第007話 親父が死んだ地で
アナコンダ・クーパー……ハジャ村出身の熱血少年。魔力はないが国家魔術師になりたい。尻穴の中にニョルモルモを挿れることで魔術を使えるようになる。
ニョルモルモ……ヘビみたいなドピンクの魔物。種族は蛇人族。上官の猪人族に同胞を食べられた。
チッチ・アルージャン……無表情の国家魔術師。
マイマフィン・クーパー……アナコンダの母。常識人。魔物に殺され死亡。
ログロッド・クーパー……アナコンダの父。熱血漢。魔物に殺され死亡。
5年ほど前――。
魔物が出現したとの報告を受け、チッチはハジャ村を訪れた。
当時の彼女は国家魔術師として経験不足であり、また真摯な態度で職務に励んでいるわけでもなかった。
「みなさん、こんにちはー! チッチ・アルージャンであります! 仲良くしてもらえたら嬉しいでーす!」
当時はズボンではなく装飾ごてごてのロングスカートを着用。
迷彩柄ではなくピンクと水色。
服装においては機動性より、おしゃれを重視していた。
魔物の調査および討伐の仕事ではあるが、気分は小旅行。
明るい笑顔を振りまき、景色に食事に、都会では味わえない田舎の贅沢を満喫していた。
村人はあきれ、
「あんた、本当に国家魔術師かね?」
「本当であります! 魔術も使えますよー! ほら。生甘蕉!」
「おおお! バナナが出てきた!」
こうした甘さはチッチ個人に原因を求められない。
魔物との戦争が終結してから、約250年。
以来、平和は続き、世界情勢は安定している。
当然のことながら、現代に生きる国家魔術師の中に戦争経験者はいない。
国防意識は低下し、国家魔術師は一種の特権階級と成り下がった。
チッチが村に到着した翌日のこと。
天候は大いに荒れ、雪が降りやまない状況だったが、
「急がなきゃ上の人に怒られるので、行かなきゃいけないであります……」
チッチは地元の人に案内を頼んだ。
挙手したのはログロッド・クーパー。
魔物の目撃者の一人であり、魔物が逃げこんだ山を余裕で登れるだけの体力の持ち主だった。
この時、幼いアナコンダは発熱していた。
「息子さんを放っておいてよいのでありますか?」
「ははは! 熱血だ!」
「え、熱血……? あ、あの……お子さんを奥さんだけに任せるのはヤバくないでありますか?」
「子供は村のみんなで世話するものだ! そして村の危機は家庭の危機。俺が案内役になるのはアナコンダのためでもある!」
「はあ……」
だから、寝こんでいたアナコンダはチッチの顔を見ていない。
外は寒かった。
体が震えるどころか心臓が止まりそうなほど。
「歩けば体があったまるぞ」
信じられないことにログロッドの上半身はタンクトップ一枚。
そんな輩のアドバイスなど当てになるはずがない。
とは言え、山登りの途中でへばったチッチにとって、軽々とおぶって、すいすい登ってくれる男の存在はありがたかった。
やっとこさ到達した山のてっぺんは、
「暑い……」
溶岩がいたるところから噴き上がっていた。
ログロッドは地面を調べ、
「こりゃ噴火するかもしれないな」
「ひー。ビビらせないでください」
「熱血だ!」
「え? ちょ……会話が通じないであります」
「足元!」
「足元? ……ひいぃいーーーー」
音もなくチッチの足元にはいよって来たのは、
「ヘビ!」
「違う! 魔物だ!」
ヘビに似た魔物。
そう、蛇人族だ。
どちらにせよ、都会育ちのチッチには我慢ならない気持ち悪さだったらしく、
「出伸蔓! 生甘蕉! 生蒲公英!」
めったやたらに魔術を連発する混乱ぶり。
それを蛇人族はにょろっと回避する。
「あんた、熱血だな」
「どこ行ったでありますか!? 私の背中とかにいませんよね?!」
「俺が手づかみした方が早くないか?」
「いいえ、魔術で殺します! 殺します!」
ところが、この蛇人族は魔術を使えた。
「噴炎」
小さな手に持った小さな杖を振り、呪文詠唱。
大きな炎を放出した。
ヘンテコな見た目に反して、意外と強い。
当時のチッチの実力ではとうてい太刀打ちできなかった。
また、ログロッドが、
「うおおおぉおぉお! 熱血だー!」
