目立たなければ、誰にも傷つけられない
初めまして!私の物語に興味を持っていただきありがとうございます。新人作家として、より良い小説が書けるよう日々勉強中です。どうぞよろしくお願いします!
プロローグ:
夏休みが終わり、それとともに私の幸せも終わった。
残念ながら、私は今や中学生。つまり、勉強が増えるということだ。家でライトノベルを読んだり、ゲームをしたりしていたいところだが……今日は登校初日だ。悪い印象を与えてはいけない。とはいえ、別に気にしてはいないのだが。
部屋の心地よく安らぐ静寂を遮るように目覚まし時計が鳴り響き、私はベッドから起き上がった。これから3年間着ることになる新しい制服を、急いで着始めた。部屋のドアの前に立ち、数秒間考え込んだ後、ため息をついてドアを開けた。
階段を下りると、子供ならではの尽きることのないエネルギーで走り回る妹の姿があった。ダイニングに座り、母がすでに用意してくれていた朝食を食べ始めた。
「お兄ちゃん、本当に出かけなきゃいけないの?」
イウノは、そのたまらない顔で僕を見つめていた。何と言っていいか分からなかった。一言でも間違った言葉を口にしたら、彼女は泣き出してしまいそうだった。
「僕も行きたくないよ。ここにいて君と遊びたいけど、学校に行かなきゃいけないんだ。初日だし、休むわけにはいかないからね。」
私は彼女の頭を撫でて、微笑んだ。
「さあ、行く時間だ」
私は立ち上がり、リュックサックを手に取ってドアへ向かった。外へ一歩踏み出す前に、ドアの前で立ち止まった。
「行ってきます」
ドアを閉めると、母とイウノが揃って見送る声が聞こえた。
「行ってらっしゃい」
ポケットに手を突っ込み、少し背中を丸めて、新しい学校へと歩き始めた。しばらくすると、人々が私をじろじろと見始めた。
またかよ。
そんな視線を浴びた理由は、私の目だった。私は生まれつき「異色症」という症状を持っていて、左右の目の色が異なるのだ。私の場合、左目はエメラルドグリーンで、右目はアクアブルーだ。
家を出て間もなく学校に着いた。見覚えのある顔や、あまり知りたくもない見知らぬ顔もいくつか見えた。正門から中に入ると、大勢の人混みに少し圧倒されてしまい、すぐにその場を離れようと思った。
しばらくあてもなく歩いていると、校舎がかなり広いことに気づいた。認めたくはなかったが、迷ってしまったのだ。
「何か忘れた気がする」
今になって気づいたが、自分の教室が見当たらない……
<やばい、初日から遅刻したくなかったのに。>
チャイムが鳴るのを聞いて、焦り始めた。プライドが高すぎて、誰かに教室の場所を聞くなんてできなかった。
<まあ、トイレに行くふりをすれば何とかなるさ>
え?背後で足音がした。少し身構えて、誰か確認するために振り返った……どうか先生じゃないでほしい。
「久城くん…?」
<プロローグ終了>
<第1章>
< I >
「
藤宮さん?」
目の前にいるのは、藤宮あゆみだ。小学校からの知り合いだが、いつも「おはよう」程度のやり取りしかしたことがない。別に彼女と親しくなりたいわけでもない……私のような者には、彼女はあまりにも輝きすぎているからだ。
「私たち、同じクラスよね」と彼女は微笑みながら言った。「教室に向かっていたんだけど、遠くであなたを見かけて、迷子になったのかなって思ったの」
それまで地面ばかり見ていた視線を上げた。彼女はまだ笑っていた。何て言えばいい?迷子だって認めるわけにはいかない……
「あ、学校を探索してただけだよ。ちょっと気を散らして、遅くなっちゃっただけ。もう戻るところだったんだ」
「そう。じゃあ、せっかくだし、一緒に行こう」
藤宮さんが歩き出したので、思わず後をついていった。
もっと気をつけないと……まるで昔から知り合いだったかのように話しかけてしまった。まあ、厳密に言えば、知り合いではある。ただ、話したことは一度もなかっただけだ。
「1-A」の教室に着いた。たぶん、ここが私たちの教室だろう。彼女の後ろから中に入ると、ドアをくぐった途端、すべての視線が自分に向けられているのを感じた。
すぐにざわめきが始まった。
<聞こえてるって、わかってるよね?>
無視することに決め、黒板を見た。そこには「野村由美子」という名前が書かれていた。藤宮さんと私の前に立っている若い先生が、その野村先生なのだろう。
「お二人、一体何をしていたのですか?」彼女は真剣な口調で尋ねた。
藤宮さんは答える前に、私を横目でちらりと見た。
「すみません、野村先生。九条くんが道に迷っていたので、手助けしようとしたんです。でもチャイムが鳴って……まあ、遅刻しちゃいました。」
「おい? この子には迷ってないって言ったはずだけど? 最初から信じてなかったのかい?」
私はため息をついて、うつむいた。
「まあいい、とにかく席に着いて」と野村先生はため息をつきながら言った。「九条は奥の右側。藤宮は隣の席。」
文句も言わずに従った。実のところ、その配置には大満足だった。一番奥の隅っこだ。
完璧だ。人が少なければ、余計な会話も減る。
*
遅刻して始まった初日の授業から数時間後、放課を告げるチャイムが鳴った。一人で帰路につく生徒もいれば、友達と話し続ける生徒もおり、大多数は部活動へ向かっている。
私の隣にある窓からは校舎の大部分が見渡せる。サッカー部の連中が練習で走り回り、息を切らしているのが見える。元気そうな者もいれば、「死にたい」という顔をしている者もいる。
彼らを責める気はない。かなり頑張っているし、今日は日差しも強い。私のような人間には、あんな努力は到底無理だ。私はいつも、物事をうまくやるために全力を注ぐ必要はないと思っている。
まあ、ここに長くいるべきではないし、それに……確かめておきたいことがあるんだ。
*
音楽部があるという話を聞いていたので、単なる好奇心から野村先生にそのことを尋ねてみた。部活に入るつもりは微塵もないけれど、かなり興味深いと思う。音楽は、私が心から楽しめる数少ないものの一つだから。
目の前には「音楽部」と書かれた看板のついたドアがあった。
<部活動が始まるまでは好きなことをしていいと言われたので、とりあえず中に入ってみる>
たくさんの楽器があり、中には今まで見たこともないような変わったものもあったが、私が見たかったのはこれだ。
<このピアノは手入れが行き届いているけど、少し埃が積もっているな。>
ピアノの蓋を撫でた人差し指を見ると、指先が埃まみれになっていた。
<たまには拭いてあげてもいいんじゃないかな?
