第九話 逃走、闘争、反撃
袋の中の指揮官に幸あれ。
ありませんけどね
フェイナが潜入している廃都市が地平線に見える程度の距離に、1機のヘリが着陸している。エンジンを切って闇夜に紛れており、目を凝らさなくては見つけることも容易ではない。
そのヘリのコックピットにルートとレイの姿があった。
時折時計を見る仕草をしては、落ち着かない様子で都市の方向に目をやっている。
この地点は事前にフェイナから指定のあった場所である。着陸した後、ルートはバッテリー駆動の軽装甲車で都市に1回接近、岩場に隠されていたオートモービルを回収して、ヘリに戻った。それからはここでじっと作戦開始の時刻を待っていた。
「2時30分。作戦開始まであと30分を切った。エイジス隊、異常はないか?」
ルートが無線を開いて遥か高高度を旋回待機しているであろうエイジス隊に呼びかける。高高度を飛ぶと、燃料消費を抑えられるので、長時間作戦空域にいることができる。
『ザッ、……問題ない、と言いたいところだが、目標都市に明かりが灯った。ここからじゃ確認できないが、そちらから何かわかるか?』
「なにっ!?」
慌てて暗視ゴーグルの倍率を上げて廃都市に目を凝らす。見れば、先ほどまでなかった明かりがいくつも灯っている。
「ばれたか」
「フェイナが、か?」
「我々がばれるとしたら、とっくに動いているはずだ。今に至ってということは、内部のフェイナが気づかれたのかもしれん。無線を開こう」
「わかった」
廃都市内にいるであろうフェイナに向けて旅団固有の周波数で呼びかける。
「こちら『フィッシャー』、フェイナ聞こえるか、応答しろ」
ザッという雑音が入った後、無線が開く音が聞こえた。
『……なんでルートの声が無線から聞こえるのよ』
「生きてたか、俺がいることはともかくとして、問題が起こったようだが?」
『はあ、この様子じゃレイもいるわね……。まあいいわ、指揮官は確保したわ。でも侵入に気づかれて今追われてるの。現在位置は都市南のビルの中、男1人担ぐと動けないったらありゃしない』
「……生きてるよな?」
『男? 多分生きてるわ。弾は当たってないはずだから、骨ぐらいは折れてても分からないけど』
「…………はあ」
相変わらず、フェイナは人の扱い方が酷い。後々話を聞くのだから口が聞ける状態であることをルートは祈らずにはいられなかった。
「状況は理解した。作戦を速めてこれから救助に向かう。南の地雷原を吹き飛ばすから、脱出してくれ。俺たちが拾い上げる」
『了解、やっぱりレイは話が速くて助かるわ。しっかり拾い上げてよね?』
「任せておけ」
レイがそう言った直後、無線の音声が乱れ始める。どうやらフェイナが走り出したらしい。
『ここじゃ長話もできないわ。今すぐ来て、いっそ都市内の戦車も吹っ飛ばしてくれると助かるわ』
「それじゃ、盛大に宣戦布告の花火でも上げますか」
ルートはそう言うと、ヘリのエンジンを始動した。甲高い起動音が闇夜に響き渡る。それ以降の操作はレイが引き継ぎ、ルートは無線機を持って後部へ向かう。後部ハッチ傍に待機し、無線を開く。
「エイジス隊、話は聞いていたな?」
『合点。そちらの接近に合わせて爆撃する。お姫様を救出するぞ』
「よし、作戦を開始する」
一方、フェイナはさっきまでいたビルを後にして、南の出口を目指していた。
廃都市中央から無事に脱出はできたが、出入り口には敵が待ち伏せているのは火を見るよりも明らかであった。入ってきた時も、敵がいるからわざわざ壁をよじ登ってきたのだ。
「やばいわね。囲まれたか……」
