第009話 さよなら、ハジャ村
アナコンダ・クーパー……ハジャ村出身の熱血少年。魔力はないが国家魔術師になりたい。尻穴の中にニョルモルモを挿れることで魔術を使えるようになる。
ニョルモルモ……ヘビみたいなドピンクの魔物。種族は蛇人族。上官の猪人族に同胞を食べられた。
チッチ・アルージャン……無表情の国家魔術師。アナコンダの弟子入りを認める。
マイマフィン・クーパー……アナコンダの母。常識人。魔物に殺され死亡。
ログロッド・クーパー……アナコンダの父。熱血漢。魔物に殺され死亡。
数日後の朝――
アナコンダは父の書斎にて、椅子に座り、
「……」
目を閉じていた。
傍目には子供が居眠りしているだけに見えるだろう。
しかし、アナコンダは起きている。
部屋の壁に染みこんだタバコの臭いを胸一杯に吸いながら、家族との思い出にひたっていた。
父と母とアナコンダ。
三人で暮らした小さな家。
時には叱られたり、おねしょしたり、タンスの角に小指をぶつけたりと、嫌な思い出もある。
だが、それ以上に楽しいことがたくさんあった。
だからこそ悩む。
(これでいいのか?)
チッチに弟子入りを認められたアナコンダは、国家魔術師になる夢を叶えるため、王都へ旅立つことになった。
そこで修業を積み、国家魔術師試験を受けるとなると、
「数年は帰郷できないと思え」
チッチに言われていた。
また、仮に国家魔術師になることができたとしても、その後は国家の安全保障のため東奔西走しなければならない。
要するに、忙しくなる。
いちいちハジャ村の家から出勤するわけにもいかない。
猪人族との戦いによって母マイマフィンが亡くなった後も、アナコンダは笑顔を絶やさなかった。
村人に心配をかけたくなかったし、また、
(家族を失う悲しみを、俺以外の誰にも味わわせずにすんだ。喜ぶべきだぜ!)
と思ってもいた。
しかし、十歳の子供が家族を亡くして平気なわけがない。
日に日に、父の書斎へ引きこもる時間が多くなった。
それも今日までのことかもしれない。
(とうとう出発の日だ。この家を出て行かなきゃいけない。正直、そんなの嫌だ。でも、出て行かなきゃ強くなれない。あの猪人族より強いのが現れたら勝てない)
心の中で父にたずねた。
(親父なら、どうする?)
「おーい。アナコンダー!」
来客だった。
明るい表情をつくって扉を開けると、近隣の村人たちが立っていた。
「おはよう! みんな、どうしたんだ!?」
「アナコンダ。今日、村を出るんだろ?」
「まあな!」
村人たちはしばらくもじもじしていたが、やがて意を決した様子で、
「国家魔術師になるの、やめておきなさい」
口々に言うのだ。
「だって、考えてもごらん。とっても危険じゃないか」
「でも、おばさん。魔物は滅多に出ないって、この前、言ってたじゃん。猪人族が人生で初めて見た魔物だって」
「あげ足とるんじゃないの」
「だってー」
「お聞き。危険なのは魔物だけじゃない。都会の人間は恐ろしいんだから。犯罪者だらけよ。ハジャ村とは違ってね」
「都会に行ったことは?」
「ないけど……」
ハジャ村では、大半の者が一度も村から出た経験を持たない。
村人たちは、意外と賢く言い返すアナコンダに手こずる。
そこで、切り口を変えて、
「うちの養子になりなさい」
国家魔術師になるのはやめて農家になれという提案だった。
その場合、子供が一人で暮らし続けるのは不便であるため、よその家で生活するしかない。
村人が心配そうに、家の中を覗きこみ、
「ここは一人で暮らすには広すぎるもんな」
「いや、今は一人じゃなくて……」
はっと口をつぐむアナコンダ。
うっかりニョルモルモのことをしゃべりそうになった。
(そう言えば……)
ニョルモルモがいない。
アナコンダ以外の人の前には決して姿を現さないニョルモルモだが、もし村人たちの来訪を察知していなければ……
「おう、アナコンダ。そこにおったんかい」
「げっ」
不安が的中。
ニョルモルモが、寝床としてあてがわれた籠の中を掃除し終え、にょろにょろとはって来た。
来客の存在には気づいていないようだ。
驚くアナコンダの顔を見て、
「どしたんや?」
「うおおおぉおおぉ!!!」
アナコンダは走って転がりながら、ニョルモルモをポケットの中へ回収。
小声で、
「人がいるんだ!」
と伝える。
はたして、
(みんなにニョルモルモを見られちまったかな?)
