第003話 毛むくじゃらに押し倒されて
アナコンダ・クーパー……ハジャ村出身の熱血少年。魔力はないが国家魔術師になりたい。
マイマフィン・クーパー……アナコンダの母。常識人。
ログロッド・クーパー……アナコンダの父。熱血漢。魔物に殺され死亡。
ニョルモルモ……蛇みたいなドピンクの魔物。種族は蛇人族。
田舎に街の灯りなどない。
田畑で農作業に汗をかいた人々の疲れを癒すのは酒ではなく、栄養と睡眠なのだから。
だから曇り空の夜は真っ暗になる。
どれだけ時間が経っても、目が慣れることのない暗闇。
一方、今夜のように雲ひとつない夜であれば、星と月の明かりが村全体を照らしてくれるので、
「見張りも楽だ」
ハジャ村の人達は、昼間の落下物の正体が隕石なのか魔物による攻撃なのか、はっきりしたことがわかるまでは避難を続けるつもりだった。
実際には隕石でも攻撃でもなく、魔物の乗り物だったのだが、魔物が付近へ来ていることに違いはない。
賢明な判断だった。
避難場所は、落下騒ぎのあった山から離れた場所にある鍾乳洞。
5代前の村長がこれを、
「避難場所として活用しよう」
と提案して以来、時間をかけて設備を整えてきた。
壁を削って部屋を作ったり、照明器具を設置したり、食糧や布を運びこんだり、見張りや料理などの分担をあらかじめ決めておいたり……。
そうした準備があったおかげで、突然の避難にもかかわらず、
「快適だねえ」
「私、避難するのが楽しみでさあ」
「わかるわかる!」
みんな楽しんでいる。
そして……。
ここに負傷者や病人を収容する部屋がある。
ふかふかの布団に横たわるのはアナコンダの母マイマフィン。
すやすやと寝息を立てている。
頭や体に包帯が巻かれてはいるものの血色はよく、
「気を失ってるだけで、命に別状はないよ」
という医者の見立てに間違いはないようだ。
おそらく翌朝まで眠り続けていれば、完全に回復できる……はずだった。
ところが、マイマフィンは夜中に目を覚ましてしまった。
「ここは……?」
「あ。まだ体を起こしちゃいけない。安静にしていなさい」
医者が慌てて駆けつける。
マイマフィンは最初の数分間こそ言われた通り布団の上で大人しくしていたが、やがて記憶を取り戻すと、
「大変! 突然、爆発が起こって……」
と騒ぎ始めた。
周囲の人達は、
「大丈夫。わかってるよ。だから、こうして避難してるんだ」
「そう言えば、ここは鍾乳洞ですね。やだ。私ったら、みっともない」
「仕方ない。あんなことに巻きこまれたら、誰でも取り乱すよ」
「私の息子は? 無事ですか?」
「無事だよ」
「みんなの言うことを聞いてますか?」
「聞いてないね」
「やっぱり……」
「まあ、元気なのが彼の取り柄だ」
「元気すぎるんです。一緒にいると、こっちが頭おかしくなりそうなくらい」
「うんうん」
軽傷とは言え、気絶するほどの怪我をしたマイマフィン。
どうして急に目が覚めたのだろうか。
「気のせいでしょうか……?」
マイマフィンは不安げに、
「外が騒がしいような」
「それは私も気になっていた。見張りが立っているから、心配はないと思うがね。緊急時の警報は鳴っていないし」
と医者が言い終わらないうちに、耳をつんざくような金属音が鍾乳洞の中へ響き渡った。
警報だ。
かすかだが、大勢の村人たちの怒号が聞こえてくる。
マイマフィンの顔色が変わる。
「先生。私の息子は……アナコンダは、どこにいます!?」
「どこって……」
「本当のことをおっしゃってください!」
「うん……実は避難所を出てどこかへ行ってしまったんだ」
「やっぱり! あのバカ!」
自分の子供のことだからよくわかる。
(一ヵ所にじっとしていられる子じゃない……)
騒音は徐々に大きくなる。
息子の身を案じるマイマフィンも、まさかこの時、鍾乳洞のすぐ外まで魔物が迫っているとは思いもしなかった。
* *
