決着
俺は最大火力で目の前のバカを押し潰してやった……はずだった。
異変に気づいたのはすぐ。
俺の目の前で潰れて凹んでいるのは、地面だけだった。
奴の姿が見当たらない。
「どこ、いった?」
俺は左右後ろを、キョロキョロと確認するが見当たらない。
「どこいったあ!?」
待てよ、冷静になれ。
俺の目の錯覚じゃなければあいつの体、一瞬光ってなかったか?
まさかあいつ、能力を今まで発動していなかったのか?
まずい、まずいぞ!このまま逃げられでもしたら―
「ん?」
足元に揺れを感じる。
なんだ?
俺が足元を確認しようとした時だった。
地面から黄色の鎧を纏った奴が現れたのは。
確認できたのは一瞬で、次の瞬間には顎に強い衝撃を感じ、高々と飛ばされ天を仰いでいた。
なん…………だよ?
受け身も取れず俺は地面に叩きつけられる。
「グ、が、あ」
「龍が昇るように拳を叩き込む。名付けて昇龍拳てところか?」
奴が気取ったことを言った気がする。
が、しかし今はそんなことどうでもいい!
顔は、顎は、体は、どうなってる?首はもげてないよな?なら、なんで動かないッ!
「お前が俺を潰そうと、かなり強い力で押してくれたおかげで、速く深く潜れたよ」
何言ってやがる?
「見ろ、月が出た。代わりにお前のツキは沈んだようだが」
うるせえうるせえうるせえ。
「お前の敗因は得意になりすぎたことだ。一思いにやるべきだったな、俺を」
「うるせんだよおおおおおお!」
俺は全身に力を込め、仰向けの上体を強引に起こす。
そして震える足を立て、膝に手をやり、力を目一杯込め立ち上がろうとする。
「うおおおおああああああッッ!」
咆哮をあげた俺は、両手に膝をやりながら立ち上がることに成功する。
「はあ、はあ、はあ、はあ」
俺の視界には、一目でわかるような龍を感じるモチーフの、黄色い鎧のようなものを纏った奴が立っている。
ぶっ殺してやる!
「さぁ、こいよ」
奴は俺に人差し指で、クイクイっとかかってこいと合図を出す。
「ぐっ」
しかし俺は足が動かない。
「ああ、そうか。生まれたての子鹿じゃまだ歩けないか?」
「てめぇ」
「なら、俺から行くぞ」
そう言った奴は、一瞬で間合いを詰めてきた。
やった。
俺はニヤリと白い歯を見せる。
なぜならこの戦いの最中、俺はずっと一つのミスリードを行っていた。
それは、能力を発動する時手をかざす。
俺の能力の発動は、視線を送ればそれだけで本来出来る。
得意になってたのはどっちだ?最後の最後、不用意に真っ正面から突っ込んできやがって!膝に手をついていて、手をかざせないとでも思ったか?
「バカがッ!」
俺は目前に迫った奴を見つめ、残る力全てで一気にプレスする。
すると奴は当然うつ伏せになる形で、地面に突っ伏しかけた……しかし、奴は突っ伏すことはなく、両手を伸ばす体勢をとり、プールに飛び込むような感じで地面に潜り、俺の視界から姿を消した。
しまった……俺は、同じ轍を踏んだのか?
さっき奴が言っていたことは、こういうことだったのか?
ちくしょう、ちくしょう!
俺は足元を警戒する。
まだだ!さっきと同じなら、また足元に揺れを感じるはず。
なら、次の一撃をなんとか躱し、横からのグラヴィトンで奴を思いっきり吹っ飛ばす。
そして何とか壁のある場所まで逃げて、仕切り直しだ!
もう縦には打たねぇ!
しかし5秒、10秒と経っても足元に揺れを感じない。
なんだ?さっきより深く潜ったのか?
「言ったろ」
俺のすぐ後ろで声がした。
「得意になりすぎたって」
「てめえええ!」
身を捩った俺に、拳の連打が打ち込まれる。
「グッ、ゲッ、ゴッ、ゴッ、ガッ、がッ、ががッ、があッ、ッッ」
俺の体が吹っ飛ばないように、後方に飛びそうになったら体を引き寄せられパンチ、また後方に飛びそうになったら引き寄せられパンチと、それが何度も繰り返された。
そして俺が虫の息になった時、胸ぐらを掴まれ額を突き合わされた。
「俺とお前じゃ覚悟が違うかどうか知らないが、覚悟じゃ埋められないぐらい、格が違うんだよ」
俺は腫れ上がった瞼から見える細い視界に、グラヴィトンを発動させる。
しかし、途端に奴は俺の視界の外に移動する。
「予想通り、視線だけで能力を発動できるんだな」
「な、んで?」
「ああ?なんでも何も、お前何度か手をかざさず能力使ってたろ?」
「んッ……あ?」
俺は何も考えられず、白目を剥き、血を吐きながら膝から地面に崩れ落ちた。
月の明かりが多少なりとも明るくした広場で、二人の男が転がっていた。
一人はまるで土下座をするような態勢でピクリとも動かず、もう一人は大の字になり天を仰ぎ見ていた。
そこに二人の女性が近づいてきて、それぞれ一人ずつ男の状態を確認した。
「生きてますか?」
「……遅くね?来るの」
「あなたが私達を振り切って行ったんでしょ!」
愛里寿の雷が落ちる。
「だって、気づかれたっぽかったし」
「愛ちゃんがいなかったら、私今ここに来れてませんけど。て、その足!大丈夫なんですか!?」
「いえ大丈夫じゃありません」
神は早口で自分が大丈夫でないことを伝えた。
「愛里寿ちゃん。こっちはもう、肉体の消失が始まっています」
人形の擬態に乗り移った愛が、男の死体の消失を確認した。
異世界人は人間界で死ぬと、肉体が粒子レベルまで分解され、その形を失う。
この人間界で異世界人の存在がバレていない理由の一つが、この現象にあった。
「分かったわ。あとどれぐらいで消えそう?」
「5分もあれば」
「OK。問題はこのバカか」
彼女はジト目で神を見る。
「愛里寿」
「なによ?」
「優しくしてくれ」
神は弱ると、甘えるタイプの男性だった。
「こんな時だけ名前で呼ぶなッ」
「いたっ」
彼女にデコピンをされる。
「いや、マジで。止血とかしないと―」
「あの死体が消えたら、あなたを車まで運んであげるわ」
「これがハラスメントですか?」
「そんだけ話せんなら大丈夫でしょ?」
「……」
神は口をパクパクさせる。
「いや、急に話せないふりされても」
そんなやりとりをしつつ、彼女たちは死体の消失を、最後まで確認するのだった。




