闇夜の死闘
7月15日。木曜日。夜。
「流石に警察が張り付いてるな」
一見一般人のような格好をした警察官を複数確認しながらも、男はターゲットを近場で監視していた。
ターゲットも男の脅迫を受けて以降、二人のボディガードをつけている。
男は最高の狩りになりそうだと、期待に昂っていた。
「やっと面白くなってきた」
アーケードの一角、ニヤリと白い歯が光る。
ターゲットが車に乗り込み、移動を開始する。
すでに行き先を調べておいた男は車を直接追わず、目的地に先回りするために柱の影を後にする。
男はそこでターゲットを襲うつもりだった。
「さぁ、今日の狩りを始めるか」
最初は人目を気にしてゆっくりと、しかし次第に歩行速度は速くなり、人気のない大きな公園に入った時には人ではないスピードで移動していた。
なのに、少し前から男は気配を常に感じていた。
「ちょっと休憩するか」
男は公園内の、そこまで手入れの行き届いていない、人工的な光の当たらない、芝の広場で足を止めた。
「なぁ、あんたも休憩しないか?」
男は闇に向かって問いかける。
すると少しの静寂のあと、人の形が浮かんでくるのを確認できた。
「今日は月も隠れている」
彼、神の言うとおり、月は分厚い雲に覆われていた。
「お前に制裁を加えるには丁度いい夜だ」
「誰だ?」
「Deletarだ」
男はほうと言った顔の動きをした。
Deletar。異世界人が人間界に許可なく侵入した場合に、制裁を加える仕事だ。
「お前が脅迫をするタイプでよかった。次のターゲットに張り付いてれば、会えると思ったぜ」
その言葉を聞いた男は、白い歯を闇に浮かばせた。
「俺を殺すのか?」
「出来れば同行してもらいたい。異世界に帰れば、まだ無期懲役で済むかもしれないぞ」
「へへ。じゃあ同行はできないな。俺は自由でいたいんだ」
「そうか。なら、今日がお前の命日だ」
その言葉を聞いた男は、パーカーのフードを脱ぎ、顔をあらわにする。
「ほう。俺の顔を見てもビビらないのか?」
「異世界じゃ魔族の顔なんて見慣れてる」
フードを脱いだ男の顔は、人間と狼を足したような出立ちだった。
「それより、何で顔を晒した?もう逃げられないぞ?」
神がボスから与えられていた情報は、人間界に来た人数だけだった。
顔や性別、能力も知らされてはいない。
だから自分に対して顔を晒したことを疑問に思った。
「なんだ、顔は知らなかったのか?でもいいさ。こいつは覚悟だ」
「覚悟?」
「ああ。ここで俺のことを知ったお前を、必ず殺すってな!」
男は重心を低くし、戦闘体制に入った。
そして男のつま先が土に少しめり込んだ瞬間、次の瞬間には神の目前まで迫っていた。
男の鋭いパンチが神を襲う……が、吹っ飛ばされたのは男の方だった。
男は腹を押さえて、地面に蹲る。
どうやらカウンターで、神に前蹴りを決められたようだ。
「次は俺の番だな」
蹲りつつも神を見ていた男だったが、瞬きを一つした次の瞬間には、神の足が眉間を蹴り上げる感覚と共に確認できた。
「ぐわぁは!」
首を大きくのけ反らせながら、男は後方に吹っ飛び、一回転二回転三回転としたところで、男の体は後転をやめ止まった。
うつ伏せになって倒れている男は、身体能力では自分が劣っていることを理解した。
しかしこれが能力によるものか、シンプルに体の性能なのかはまだ分からない。
だがそんな思考を巡らせる隙を、神は与えない。
男は一瞬で迫ってきた神の、顔への踏み付けを横に転がり避けると、彼に向かい手をかざした。
「圧倒敵!」