「大変だ! 全員、叩き起こせ!」
「寝てる場合じゃねえぞ!」
「避難しておいて正解だったな」
「じゃあ、やっぱりあれは隕石じゃなかったか」
「武器を持って来い!」
鍾乳洞の入り口は騒がしい。
静かで平和だった夜は、もう跡形もない。
見張りに立った男たちが見つめているのは、夜道をのっしのっしと歩く巨大生物。
全身が毛に覆われ、鼻は大きく、息が荒く、化粧回しのような衣服を腰につけている。
一見すると、
「イノシシ……?」
にそっくりなのだが、
「イノシシが二足歩行するかよ」
「手に何か持ってるぜ」
「杖だろ」
「魔術を使うってことか!?」
「じゃあ、やっぱり、あれは……」
「魔物だ!」
というわけで大騒ぎになっている。
それが猪人族という種族だとまでは誰も知らないが、歓迎してはならない存在ということくらい一目でわかる。
魔物との距離が縮まるにつれ、
「お腹、空いた……」
魔物の低い声がはっきり聞こえるようになった。
「放て!!」
射程圏内に入った魔物へ、村人たちが一斉に矢を射る。
こうした武器も避難所に備蓄されている。
物資の準備は申し分なかった。
残念だったのは、
「全然、当たらん」
弓術の実力だ。
当然のことと言えば当然のこと。
村人のほとんどが農家であり、戦闘訓練など積んでいないのだから。
猟をする一部の村人のみが矢を命中させている。
しかし……
「おかしい。矢が深く刺さらないぞ」
「矢がナマクラだったか?」
「そんなはずない。きちんと手入れしてるんだから」
ということは、つまり、
「あいつの体が硬いんだ」
弓矢が通じないとなると、もはや絶望的。
魔物を止める手立てはないということだからだ。
だが、絶望は更に深まる。
堂々と歩き続ける猪人族が杖を振り、
「吹風」
と唱えると、風が巻き起こった。
魔物めがけて放たれた矢がすべて風によって吹き飛ばされた。
「運風」
また風が吹く。
今度のは、かなり強い風だ。
すると……
体長3メートルはあろうかと思われる猪人族の体がふわっと宙に浮き、そのまま鍾乳洞の入り口へ向かって飛んだ。
「あっ」
村の誰もが魔術を見慣れていない。
呆気にとられ、隙が生じた。
鍾乳洞内へ入りこむと同時、猪人族が、
「裂風斬」
杖を振った瞬間、冷たい風がまるで鋭利な刃物のように、周囲の村人たちの体を切り裂いた。
言わば、鎌鼬だ。
不幸中の幸い、死者こそ出なかったが、腕やら足やらを切断され、もはや戦闘どころではない。
「うわあああぁぁあぁぁ」
「ひいいぃ」
「死にたくない!!」
「ママー!」
村人たちは役目を放棄し、一目散に逃げ出した。
猪人族は彼らを急いて追うことはせず、地面に落ちている腕を一本拾って、ぱくっとかぶりついた。
「うーん」
よだれを垂らし、
「猿人族の味、まあまあ、いける。蛇人族ほどじゃないけど……ごふふ」
骨がむき出しになった腕をぽいーっと捨て、
「もっと!! 食べる!!」
大きな足音を響かせ、走り出した。
体が大きい割りに、動きは素速く、負傷した村人に追いつくのは簡単なこと……と思われたが、
「ふごっ!?」
落とし穴。
網。
檻。
猟に使われる様々な罠に、片っぱしから引っかかった。
そのたびに怒り任せのちからわざで脱出するが、すぐに別の罠に引っかかり、またしても筋力で脱出し……を繰り返す。
視野がせまく、場当たり的で、行動が雑。
頭は良くないようだ。
* *
「立てますかな?」
医者に支えられ、マイマフィンは布団から体を起こした。
「ええ。どうにか」
「それにしても、何事でしょうな」
騒ぎは大きくなる一方だ。
警報は避難を呼びかけるだけの音であり、この時点では、見張り以外の村民は魔物の襲来を把握していない。
病室の外では、
「逃げろ! 鍾乳洞の奥へ進め!」
と指示が飛んでいる。
とは言え、さほどの緊張感はない。
マイマフィンにしても、
(また隕石が降ってきたんですかね?)