拭くためのハンカチか何かを探した。実際、ほこりをかぶっているのはピアノだけじゃないけど、別に気にはしない。ここに来た主な理由はピアノのためだから。
ピアノがきれいになったことを確認してから、ベンチに座り、鍵盤を開けて、弦の音色が正しいか確かめた。
その曲にふさわしいと私が思う鍵盤に指を置く前に、私はため息をついた。久しぶりのことだ。弾き始めると、指の動きはぎこちないが、筋肉の記憶は残っている。「月光ソナタ 第1楽章」はテンポが遅いため難しい曲ではないが、コツがある。
もう慣れてきた。今では鍵盤を弾くたびに、手応えが増している。
<このメロディーはとても美しい。穏やかだ。>
記憶していたよりもずっと楽しい。数分間、弾き続けていたが、背後でドアが開く音が聞こえた。
黒髪の少年がドアから顔をのぞかせた。
「あら、こんなに早く誰かがいるとは思わなかったわ」と彼女はリラックスした笑顔で言った。「新入生?」
「あ…はい。すみません、誰もいないと思ってたんです」と私は答え、ピアノから手を離した。
「ピアノ、結構上手ね。入部するつもり?」
「いえ、ただ時間をつぶしに来ただけなんです。「久しぶりだから、ちょっと手応えが鈍ってるんだ」そう言いながら、教室を出ようとドアの方へ歩み寄った。
「ぜひ入部してよ。以前は3年生が中心だったけど、みんな卒業しちゃって、今はほんの数人しか残ってないんだ。考えてみてくれない?」
「考えてみるよ……でも、肯定的な返事は期待しないでね」そう言ったが、答えはすでに決まっていた。教室を出ると、私はうつむきながらその場を後にした。
*
夜だ。通りの静けさはとても穏やかで、それこそがここに住む理由でもあるのだが……夜だとしても、ここは相変わらず地獄のような場所だ。ポケットからハンカチを取り出し、額から滴り落ちる汗を拭った。
少し先の方にコンビニが見えた。神様に感謝し、そこへ向かって歩き始めた。口の中に、バニラの柔らかく爽やかな味がもう広がっているのが感じられた。冷たいアイスクリームが、食べ尽くされるのを待ちながら溶けていく……
店に入ると、効いているエアコンの涼しい風が感じられた。アイスクリームのコーナーへ向かい、それを手に取った……もう帰ろうとしたその時、頭の中に想像上のイウノが現れた。兄がアイスクリームを買ってこなかったと、涙を流して癇癪を起こしているのだ。
私はため息をつき、彼女が頼んでもいないアイスクリームを買わされる羽目になった自分を呪った……。もう一つ手に取り、ようやくレジへと向かった。店員に商品を手渡すと、彼女は笑顔で私を見た。
「400円になります」
私はうなずき、財布を開けた……。なぜか分からないが、エアコンが効いているのに、汗がにじみ出てきた……。
<また、十分なお金を持ってこなかった自分を呪う>
さて、どうすれば恥ずかしくないように「お金がない」と伝えられるだろうか……お釣りのコインが落ちる音が、私の思考を中断させた……
「え?」
「九条くん……お金足りなかったんでしょ? 大丈夫、私が払っておいたから」
どちらがもっと恥ずかしいのか分からない……2つ分のアイスを買うお金がなかったことか、それともこの女の子が突然現れて、何も聞かずに買ってくれたことか……
「ありがとう、藤宮さん……でも、そんなことしなくてよかったのに」 僕は床を見ながら言った。彼女の顔を見たくなかった。マジで……なんで僕にこんなことばかり起きるんだ?
<死にたい>
*
コンビニを出て、日本の地獄のような暑さの中へ。どうしてこんなことになったのか、自分でも分からない。
「九条くん、聞こえたでしょ? 店を出る時、レジの人があなたの目を褒めてたよ」
「ああ、聞こえたよ。こういうの、初めてじゃないし、もう慣れたから別にいいんだ」
確かに、どこへ行っても僕の目について余計なコメントばかり。マジで、みんな僕が気づいてないと思ってるの?
「人は自分にとって普通じゃないものに対して怖がりがちだから、そういうことに対して悪意のあるコメントをしたがるんだ」
「え?九条くん、何か勘違いしてるんじゃない?」彼女はそう答えると、くすくす笑った。正直、その笑い声はなかなか可愛かった。
「どういう意味?僕の目について何か言う人って、大抵は嫌な奴ばかりなのに」
藤宮さんは歩きながら、微笑みながら僕を見つめた。本当に、一体どこへ向かっているんだろう?
