闇Bite
いつかどこかの分からぬ暗闇で、彼らは話していた。
「どうやら、グラヴィトンがやられたらしいね。存在を感じない」
「ああ。アイツがやられた場合、代わりの生贄確保は俺の仕事だ。俺は一足先に熊本に行く」
「な、なら俺たちは、お、大分にしよう。ここからは、べ、別行動だ」
「そうね。私たちは大分に行きましょう」
暗闇に響く声は、四人いるように思えた。
「Deletarには気をつけてね」
「ああ。遭遇したら溶かして、下水道にでも流してやるよ」
一人の男がその場を去る。
「あんたはどこにいくの?」
女が男に問う。
「大阪か京都かな」
どこか耳心地のいい声で男は答えた。
「随分飛ぶわね」
「元から行きたかったからね。邪魔が入る前に楽しまないと」
「ふふ。楽しむねぇ」
女は声を出して笑う。
「何かおかしなこと言った?」
「いや、あんたはこの世界を満喫してるなと思ってね」
「そりゃあね。異世界では何もないようなところで、生きてきたから」
「私は殺せればどこでもいいけどね」
「僕は君たちとは違うよ。死の淵は本質を曝け出してくれる。それを味わい感じる。僕にとって殺人は性行為さ。感じなきゃ意味がない」
そう言うと、男もまたその場を後にした。
「じゃあ私たちも大分に行きましょう」
「お、俺はその間、ね、寝てるから」
「はぁ?……だる」
そうして暗闇にはまた、静寂が訪れた。
7月17日。土曜。熊本駅。昼過ぎ。
「長かったああああー」
愛里寿は大きなリュックを足元に置き、軽く伸びをする。
「あれなんだ?」
神は大きな、くまんモンの置物を指差し言う。
「あれがくまんモンよ。可愛いでしょ?」
「……なんで生首なんだ?」
「またそういうこと言う」
彼女はジト目で彼を見る。
「俺そういうこと言うやつだし。それより、この駅で遺体が見つかったんだろ。現場を見に行きたい」
「その前に合流が先じゃないですか?」
彼女はスマホを確認する。
「マリク、どこにいるって?」
「待ってください。まだ返信、あ、来ました。えっと、事件現場にいるみたいです。春日喜多ビル前」
「よし、じゃあ行くか」
「いや、おせぇよ」
そう突っ込んだのは、目立つ赤の髪をウルフカットした男性だった。
「ごめんなさい。この人がつい……」
「もぐもぐ。いやお前も食ってんじゃん」
二人の手にはビニール袋があり、かなり食を楽しんでいるのが伺えた。
「お前ら遊びに来たんか?ああ?」
「ご、ごめんなさい」
彼女はマリクと直接会うのは久しぶりで、鋭い目つきに縮み上がってしまう。
「やめろよ。お前の顔見ると飯が不味くなる」
「ああ?」
「ふふ、冗談だ」
「いや全然殺るぞ」
「まぁ、これやるから落ち着けよ」
そう言って神は、くまんモンのキーホルダーを差し出す。
「要らねえよ!せめて食いもんよこせ!」
「言われない?」
「あ?」
「黙ってるとイケメンだって」
「はい、殺しまーす」
整っているマリクの顔が怒りで歪む。
「お、落ち着いて、マリクさん落ち着いて」
「もぐもぐ、それより現場は?」
「今からここが現場だ」
そう言ったマリクの足元、165cmの彼自身の影から、腿の半分あたりまでの背丈、犬のような四足歩行の黒い何かが現れた。
「わああああ、マリクさん!落ち着いてください!」
彼女はあわあわと手を振る。
「現場、あそこだろ?あのブルーシート張ってある場所」
その二人の言動を無視し、神は少し離れたビルの前、ブルーシートの張ってある場所を指差す。
「行け、フユ!」
マリクは愛里寿の制止を無視し、神の無防備な背中に攻撃をする。
指示された黒い犬は、勢いよく神に突っ込んでいくと、めちゃくちゃ足に体をこすりつけ出した。
「おお、この感じはフユだな。よしよーし」
「何してんだフユ!」
撫でられたフユはゴロンと、お腹を見せて寝転がってしまった。
「マリク。残念だったな。ハルかナツならともかく、フユは俺に懐いている。つまりお前の攻撃は、無効化されたと言うことだ!」
「ば、ばかなあぁ……」
神に指を刺されたマリクは膝をつく。
「……何この茶番」
さっきまで慌てていた愛里寿も、なんとなくこの空気にツッコミを入れるのだった。
7月17日。熊本県。阿蘇山。夜。
「木曜の夜までは、ここで過ごすか」
阿蘇山周辺の森林。服を脱いだ全裸の魔族がそこにいた。
筋肉質な紫の体。ギザギザの歯が虫を噛む音だけが、不気味に闇の中で響いている。
「いまいち、服っつーのは気に入らねー。食えねーしな」
自分で作ったのか、男は木でできたハンドバックほどの箱に手をガバッと突っ込み、虫を一掴みし口に入れる。
ムシャムシャプチュ。
「なんか出たな」
男は口を開き指を入れ、芋虫の内臓を取り出し地面に捨てた。
「はあ、肉食いてー。いねぇのか?ここらへんに―」
「ガルルルルルル」
闇に紛れた獣が男の視界に入った。
「いるじゃねぇか」
男は箱をその場に捨て、掌に玉のような何かを生み出す。
「そらっ」
その玉を投げる男。
それを見た獣は地面に姿を消し、玉は近くの木の根元に命中した。
すると、木の根本は一瞬でドロドロに溶け、木はゆっくりと倒れてしまった。
「何か今、おかしな消え方しなかったか?」
パキッ。
小枝を踏み抜く音に、男は背後を見やる。
「長々と旅をしてきて、終着点がこんな化け物とは……悲しくなるぜ」
「終わったら飯奢れよ。運動嫌いな俺を、こんな場所まで連れてきたんだからな」
男の視線の先にいたのは、神とマリクだった。
「誰だ、お前ら?」
「Deletarだ」
「おいおい、随分早いな」
「俺のRitual、闇Biteは鼻が利くんだ」
マリクの足元には、いつの間にかフユがいた。
「そいつはお前の能力だったのか」
「お前に問う。投降して異世界で裁かれる気はないか?」
神の問いに対して、男は両の掌に玉を作るアクションをする。
「ふ、どうせ死刑さ」
「なら、ここがお前の墓場だ」
鳴き始めた虫の声を、木の倒れる音がかき消した。




