第002話 ウインナーを頬張る少年
アナコンダ・クーパー……ハジャ村出身の熱血少年。魔力はないが国家魔術師になりたい。
マイマフィン・クーパー……アナコンダの母。常識人。
ログロッド・クーパー……アナコンダの父。熱血漢。魔物に殺され死亡。
魔物……ドピンクのミミズみたいな魔物。小さな脚がいっぱい生えている。
「魔術って熱血だぜ!」
アナコンダが岩に炎の魔術をぶつけまくっている。
日が暮れて、満天の星空。
子供は寝る時間だが、アナコンダは目がさえて、とても寝ていられない。
と言うのも、今までまったく使えなかった魔術を、今日になって突然使えるようになったのだ。
それも、無限に発動できる。
楽しくてしょうがない。
「夢が叶うぜ! 熱血だ!」
少し時間を戻す――
アナコンダが魔術で大木を燃やし尽くした後のことだが……。
母を背負って山を下り、村人たちに母の手当てをしてもらった。
幸い、母は軽傷で、
「命に別状はないよ」
医者によれば、まだ意識は回復していないが、おそらく翌朝になったら目覚めるだろうとのことだったので、アナコンダは安心した。
村人は依然として避難を続けていたが、アナコンダは、
(こんな時に、じっとなんてしてらんねえぜ!)
避難場所をこっそり脱け出し、山のふもとへ向かった。
ここならひとけがなく、好きなだけ魔術をブッ放せるからだ。
……こうした経緯で、アナコンダは魔術修業に励んでいるのだった。
だが、
「うおお! 修業修業! 熱血熱血! 噴炎噴炎!」
実のところ、修業と言えるほどの修業ではなく、ただ単に魔術を乱発しているに過ぎない。
ここはハジャ村。
ドジョウ王国の北部に位置するド田舎だ。
田舎には何もない。
教会もないし、遊び場もないし、まして魔術の専門学校師などという気のきいたものはなかった。
アナコンダは誰にも魔術を教わることができず、熱血を持て余していた。
「うおおおお……お゛っ!?」
突然の便意。
「お゛……お゛ほおぉおおおぉぉお」
慌ててズボンとパンツを脱ぎ、その場で脱糞……いや、尻の穴から出て来たのは糞ではなかった。
長さ約20cmのドピンクの棒。
「このクソガキャ!」
魔物だ。
うっかりアナコンダの腸内へ挿入ってしまってから、ずっとそのまま外に出られなかったようだ。
いくつもの小さな脚をうにょうにょ動かし、
「お前! なんちゅうことしてくれてんねん! よくもわしを汚いところにブチ込んでくれたのう!」
「はあ……お前が勝手に……はあ……挿入ったんだろうが」
「なんで頬を赤らめとんねん! ええ加減にせえよ! ほんま最悪や。わしは一刻も早くこんなところから立ち去らなあかんのに。とんだ寄り道やで」
魔物はぷんぷん怒りながら、その場を離れようとした。
が、急に立ち止まり、
「いや、くさっ! わしの体、めっちゃくさっ! お前、責任とって洗わんかい!」
* *
母子家庭のアナコンダは毎日、家事の手伝いをしている。
洗濯機のないこの世界では、洗濯は完全に手作業だ。
井戸で水をくみ、服やタオルを洗う。
慣れたものだ。
だから、魔物を川で洗うことになっても、
「お……お前、結構うまいやん……」
怒りをしずめた上に、もだえさせるくらいのことは簡単だった。
「かゆいところはあるか?」
「ない。けど、下の方をもう少し……そうそう、そこそこ。ああ~。めっちゃ気持ちええわ……」
「ん? これは……?」
魔物の左目には刀傷らしきものが刻みこまれていた。
アナコンダは、それをぐいぐいこする。
「おい。やめろ。落とせる汚れちゃう。傷や」
「傷か」
「見たらわかるやろ」
「これはゴミか?」
「脚やん。見たらわかるやん。お前、絶対わしのことバカにしてるやろ」
そうではない。
魔物という存在は珍しく、そうそうお目にかかれるものではない。
実際、アナコンダは、
「今日、生まれて初めて魔物を見たんだ」
だから、魔物に関する知識などまったくないのだ。
「おい。魔物は差別用語やど」
「へえ?」
「わしは蛇人族のニョルモルモや」
「なんて? もう一回、言ってくれ」
「蛇人族のニョルモルモやて」
「ニョム……何?」
「もうええわ。ほな、さいなら」