「そうかもしれないけど、だからといってみんながそうとは限らないわ。例えば、コンビニのあの人のこととか……あるいは私とか」
「え?」
「私は、あなたの目がすごく綺麗だと思うわ……」
その言葉……あまりにも確信に満ちていて、私は緊張してしまった。普段、他人に「目が綺麗だ」なんて言う人はいないし、ましてや私にそんなことを言う人なんていない。
「まあ、お褒めの言葉ありがとう。でも、そんなこと軽々しく言うべきじゃないよ」
私は立ち止まり、星空を見上げた。街の明かりが増せば増えるほど、空に輝く星の光は霞んでしまうと言われているけれど……こんな場所なら、星がかなりよく見える。
「家まで送るよ。あのコンビニにいたんだから、この辺に住んでるんだろうし……それに、パジャマを着てるし」
言っちゃいけないことを言ってしまったようだ。藤宮さんの顔がかなり赤くなっている。まあ、とにかく、言えたのは正解だったと思う。ただ……これ以上気まずくしたくないから、彼女とは話さずに歩き続けることにする。
*
「ここまででいいよ、九条くん。送ってくれてありがとう。君ももう家に帰らないと、遅いし」
「うん、おやすみ」そう言って、僕は家の方へと背を向けた。
こんなこと、全く予定していなかった。本当は人との接触を避けたかったのだが、もう起きたことは変えられない……とはいえ……それほど悪くなかったけれど、彼があの言葉を口にした時のあの感覚は何だったんだろう……
<誰かが私にそんなことを言うなんて、思ってもみなかった>。
< II >
家のドアを開けると、静寂と安らぎが私を包み込んだ。もう望まない人との遭遇の危険はない。そこには平和と静けさだけがある。
「お兄ちゃん!それ何?」イウノが駆け寄ってきて、私の足に抱きつきながら、大きな好奇心いっぱいの目で袋を見つめた。
長い一日、会えなかった後に私が帰ってきて喜んでくれるのはいいけど……なんでこの平和な静寂を台無しにするんだ。
「アイスクリームを買ってきたよ、一緒に食べる?」
そう言ったものの、夏の日本は灼熱のオーブンだということを忘れていたし、外を歩きすぎていた。アイスクリームはすっかり溶けてしまっていた。
「どうやらアイスクリームは明日までお預けだね、イウノ。ごめん」
イウノはまるで世界の終わりのように目を見開き、下唇を震わせ始めた。
<お願い、そんな目で見ないで。罪悪感を感じさせられる……私にはそんな罪はないのに>
「じゃあ……カルピスのボトルをちょうだい」
「でも、ママが週に1本しか飲ませてくれないって知ってるでしょ?」
イウノは、とても可愛らしく見えるようなふくれっ面をした。彼女には抗えないし、最悪なのは、彼女自身がそれをよく知っていることだ……
「わかった、あげるよ。でもこれが最後だ。ソファに座ってて」
溶けかけたアイスクリームを袋から取り出し、冷凍庫に入れた。
<やっぱり、自分の分は途中で食べておくべきだったな。>
冷蔵庫を開け、一番上の棚を探して、「カルピス」と書かれたラベルのついた白いボトルを手に取った。
イウノのいるところへ行き、ボトルを開けて、喉が少し渇いていたので少し飲んだ。
<この味、最高だ。ハマりそう>
「不公平!そのボトルは私のものだったのに、量が減ってる」イウノは愕然とした表情で私を見ていた。
本当にこの子は表情が豊かだ。
「文句言わないで、あげてるんだから。それに、少し分け合ったところで害はないよ。」
ボトルを渡すと、彼女はそれを宝物のように抱きしめた。
「イウノ、僕は自分の部屋に行くよ。何かあったら呼んでね、いい?」
「じゃあ……もしもう一本欲しくなったら――」
「ダメ」
彼女はカルピス中毒なんじゃないかな。責められないよ、あの飲み物は本当に美味しいから。
私は階段を上って自分の部屋へ向かった。薄暗い照明をつけ、昨日置いておいたライトノベルを手に取り、横になって読み始めた。
「君の瞳は宝物だと思う」その言葉が再び頭の中で響いた。
いくら読書に集中しようとしても、どうしても集中できなかった。本を胸元に下ろし、目を閉じると、すぐに眠りに落ちてしまった。
*
昨日と同じことにはなりたくないので、今日は早めに到着するようにした。なんだか不思議だけど、人があまりいない。
廊下はほとんど空っぽで、自分の足音がこだまするほどだ。空気は爽やかで、初めてのことだが、学校がそれほど混沌としているようには感じられない。
私は廊下の窓の前に立ち止まり、中庭を眺めた。いくつかの部活はすでに準備を始めていた。陸上部、写真部……そして、奥の方では誰かが楽譜の入った箱を運んでいた。
「また君か?」
振り返ると、そこにいたのは音楽部の木村蓮だった。彼の表情は先日と同じ、どこか面白がっているようで、どこか不思議そうな笑顔だった。
「あ、九条さんですね。こんなに早くお会いできるとは思わなかったです。」
「私も同じこと。音楽部の連中は、そんなに早起きしないと思ってたけど」
「まあ、僕、部長だから、他の人より責任があるんだ」
「え? それって、君が部長なの? 意外だな」
