第005話 国家魔術師の来訪
アナコンダ・クーパー……ハジャ村出身の熱血少年。魔力はないが国家魔術師になりたい。
マイマフィン・クーパー……アナコンダの母。常識人。魔物に殺され死亡。
ログロッド・クーパー……アナコンダの父。熱血漢。魔物に殺され死亡。
ニョルモルモ……ヘビみたいなドピンクの魔物。種族は蛇人族。上官の猪人族に同胞を食べられた。
ハジャ村は今日も暖かい。
草木が気持ちのいい風に揺れる。
だが、穏やかな気候と対照的に、人々は農作業にいそがしい。
それと言うのも、
「一週間も無駄に過ごしてしまった……」
からだ。
猪人族を倒した後も、他に魔物が隠れ潜んでいるのではないかと恐れ、村人たちは鍾乳洞の中に引きこもっていた。
だが、魔物は現れないし、いつまでも田畑を放っておくわけにはいかない。
意を決して、元の生活へ戻ったのだった。
なまった体に鞭を打ち、人々は仕事に励む。
そんなある日――
「おや、まあ」
書類仕事をしていた村長が、妙齢女性の訪問を受け、
「これはこれは、お懐かしい……」
大きく目を見開いた。
その女性は、金色の長い癖っ毛に迷彩柄の衣服、右頬の火傷痕という目立ちすぎる特徴を持っており、明らかに田舎では見かけないタイプだった。
だが、村長とは知り合いらしく、互いに自己紹介もしないで、
「知らせを受けて、調査に参った」
「ありがたいことです。さ。どうぞ、お座りになってください」
すぐ本題に入った。
魔物が山に降り立った日、村長は避難命令を出すと同時に、狼煙をあげていた。
狼煙は魔物が出現したことを遠方に伝える手段として、田舎ではごく一般的に利用されている。
知らせを受けて動き出すのは警察ではない。
事件や事故ではなく、国防レベルの事態に動くのは国家魔術師。
彼らには、有時における魔物の調査、捜索、討伐という任務が課されている。
してみると、この迷彩服の女性は国家魔術師と考えられる。
実際、その手には細長い杖が握られている。
「取るものも取りあえず駆けつけたが、どこにも異常が見られない。これはどういうことだ?」
金髪女性は村長をまっすぐ見据える。
村長は視線を外し、
「いえ、魔物は本当に現れたんです。現れたんですが、もう倒したんです。他に魔物が潜んでいる気配はなかったので、避難指示は解除しました」
「……倒した、だと?」
聞き流せない発言だった。
魔物は恐ろしい存在だ。
性格は残忍。
魔術は強力。
国家魔術師がいなければ、軍を出動させることによって、ようやく討伐できるくらいだ。
これは子供でも知っている一般常識。
「では、この村に私以外の国家魔術師が到着しているのか?」
「いいえ」
「じゃあ誰が倒したと言うのだ?」
「村の者です」
「冗談だとしたら、あまりにくだらない。我が職務は暇潰しの戯れではないのだ」
「いえいえ。決して冗談ではなく……」
言いかけて、村長は頭を抱えた。
村で起こった一連の出来事がどれほど、
(あり得ないことか……)
わかりきっていたからだ。
なんせ、子供が突然魔術を使えるようになり、たった一撃で巨大な魔物を倒したのだ。
(どれだけ丁寧に説明しても信じてもらえないだろう)
それでも村長は言葉を尽くして語った。
国家魔術師の女性は耳を傾けはしたものの、やはり信じきってはいなかった。
ハジャ村が何か隠蔽しているのではないかとさえ疑った。
しかし、魔術を使った少年の名が、
「アナコンダ・クーパー」
とわかった瞬間、顔色が変わった。
この時に至るまで、彼女はずっと無表情だった。
まるで一切感情を持たないかのように。
村長にはその意味がわかっている。
うんうんとうなずき、
「さようです。あのログロッド・クーパーの息子です」
「……」
「チッチさん。あなたは今でも、あの日のことを……」
「奥方は?」
「ああ……マイマフィンさんのことですか。彼女は……」
「どうした?」
「彼女は今回の件における唯一の犠牲者でして……」
しばらく二人は話しこんでいたが、やがてチッチと呼ばれた魔術師が村長宅を辞した時、彼女は無表情に戻っていた。
* *
魔物の死体は国家魔術師に検分してもらうため、そのままの形で保存しておくのが理想ではある。