魔物はアナコンダの手から飛び立ち、地面に着地。
うねうねと移動を始めた。
その後ろ姿に向かってアナコンダが、
「待てよ。ニョルモルモ」
「聞き取れてるやん」
「一緒に飯でも食わないか?」
アナコンダはニョルモルモから聞き出したいことがたくさんあった。
ニョルモルモはどこに住んでいるのかとか、何か用事があってハジャ村へ来たのかとか、魔術の使い方とか、あれやこれや。
田舎で得られる情報など、たかが知れている。
だからニョルモルモとまだ別れたくない。
「食事……食事って、どういう……」
まごつくニョルモルモ。
アナコンダは自信たっぷりに、
「男の食事と言えば、これだぜ!」
ポケットからウインナーを取り出した。
「どうだ? 美味そうだろ? 魔物……じゃなくて、ニョルモルモもウインナー好きか?」
「う……ウインナーか……わしは、てっきり……」
「てっきり?」
「い、いや、何でもない……」
アナコンダは、どうせなら焼いた方が美味いと考えた。
木の枝をウインナーに向けて、
「噴炎」
炎の呪文を唱えたが、
「……」
何も起こらない。
「なんでだ……? ま、しょうがねえ。ニョルモルモ。代わりに焼いてくれよ」
「えっ……わしが!? 何の肉や、これ??」
「豚肉だけど」
「ほっ」
「じゃあ、焼いてくれ。ちょっとコゲがつくくらいに頼むぜ」
「お前、いっつもこういうの食ってんのか?」
「焼けよ」
どうしたわけか、先程からニョルモルモは、おどおどしている。
小さな声で呪文を唱え、ちょろろっと小さな炎を放った。
ウインナーは、ほんの少し温まった。
「ニョルモルモの魔術ってさ、弱くね?」
「何も出んかったやつに言われたないわ」
「まあ、いいや。食おうぜ。ほら、真っ二つに割ってやるから」
「い、いやいや! ええ。ええよ」
「食わねえのか? 腹が減っては熱血も減るぞ?」
「あんま美味そうやないし……そもそも、わし、あんまお腹すいてへんわ」
ニョルモルモ曰く、蛇人族という種族は、
「数日にいっぺんしか食わんねん。なんなら数週間、食わんでもギリ生きれるわ」
というわけで、ウインナーはアナコンダが一人で食すことになった。
口一杯に棒状の食べ物を頬張る姿を見ながら、ニョルモルモは、
「あ。そんなもんに思いっきり、かぶりついて……あかんわ……」
身もだえた。
「ウインナーが嫌いなのか?」
「いや……その……」
「そもそも魔物って、何を食べるんだ?」
「おい! 魔物は差別用語やと言うたやろ! わしは魔物やなくて人間や!!」
「……」
「無視すんな!」
「だって……」
どう見ても、ニョルモルモは人間ではなかった。
見た目からして、ミミズやヘビのようなものだ。
魔物でなければ、
「よくてしゃべる動物ってとこだな」
「動物がしゃべるかいな?」
「えっ……」
「動物はしゃべれんし、知能もカスやし、魔術なんてよう使わんやろ。この三つは人間だけにできるこっちゃ」
言われてみれば納得のアナコンダ。
反論できずに黙りこむ。
ニョルモルモは、静かにウインナーを食べるアナコンダの口元を凝視しながら、
「人間ってのはわしら蛇人族を含めて、世界には12種族おるんやで」
「俺は? 俺の種族は何ていうんだ?」
「お前は猿人族や」
「へえ……俺って猿人族なんだ……」
気になるのは、他の種族。
「そいつらはニョルモルモと一緒にここへ来てないのか?」
アナコンダが目を輝かせる。
「会ってみたいぜ」
「怖くないんか?」
「ああ。熱血だからな」
「それは意味わからんけど……他にも一人来てるで」
ニョルモルモは単身でここへ来たのではない。
他にも同行者がいるのだ。
そして、それは、
「ほんまに恐ろしいやつなんや……」
そう言って、アナコンダがもぐもぐしているのをじーっと見つめていたニョルモルモは、
「う……うう……うわああぁぁぁ!」
突然、逃げるように移動を開始した。
アナコンダはびっくりして、
「どうした?!」
駆け寄ったが、
「やめんか! それを近づけるな!」
「それって……これのことか?」
試しに、食べかけのウインナーをニョルモルモの眼前へ持っていくと、
「やめろ言うてんのに!!」