「正直、僕自身もそう思ってるよ」彼は諦めたようにため息をついた。「でも、前の部長が僕を信頼してくれてて」
「まさか、部長になりたくなかったの?」
<私には無理だ。もしその選択肢を提示されたら、即座に断るだろう。あまりにも面倒くさいし……それに、あんなに大勢の人と話さなきゃいけないなんて……考えただけで鳥肌が立つ。>
「確かにやりたくなかった。僕は努力するのが好きなタイプじゃないけど、僕ならうまくやれると信じて頼まれたんだ。でも、思ったほど悪くはなかったよ」
木村レン。この子、結構いい感じだ。私が誰かをそう思うなんて珍しい……
そう言い終えると、頭の中に藤宮さんの姿が浮かんだ。
<なんで彼女のことを考えてるんだ?>
頭を振って考えを振り払うと、木村さんが不思議そうな顔で私を見た。
「大丈夫?」
「え? ああ、そう、ちょっと思い出しただけ……」
「ところで、さっき言ったこと、考えた?」
うーん……そうだ、この子は昨日僕を勧誘してきたんだ。考えてみると言ったけど……
「うん、えっと……実は入部はしたくないんだ。どの部活にも入るつもりはない。でも、空いている時間にピアノを使わせてくれるなら、必要なことは手伝うよ」
「それはいいね。でも残念だな。君、ピアノが結構上手いのに。」
少し嬉しくなったけど、彼には少し気の毒にも思う。いい人だし、会長になってまだ一年目だし。
「それ、手伝おうか?」彼が抱えていた箱を指さした。
「頼むよ。奥の部屋にもう少しあるんだ。数少ないけど、運んでくれないか?」
「いいよ」
彼が言っていた部屋へと向かった。箱が二つあったが、これくらいなら持ち上げられるだろう。
一つをもう一つの上に載せて持ち上げた。下の箱が視界を遮っていて動きにくいのだが、なんとか視界を確保して音楽クラブまでたどり着いた。
木村さんは窓の外を眺めている。私の存在に気づいていないようで、何を見ているのか、とても集中している様子だ。
これ以上話して、部活に入ろうと説得されるのを避けるため、音を立てずに部屋を出ることにした。
私は振り返り、部屋を出た。
「ありがとう、九条さん」
聞こえないふりをすべきか、返事をすべきか迷ったが、体が勝手に動いた。虚空を見つめたまま、返事をした。
「どういたしまして」
*
自分の教室に戻った。もうすぐ授業が始まる時間だ。さっきまでの静けさと沈黙は、教室に入ってくる生徒たちの喧騒にすぐに押し流されてしまった。
自分の席に座り、肘を机につけて、先生が到着し、学級委員が「挨拶」を始めるのを待った。
ポケットに手を入れて、400円入った白い封筒を取り出した。黒のマーカーを取り出し、隅にこう書いた。「昨日の件、ありがとう。これで互角だね。」
<なんでこんなことしてるんだ…?誰も強制してないのに。ただ忘れてしまえばいいだけなのに。>
自分の名前は書かないように気をつけたが、誰の仕業か気づかれるだろう。
私はこっそりと封筒を藤宮さんの机の下に置いた。まるで世界が私に敵意を抱いているかのように……ちょうど彼女が教室に入ってきた。私は急いで自分の席に戻り、心臓が異常に高鳴り始めた。
藤宮さんは落ち着いた足取りで自分の席へと向かった。何かおかしいと気づいたのか、一瞬私をじっと見たが、何も言わなかった。
数分が過ぎ、彼女は気づいていないようだった。授業が始まり、私は少し落ち着きを取り戻した。
ふと横を見ると、藤宮さんがいる場所が……
<えっ!?この子、目立ちすぎじゃない!?それより……なんで心臓が破裂しそうなんだ!?>
藤宮さんは私の目を見据えていた。そうする人は滅多にいないが、驚いたのはそれではなく、封筒を手にしたまま、あの眩しい笑顔を私に向けていたことだ。
「ありがとう」と呟くと、彼女は机にもたれかかった。
私は慌てて窓の方へ視線を逸らした。窓に映った自分の姿がわずかに見えた。頬を見ると、赤みを帯びていた。
<何が起きているのか分からない……でも、この感じは好きじゃない>
考え事に没頭しすぎて、野村先生の言っていることに気づかなかった。聞いたところによると、課題のためにチームを組むらしい。
「藤宮あゆみ、君は九条翔人と一緒に課題を進めること」
<世界が僕に敵意を抱いている気がする>
私は藤宮さんに視線を向けた。彼女もこちらを見ていて、少し驚いているようだった。
「九条くん、一緒に頑張ろうね」
私は答えなかった……というか、言葉が出なかったので、視線をそらしながらただ頷くだけだった。
<近いうちに死ななきゃいいけど>
*
一日の終わりを告げるベルが鳴ると、私は立ち上がって帰ろうとした。
「あ、九条くん、今日から作業を始めない?時間ある?」
藤宮さんが私のシャツの袖を掴んでいる。さっきの言葉を抜きにすれば、この光景はまるで恋愛漫画のワンシーンのようだ。
「時間はあるよ、君がよければその――」
「一緒に図書館に行こう!」
話している最中に遮られるのはちょっと困るけど、まあ、直接話しかけられない限り黙っているのが無難だろう。それにしても、なんでそんなに興奮してるんだ?