気合いで立ち向かったところで、
「うわあぁぁぁあ! 熱い熱い!」
魔術に勝てるはずがなかった。
仕方なく二人は撤退することを決める。
この際、来た道へ引き返せればよかったのだが、魔物による攻撃を避けながら夢中で走っていると、知らず知らずのうちに悪路を選んでしまっていた。
両側が溶岩の池になっている、細い細い道。
蛇人族は意図的に二人を追いこんだのだ。
「あっ……」
魔物の放った魔術がチッチの右頬を直撃。
その痛みのせいで足がもつれ、溶岩の池へ落っこちそうになった。
「助けて……」
「熱血だー!!」
迷わずチッチの腕をつかんだログロッド。
その結果、チッチは道の上に立っていられたが、一方でログロッドはチッチと入れ替わるように溶岩の池へ落下してしまった。
チッチが救助に動く間もなく、
「噴炎!」
蛇人族による追撃。
チッチは必死にそれをかわしながら、金切り声で、
「ログロッドさん!」
「ね……ね……」
「私どうすればいいでありますか? もう何もわからない! もう何もわからない! ねえ、私どうすれば――」
「熱血だー!!」
ログロッドは溶岩の中でも自分を失わなかった。
「逃げろ!」
全身を溶岩に飲みこまれる直前。
「俺のことはいいから逃げろ! なぜならお前が国家魔術師で、俺が熱血だからだ!!!」
* *
語り終えた時、二人はちょうどその小道のところにいた。
当時の足跡を実際にたどりながら過去が語られたのだった。
そして、話が終わると、チッチは両手を地面についた。
「私はお前の父親を殺した」
少年の顔を直視することもできず、
「あの時、私が強ければ……おびえなければ……手を差し伸べていれば……魔物に立ち向かっていれば……助けることができたのかもしれない……だが……私は彼を見捨てて逃げたのだ」
この一件以降、彼女は死に物狂いで鍛練に励んだ。
守るべき民を二度と危険にさらさないために。
そして今、目の前にいるのは命の恩人の息子だ。
無謀な挑戦を止めないわけにはいかない。
頭を更に下げ、
「頼む。私の過ちを許してくれとは言わないが、どうか国家魔術師になる夢は捨ててくれ。お前に才能はない」
「……俺って弱いのか?」
「国家魔術師になれるレベルではない」
「でも、自分で言うのもなんだけど、猪人族っていうデッケーやつを倒したんだぜ?」
「まぐれだったのだろう」
この間……
チッチは説得に熱中するあまり、足元の異変に気づけなかった。
土はわずかに揺れ、次第に裂け目が生じ、その中から赤い液体が顔を覗かせていた。
溶岩だ。
折り悪く、火山は活動期に入っていた。
地下で溶岩が暴れ狂った結果、削られた土がもろくも崩れ落ちた。
「……っ!?」
突如、地面がくぼんだ。
まさに二人の足元だ。
とっさにチッチはアナコンダを突き飛ばす。
「うお……?」
『何や何や』
どつかれた意味がわからず混乱するアナコンダとニョルモルモだったが、倒れた体を起こして、目をこらすと……。
目の前に、穴。
さっきまで存在しなかった大きな穴があいているではないか。
すぐさま、チッチが自分を助けてくれたことを理解したものの、
「師匠はどこだ!?」
「ここだ……」
声は穴の中から聞こえてくる。
覗きこむと、チッチがいた。
アナコンダを助けた代わりに、自分は穴の中へ転がり落ちたらしい。
「大丈夫か!?」
「足をくじいただけだ」
「骨折か!?」
「骨折はしていない」
「俺の出番は!?」
「ない。すっこんでろ」
気丈にもチッチは杖にすがって立ち上がった。
ところで、この穴は深いが、例の細い道とつながっていた。
そこを通れば脱出できる。
当然、チッチもその道に向かって歩き始めたのだが、
「うっ……!」
道の両側から溶岩があふれ出し、道がほとんど沈没するに至った。
ごくわずかに点々と残された足場を踏みながら進むしかない。
これは負傷したチッチには至難のわざ。
かと言って、いつまでもここにいたら、増え続ける溶岩に飲み込まれ、焼死してしまうだろう。
ならば、やるべきことはひとつ。
「生育樹」
杖を振って魔術を発動。
現れたのは木だ。