やはりニョルモルモはウインナーを怖がっていた。
まるでお化けに会ったかのように、必死の形相で走る。
走る……と言っても、それは本人にとっての認識であり、端から見れば、ゆっくりうにょうにょしているだけだ。
アナコンダは余裕で後ろを歩いてついて行けた。
「逃げな……早よ逃げな……」
ニョルモルモはぶつぶつとつぶやく。
アナコンダはウインナーを味わいながら、
「どこ行くんだ? 仲間がいるところか?」
「仲間? そんなんもうおらんで」
「でも、さっき言ってたじゃん。もう一人ここにいるって」
「それは上官のことや。あんなやつ、仲間とちゃうで。食い意地は張っとるし、乱暴やし、やることなすこと全部雑。最低最悪のカスや」
「言い過ぎじゃね?」
「言い過ぎなわけあるかい。お前も見たやろ。この山の上がぐっちゃぐちゃになってたん」
ニョルモルモによれば、彼らは上官の風魔術でハジャ村まで飛んできたのだが、その際に使用していた乗り物が山へ墜落したのだという。
(隕石じゃなかったんだ……)
大雑把な性格の上官は、安全第一ではなく、大体安全の精神で仕事をしている。
そのため、とんでもない着地になった。
ニョルモルモはその際に乗り物から外へ吹っ飛んだのをいいことに、このまま脱走してやろうと企てたものの、途中でアナコンダに見つかってしまった……という顛末だ。
アナコンダは神妙な面持ちで、
「ってことは、ニョルモルモの仲間は着地失敗のせいで死んじまったのか?」
「その前に全滅や」
「どうして?」
「食われたんや」
「食われ……た?」
「お前がウインナーを食い散らかすみたいに、な」
ちょうど、アナコンダがウインナーを食べ終わった。
ごくっ……。
飲みこむ音が静寂な夜道に響いた。
ニョルモルモの言う仲間とは、彼と同じ蛇人族のこと。
表向きは戦闘要員として召集された。
だが、
「実際には、やつの食糧や」
上官は雑食の種族だが、特に蛇人族を好んで食う。
そのため、空の旅の途中で何人もの蛇人族が食われた。
どうしても空腹にたえかねてのことではない。
ただ単に美味いからという理由で。
「わしは黙って見てただけやった。あいつは強くて、わしは弱いから。とうとう最後に、わし一人。これで人生おしまいやと覚悟したわな」
思いもよらない壮絶な人生。
アナコンダはどんな言葉をかければいいか迷った末に、小さな声で、
「悔しい想いをしたんだな」
ところが、意外にもニョルモルモは失笑。
「悔しいことあるかいな! わし、助かったんやから」
「でも、他のやつらは食われたんだろ?」
「自分さえ助かれば、それでええねん。みんなアホやで。そん中でわしが一番若いからって、わしが食われるんを後回しにしようと取りはからってたんや。どうか次に食べるのは自分にしてください……つってな。それ何の意味があんねん」
ニョルモルモはげらげら笑いながら走り続ける。
どうやら元気が出てきたらしい。
「今頃、あいつは村へ向かってるやろな」
「ハジャ村のことか!?」
「せやで」
アナコンダの足が止まる。
「わしらは物見遊山でこんなとこ来たんちゃう。侵略しに来たんや」
昼間はアナコンダの強烈な魔術に恐れおののいたニョルモルモだったが、
「どうも、まぐれやったみたいやな」
一方、彼の上官は強い。
間違いなく強い。
種族は猪人族といい、概して性格は残虐。
全身が筋肉の塊であり、体術に優れている。
その上、魔術も使えるとなると、
「手がつけられへんで」
「じゃあ、村のみんなは……」
「食われてまうやろなあ。でも、よかったな。お前は助かるんやで。偶然わしと出会えたからな」
二人はいつの間にか、村からずいぶん離れたところまで来ていた。
ニョルモルモは何の意図もなく夜道を走っているのではなかった。
「感謝せえよ」
「……助けなきゃ」
「あん?」
「みんなを守るんだ!」
「何を言うてんねん。助けられるわけあるかいな。身の程を知れよ、アホガキ」
ニョルモルモはへらへら笑ったが、アナコンダは真面目な顔で、
「熱血だー!!」
村へ向かって走り出した。
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