*
かなり大きな二人掛けのテーブルに着いた。少なくとも二人分はある。まあ、これでよかった。そうすれば、それほど窮屈に感じないだろう。
「じゃあ、始めよう」
<待てよ……この仕事の内容が分からないって、どうやって伝えればいいんだ>
藤ノ宮さんはあまりにも集中している。今まで気づかなかったが、彼女の髪はかなり長い……そして、そのラベンダー色はすごく綺麗だ。
<だって、そういうことを考えてるんだもん!>
「ねえ、私たち、何をするんだっけ?」
藤宮さんは軽く首を傾げ、髪が横に流れた。
「え?聞いてなかったの?」
<だって、聞いてるんだから何か理由があるんじゃないの?>
「いや、ちょっとぼんやりしてたんだ。教えてくれない?」
「そんなに難しくないよ。江戸時代について調べなきゃいけないの。だからここにいるんだから」
「じゃあ……本を探してくるよ」
席を立ち、どこへ向かうのか……実はよく分からないけど、彼女に聞くよりはそっちの方がマシだ。
*
どういうわけか、しばらくすると日本史の本が並んだ本棚を見つけた。何冊か本を手に取り、藤宮さんのいる場所に戻った。
テーブルに戻ると、本を真ん中に置いて再び座り、一冊を手に取り読み始めた。
「全部読むの?」
藤宮さんは少し驚いた様子で尋ねた。
「全部じゃないけど、大部分は読むよ。この本、かなり分かりやすく説明されてるし、たくさんの情報を得られるから。」
「そうか、君は読書が好きなタイプなんだね?」
「話の内容にもよるけど、結構楽しめることもあるし、それに、本を読んでれば人に邪魔されずに済むから、会話を避けるのにもいいんだ。」
「どうして人と関わるのがそんなに嫌なの?」
<それに対してどう答えればいいんだ?>
「たぶん、人を信用できないからだろう。信用できる人はほとんどいないんだ」
藤宮さんは少し口を開き、何か言おうとしたようだったが、結局黙ることにしたようだ。
私は彼女を無視して、読み続けることにした。
*
かなりの時間が経ち、もう太陽も見えなくなってしまったが、作業はかなり進んだ。
「藤宮さん、そろそろ今日の作業は終わりにしませんか?」
藤宮さんは窓の方を見て、驚いたような表情を浮かべた。
「もう夜になったの? その通りね、帰ろう」
私は急いで本を片付けて、それぞれの本棚に戻した。藤宮さんのところに戻ると、彼女はいつものあの特徴的な笑顔で私を見ていた。
「楽しかったよ、九条くん。残りの仕事は気にしないで、私がやるから。君は十分やったよ」
<楽しかった?ほとんどずっと黙ってたのに>
「思ったほど悪くなかったわ。まあ、またね」
早く家に帰りたいので、できるだけ早く会話を終わらせようとした。
「じゃあ、また明日」
そう言ったのだが
<なんでまた一緒に歩いてるんだ!?>
「藤宮さん、まさか私を尾行してるんじゃないですよね?」
彼女は信じられないという顔で私を見て、口元から笑い声がこぼれた。なんでこの子が笑うたびに、あんなに可愛く見えるんだろう?
「何言ってるの……私もこのあたりに住んでるの」
そういえば、コンビニに行った時も、かなり長い距離を一緒に歩いたな。
しばらくの間、藤宮さんとの会話を避けようとしていたが、彼女は私に別れを告げた。
「さあ、これで。また明日、九条くん」彼女はある方向を指さして、再び口を開いた。「あっちが私の家だから、ここで別れるね。気をつけて。
「また明日」
藤宮さんは私に微笑みかけ、背を向けた。私は彼女が視界から消えるまで、ただその背中を見つめていた。
<そういえば、明日は日曜日だ。きっと学校はないはずだ……」
今日起きたことを考えながら家路につくと、いつの間にか私は微笑んでいた。
< III >
学校は閑散としていて、人影一つない。その静けさはまるで空っぽの部屋にいるかのようだが、気にならない。むしろ、気に入っている。自分がどこへ向かっているのかは分からないが、それはどうでもいい。今、この静けさを感じていることだけが大切だ。
あてもなく歩いていると、ふと自分のクラス「1-A」にぶつかった。教室に入って自分の席に行き、机に寄りかかった。なぜか、隣にある、あの紫髪の女の子が座る場所をちらりと見た。
静寂を楽しみながら、目を閉じた。
<これ、いい感じ>
「お兄ちゃん!」
<え?その声はどこから?>
「お兄ちゃん!!」
その音が消えるかのように眉をひそめたが、当然ながら消えることはなかった。
「お兄ちゃん、起きて!!!」
*
何か重いものが私の上に落ちてくるのを感じて、私は突然目を開けた。この騒動の張本人は、私の「妹」である九条イウノだ。
「イウノ、何してるんだ?」
私はため息をつきながら、彼女の腰を抱えてベッドから降ろした。
<あの夢、本当に気持ちよかったのに> 彼女の顔を見ると、その瞳がじっと私を見つめていた。<でも、彼女に怒れるわけがない>。
「起こそうとしたんだけど、起きなかったから」
「人を起こす方法は他にもあるんだよ、知ってた?」
イウノは私を無視してただ微笑んだ。まるで、ただちょっと笑いたかっただけかのように。
「で? 何がしたかったの?」
「公園に行こう!」
私はナイトテーブルの上の時計を見た。「8時30分」。マジで、こんな時間に公園に行くなんて。
