第十二話 <過去Ⅰ> 出会い
過去編です。
そこそこ長くなります。
なんせルートたちが入隊するまでをかいつまんで書く予定ですから……。
マック中心に話が進むことが多いです。彼も20代前半、最盛期の頃です。
広大な森が、揺れている。
至る所に火の手が上がり、空は黒い煙で覆い尽くされている。
断続的に乾いた破裂音と腹の底に響く重低音が神経を逆なでする。
「状況は!?」
マックが無線に怒鳴り散らす。
声を大にしなければこの戦場では情報も行き届かない。おかげで、敵味方入り乱れての乱戦になっている。接近戦になれば人間に勝ち目などない。機械人の頑丈な肉体を穿つには大口径の徹甲弾かミサイル並みの大爆発が必要だ。人間が振るうナイフ程度では、傷一つ付かない。
『こちらC隊! 孤立したため、合流は無理だ! ここに留まりできるだけそちらの脱出を掩護する!!』
「馬鹿野郎! 這ってでも合流しろ!!」
『無理です! 敵は強大です。負傷者を連れてそちらまで逃げ切ることはできません。御武運を!!』
無線が切れる。
都市のどこかで爆発が起きて、地面が揺さぶられる。それがC隊のものかは分からないが、マックは無線を握りしめて歯ぎしりした。
『ブラン・コーリア』は混沌の渦中にあった。
侵攻してきた機械人の軍は圧倒的な物量をもって『ブラン・コーリア』を落としに来た。マックたち防衛に駆り出された兵士が4万人規模なのに対して、彼らは15万人だと言われている。さらに、大型のガンシップと呼ばれる対地攻撃兵器が浮かぶように空を埋め尽くしている。上方という物理的優位を手に入れて、『ブラン・コーリア』は彼らの爆撃をもろに食らっていた。
主要な防衛線は初撃でズタズタに破壊され、そこに砲弾をばら撒きながら侵攻してきた。
「マック! ここも危ない、撤退するぞ!!」
1人の兵士が駆け寄ってくる。巨大な対物ライフルを担ぎ、マックと同じ軍服に身を包んだ機械人が背後の小型ジープを指さしてそう言った。
「レイ、無事だったか。B隊とD隊は?」
「脱出した。残っているのは、俺たちA隊のみだ」
「都市の一般市民は?」
マックが聞くと、レイが答えに一瞬詰まる。
「……、初撃でほぼ半数がやられた。動ける者はB、D隊と共に脱出したが、都市内にはまだ生存者が多数いるものと思われる」
「何てことだ……」
敵の攻撃は非戦闘員である彼らに逃げる間も、逃げようとする意志も、与えることはなかった。彼らは、本気で人間を滅ぼそうとしている。それは兵士だろうとそうでなかろうと関係ない。女だろうと、子供だろうと、老人であろうとも、彼らは平等に、躊躇なく殺していく。
「マック……」
「分かっている。俺たちが生き残らなければ、これから先守れる命も守れないからな」
マックはそう言ってジープに飛び乗る。レイが運転席に滑り込んで一気にアクセルを踏み込むと、タイヤが一瞬空回りした後、ジープは崩れ行く都市の中を走り出した。
「……レイ、今さらだが、どうしてお前は俺たちに味方した?」
ふと、マックは前々から気になっていたことを口にした。
運転席でハンドルを握るレイは、機械人が戦争を始める直前に製造された機械人だ。まだ製造されて1年経たない、いわば赤子同然の機械人だ。機械人の大ボス、『始まりの機械人』に最も従順な機械人の世代だ。『始まりの機械人』たちが世界中の機械人に向けて、共闘を呼び掛けた時、全世界の約半数がすぐに彼らに加わり、手身近な人間を殺し始めた。
マックのいた軍もそうだった。
今まで仲間として連れ添った機械人の仲間が、人間の仲間を突然殺した。そして、その機械人を殺したのはほかでもないマックだった。
「……俺は、生まれてまだ日も浅い。もしかしたら、俺はバグのようなものなのかもしれない」
「バグ?」
「そう、製造過程で人工知能に欠陥がある機械人が極稀に生まれる。行動がおかしかったり、言動があやふやだったり、と症状は様々だが、俺の場合、妙に感情が多いのだろうな」
「そういうものなのか?」
「さあな、それこそ、俺を造った奴に聞いてくれ。とにかく、俺はこの戦争に疑問を持った。人間も機械人も、殺しあわなければならないような関係ではないはずだ。機械人の待遇には言いたいことがあるが、とてもじゃないが戦争する理由になるとは思えん」