しかし、猪人族の死骸は大きい。
放つ異臭も、それだけ大きくなる。
「こりゃたまらん」
ということで、討伐数日後に焼却してしまった。
魔物の死骸は動物のそれと同様、放っておくと病原体の温床になる。
その意味でも、村人の処置は当然だった。
チッチは鍾乳洞付近の土を掘り起こし、猪人族の白骨を確認した。
村長が語っていた通り、
(巨大だ。間違いなく成体だろう。魔術のみならず体術も凄まじかったはず。これをたかが子供が倒せるとは思えないが……)
次にチッチが向かったのは山。
猪人族が乗ってきた機体は手つかずで放置されている。
機体……と言っても、飛行機やヘリコプターの類いではない。
この世界では、科学技術はそれほど進歩していない。
せいぜい気球が発明されている程度だ。
猪人族が使用した機体にいたっては、ただの箱と称してもいいほどシンプルな構造であり、それ自体に飛行機能はなかった。
おそらく、
(猪人族が運風あたりの魔術を使って、箱ごと飛んで来たのだろう。しかし……)
チッチが気になったのは、箱の大きさ。
(猪人族一体だけが搭乗していたにしては大きすぎる。他にも魔物が乗っていた可能性は否定できない)
というわけで、チッチは徹底的に巡回することにした。
山を下り、野道から森へ。
あてどなく歩きながら、チッチは頭の中で村長の話を何度も思い返していた。
(結局、私は直接わびることができなかったのだ)
知らず知らず、うつむきがちになる。
思考にモヤがかかり、気分がどんより。
足取りが重くなる。
この時、どこからともなく、
「はははは! 熱血だぜー!!!」
といううるさい声が聞こえていなければ、チッチはいつまでも落ちこみ続けていただろう。
(子供の声……?)
なぜかチッチの胸が高鳴る。
足音が出ないよう注意しつつ、声のする方へ歩く。
チッチは小高い丘の上に立っていたが、そこからやや離れたところに、数人の村人の姿があった。
大人たちを前に、一人の子供が何やらわめいている。
健康っぷりを物語るタンクトップと短パン。
燃えるような赤い髪。
(もしや、あの少年が……?)
チッチが思い浮かべたのは、その子供と同じく赤毛とタンクトップが目印の成人男性。
(似ている……)
木の陰から、こっそり見つめるチッチ。
すると、少年が呪文詠唱とともに杖を振った。
放たれた火炎が陽炎を生んだ。
* *
チッチの推測通り、この少年こそ魔物退治の英雄、アナコンダ・クーパーだ。
鍾乳洞で猪人族から受けた傷はすっかり治り、今日も元気で明るく、うるさい。
野良仕事に精を出す村人の手を止めさせ、何をするかと思えば、
「見てくれ、俺の熱血! 噴炎!」
魔術を見せびらかすのだった。
「おぉ~。すごいすごい」
雑に拍手喝采されても、アナコンダは鼻高々。
かつて冷たい視線を向けられていた頃に比べれば、話を聞いてもらえるだけで進歩だった。
だが、アナコンダの真意は自慢することではない。
「魔術が使えるやつは、この村に俺一人! 火はいくらでも出まくるぜ! 俺にできることがあったら、何でも言いつけてくれよな!」
自分を売りこむことだった。
しかし、大人たちの反応は薄い。
「アナコンダはすごいねえ。でも、別に用はないねえ」
「わざわざ、こいつにしてほしいことなんて……ないよな」
「薪に火を着ける時には重宝するかもね」
「火打ち石があるぞ……」
「魔物が現れたら、やっつけてほしいけど……そうそう現れるもんじゃないもんね。私なんて、生まれて初めて魔物を見たくらいだし」
「国家魔術師にでもなればいいんじゃないか?」
「ダメだ、ダメだ。あんなの穀潰しだ」
かつて……
人と魔物は領土をめぐり、果てしなく争いを繰り広げていた。
しかし、それも今は昔。
とうとう戦いに決着がついたのは、およそ250年前のこと。
以来、平和が崩れることはなく、国家魔術師にとって暇な時代が続いていた。
それ自体はいいことなのだが、
「やつら、ほとんど仕事らしい仕事をしてないくせに高給取りだし偉そうなんだ。腹が立つよな」
「都会のことはよくわからんけど、色々と利権を握ってるみたいね」
ハジャ村のような辺鄙な地域の者たちでさえ、不満を溜めこんでいる。
