第008話 星空の下で誓う
アナコンダ・クーパー……ハジャ村出身の熱血少年。魔力はないが国家魔術師になりたい。尻穴の中にニョルモルモを挿れることで魔術を使えるようになる。
ニョルモルモ……ヘビみたいなドピンクの魔物。種族は蛇人族。上官の猪人族に同胞を食べられた。
チッチ・アルージャン……無表情の国家魔術師。アナコンダの弟子入りを認める。
マイマフィン・クーパー……アナコンダの母。常識人。魔物に殺され死亡。
ログロッド・クーパー……アナコンダの父。熱血漢。魔物に殺され死亡。
その日の夜。
「熱血だ!」
アナコンダは自宅で掃除し、自炊し、風呂の用意をした。
常日頃から家事をしているだけあって、子供のくせに、万事そつなくこなす。
風呂場ではニョルモルモの体も丹念に洗ってやった。
「熱血だ!」
「いちいちそれを言わなあかんのか!」
テンションの高い少年にいらだつニョルモルモだったが、固くなったところをぐりぐりほぐされると、
「んぉ……」
たちまち静かになった。
風呂上がり。
さっぱりした二人は一緒に牛乳を飲む。
そういう文化を知らないニョルモルモだったが、いざやってみると大満足。
猿人族の生活様式にすっかり愛着を抱いているようだ。
アナコンダはニョルモルモを頭の上にのせ、屋根に登る。
雲ひとつない満天の星空。
自然豊かな村。
「もうすぐこの景色も見納めか……」
噂によれば、都会の空はせまくて暗いらしい。
(本当かな?)
物思いにふけっていると、頭の上から、
「お前、わしのことをうらまんでええんか?」
不意打ちを食らった。
「うらむ? 俺が? ニョルモルモのことを?」
「せや」
「なんでだよ。むしろ感謝してるぜ」
「なあ。お前の記憶力はカスなんか? あのチッチとかいう国家魔術師が言うてたやん。お前の親父を殺したんは蛇人族やったって」
「あー。なんか言ってたな。それが?」
「わしかもしれんのやで」
仮にニョルモルモが犯人ではなかったとしても、蛇人族の誰かが犯行に及んだことに変わりはない。
犯人と同じ種族の者を、
「許せるんか?」
とニョルモルモは問うているわけだ。
が、アナコンダは腰に手をあて、胸を張り、
「熱血だぜ」
「おい! 真剣な話やで!」
「見ろよ」
アナコンダは夜空を指す。
「空は広い。この空よりも、世界はずっと広いんだぜ。それに比べたら、親父を殺したのが誰かなんて、ちっぽけな話じゃんか」
「……そうか?」
「少なくとも、俺はニョルモルモのことを信頼してる。人を殺すようなやつじゃないし、もし殺したんだとしたら、よっぽどの事情があるはず。だろ?」
「まあ……わしは誰も殺してへんけど」
「わかってるよ。だって友達だろ」
アナコンダは言い切った。
そこに迷いはなかった。
ニョルモルモにとって、これ以上に嬉しい言葉はない。
が、彼は舌打ちと失笑を同時にして、
「くだらんなぁ」
どこか必死ささえ感じさせるほどの勢いで、冷笑的な発言をまくしたてた。
アナコンダはそれを相手にせず、屋根から降りて、屋内へ戻った。
トイレで用を足し、手を洗って、布団に入る。
あとは寝るだけ。
「じゃ。おやすみ」
「ひとの話を聞かんかい!」
「何だよ」
「お前がボケでカスで魔力ゼロのアホガキや言うとんねん!」
「これからもよろしくな!」
「勝手に一人で頑張っとけ。わしは都会なんぞへついてかんで」
ここでアナコンダは杖を手にして、
「噴炎」
杖を向けられたニョルモルモは布団から飛び上がり、
「う……うわぁああぁぁぁあぁぁぁあぁあ」
驚いたものの、自分が尻の中へ入っていない限りアナコンダが魔術を使えないと思い出し、
「おまっ……何を……はぁあ?」
「な?」
「な? やないねん!」
「俺はニョルモルモと合体してないと無力だから。絶対ついてきてくれよな」
「わしはのんびり穏やかに余生を過ごすんや。わざわざ危険な真似はせんで!」
「みんなを守りたいんだ」
「……無理や」
「なんで?」
ニョルモルモは大きな溜め息を吐く。
そして、怒りよりも哀れみを多くふくんだ目を少年へ向けると、
「お前は世界の広さを知らんな」
「そうだけど?」
「わしはな、この島国の出身やない。遠くにある大陸から来たんや」
