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地下鉄少女

作者: 涼月

 僕は学生。どこにでもいるような学生。朝も昼も夜も人の波に紛れて僕という存在はある。僕の住んでいる町は日本の東京のど真ん中。人が人を飲み、押し合い、渦巻いている。僕は学校にも紛れている。遠くに居るのか、近くに居るのか分からない。まるで海原の海水のように均一だ。僕の家はアパート。ビルが連立する東京というジャングルのずっと下、まるで、石をひっくり返したら出てくるゲジムシのようにその存在を隠している。

 僕はどうしてこんな事をし出したのだろう、大勢のなかで出っ張ると不利だからか、それとも、隠れている事に快感を覚えたのか、とにかく僕は僕以外のその他大勢に隠れて生きている。頭を出してみたいとは考えない。考えたくない、なぜかそう思う、これがベストな状態で幸せだって。幸せ・・しあわせってなんだっけ。

 僕は地下鉄に乗って家に帰る、その中も人だらけだ。僕はその中に隠れる。目線を上に上げると無数の広告がつり下がっていて、まるで蜂の巣のように厄介でうるさく書かれた文字がならんでいた。其れを少し眺めて、また僕は人のなかに潜る。

 地下鉄は面白い乗り物だ。駅に入るとパッと明るくなり、乗客が降りてまた入ってくる。すると、ドアが閉まり、暗黒の世界が次の駅まで続く。僕は暗黒の中だろうと光に包まれた上の世界でも人さえ居れば関係なく隠れることが出来る。


 僕はいつの間にか寝てしまっていた。しかも、奇妙なほどぐっすりと。

目を開けると、そこには不気味な光景が広がっていた。人が居ないのだ。僕は座っていたその席を立ち、車内全体を見渡したが、やはり誰も居ない。

何故だろう、ここは東京だ、東京のど真ん中だ。人が居ないはずはない、僕は半狂乱の状態で隣の車両を見渡す。やはり居ない誰も居ない。隠れる日陰を探そうとするゲジムシのように僕は車内を駆け巡った。

 先頭車両の一番端にやっと一人の少女を見つけて、僕はほっと胸を撫で下ろした。少女といっても、中学一二年位の子だ、いまどきでは珍しくなったセーラー服を着て片手に文庫本を持って長くて黒い髪をとかしていた。だが彼女が居たとしても、この状況は不思議だ。僕は本を読んでいる彼女に声をかけてみた。

「あの・・・」

僕は学校でも、人に話しかけたりすることがない。だから話しかけた時はおどおどと戸惑ってしまう。

「なに」冷徹とでも言うべきか、それとも凛としてると言うべきか、そんな発音ですぐに返事は返ってきた。

「この電車に乗っているお客さんはどこへ行ったの」

「降りた、全員」

「全員って・・・ここは東京だよ、そんなことがありえる訳がないよ」

 文庫本をパチンと閉じて、彼女は手すりにつかまって上から喋っていた僕に目線を移した。

小学校の時、目と目を向けて話せ。といわれた事があるが、まさにそんな感じだった。

「ありえない事だってあるのよ、世の中には」

彼女の凛とした発音が僕と彼女以外、誰も居ない車内に響く。僕はこんな風に、女性から、否、男性からも目と目を合わせた事が無かったので、彼女の言うことが冗談には聞こえなかった。

「僕はどの駅で降りればいいの?」と僕は彼女に喋りかける。これじゃあ、まるで迷子の子供だ。

「次の駅」意外なくらい答えはあっさりと出た。

「あとどれくらいで着く?」

「分からない」

 窓の外には暗黒の世界が続いている。ここでは、僕は隠れることが出来ない。否、隠されることがないのだ。人の波間に埋もれることも無ければ、ここは僕の家のように惨めなところでもない。都会・東京というジャングルから隔離されているんだ。最高だ。面白い。楽しい。僕はいつの間にか笑っていた。今までに無いほど大声で、今までの自分を罵倒するように。

「此処は、なんていう場所なの」

僕は大声で笑った後、彼女に喋りかけた。すると彼女はまたパチンと文庫本を閉じて少し微笑んで

「変なこと、聞くのね。地下鉄の車内よ」といった後、笑顔を見せてこういった。

「あえて言うなら、地下鉄世界」

「じゃあ、君は地下鉄少女」

彼女はまた笑う。

「私のこと、幽霊かなにかだと思う人もいるのに・・」

「そんなこと、考えていなかったよ。只、人の波に埋もれた生活にうんざりしていて此処に来て君にあってそれに初めて気がついたんだ」

「そうなんだ、私と同じね。ずっとここに居る?」

「それも、いいけれど・・そろそろ帰るよ。夕飯食べてないし。」

「そう」

彼女の返事をそれを待っていたかのように、電車の外が明るくなる。そこは地下鉄のホームではあるものの駅の宣伝広告のようなものは貼り付けてなく、ただぼんやりと古びた蛍光灯がぱちぱちと音を立てていた。人も誰一人見当たらず、廃駅のようだ。僕は今は自分の居場所を見つけた事で幸せな気分になっており、ドアが開いてもその駅に降り立ってもそんなことは微塵も気にならない。

「ありがとう」まだ、開いているドアから彼女にお礼を言った。

「また、来てくれる?」彼女は始めてあった時とは違うしっとりとした声で僕に尋ねる。

「必ず行くよ」僕は笑顔で答える。

電車の発車音が鳴り、僕は彼女に聞き忘れた事があることに気づく

「君の名前、聞いてなかったんだけどなんていうの」

そこで、ドアが閉まる。だが彼女はその直前に「地下鉄少女」と言っていた。僕が付けた名前をそのまんま言うなんてなんて面白い子なのだろう。電車はまた走り出す。僕は誰もいないホームで一人笑っていた。












       

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