これを伝って穴から出ようとしたわけだ。
ところが……
「師匠! 燃えてるぜ!」
溶岩の熱にやられ、木はみるみるうちに燃えてしまった。
火や熱に弱いのが植物系の魔術師の泣き所だった。
(これはまずいことになった)
名案が浮かばない。
仕方なく、穴の上にいるはずのアナコンダに声をかけることにした
一人で山を下り、応援を連れて来てほしい、と。
(なんとも恥ずべき事態だが、致し方ない)
決意して、
「アナコンダ!」
「何だ?」
真横から声がした。
「おっ……お前!?」
「助けに来たぜ、師匠!」
「バカ! すっこんでろと言っただろう! 聞こえていなかったのか!?」
「師匠のことが心配で、ここまで来たぜ!」
「くっ……こいつ、とんでもないバカか!? 山なんかに登らず、最初から殴っていればよかった」
チッチと同じく泣きたいのはニョルモルモだった。
『なんで、こんな無茶すんねん! お前にもしものことがあったら、わしまで一緒に焼けてまうやないか!』
「さ、師匠。俺の背中に乗ってくれ」
『なにシカトしとんねん!』
チッチは溜め息をつく。
(困っている人を放っておけない性格は父親譲りか)
アナコンダに身を任せることにした。
チッチを背負ったアナコンダの膝はぷるぷる。
「……無理していないか?」
「余裕だぜ!」
坂道を歩き始めた。
溶岩に侵されていない、わずかな地面に足を運びつつ、鼻唄をうたう。
命懸けの場面であるにも関わらず、なぜか楽しげだった。
緊張感など微塵もない。
ニョルモルモは唖然として、
『お前、ほんまにおかしいんちゃうか? なんで笑とんねん』
チッチに聞かれないよう、アナコンダは下腹部に顔を近づけ、小声で、
「だって、俺とニョルモルモなら楽勝じゃん!」
『はあ?』
「俺は火を操る魔術師で、溶岩は要するにどろどろの火だろ。だったら、ここで倒れそうになっても、魔術で溶岩をどかせばいいだけ。なんにも怖いことないぜ!」
『アホ!』
ニョルモルモは絶望する。
アナコンダは本当に無知だった。
『魔術はな、自然界に存在する物を操るんとちゃうで』
「……ん?」
『魔術は無から有を生み出すんや! んで、自分の生み出したもんだけ操れるんや!』
「……じゃあ、もし転んだり倒れたりしたら……」
『死ぬんじゃい!』
ようやく事態を理解したアナコンダ。
さすがにぞっとしたらしく、
「どどどどどうすればいい!?」
あわて始めた。
そんな少年をあざわらうかのように、火山は活気づく。
地面から噴水のように溶岩がほとばしり、アナコンダの頭上へ降り注ぎそうになった……。
「回避できない!」
『ほんなら吹っ飛ばしてまえ!』
「どうやって?」
『魔術に決まってるやろ!』
「あっ! そうか! うおおぉおお。噴炎!」
アナコンダの振った杖から、とんでもない量の火炎が放出された。
人間より大きいなんてものではない。
そこらの家屋と比べられるほどの大きな火だった。
溶岩を根こそぎ払いのけられたのは言うまでもない。
(どうにかこの子だけでも助けねば……)
と思っていたチッチだが、ほんの10歳の子供が大人顔負けの魔術を発動したのを見て、言葉も出ない。
ひとつ確かなのは、
(国家魔術師でも、こいつに敵う者がいるかどうか……)
アナコンダの実力が桁違いということだ。
こうして、アナコンダは地獄のような道を渡りきり、チッチを助けたのだった。
安全なところでチッチを背中から下ろす。
彼女の口から出たのは感謝の言葉ではなく、
「無茶なことをしたものだ」
「う……ごめんなさい」
「どうして、あんな危険をおかした? 私などのために若い命を粗末にすることはないのだ」
「だって、家族がいるんだろ?」
「……いるが?」
「家族を失う悲しみを誰にも味わわせたくないんだ」
はっと胸を突かれるチッチ。
(だからお前は国家魔術師になりたいのか)
チッチは固まったまま動かない。
アナコンダは不安げに見つめ、
「師匠、足が痛いのか? あ……師匠って呼んじゃいけないんだった。えっと……チッチさん?」
「……いい」
「え?」
「弟子入りを認める」
~>゜)ニニニニ⊃