「ふわぁぁ」
「寝るなよ? まあ、わしの話を最後まで聞け。聞いたら、さすがのお前でも甘ったれた考えを改めるやろ。わしは大陸で地獄を見たんや」
ニョルモルモが過去を語り始めた。
* *
ニョルモルモの故郷は大自然そのものだった。
ハジャ村でさえ、人が暮らす以上は、
「田舎」
と呼べるくらいには家が建ち、田畑がたがやされ、道が舗装されている。
ところが、蛇人族が暮らすのは山の奥地。
一切が手つかずのまま。
と言うのも、蛇人族という種族は雨に打たれても平気だから家を建てず、虫や蛙を食べるため田畑をたがやす必要がなく、交易も旅行もしないので道路など不要だった。
もしどうしても耐えられないほど環境が過酷になれば、
「そん時は冬眠したらええんや」
「ニョルモルモって冬眠するんだ」
こうした生態なので、蛇人族は贅沢をせず、ただ毎日のんびり過ごすことだけを望み、魔物同士で戦があっても参加せず安全地帯へ逃げて逃げて、山奥に安息の地を見出だしたのだった。
だが、
「どうやって嗅ぎつけたんか知らんけど、他の種族のやつらが急にわしらのとこへやってきたんや」
彼らの要求は、
「近いうち、猿人族の島へ侵攻することになった。すべての種族が召集されている。お前たち蛇人族も例外ではないぞ」
蛇人族の長老は驚いた。
「わしらが山奥に住んどる間に、あんたら戦争やめて仲良くなったんか? いったい誰が指導者になったんや?」
「人ならざる人……だ」
「はあ。要するにその人ならざる人っちゅうんが一番強いわけか」
「そうだ。お前たち、従わないなら滅ぼされるぞ」
「そりゃ怖い。わしらも参加させてもらうわ。戦争なんて久しぶりやから準備にちょいと時間がかかるわな。あんたら先に山を下りといてくれ。わしら後から追いつくんで」
長老は都合のいいことを言っておいて、彼らの姿が見えなくなるや、すぐさますべての蛇人族を率いて逃げ出した。
戦など面倒でしかなかった。
「ところがや」
その日のうちに彼らは見つかってしまう。
短足で鈍足だったから、という単純な理由ではない。
「地面から、にゅーっと出て来たんや」
「何が?」
「人ならざる人ってやつが、や」
以下の説明を聞いても、アナコンダはニョルモルモの話を信じられなかった。
それが本当なら自然法則どころか、魔術の領域さえ超えているからだ。
「黒くてどろどろっとした液体が地面から現れた。かと思ったら、それが形を変えて、しゃべり出すんや。わしらがいくら逃げようとしても、四足歩行になったり二足歩行になったりして追いかけてきよる。地面に染みこんでおらんなったと思ったら、別のところからにゅーっと出て来る。見た目はヘドロみたいやし、腐った卵みたいな臭いするし、何より嫌なんが魔術の強さやな」
〝それ〟は蛇人族一行の足を止めるため、ありとあらゆる魔術を駆使した。
炎の魔術も、水の魔術も、植物の魔術も、何でも使いこなす。
しかも、
「杖も無し、呪文詠唱も無しで魔術を使うねん」
ただでさえ戦闘慣れしていない蛇人族たちになすすべはなかった。
いともたやすく追いつめられてしまう。
見たこともない種族。
これまでに知られている12種の人類のどれにも当てはまらない。
だが、高い知能を有し、魔術を駆使し、人語を操る以上、人間と定義するしかない。
(これが人ならざる人……っちゅうことか)
すべてを察したニョルモルモは、いの一番に進み出て、
「すんまっせんしたぁあぁぁぁああぁぁぁぁ!」
土下座した。
「他のやつはしばいてええんで、わしのことだけは、どうか見逃してください!」
「ニョルモルモ! お……お前ってやつは!」
後ろから両親が駆けつけ、
「こいつのことは奴隷にしてええんで、わしのことは助けてください! 何でもしますよ!」
すべての蛇人族が土下座して忠誠を誓った。
足の裏も舐めるから命だけは助けてほしい、と。
だが、許してもらえなかった。
人ならざる人とやらは、身体の一部を鋭い針のような形へ変えた。
「お前たちには義務がある」
泥の中からくぐもった高い声が響く。
ニョルモルモは自分に話しかけられている気がして、
「え? どんな義務や?」
「味わえ」
「飯を?」
「悲しみを」