「本当に強いかどうかも疑わしいよ。アナコンダの親父だって、国家魔術師の女に見捨てられて……あ、ごめんよ。嫌なことを思い出させてしまって」
「気にすんな! 熱血だぜ!」
アナコンダは笑うが、村人たちは罪悪感を抱いたからか、もしくは彼を不憫と思ったからか、話題を変えた。
「お前は火を出す以外に何かできないのか?」
「熱血があるぜ!」
「魔術のことだよ。噴炎ってやつしか使ってないけど」
「え? うーん。それは……」
困った。
魔術に関して、アナコンダは浅い知識しか持ち合わせていない。
ハジャ村のような田舎には魔術にくわしい者はいない。
誰も彼も日々の暮らしに追われ、それどころではないのだ。
返答につまっていると、なんと、
『火を使う魔術師は火の魔術しか使えんのや』
下腹部から声がした。
アナコンダは、びっくりして、
「ひょっ!?」
「どうした?」
「い、いや……いま何か聞こえなかったか?」
「別に何も」
「なら、いいんだけどさ。ははっ。熱血!」
どうやら、先程の声はアナコンダにしか聞こえていないらしい。
「俺、火の魔法しか使えないみたい。まだまだ熱血が足りてねえな。みんなの役に立てるよう修業してくる!」
アナコンダはあわてて走り去った。
走りながら、
「あー! あせった!」
一人言をつぶやいた。
『がはは。すまん』
いや、一人言ではなかった。
下っ腹の内側から誰かが返事をした。
今度はアナコンダも驚かない。
「いや、ニョルモルモは悪くないぜ」
『それはそうやな』
「まだ慣れないんだ、自分の体の中から声がするの。さっきはヤバかったぜ」
そう。
声の主は蛇人族のニョルモルモ。
今日も今日とて、アナコンダは尻穴へニョルモルモを挿れている。
猪人族との戦いの後、二人は何度も合体し、そのうち合体中に会話ができることに気づいた。
その際、ニョルモルモの声はアナコンダにしか聞こえなくて、アナコンダの声はニョルモルモ以外にも聞こえる。
だが、ニョルモルモという存在は村の誰にも打ち明けていないので、
『下手すると、わしのことがバレてたで』
「ごめんごめん」
『ごめんで、すむかいな。わし、見つかったら確実に死刑なんやで』
「あははは」
『なに笑とんねん。そうなったら、お前も大変なんやど』
魔物の隠匿をとがめられるだけにとどまらない。
魔術を使えなくなるのだ。
「それは困るぜ」
『せやろ。にしても不思議なこっちゃ。魔術は使えるけど実力は大したことのないわしと、全然魔力のないお前が合体したら、めっちゃめちゃ強くなるんやもんな』
その合体に関しても、二人は色々と試してはみた。
例えばニョルモルモを口の中へ入れてみるとか、手で握るとか、頭の上に乗せてみるとか。
だが、いずれの方法でも、アナコンダが魔術を使えるようにはならなかった。
「やっぱケツじゃないとダメだ」
という結論が出た。
やがて森の奥へ来たところで、アナコンダは走るのをやめて歩いた。
このあたりには、まったくひとけがない。
猟でもなければ村の誰も立ち入らない区域。
熊の出没する可能性があるためだ。
しかし、今やあの猪人族さえ倒せるほどの実力者になったアナコンダに怖いものはない。
平気で散策する。
「なんとなくここまで来ちまったけど、ちょうどいいや。ここで修業するぜ。今日は何を燃やそうかな」
『……お前、平気なんか?』
「熱血だ」
『いや、あの……もうええ。ところで気づいてるか?』
「もちろんだぜ!」
二人が合体している間にできることは会話だけではない。
「木に熊が隠れてることだろ?」
『そのことや』
なんと視覚が共有できている。
もちろん、これはアナコンダに見えているものがニョルモルモも見れるということであり、逆はない。
ニョルモルモの視界に映っているのは腸内の暗闇だけなのだから、
(そんなものが共有されなくてよかった)
とアナコンダは思っている。
さて、それにしても熊だ。
季節は春。
『冬眠から覚めて腹を空かせてるやろな』
「戦わないですむ方法はないか?」
『村まで下りてきてほしくないなら、今ここで人間様の恐ろしさを教えといたった方がええやろ』
「じゃあ、今日の修業はこいつで」
(・(ェ)・)




