い時間放置すれば出血多量で死んでしまう。
マックが少年2人を心配させまいと冷静を装っていると、突然急ブレーキがかけられ、マックが前の座席に顔面をぶつけてしまう。
「つう、な、何事だ!?」
鼻を押さえながら前を向くと、レイが固まっている。その視線は1カ所に向けられて動かない。マックがその視線を追うと、そこにあったのは……、
「あれは、本隊の……、そんな馬鹿な!!」
「マック?!」
巨大な陸上戦艦が止まっている。見慣れた、マックたちが所属していた艦だ。
その艦が、黒煙を上げている。
信じられない、という思いを抑えきれず、銃を片手にジープを飛び降りて、走り出す。
「誰かいないか! 返事をしてくれ!!」
燃え盛る装甲車の前を横切り、倒れている仲間に1人ずつ声をかけるが、誰も返事を返さない。
血肉と鉄が燃える臭い、硝煙の鼻を突く臭いに堪えながら、マックは艦の中に入ろうと、昇降口を探すが、瓦礫に埋もれて近寄れない。
「敵襲があったようだな。戦闘が終わっている以上、ここは陥落したということだ」
後ろから、少女を抱えたレイがやって来た。2人の少年が縮こまってレイの服を掴んでいる。目の前に広がる光景は、あまりにも子供には辛すぎる。
マックが辺りを見渡すと、重火器を装備した機械人が何人もバラバラになって倒れていた。相当苛烈な戦闘があったことは容易に想像がついた。遠くには大型兵器が破壊されて黒煙を上げている。
「くそっ、撤退に使う艦が来ることを呼んでいたか……。一般人を乗せる隙を突かれて、一網打尽か」
「なんてことを……」
レイは、少年2人の目を覆ってやった。少年2人はその手に顔を押し付け、小さく震えていた。
「無線で、近くの応援を呼ぼう。時間がない、特にこの子には」
レイが少女に目を向ける。
「誰かいてくれよ……」
マックが無線の周波数を変えて、助けを呼ぶ。
「こちら『ブラン・コーリア』、敵襲を受けた。誰か応答を」
だが、そう簡単にいくものではない。
たとえ周波数が当たっても、無線の有効距離内にいてくれなくては、誰も気がついてはくれない。
マックは必死になって周波数を1つ1つ変えて、同じ台詞を繰り返した。
「くそっ、誰かいないのか……」
「……っ! マック、あれを見ろ!!」
レイが突如叫び、地平線を指差す。
小さな黒い点が2つ、宙に浮かんでいる。マックが即座に近くの固定銃座に走り寄り、それを抱えて黒い点に狙いを定める。
「敵に無線を拾われたか!」
悪態ついて引き金に指をかける。近寄られる前に撃ち落とさなければ、やられる。敵は別に近寄る必要などない。遠くからミサイルを撃てばそれで終いだ。
自動照準の赤いランプが点灯し、マックが引き金を引こうとした瞬間、レイがその手でマックを制した。
「レイ?!」
「違う……」
レイがこちらに振り返る。笑みを浮かべている。
「あれは敵じゃない」
「なに?」
「仲間でもないがな」
そうこうしているうちに2つの黒点が徐々に、大きくなってきた。そして、その正体が明らかになっていった。
大きなメインローターを持ち、両サイドにロケット弾のポッドを持つヘリ。
到底機械人が使うとは思えない、ちゃちな装備だった。だが、それがマックたちには敵ではない証明となった。
ヘリが上空でホバリングを始め、側面のハッチが開け放たれ、兵士が下に向けて合図を送る。
着陸する、と。
レイが少年を引っ張ってその場を離れ、マックは少し距離を置くだけにしておいて徐々に高度を下げていくヘリを見つめ続けた。
接地し、兵士がマックの元に走り寄ってくる。その顔はまぎれもなく人間であった。部隊章は見慣れないものであったが、少なくとも敵ではない。
「無線を傍受した。生存者はこれだけか?」
「ああ、どこの隊だ?」
兵士は全員をヘリへと促した。さらに複数の兵士がもう1機から降りてきて、驚いたことに兵士はレイを見ても顔色1つ変えず、抱えられている少女の容体についてレイに聞いた。
「我々は防衛軍に所属するものではありません。傭兵です」