<まあ、いいか>
「わかった、部屋から出て。着替えてくるから、すぐ出るよ」
イウノはもう一度私に微笑むと、嬉しそうに部屋を駆け出した。
*
公園へ向かう途中、イウノは小跳びをしながら歩いている。なぜ行きたがったのかはわからないけど、彼女が幸せならそれでいい。
イウノはしばらく僕を見つめると、素早く僕の手を握った。
「もう、僕の手を握るような小さな女の子じゃないだろ、イウノ」
彼女は可愛らしく頬を膨らませて視線をそらしたが、決して僕の手を離そうとはしなかった。
そんな感じでしばらく歩き続け、バレーボールコートに着いた。公園にこういうのがあるのは珍しい。普通は屋内にあるものだけど、ここはかなり広々としているから、まあいいか。
「お兄ちゃん、見て、あの人たち上手いよ」と彼女は興奮して指差した。
「そうだね、かなり上手いよ」
そう言ったけど、実は逆だと思っている。もし意見を聞かれたら、もっと練習が必要だと言うだろう。少なくとも、もっと真剣にプレーしたいならね。
<レシーブの位置が高すぎるし、十分にしゃがんでいない。スパイク前の助走も間違っている。サーブは実際かなり上手いけど>
頭の中で理想的な試合をシミュレートしながら、彼らが犯したミスをすべて修正し始めた。
「お兄ちゃん、なんでプレーしないの?好きじゃないの?バレーボール」
「好きだけど……もうやめたんだ」
「えっ?なんで?」イウノは知らなかったかのように目を丸くした
「うーん、体への負担が大きすぎるんだと思う」
「あそこでやってみたら? 一緒にやってもいいか聞いてみてよ」
<ごめんね、妹ちゃん。無理なことを頼むなよ。お兄ちゃんは人と話すのが苦手なんだ。ましてや見知らぬ人とは……だから考えない……えっ?>
一瞬気を抜いた隙に、イウノはもう彼らと話していた。
「ほら、あの人よ。お兄ちゃん!」
イウノは、何か良いことがあったかのように、生き生きと私に挨拶している
<イウノ、お前は今、自分の兄を追い詰めたんだ……これが裏切られた気分ってやつか>
他に選択肢もなく、私は彼らのところへ近づいた
「お兄ちゃん、あの人たち、あなたもプレーしていいって」
イウノの隣にいた黒髪の少年が私の方へ歩み寄り、手を差し出した。私は自分の意思というより礼儀として手を差し出し、視線を下げた。
「じゃあ、入る?」と少年は言った。
興奮した表情のイウノを見て、私は承諾するしかなかった。
「よし」
*
彼らはかなり強いサーブで試合を始めた。彼はそれを難なく受け、センターセッターにパスし、セッターがサイドアタッカーへ2回目のトスを出した。
「かなり上手いね!」
「お兄ちゃん、最高だよ」
<イウノ、これ以上お兄ちゃんを恥かかせないで>
しばらく遊んでいると、紫色の髪が目に入った。体がこわばり、その方向を見ると、案の定、藤宮あゆみがピンクの髪の女の子と一緒に歩いてくる。
その子はいつも藤宮さんと一緒にいるのを覚えていた。どうやら親友同士のようだ。
考える暇もなく、ただ視線をそらしてプレーを続けた。確か、10点先取までやるって言ってたはずだ。横目でスコアボードを見ると「9対8」。あと1点で勝ちだ。絶対に取りに行く。
再びボールを受け取った。疲れのせいか、少し曲がってしまったが、まだ大丈夫そうだ。
「高く上げて、しゃがんで!」と叫び、大きく息を吸い込んでから前へ走り出した。
ボールが浮き上がった瞬間、私はジャンプして力強く打ち込んだ。相手チームはボールを拾おうとしたが、できなかった。
息を切らして地面に倒れ込むと、イウノが駆け寄ってきて、飛びついて抱きしめてくれた。
「お兄ちゃん、すごかった!」
「光栄だ。ありがとう、イウノ」
立ち上がると、黒髪の少年が笑顔で近づいてきた。
「すごく上手だね。もっと一緒にプレーしようよ。ほら」彼は素早くスマホを取り出し、連絡先を見せてくれた。「僕は林拓海。よろしく」
<受け入れるしかないのかな?>
私は自分のスマホを取り出し、彼の画面に映ったQRコードをスキャンした。
「君は九条翔人って名前なんだね? 君の瞳と同じで、名前も独特だね」
彼は笑い出したが、それは嘲笑ではなく……別の種類の笑いだった。でも、私は気まずさを感じなかった。
「まあ、そろそろ帰る時間かな」
「うん、じゃあまたね」
別れの挨拶を済ませると、私はイウノのところへ行き、二人でその場を後にした。
*
その場を離れてから、私たちは家に帰ることにした。
「ごめんね、イウノ。結局、私が遊んじゃって、君はそこで待たなきゃいけなかったね」
彼女は首を横に振って、笑顔で私を見た。
「いいよ、お兄ちゃんが遊ぶのを見て楽しかったし、お兄ちゃんも楽しんでたみたいだし」
<その通りだ、やっぱり楽しかったのかもしれない>
「イウノ、ご褒美にアイスクリームを買ってあげるよ」
「えっ、本当?!お兄ちゃん最高!」 イウノの目は輝き、すでに浮かんでいた笑顔がさらに広がった。
「ただ、ママには内緒にしてね」
*
家に着くと、イウノは素早くドアを開け、玄関の廊下を駆け抜けていった。
「イウノ! 入る前に靴を脱いで」
イウノは玄関に戻って座り込み、あっという間に靴を脱いで床に散らかした。