程度の想像しかしていなかった。
ところが――
「医者! 助けてくれ!」
「怪我人だ!」
「時間がない! 包帯だけでもくれ!」
何人もの村人が嗚咽をもらしながら、病室へ駆けこんできた。
「これはどうしたことです!?」
医者は瞠目した。
ある者は腕の肘から先をうしない、またある者は片足をなくし、別の者は腹から臓物が飛び出している。
せまい病室の中が、むせかえるほどの血の臭いで満ちる。
負傷者の一人が、
「魔物にやられたんだ」
おいおい泣きながら、簡単な説明をした。
すでに医者はマイマフィンに肩を貸すどころではなく、手当てに取りかかっている。
あれこれ道具を準備しながら、マイマフィンに対し、
「あんたはお逃げなさい」
「いいえ。お手伝いをさせてください。みなさんを放って行けません」
「親は子供のために生き延びねばならんよ。あの子ならきっと無事です」
「ええ。ここにアナコンダがいなくて、かえってよかったかもしれません。ここにいても、熱血だーって叫ぶだけで、何の役にも立てないでしょうから。私、手伝います。ダメだとおっしゃっても、勝手に手伝います」
マイマフィンは応急処置を手伝った。
負傷した体が痛むが、顔には出さない。
人助けのためなら熱血を惜しまないのは、息子と同じだった。
そこへ……
「お。いい匂い。ごふ」
舌舐めずりする猪人族が現れた。
マイマフィンは驚いて声も出ない。
「これはまずい……」
医者が低い声でうめいた。
部屋から通路に出る道はひとつしかない。
そこを猪人族によって、ふさがれている状況なのだ。
毛むくじゃらの魔物は鼻息を荒くし、
「全部、食べる!」
杖を振るって皆殺しにしようとした。
「い……いやぁぁあああ!」
「熱血だーーーー!!!!!」
猪人族が魔術を発動するより先に、何者かが飛び蹴りをかました。
全身が硬い筋肉で覆われている猪人族に、キックなど通用するわけがない。
しかし、自分に立ち向かう人間がいることに驚いたのか、猪人族は闖入者を呆然と見つめている。
その視線の先にいるのは、
「みんなを傷つけるな! 熱血が足りてねえぞ!」
アナコンダだ。
肩を揺らし、息を弾ませている。
休むことなく全速力で駆けつけたのだろう。
自分の2倍くらい大きな魔物を前にしてもひるむことなく、いつもの調子だった。
「熱血があれば、誰かを傷つけるようなことはしない――」
「バカアナコンダ!」
「えっ?」
「どこをほっつき歩いてたんです!? この非常時だというのに!」
「お袋! 元気か!? 聞くまでもないか! へへっ。熱血だな!」
「うるさい! さっさと逃げなさい!」
マイマフィンは必死になって叫ぶが、しかしアナコンダは言うことを聞かない。
堂々の仁王立ち。
逃げるどころか戦う気満々で、
「俺、魔術が使えるようになったんだぜ!」
「はあ!?」
マイマフィンを含め、その場にいる者の誰もがアナコンダの言葉を信じなかった。
いつものようにふざけたことを抜かしているだけだろう、と。
それと同時に、これまでアナコンダが人助けのために体を張ってきたことを思い出し、
(もしかすると、こいつはみんなを助けるため、おとりになろうとしてるんじゃ……?)
見当はずれのことを考えていた。
「ごふ、ごふ」
この間……
猪人族は、アナコンダと他の村人を見比べていた。
彼がたどり着いた結論は、
「小さい方が柔らかくて美味しそう」
つまり、アナコンダを狙うことに決めたわけだ。
「やるか!? よし。かかって来い! うおおおぉぉおお! 噴炎!」
「ごふ……?」
アナコンダが木の枝を振った。
ところが、なぜか魔術は発動しなかった。
困惑するアナコンダ。
猪人族も困惑した。
沈黙の数秒間。
「ふごっ!」
今度は猪人族が魔術を使おうと杖を振る。
しかし、アナコンダがその杖を蹴っ飛ばした。
杖はやや離れた場所に落ちた。
「魔術を使うには杖が必要だよなあ?」
「おでの杖が……」
「これで俺もお前も魔術を使えねえ。対等だな」
「ふっごおぉおお!」
「怒ったのか? いいぜ。拳で勝負をつけようじゃねえか!」
アナコンダは知らなかった。
猪人族は強い。
魔術を封じられても、こいつには筋力と体術があった。
アナコンダはあっという間にボコボコにされた。
「ふご!」
猪人族の怒りは収まらない。
アナコンダを押し倒し、馬乗りになって殴る、頭突く、どつきまわす。
「もうやめてください!」
マイマフィンが絶叫する。
息子を助けに行こうとするのを、医者たちが押さえた。
「あんたまで死ぬぞ。ここは我慢だ」
「どうせだったら、私も一緒に死にます! 死なせてください!」
猪人族はマイマフィンの悲鳴に動じない。
好きなだけアナコンダをなぶって、ようやく落ち着きを取り戻すと、杖を取りに行こうと立ち上がった。
その足が、ぐっとつかまれた。
「まだまだ熱血だぜ」
アナコンダの目から光が消えていない。
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