幸か不幸か、村の女性たちが、
「今、何を取ったんだい?」
「ピンク色の太いのが見えたけど」
「隠さないで見せなよ」
うるさく言う一方、何を勘違いしたのか、男たちが、
「これ。やめろ、お前ら。男ならオモチャの一つや二つ持ってるもんだ。おかしいことじゃない。詮索してやるな」
と、かばってくれたおかげで、どうにかごまかせた。
なおも引き止めようとする村人たちに対し、アナコンダは自然に笑顔を浮かべ、
「みんな、ありがとう。今まで色々と優しくしてくれて。……でも俺、行くよ。この家のこと、よろしくな!」
そこへ、チッチが現れた。
「そろそろ時間だ」
「師匠! 今、荷物を取ってくるぜ!」
村人たちは決してチッチのことを好いてはいない。
だが、
「あの子のことを頼むよ」
と念押しせずにいられなかった。
「ご心配なく」
チッチは普通の挨拶のつもりで応じた。
「アナコンダがあなたたちの命の恩人であることは承知している。必ず無事に王都へ連れて行こう」
「そりゃまあ恩人ってのもあるけど、それだけじゃないよ」
「はあ」
「子供は宝だよ。特に手のかかる子ほど、かわいいもんでね。あの子に何かあったら、私は生きてられないよ。ああ、どうして魔術なんか使えるようになったんだろ。普通に生きられたら、それがあの子にとって一番の幸せだろうに」
これが村人の総意だった。
やがてアナコンダが玄関へ戻り、
「じゃあな!」
チッチと共に元気よく歩き出した。
何度も何度も振り返って手を振る。
村の人が小さくなって見えなくなった頃、チッチがぽつりと、
「いい村だ」
「まあな!」
「あそこで生まれ育ったから、お前はそんなふうになったんだろう。そして、お前の父親も」
「よくわかんないけど、多分そうだぜ!」
いい雰囲気に水を差すように、ニョルモルモがポケットの中でぼそっと、
「わしは行きたない。猿人族が多いところに行ったら見つかりそうで怖いんや。あーあ。ぬくぬく生きてりゃええものを……」
ニョルモルモの機嫌はなおらなかった。
* *
「すげえ……!」
今日、アナコンダは生まれて初めて村を出た。
「これが都会かー」
目をきらきら輝かせ、景色をきょろきょろ見渡す。
興奮がおさまらない。
しかし、チッチは無表情で、
「まだ町だ」
「町? 町って?」
「村よりにぎわっているところだ」
「師匠の家はどこにあるんだ?」
「王都」
「王都って何? その角を曲がった辺りか?」
「国で一番にぎわっているところだ。もっと遠くにある」
「ここよりもにぎわってるってことか!? うーん。想像もつかないぜ……!」
田舎者のアナコンダには、町ですら驚きの連続だった。
人が多い。
村では一度も見たことがない馬車が何台も走っている。
ところせましと店が並んでおり、一方で草木は少ない。
せいぜい人の手で用意された桜並木がある程度。
アナコンダの基準からすると、ある意味で殺風景でもあった。
ハジャ村とは、まるで様子が違う。
共通点があるとしたら、
「空はどこでも青い」
ことだけ。
(それにしても妙だぜ)
景色に目を奪われているうちは気づかなかったが、いくらか気分が落ち着いてくると、行きかう人々の目つきに違和感を覚えるようになった。
彼らは一様にアナコンダとチッチを見ては、嫌そうな表情を浮かべるのだ。
いや、正確に言えば、彼らの視線は二人の杖へと注がれていた。
(町のやつらには、これが珍しいのか?)