私は諦めたようにため息をつき、それらを所定の位置に片付けた。
<あの子はいつまでたっても変わらないな>
自分も靴を脱いでから、階段を上って自分の部屋へ。今日はもう何もする予定はないので、いくつかの選択肢がある。
部屋に入ると、小さな本棚が目に入った。まだ読み始めていないライトノベルが何冊かある。それらを読んでみるのもいいかもしれない。
ベッドサイドテーブルにある時計を見ると、2時30分を示していた。
<ユノと外でかなり長い時間を過ごしていたんだな、気づかなかった>
『幼なじみが異世界の魔王だった』というライトノベルを手に取った。タイトルはかなり奇抜だが、実はずいぶん面白い作品だ。
ベッドに横になり、読み始めた。個人的には、物語に引き込まれるためには、読者の注意を引くような良い冒頭の一文が必要だと感じている。それはまるで「第一印象」のようなものだ。
読み始めてからしばらく経った。ストーリーが最高だったとは言えないし、もっと良い作品も読んだことはあるけど、なかなか面白かった。
<集中できない>
本を横のテーブルに置いて、部屋のテレビの方を見た。ため息をつきながらベッドから起き上がり、テレビをつけてプレイステーションのコントローラーを手に取った。
ベッドにもたれかかりながら床に座り、持っているゲームをチェックして、『ペルソナ』をプレイすることに決めた。ストーリーや現実との関連性、他のキャラクターとの社会的つながりなど、私のお気に入りのゲームシリーズの一つで、プレイしているととてもリラックスできる。
メインメニューの音楽が流れた瞬間から、私はセリフや効果音の世界に没頭してしまった。
*
私の部屋に向かって素早く近づいてくる小さな足音が聞こえた。時計を見ると午後6時30分を示していたので、夕食に下りてくるよう知らせてくれるイウノが来たのだと推測した。
ドアがバタンと開き、イウノがいつもの子供っぽい笑顔を浮かべて入ってきた。
「お兄ちゃん、ママが『夕食に下りてきて』って」
「イウノ、入る前にノックしなさいって言ったでしょ?」
彼女は私の言葉を無視して、走って階下へ戻っていった。私は立ち上がって部屋を出ると、家中に漂う肉とご飯の香りが一気に鼻をくすぐった。
<カツ丼?>
案の定、テーブルにはカツ丼が4杯並んでおり、イウノはすでに座って、待ちきれない様子で食事を待っていた。私は彼女のそばに近づき、頭を撫でた。
「カルピス飲む?」
そう言うと、イウノの目が輝き、彼女はすぐにうなずいた。
<二人で一本を分け合えば、問題ないだろう。」
冷蔵庫の上段からボトルを取り出して開け、コップを二つ取り、中身が均等になるようミリ単位で分け合った。
イウノの前にコップを置き、自分の分は座る場所に置いた。
「ママとパパは食べないの?」
イウノは口いっぱいに食べ物を頬張りながら首を横に振った。
「何か用事があるって言ってたから、私たち先に食べていいって」
私はうなずき、箸を手に取って食べ始めた。
「ご飯ありがとう」と囁き、イウノが散らかす様子を見ながら黙々と食べ始めた。
二人が食べ終わると、私はナプキンを手に取り、イウノの口を拭いてから、お皿を片付けた。
彼女は私に微笑みかけ、私たちは皿洗いの場所へ向かった。私が皿を洗い、イウノが布巾で拭いてくれた。
「気をつけてね?」
「うん」
イウノは柵に届くように高いスツールに登っていて、少しふらついていた。少し心配になったが、何事もなく済んだ。私はイウノを抱き上げ、降りるのを手伝った。
「イウノ、僕の部屋に行くよ」
イウノの返事を待たずに歩き出した。単に無視されたのかと思ったが、すると小さな手が僕のズボンを掴んだ。
「い、いや……」彼女からかすかな囁きが聞こえた。
「ごめん、聞こえなかった」
「違う!」イウノは涙で濡れた顔を上げた。
「イウノ……どうしたの?」心の中では答えが分かっていたけれど、親切心からそう尋ねた。
「私……お兄ちゃんと一緒にいたい。もう私と遊んでくれない」イウノは荒い息を整えるために一呼吸置いた。「もう部屋に閉じこもってばかりいて、イウノを一人にしてるじゃない」
私は黙り込んだ。どう答えればいいのかわからなかった。確かに、夏休みが始まってから、私は部屋に閉じこもっているだけだった。
「そ、だから今日、お兄ちゃんと公園に行きたかったの。すごく楽しかったし、ご飯を食べた時も、お兄ちゃんと一緒にいられて幸せだった。私、お兄ちゃんともっと一緒にいたい」
私は罪悪感に満ちた表情でイウノを見つめた。彼女は泣き続け、シャツの袖で涙を拭っていた。私にできることは彼女を抱きしめることだけだった。彼女は小さな両手で私をぎゅっと抱きしめて応えてくれた。
「ごめん」――それが私が口にした唯一の言葉だった。それしか思いつかなかった。
彼女を抱き起こしてソファへ連れて行き、座ると、抱きしめたまま膝の上に座らせた。
何を言えばいいのか考え込んだ。僕は言葉があまり得意じゃないし、何か言えば事態を悪化させるだけのような気がして、黙っている方が無難だと思っていた。でも、彼女はイウノだ。何か「適切なこと」を言う必要はなく、ただ……ありのままの自分でいればいいのだ。