レイは視線を前方から外さない。だが、口からは次々と言葉が紡がれる。
「それに、何の罪もない子供を殺して、いい気分はしない」
「……、ホントにお前は『人間らしい』な」
「機械人が目指してやまず、結局成しえなかったところに、欠陥品がたどり着く。……皮肉だな」
機械人は人間が羨ましかった、これは当のレイから直接聞いた話だ。
人間のように笑い、悩み、泣いたとしても、それはプログラムの域を出ない。
本当の意味での『人間らしさ』を彼らは手に入れることができなかった。それがこの戦争で悪い方に回ってしまったのかもしれない。
「俺にはレイが欠陥とは思えんが……っ! レイ、あれ!!」
マックが不意に前を指差して大声を上げた。
見れば、装甲車に連れ添われた大型のバスが機械人の掃討機『ヘルダイバー』に襲撃されている。対人の中でも、特に対非戦闘人を目的とした、ヘリのような機体だ。赤外線センサーとモーションセンサーを組み合わせた独特のセンサーで蟻の動きすら把握すると言われている。装甲は紙のように薄いが、代わりにこれでもかと言うほど機関銃を搭載している。ハリセンボンのように機体下部に銃が敷き詰められ、真下の生命体が絶滅するまで撃ち続ける。
「マック、撃て! 撃ち落とせ!!」
「おうよ!」
マックが銃を構えて引き金を引き続ける。バスの護衛と思われる装甲車が掃射を受けてハチの巣になる。それを見て歯ぎしりするが、マックは狙いを外さずに『ヘルダイバー』のエンジン部狙って撃ち続ける。すると、ゆらりと『ヘルダイバー』がその機首をこちらに向けた。そして、こちらをジッと観察するかのように見ると、装甲車に最後の一斉射をしてからこちらに向かって急接近してきた。
「マック! ハンドル頼む!!」
「分かってる! あんなの食らいたくねえ!!」
ハンドルをマックが横から握ると、レイが後部座席に置いていた対物ライフルを取り出し、それを構えると、間髪入れずに『ヘルダイバー』のコックピット部分目掛けて発砲する。
装甲が紙同前の機体にとって、対物弾は致命的だった。
1発目が機首のカメラを貫通して後方へと抜け、次弾がエンジンを貫き、機体がゆらりと傾いて横のビルに突っ込む。
「うおっ!?」
「掴まってろ!!」
頭上から瓦礫が降ってくる中をレイがマックからハンドルを奪って巧みなハンドル捌きで潜り抜ける。そして動きが止まった2台の車両の脇にジープを止めると、飛び降りてレイは装甲車に、マックはバスへ向かって走り出した。
「生存者はいるか!?」
レイが装甲車の穴だらけになった扉を思いっきり引っ張って開けると、血だらけの兵士が倒れこんでいた。運転席の兵士はすでに絶命していたが、後部に乗っていた兵士はまだ意識があった。レイがすかさず抱き起すと、兵士がうっすらと目を開けた。
「っ、き、機械人……!」
兵士がレイを見て銃を抜こうとするが、その前にレイが言葉でそれを制する。
「俺は味方だ。現在A隊と行動を共にしている。安心してくれ」
「A、隊? じゃ、じゃああんたがレイとかいう……」
「そうだ、だが、今はそんなことを言っている暇はない。その傷じゃ、長くは持たない」
銃創は腹と肩を貫通している。殺傷性の高い大口径の機関銃で撃たれたのだ、致命傷は避けられない。
「くっ、機械人に心配される日が来るとはな、世も末だな」
兵士は苦しそうに笑うと、胸元から1枚の写真を取り出した。そこには笑顔の女性と兵士の姿が映っている。
「もし、出会えたら、渡して、くれ」
「……承知した」
写真を受け取ったと同時に、男の手から力が抜ける。そして、2度と動かなかった。
レイは写真をポケットに仕舞うと、兵士に向かって敬礼して装甲車を出た。
そしてバスへと向かう。
バスはいわゆるスクールバスとでも表現されるバスだ。その名称から、レイはこれから見ることになるであろう光景を思って気分が落ち込んだ。バスの昇降口からバスに乗ると、目の前でマックが跪いていた。
「マック……」
「この子達も、死にたくなかっただろうに……」