南出口の敵と、中心部にいた敵。その双方に挟み撃ちされる形になってしまった。
幸いなことに、ヘリの爆破は成功している。上空から捜索されることがない、というのは相当逃げる側としてはラッキーなことだ。上を気にしないで済む。
『近くにいるはずだ、ビルを1つ1つ捜索しろ!』
拡声器を使った男の野太い声が響き渡る。
そして数人の男が近くのビルに入っていく。もちろん、それはフェイナのいるビルも御多分に漏れなかった。フェイナが隠れているビルのドアが蹴破られ、銃を持った兵士が3人ほど入ってきた。銃身下に付いたライトを灯して、じりじりとフェイナを探している。離反したとはいえ、彼らは正規軍。その動きに無駄はない、洗練された軍隊であった。
フェイナは拳銃の残弾を確認する。まだ多少の余裕はあるが、敵のすべてを相手取るにはいささか、いやかなり足りない。ここで居場所が露見することだけは避けなければならない。
3人の兵士が外から見えない位置まで来るのを待って、その背後に忍び寄る。指揮官を詰め込んだ袋は近くの土嚢置場のような場所に置いてきた。戦闘には邪魔だ。
最後尾の兵士は背後を警戒している。その銃身下のライトの動きを見て、兵士が一瞬背後から視線が逸れた瞬間を突いて、一気に接近、その顎下にナイフを深々と突き刺す。間髪入れずにそのナイフを横に振りぬくと、男の身体が横にずれる。そして目の前に2人目の男が現れる。
「っ! 敵しゅ……」
「遅い」
殺された男が壁に突っ込む音を聞いて振り返った男がフェイナの姿を見て叫びかけるが、その前に喉を斜めに切り払われ、さらに拳銃で脳天をぶち抜かれる。消音器装備だから、カシュッという何かがスライドするような音しか聞こえない。それでも、最後の1人が事態を把握するには十分だろう。振り向きざまに男が発砲、フェイナは物陰に隠れてそれをやり過ごす。
「敵襲だ! 敵はD棟1階奥! 2人やられた!!」
「戦闘中にお話しなんて余裕ねえ」
無線に注意が逸れた男に目の前から言ってやる。男が銃の引き金を引こうとするが、フェイナが物凄い勢いで腕を振り、男の腕を切り落とした。
「う、うあああああああ!!!」
悲鳴を上げる男に、フェイナは躊躇いなくナイフを突き立てる。
心臓を一突きされた男が動かなくなったのを確認して立ち上がると、ビルの表から何人もの兵士がなだれ込んでくる音が響いてきた。
「ばれちゃったからには、後始末しないとね。みんなが来るのに呼ばれもしない奴らを引き連れていくわけにもいかないし」
フェイナは死体から手榴弾を奪い、安全ピンを抜いて表に向けて転がす。これだけ暗いと、足元に何かあるのか判別しづらい。
きっかり、5秒で手榴弾が起爆し、兵士を巻き込んで爆発する。濛々と土煙が立ち込める中を突っ切り、負傷してうめき声をあげる敵を尻目に土嚢置場に押し込んだ指揮官を拾い上げる。
「さっさと行きますか」
そう呟いて立ち上がった瞬間、背中に何かを突きつけられる感触がした。
振り向くまでもない。
銃を突きつけられる感覚を間違えるはずがない。今までにも何度もあったし、これが最後になるとは思っていない。
「動くな」
背後から男の声が響く。気配は1人。先ほどの突入組で生き残った運の良い兵士のようだ。
「捕える気? なら無駄なことは止めておいたほうが良いわよ」
「……女か」
「それはあまり意味のない言葉、ね!」
フェイナが振り向きざまにナイフを男に振るおうとする。だが、圧倒的不利な状況下においてそれは自殺行為である。男がフェイナの胸めがけて発砲する。
パンッ!!