アナコンダは首をかしげた。
さて、太陽が真上を通りすぎた頃。
食事時だ。
「飯を食おう」
「やったぜ!」
成長期のアナコンダには花より団子。
珍しい景色もいいが、それより何より腹を満たすのが一番わくわくする。
「でも、どこで飯を食うんだ? まだ師匠の家には着かないんだろ?」
「……?」
「知り合いが、この辺に住んでるのか?」
「食堂に入るのだ」
「食堂……?」
アナコンダにとって、飯は金を払って食べるものではない。
自分で用意したものを自宅で食べる。
農作業へ出かけた日は田畑のそばのあずまやで。
花見の時には木の下で。
有事には避難所で。
食堂という単語さえ初めて耳にした。
「これが田舎暮らしのデメリットか」
チッチは意味ありげに弟子を見つめた。
二人が入ったのは、大して高級感もない、ごく普通の定食屋。
有り体に言えばボロく、よく言えば年季が入っている外観は、この店が数十年以上にわたって地元の人々から愛されていることを物語っている。
「大衆向けの店はさほどマナーを気にしないでいいし、量も多い」
「最高の店じゃん!」
アナコンダは大喜びだが、しかし、この店でも店員や客からぶしつけな視線を送られることに気づいていた。
それはそれとして、
「うっっっっっっっま!」
出された料理はことごとく絶品だった。
もちろん、町の定食屋が出しているのだから、世間一般的にはごくごく普通の品なのだが、そのどれもがアナコンダには初めての味だった。
これをうらやむやつがポケットの中にいる。
「ええなあ……」
現在、ニョルモルモは空腹ではない。
数日は何も食べなくて平気な体質だから。
しかし、
「味が気になるわ。猿人族の飯は美味いもんな」
「うっめえ!」
「なあ、アナコンダ。こっそりくれや」
「うめぇ~~~!」
「シカトすな!」
人目が少なければ、アナコンダは相棒に食事を分けてあげたが、
(さすがに今は無理だな……師匠の目の前だし)
そのチッチは時間を無駄にするつもりはなく、食べながら、今後の動きに関する指示を出した。
その内容は意外にも、
「旅の中で、ありとあらゆることを見て聞いて、たくさん常識を学べ」
という、国家魔術師とはまったく関係がないように思われるものだった。
「関係は大ありだ」
「だって、国家魔術師に俺ぁなるんだぜ!」
「試験をパスする必要がある。幸い、試験は当分さきのことだ」
「暇だなあ。何して遊ぼうかな」
「試験は実技の他に筆記がある」
「な、何だってー!?」
つまり、魔術の知識どころか一般常識さえないアナコンダには突破不可能。
「終わった……」
「普通、国家魔術師の試験対策は実技を中心に行なう。が、お前の場合、実技の修業は不要だろう。その代わり、空っぽの頭に知識をたたきこんでやる」
「これからは勉強に熱血か……切り替えていくぜ!」
腹一杯になった二人は会計を済ませ、外へ出ようとした。
相変わらず、周囲の人々の視線が突き刺さる。
しかし、
(いつものことだ)
国家魔術師が尊敬されない職業だと知り尽くしているチッチは、まったく意に介さなかった。
町民を詰問したところで得られるものはない。
批判など無視すればいい。
ところがアナコンダは違った。
「なあ。もしかして俺の杖がかっこよすぎるのか?」
気になったことをたずねずにいられなかった。
田舎者特有の距離の近さが、アナコンダに躊躇をさせない。
また、子供という特権もあった。
相手がチッチならともかく、子供に質問されて知らんぷりできるほど、町民はすさんでいない。
会計を担当した店員はまごつきながら、
「いや、別に……」
「じゃあ、なんでじろじろ見るんだ? 俺が熱血だからか? ちなみに俺はアナコンダ・クーパー。国家魔術師に、俺ぁなる!」
「元気な子だね」
「よく言われるぜ!」
「あんた、どうして国家魔術師なんて目指すんだい? ろくな職業じゃ……おっと。こんなこと言っちゃいけないね」
「なんで、ろくでもないんだ?」
「だって、悪いことをするやつもいるんだよ」
「例えば?」
「最近ここいらで盗み働きしてる盗賊は、国家魔術師崩れなんだよ」
なんとはなしに耳を傾けていたチッチ。
ここで目の色が変わる。
「国家魔術師崩れの盗賊……だと? まさか〔ペドベッド一味〕のことか?」
「ええ、そうですけど……」
するとチッチは、
「でかしたぞ、アナコンダ」
さっさと店を出た。
かなり速足だ。
アナコンダは店員に、
「料理、美味かったぜ!」
と述べてから、師匠の後を追いかける。
いったい彼女は何を急いでいるのか。
「寄り道をする」
「王都は?」
「後回しだ」
「そんな……」
「アナコンダ。今から教えてやる。国家魔術師の仕事は魔物退治だけではないということを」
読んでいたただき、ありがとうございます!
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