「傭兵? 雇われているのか、都市に?」
「詳しくは我々の艦で。こちらも偶然帰還途中に無線を拾って来たため、あまり燃料が残っていません。それに、先ほどこちらに向かう時に機械人の第2波がこちらに向かっているのをレーダーで確認しました。一刻の猶予もありません、さあ!!」
そう言った兵士がヘリへとマックを押し込む。少女は兵士が持ってきた担架に乗せられ、赤い十字架を背中に付けた兵士に付き添われてもう1機のヘリへと担ぎ込まれた。少年2人も兵士に抱えられてヘリに乗せられる。
マックもヘリの乗り、座席に座って先ほどの兵士に声をかけた。
「傭兵と言ったな。名前は?」
「我々は『フリューゲ』と呼ばれる傭兵旅団の者です」
その答えに、マックの目が見開かれる。
「『フリューゲ』だと? 機械人が多数所属していたから、開戦直後に壊滅したと聞いていたが……」
「まあ、事実は事実ですね。旗艦を襲われましたのでそういう情報が流れたのは仕方ないですが。ですが、艦に被害が出て身動きは取れなくなっていましたが、部隊は健在です。仲間の機械人も我々と共に人類側に立っています」
「誰も反旗を翻していないと?」
「はい、理由は分かりませんが、機械人の中にも、この戦争に反対の者、疑問を抱いている者が多くいます。我々は各地を回って生存者を助け出す任務を受け、攻撃を受けた都市を回っているんです。その中で多くの機械人たちとも出会い、我々に加わった者も多くいます」
そう言うと、兵士はコックピットを指差した。するとパイロットがヘルメットを取ってマックに敬礼した。機械人だった。
「そうか、……戦況は?」
マックは敬礼を返すと、兵士に視線を戻した。
「正直言って、こちらが不利ですね。機械人たちは数こそ少ないですが、兵器の規模が違います。戦闘機にしても、あちらの機体は人間のことを考えないで設計されていますし」
兵器はいずれにしても人間が扱うものだった。だが、機械は発達している。その気になればどんな戦闘機も寄せ付けないような高性能機だって作り出すことができる。
しかし、人間がどんなに兵器の性能を上げても、人間が使えなければ意味がない。優秀な旋回性能を持ち合わせても、旋回時に起きるGに人間が耐えられなければ、兵器として意味を成さない。だから、人間が使う兵器はある一線で妥協されている。
ここまでなら人間でも使うことができる、というラインが存在するのだ。
だが、それが機械人にはない。極限まで戦闘に特化した兵器を製造することができるのだ。うっかり背後の注意を怠ることも、血が下がってブラックアウトすることも、彼らにはない。
「離反している機械人が多いとはいえ、彼らの主力は健在です。人類についた機械人の中には自分たちが片を付ける、と言って出撃した、とも聞いています」
「やはり、機械人でもおかしいと思うのだな」
「ええ」
「と、あれか?」
マックが窓から外を見る。兵士が別の窓から外を見て、頷いた。
「あれが、我々の旗艦『グランドフリューゲ』です。今は駆動系の修理のために動けませんが、火力は健在です」
『ブラン・コーリア』を覆う広大な森林の端、いわば外界との境に、巨大な戦艦が止まっている。マックの乗っていた艦よりも一回り大きく、周辺に陣地を構築している。至る所に砲弾を食らった弾痕が残っており、主砲のうちの1門は砲身が大きくひしゃげており、かなり激しい戦闘を潜り抜けてきたことを物語っている。
その艦の背後に回り込むと、甲板が見えてきた。そこにいる誘導員が着陸を誘導している。
「ようこそ、我が家へ」
兵士は、ニコリと笑って言った。
はい、マック、旅団に出会う、の巻でした。
マックがそれまで乗っていた艦は『グランドフリューゲ』のような航空戦艦ではなく、一般の戦艦に分類されるものです。
自分の好きな、または嫌いな戦艦を思い浮かべてこれでもかというほど燃やしちゃってください。
誤字脱字でも構いません。
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