乾いた音がしてフェイナがもんどりうって倒れこむ。指揮官を詰めた袋が床を転がる。
男はそれを確認して無線に手を伸ばした。そして報告をしようとした瞬間、その手を掴まれた。
紛れもない、フェイナ本人に。
グキッという鈍い音がして男の腕があらぬ方向に曲げられる。しかし、男は激痛に耐えながらフェイナを蹴り飛ばし、後退する。だが、出口はフェイナの背後、男は逃げ場を失っていた。
「女性を蹴り飛ばすなんて、乱暴な人ね」
「ば、化け物!!」
「ひど……」
フェイナは何事もなかったかのように立ち上がった。男の銃のライトが当てられている姿には確かに服の胸部に貫通した穴が見える。にもかかわらず、フェイナは普通に立っている。男を混乱の渦に叩き込むには十分な威力を持っていた。
「な、なんなんだお前は!」
「死にゆくあんたにそれを教えてどうなるの? でも、冥土の土産に教えてあげる。あたしはサイボーグ、鋼鉄の肉体を持った、まあ化け物かもね」
「う、うわあああああっ!!」
男が銃を乱射する。
狙いもつけずに発砲するが、この距離では外す方が難しい。フェイナにも何発も当たるが、金属音が響くだけで一向に効き目があるようには見えない。
そして、フェイナはその中でゆっくりと銃を構え、ただの1発を撃った。
男の眉間に穴が開き、男がのけ反るように倒れていく。
それを見て、フェイナは落とした袋を担ぎあげて部屋を出た。すでに表からの脱出は絶望的だ。先ほどから大型車両が動く振動と音が表から響いてきている。集結していることは明らかだ。のこのこ出ていくには少しよろしくない状況だ。
「裏口裏口……」
ビル反対側に出口が無いか探すが、どうやら出入り口は表のみのようだ。仕方なくフェイナは近くにあったガラス窓をナイフの柄で叩き割り、そこから袋を外に放り投げる。地面に叩き付けられて中から指揮官の男の呻きが聞こえた気がしたが、フェイナは気にせず自らも窓から裏の細い路地に出る。
そこから壁沿いに表通りを目指し、路地の陰から表を覗き見ると、ビルに向けて無数の銃口が向けられているのが目に入った。
「……指揮官ごと殺す気だったのかしら」
見れば戦車までその巨大な砲身をビルに向けている。
幸いこちらに気づいている様子もないので、そそくさと都市の門へ向かう。
門は外壁と同じ高さ10メートルほど。
敵は皆フェイナを捜索しているから、当然警備が厳しくなっていた。門の上部に取り付けられたサーチライトがゆっくりと左右に動き、その隣には大型の機関銃が据え付けられている。一時的にキャンプを張っているにすぎない場所にしては、随分と強固に守っている。おかげでフェイナは出る隙を見つけられないでいる。
その時、背後から声が響いてきた。
ビルの中で仲間が何人も殺されて突入したは良いが、中に誰もいなかったのでこちらに向けて移動してきたのだ。それもフェイナが裏の窓を叩き割って逃げたことがばれたのか、路地の裏からもガチャガチャと金属の擦れる音が響いてくる。
「くっ」
迷っている時間はない。
フェイナは門の脇に走り寄り、銃を構える男に向かって撃つ。カシュッと言う音がして男の喉元に穴が開く。その横をすり抜けて門の横にある詰所のような場所に飛び込む。
「なっ! 敵だ!!」
「はああああああっ!!」
中にいた男が手元の銃をフェイナに向けるよりも早くフェイナがその目の前に飛び込む。フェイナは男の小銃をがっちりと掴み、もう片方の手に持つ拳銃で男の腹に3発お見舞いする。
男が倒れる前に身を翻し、門の開閉装置と思われる計器に向かい合う。スイッチはそんなに多くないようで、照明のオン、オフ、そして門のオープン、クローズと書かれたレバーしかなかったため、フェイナは即座に門のレバーをオープンに引き下げた。
すぐに重苦しい音がして外に見える扉が警告音を響かせながらゆっくりと開きだした。だが、その速度は今のフェイナにはこれ以上になく遅く思える。
「早く、開きなさ……っ!!」
視界の端で何かが煌めいた。
それが何か理解するよりも速くフェイナは外に飛び出た。
刹那、空を切る音がして操作室が吹き飛んだ。爆風に押されてフェイナは地面に叩き付けられる。
「ぐっ、まさか本当に撃ってくるなんて……」
フェイナの視線の先には、巨大な鉄の塊がある。それを憎たらしげに睨み付ける。
戦車がその砲塔をこちらに向けて、その砲身から白い煙が上っているのが逆行となったここからでも分かる。戦車の後ろにある巨大なサーチライトがフェイナに合わせられる。フェイナの姿がはっきりと開きかけの門を背景に映し出される。門の隙間は30センチもない。フェイナは無理をすれば行けるかもしれないが、袋に入れた男が通らない。
フェイナが立ち上がって戦車を見据える。
「八方塞がり、かな……」
フェイナはこれ以上逃げ切れないと判断した。自分の限界を知るのも兵士として必要なことだが、こんな形で知りたくはなかった。
『……八方塞がったんなら、上を見てくれ』
突如、無線から声が漏れた。