Q&A
「人類が作った一番の兵器って、なんだと思う?」
町の外れ。民家の無い工場地帯。点滅する街灯の下。
黒のパーカーのフードを目深にかぶった男が、息も絶え絶えのスーツ姿の男に質問していた。
「お前は、お前は何なんだよ!」
パーカーの男の質問には答えず、スーツの彼は足元に落ちていた空き瓶を男に投げつける。
それと同時に走り出し、古びた工場の中に逃げ込んでいく。
だから彼は気づいていなかった。
彼の投げた空き瓶が、フードの男に到達する直前に地面に向かい直角に落ちたことを。
さらにその空き瓶が割れたにもかかわらず、一つの小さな破片も飛ばさず、まるでプレスされたかのように形を綺麗に保ったまま、ガムのように地面に張り付いたことも。
もし気づいていたら、彼の未来は変わったか?
いや―。
「誰か!誰か助けてくれ!」
工場内に大きな声が反響する。
しかし足跡が残るほど埃の被った工場内では、その声に反応して駆けつける人は一人もいない。
「誰か―」
「人類が作った一番の兵器って、なんだと思う?」
助けを呼ぶ声に被せるように、いつの間にか背後に迫っていた先程の男に、彼はまた質問をされる。
「ヒイイィあ、あ、な、何なんだ!」
「俺は質問に答えてほしいだけだ。人類が作った一番の兵器って、なんだと思う?」
後退りする彼は、埃の積もったテーブルにお尻をぶつけ足を止める。
向かいあったフードの男の顔が、割れた窓からさす月明かりに照らされ、うっすらと確認することができた。
そして、その上で男が自分の知らない人物だと理解した彼は、なぜ自分がこんな目に遭わなければいけないのか、少しの怒りが湧いてきた。
「で、俺の質問の答えはわかったか?」
「……か、核だ……核兵器だ。人類の作った一番の兵器は、核兵器だ!答えは核兵器だ!違うか!」
ぶつぶつと呟くようだった彼の声は、最後には思いの丈をぶつけるような、吠えるものに変わっていた。
「ハズレだ」
「え?」
自分とは対照的に、小さくも通る声で回答を否定された彼は、間の抜けた声を出してしまう。
「答えは金だ。金はどんなバカにでも扱える。ガキでも、年寄りでも、病人でも、障害者でも、もちろん、権力者や支配者も扱える。そんな誰でも気軽に、手軽に、扱えるものなのに……どんな人間でも滅ぼせる」
男はまるで観衆に演説をするかのように、身振り手振りをまじえ喋り続ける。
そんな男の話を聞きながら、後ろ手でゆっくり机の上漁っていた彼の手に、ずしっと重みを感じるトンカチが触れた。
「核兵器は確かに脅威だろう。だが、間違いなく人類の歴史上、人というものを一番壊してきたものは、金だ。だからお前なんだ」
男は右手の人差し指を彼に向ける。
「な、なんで―」
「お前、3億当たったんだろ?」
男の言葉に彼は目を見開く。
「俺は知ってるぞ。お前が宝くじで3億当てたのを。だから一週間前から送ってたろ?お前の家に殺害予告」
「ああ、れは―」
「そう、俺だよ」
ニヤアと笑ったのがわかるほど、異常に白い歯が薄暗い空間に浮かんだ。
「俺はさ、試したかったんだ。3億あれば俺を止めれるのか?もしかしたら、ワンチャン俺を殺せるんじゃないかって……はあ。でもお前は期待外れだった。警察に連絡しただけ。そんなの金がなくてもできる。何してんのお前?ん?バカなの?死ぬの?まぁ、今から死ぬんだけどさ」
ニヤニヤとゲスい笑みを男は浮かべる。
「イカれてるよ、お前」
「イカれてんのは、ボディガードの一人もつけないお前じゃね?」
先ほどからの理不尽な行動原理や、嘲りを含んだ言動に、彼の恐怖は怒りへと姿を変えていた。
「……もういい。わかった。殺してくれ」
「なんだ、追いかけっこは終わりか?足痛くなっちゃいまちたかぁ?」
「ああ。一思いに殺してくれ。痛いのは、嫌なんだ」
彼は顔を伏せ男の足元に視線をやる。
「……ふーん」
男がゆっくりと彼に歩み近づく。
この時を待っていた彼は自らも踏み込み、後ろ手に握っていたトンカチを、男目掛け振り下ろした。
すると見事にトンカチを持った彼の腕、肘から先が床にプレスされたように押し付けられ潰れ、その周りを血の赤が彩った。
彼は潰れた腕に感じた急な重さに引っ張られていたため、床に突っ伏しながらその光景を目の当たりにしていた。
「あ、あぐああああああああああ!!」
無くなった腕を庇うかのように身を丸め、歯を食いしばりながら彼は呻く。
「悪いな」
「ああ、ああう」
「ああ、この悪いなは一思いに殺してやれなくて悪いな、の悪いなじゃなくて、お前の頭が悪いなってことだ」
目に涙を溜め睨みつける彼の頭を、男は足で思いっきり踏み抜いた。
「呻くな、みっともない……やっぱ俺は金では殺せないなー……はあ。次はもっと金の使い方が分かってる金持ちを選ぶか。じゃないと、俺を金で殺せない証明になんねぇしな」
男はそう言うと、気の失った彼の服の襟を掴み、ズリズリ引きずりながら工場を後にする。
そしてそのまま、街灯の光すら届かない細い道、闇の中へ姿を消していった。