それを見た神は地面を強く踏み込み、手の直線上から横に身を避けた。
すると、さっきまで自分の立っていた場所が、激しく何かに押し潰され凹むのを確認できた。
そして神が男から目を離した一瞬で、男は神との距離を詰め、四足歩行の獣が見上げるような形で、彼の顔を煽り見る。
「へへ」
白い歯を見せて笑う男。
次の瞬間、神は頭部に重たい何かを感じ、身をひねるようにして後ろへ飛び退く。
「ぐっ」
背中を強く引っ張られるような感覚を覚えながらも、なんとかそれを振り払い、男との距離を取る。
一瞬の静寂のあと、男は立ち上がり、神は片膝をついた。
神の顔は歪み、呼吸は乱れ、額には汗が浮かびはじめた。
さっきの場面、最後まで地面に残していた右足首から下が、酷い痛みを伴っている。
そこから彼は靴を脱ぎたくないと思うぐらいには、つま先はぐちゃぐちゃだろうと理解した。
そして右の肩口も、服と一緒に皮をもってかれていた。
「今のを避けるとは、驚いたよ」
男の攻撃を避けれたのには少し秘密があった。
神は全身に愛里寿のバリアを貼ってもらっていた。
だから男の能力を避ける猶予が、ほんの僅かだがプラスされていた。
しかしそのバリアも潰された今、次はない。
「お前の言うとおり今日はいい夜だ」
男がニヤつきながら喋る。
「空と同じでお前にも、ツキがないからな!」
男は自分の能力の射程距離まで、一気に神に迫る。
そして接近しながら両手をかざし彼を狙う。
神はそれを確認し、両手と片足で地面を押し横に避ける。
それを見た男は足を止め、片手で彼を追うように能力を発動させていく。
休む間のない無酸素運動。
神の動きに合わせて、男も一定の距離を保ちつつ移動する。
次第に動きが鈍くなっていく神。
そして遂に、背中を人に覆い被されるぐらいの強さで押され、地面に突っ伏す。
「ぐわっ」
その様子を確認した男は、神との距離を一気に詰める。
「これは、さっきの俺の分!」
男は神の顔を、サッカーボールのように蹴り抜いた。
吹っ飛ぶ神。
「うッッ、あぁ」
「これも、さっきの俺の分!」
神は追ってきた男に、今度は鳩尾を思いっきり蹴り上げられる。
蹴られた神は体を浮かせ、横に転がった。
「どうだ?蹴られる気分はよお?」
男は、はぁはぁと呼吸が乱れている。
それは疲労というよりは、興奮からだった。
「聞いてんのか?おい!」
男はまた距離を詰めると、ドスドスと体の内部に響くような蹴りを、何発を横向きになって倒れている神に浴びせる。
「最初に言ったろ!覚、悟が、ちげ、んだ、よおッッ!」
何発も蹴りを浴びた神は、ぴくりとも動かない。
「おい?死んだか?死にまちたかー?」
そう言いながら、肩を押すように蹴った男は、仰向けになった神の顔を確認した。
彼は笑っていた。
「なんだテメェ!何笑ってやがるッ!」
自分の目を見ながら笑っている神に、男は一瞬怯む。
「いや、まぁ、なんだ。二流以下の攻撃って、マッサージレベルなんだなと思って……気持ちよくなってたわ」
「なんだとッ?」
一瞬神の言葉にイラッとした男だったが、彼の口から垂れる血や、身体中の傷、血の滴る足首を見て、その怒りはすぐに嘲笑に変わった。
「ふふ、ははは。鏡があったら見せてやりたいなあ。強がってるバカが映るからッッ!」
「いや、鏡なんて必要ない」
「あ?」
「俺の目にはもう、馬鹿が映ってる」
男はピクッとする。
そして両手を神にかざす。
「ちょうどいい」
神は男から視線を外し、空を見た。
「月が」
「死ね!」
「覗いたな」
神は黄色の光に包まれると、強い重力で地面に押し潰された。