僕たちは兄弟だし、お互いの好みも分かっている。だから、イウノが僕と一緒にいたいと思っているなら、一番いいのは……
「一緒にアニメ見ない?」
彼女は僕の胸に顔を埋めるのをやめて、ようやく僕の目を見て、うなずいた。彼女の呼吸は、もうだいぶ落ち着いていた。
テレビをつけて、二人で楽しめるものを探した。
「『魔法少女まどか☆マギカ』見る?」私は笑顔で尋ねた。彼女のためなら、ずっと笑顔を絶やさないでいられる気がする。
「好き」と彼女はささやいた。
そう言われると、私は再生ボタンを押してエピソードを始めた。そこにいた間中、イウノは一度も私から離れようとしなかった。やがて彼女は眠りに落ち、呼吸もゆっくりとしたものになった。
私は彼女の手を握り、眠気が襲ってくるまでそのままでいた。まだ早い時間なのに眠いのは不思議だ。朝バレーボールをしたせいかもしれないし、あるいはイウノと一緒にいると心が落ち着くからかもしれない。理由はともあれ、私は彼女のそばで眠りについた。
静寂がすぐに訪れた。蛇口から滴り落ちる水の音、残っていたカツ丼の匂い、つけっぱなしの明かり。その日の多くの出来事を乗り越えた兄弟を安らかに休ませてくれる、穏やかな雰囲気だった。
<第1章の終わり>
<中級>
学校に来るのが好きだ。だってそうすれば、毎日友達に会って一緒に遊べるから。
「イウノちゃん、走れ!」
「コウタに捕まらないで!」
10人いた中で、まだ立っているのは私だけ。だから、みんなを助けなきゃ。
「君ならできるよ、九条ちゃん」
<みんなが応援してくれている。ここでゲームを終わらせるわけにはいかない。>
私はある計画を胸に、彼らからできるだけ遠くへ逃げた。イウノはコウタより速い。彼がここまで追いかけてくれば、かわせるはずだ。
「イウノ、君には彼らを救えないよ。手っ取り早く、君も一緒に連れて行くよ」
「間違ってるよ、コウタくん。イウノはもうこのゲームに勝ったの」
私は大きく微笑んでから、彼の右側へ走り出した。みんなには馬鹿げた計画に見えるかもしれないけど、私にとっては、お兄ちゃんが私に怒った時に逃げ出すのと同じようなもの。
私は走り出し、遊具の間に飛び込んだ。そうすればコウタにタッチされてゲームオーバーになるのを防げる。
「行こう、イウノちゃん!」
偉大なるイウノが友達を救いに来た。みんなが手を差し出し、私は一人ひとりとハイタッチをした。
「勝利は私のもの!」
みんながすぐに私を取り囲んだ。注目の的になるのは好きだ。友達がたくさんいるような気がする……
<お兄ちゃんにも、たくさんの友達がいたらいいのに>
先生が笑顔で近づいてきた
「みんな、授業の時間よ。教室に戻りなさい」
みんなは不満そうだったが、イウノは教室に戻ることを嫌がらない。だって、それはお兄ちゃんに会える日が近づいているってことだから。
「イウノちゃん、さあ、急いで」
「今行くよ、キラちゃん」
私はキラがいる方へ歩き出し、二人で教室へ向かった。
風がますます強くなり、木々から葉がちらほらと舞い落ちた。イウノはこの雰囲気、この感じが好きだ。
公園へ行く時のオニイチャンを思い出す。風が吹くと、彼は目を閉じて、楽しんでいるようだ。
気づかないうちに私も目を閉じていた。彼がそうする理由が、やっと分かった気がする。
「イウノちゃん、いつまでそこにいるの?」キラは頬をふくらませた。
「そんな顔するとフグみたいだよ」笑いが止まらなかった。キラは顔を真っ赤にしていた。
「もう行こう」
「うん」
*
「イウノちゃん」ユイ先生が美しい笑顔を浮かべて近づいてきた。
「どうしたんですか、先生?」
「ショウトが迎えに来たわよ」
気づかなかったけれど、あの時誰かに私の家の様子を聞かれたら、そこには大きな笑顔が広がっていたと答えただろう。
私はできる限り早く教室を出た。またお兄ちゃんに会いたいという気持ちを抑えきれなかった。
そこに彼はいた。いつものまなざしで立っていた。でも、それが彼のまなざしで、私はそれが好きだ。
彼が迷わず私を受け止めてくれると分かっていたから、私は彼に飛びついた。案の定、彼は私を抱きしめてくれた。イウノは、結局のところそんなに重くないんだ。
「やあ」
「私を見て、もう少し嬉しそうなふりをしてよ」私はふてくされたふりをして、彼を睨みつけながら眉をひそめた。
彼は私をそっと地面に下ろし、優しく頭を撫でてくれた。でも今度は、顔にほのかな笑みを浮かべていた。
「会いたかったよ、イウノ」
「私も!」私は彼の手を握り、家の方へと歩き始めた。空はすでにオレンジ色に染まり、巨大な黄色い球体が山々の向こうに沈んでいくのが見えた。
「それで、今日は何してたの、イウノ?」
お兄ちゃんがそう聞いてから、家に着くまで私はずっとしゃべり続けてしまった。
第1話を最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました!もしこの物語が肌に合わなかったり、途中で読むのをやめようと思われたりした場合は、どこが気に入らなかったか、どうすれば改善できるかなど、アドバイスをコメント(感想)で教えていただけますと幸いです。皆様からの建設的なご意見を参考に、より面白い作品を目指して頑張ります!