バスの中は地獄だった。そこら中に血だまりができており、その中に小さな死体が浮かんでいる。まだ幼い、小学生にもなっていないような子供たちの死体がバス内を埋め尽くさんばかりになっていた。
おそらく、子供たちをできる限り詰め込んで、脱出させようとしていたのだろう。
マックは近くに倒れていた子供の頬を撫でながら、肩を震わせている。
「マック、死者を悼むより、今生きる者を助けるのが、俺たちに出来る唯一のことだ」
「分かっている。それでも、もっと早く来ていれば、助けられたはずだ。高々『ヘルダイバー』1機、造作もなかったはずだ……」
マックが悔しそうに床を殴る。レイがマックの肩に手を置く。
もはや何も言わない。言葉にできる気持ちなど、結局はただの同情に過ぎない。
「レイ、俺は自分の家族すら守れなかった男だ。それでも、俺は守りたいんだ。この子達のようにさせないためにも」
「ああ、分かっている。俺も付き合うから、しっかりし、……マック!」
「うん?」
突然、レイが声を上げてバスの奥へと走り出す。子供たちの死体を踏まないように避けながら、最後尾の子供たちが折り重なって倒れているところまで行くと、死体をどけながら叫んだ。
「生命反応だ! 数は3つ!」
「なにっ!」
マックが跳ねあがって走り寄ってくる。死体をどけて、下に埋まる死体をさらにどけ、しばらくそれを続けると、子供の泣き声が聞こえた。
「だ、だれかあ……」
幼い、男の子の声が確かにマックの耳にも届いた。そして、死体をどけると、そこに真っ赤な血を顔面から被った男の子が泣いていた。マックがその子をひょいと持ち上げると、マックが嬉しそうに抱きしめた。
「無事でよかった!」
「お、おじさん、誰?」
「マック、2人目だ」
抱きしめられて泣きながらも戸惑っている子供がふと隣でもう1人の男の子を抱えるレイに目を向ける。そしてさらに酷く泣き始めた。
「き、機械人がいるうううう!!」
「うお、レイ、顔隠せ!」
「今さら遅い!」
レイは抱えた男の子を座席に寝かせ、最後の1人を死体の山から持ち上げ、その顔が曇った。
「……酷い」
マックが泣く子をあやしながらそちらを見ると、すぐにその言葉の意味が分かった。
抱えられているのは女の子だ。2人目同様意識を失っているが、男の子2人と違って無傷ではなかった。
腰、足などに銃創を受け、人の血か自分の血かも分からない血がダラダラと流れ落ちている。
レイがすぐさま傷口を布で縛り、応急手当てをする。そして寝かせていた男の子と共に車外へ連れ出す。マックも泣く子を抱えて車外へ出る。気づけば泣いていた子はレイの方をジッと見つめている。
「機械人が珍しいかい?」
「ううん、あいつらは敵だ。人間を殺すのに、どうしておじさんと一緒にいるの?」
「おじさんっていう年ではないんだがなあ……。彼は俺たちの仲間だ。世界のすべての機械人が敵というわけじゃないんだよ」
「……敵、じゃないの?」
「ああ」
そう言うと、男の子はまたレイに視線を向ける。
レイは子供2人を後部座席に寝かせ、運転席に戻った。待たせる間もなくマックが助手席に滑り込む。
「そう言えば、お名前を聞いていなかったね。名前は?」
マックが抱える子に聞く。男の子は一瞬答えるべきか悩んだようだが、すぐにマックの目をまっすぐに見て、言った。
「ルート」
はい、ルートの台詞ほとんどでませんでしたね。
フラッシュとフェイナに関して言えば、もう、ね……。
名前付きの兵器が出てきました。
『ヘルダイバー』
まあ、人狩り用の機体です。非装甲車などを中心に攻撃するため、威力よりも数で勝負する機体です。どんなに弱い弾でも数撃たれりゃ死にますから。
イメージとしては米軍のアパッチをローターなくしてジェット推進にして機体下部に大量の固定機銃がある感じです。コックピットのところはAIが積まれてますので、へこんでます。
ルートは最初、レイが怖かったんです。
なんせ機械人ですから。
今では大切な仲間ですが。
レイは、この時すでにある程度感情的に動けるようにはなっています。マックに影響されたんでしょうね。
誤字脱字でも構いません。
感想お待ちしております。m(_ _)m