とがった指先がニョルモルモの父を刺した。
誰も身動きがとれない。
父の体から血がしたたり落ちるのを見たとき、ニョルモルモはガラにもなく飛び上がり、
「何すんねん、このボケ泥!」
火の魔術を放った。
無意識に攻撃に出たものだから、水の魔術であっさり消火され、父を貫いた指に襲いかかられても、次に打つ手など用意していない。
刺される寸前――
母がニョルモルモを突き飛ばし、
「あっ……」
代わりに犠牲となった。
ニョルモルモは左目に傷を負ったものの、命は無事だった。
この傷痕は今でも消えずに残っている。
さて、無事だったとは言え、目の前には串刺しになった両親。
この時のことを、
「わしは怒りを忘れたで」
アナコンダにしみじみと語った。
「ただただ怖かったんや。死にたくない。それがすべて。親が死んで悲しいとか悔しいとか、全部吹っ飛んだわ」
「しょうがないぜ、それは」
「しょうがないよな? お前でもわかるよな? 人間、絶対的な力を前にしたら何もできんなるねん。これが現実や」
逃走を試みたことで蛇人族は指導者の不評を買い、猪人族と同じ隊にさせられた。
その後の悲惨な経緯はすでに書き述べた通りだ。
* *
話が終わると、沈黙が寝室を支配した。
ニョルモルモはこれで想いが伝わったと信じたし、アナコンダはどういう言葉を相棒にかけてあげるべきか悩んだ。
が、改めて確認せざるを得ない。
ニョルモルモは少年の胸の上へよじ登り、
「わかったやろ? お前の熱血なんか、なんの意味もないねん」
「いいや。熱血は熱血だぜ」
「お前、まさかまだ国家魔術師になりたい言うんとちゃうやろな」
「そのまさかだぜ!」
するとニョルモルモはアナコンダの顔に飛び乗り、ぺちんぺちんとのたうち回るように顔をぶった。
「やめろよ。くすぐったいだろ」
案の定、ダメージは与えられなかったが。
ニョルモルモは必死になっていきどおる。
「命が懸かっとるんやど!」
「だから熱血なんじゃんか」
あくまでアナコンダは冷静に、
「みんなを守るために強くならなきゃって話だろ?」
「ちゃうわ! 話の要点は大陸にめちゃめちゃ強いやつがおるってこと! そんでそいつが大量の人数を集めて、この島国へ大侵攻をしかけるつもりってこっちゃ!」
とうてい猿人族だけで敵うはずがない。
だったら、いずれ訪れる終末の日まで、せいぜい人生を楽しむこと。
それがニョルモルモの考えだった。
他人を守るなんてどうでもいい。
「自分さえ助かればええんや。死んだら終わりやで。なあ。クソガキ。わかるか? 生きようや」
ニョルモルモの声は震えていた。
小さな足が、まるですがるようにアナコンダの顔の皮膚をつまんでいる。
アナコンダは、至近距離でニョルモルモの左目の傷を見つめた。
「同じだな」
「……?」
「俺もニョルモルモも、もうとっくに死んでてもおかしくない」
「……せやな」
「だけど生きてる」
「運が良かっただけやないか。……いや、むしろ悪いんかな」
「いいよ。すっごくいい。俺たち、めちゃくちゃ運がいいぜ。だって、出会えたじゃん。合体して強くなっただろ? 俺、こんなの初めてなんだ。他の誰かがこんなすっごいことしたなんて話も聞いたことがない。ニョルモルモ。俺たちは奇跡だ」
ニョルモルモはアナコンダの瞳を見つめ、がっくりうなだれた。
少年の目は星のようにキラキラ輝いていて、どうしても黒く塗り潰せそうになかったからだ。
(わしにはこいつを止められんわ……)
ニョルモルモだって、心の底まで冷えきっているわけではない。
アナコンダの言うことが理解できる。
猪人族を退治してくれたことへ感謝の想いがある。
だが、だからこそ、アナコンダに、
(死んでほしない)
のだった。
その一方で、アナコンダに、そして自分自身にもわずかな可能性を感じてもいた。
だから、ニョルモルモは黙った。
そして眠りについた。
幼い少年へ世界の命運をたくすことに罪悪感を抱きながら。
これにて第1章完結です!
次回からは第2章!
もし「おもしろい」「続きが読みたい」と
思ってもらえたら、
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