第017話 おっさんが勝負をしかけてきた!
アナコンダ・クーパー……ハジャ村出身の熱血少年。魔力はないが国家魔術師になりたい。尻穴の中にニョルモルモを挿れることで魔術を使えるようになる。
ニョルモルモ……ヘビみたいなドピンクの魔物。種族は蛇人族。上官の猪人族に同胞を食べられた。
チッチ・アルージャン……無表情の国家魔術師。アナコンダの弟子入りを認める。
「ここがいいかも!」
ひとけのない方へ、ない方へと進むアナコンダ。
路地裏へ入りこみ、ズボンとパンツをずり下ろした。
チッチに無断で一目散に走り出したのは、感傷にかられたからでもなく、国家魔術師になる夢を捨てたからでもない。
切実な事情があった。
「うぬぅ……!」
しゃがんで気張るアナコンダ。
その尻穴から出てきたのは、
「ほんま、ええ加減にせえよ!」
ドピンクの魔物、ニョルモルモだ。
「何日、くっさいところに挿れっぱなしにするつもりや。窒息死するかと思ったわ。あー。やっと新鮮な空気を吸えた」
「ふう……」
「気持ち良さそうな顔すな!」
「おかげで、たくさんの人を救えたぜ!」
「お前は活躍できて楽しかったかもしれんけど、こっちは臭いし腹へったし、もうほんまやってられんわ。早よ、わしの体を洗わんかい」
「……」
「おい。聞いてんのか」
アナコンダの顔色が悪い。
実は、船の揺れも夜を徹しての救助活動も気合いで乗りきっただけであり、
「もう……限界で……」
「お、おい。まさか……」
* *
ほぼ同時刻――
港の付近で、一人の子供が馬車を下りた。
ふわふわのくせっ毛を二つ結びにしており、服は袖のないワンピースに、黒いアームカバー。
年頃はアナコンダと同じくらいか。
頬を赤くして、熊のぬいぐるみを見つめている。
「ふえぇ~。かわいすぎるぅ~。早くママに見てもらいたいなぁ~」
ふわふわ金髪の子供は御者に対し、
「ここで待っててねぇ」
「足元にお気をつけて。この前みたいに、こけないように」
「子供扱いしないでよぉ!」
「子供でございますよ」
御者の様子から、これが、どこぞで拾った流しの馬車ではなく、自家用車であることがうかがい知れる。
お金持ちかもしれない。
あくまで強気の姿勢を崩さないのは、
「だって魔術を使えるんだから」
長い杖を振り、
「生里芋葉」
大きな葉っぱを生成した。
茎を体に巻きつけることによって、手に持たずとも葉を傘として使えるようにした。
なんせ、既に両手はぬいぐるみと杖でふさがっている。
鼻唄をうたいながら、とろとろと歩く。
馬車を停めた駐車場から住宅地を抜けて、漁師の寮や市場のある区画を通り、港へ行く予定だ。
いつもなら20分もかからない距離。
ところが、歩き出して数分。
「う、うう……」
住宅地のどこからともなく人のうめき声が聞こえてきた。
声の出所は家の中ではなく、外のように思われる。
もしかしたら誰かが急病で苦しんでいるのかもしれない。
(助けなきゃ!)
すぐさま駆け出す。
いつも母親から厳しく言いつけられていた。
「人助けのためなら命を惜しむな。それが国家魔術師の子息たる者の務めだ」
声は路地裏から聞こえている。
薄暗い通路。
一瞬、躊躇したものの、
「もしかしたらかっこいい人が倒れているのかもしれないし、これが運命の出会いになるかもしれないもんねぇ。よぉ~し。頑張るぞぉ!」
勇気を振りしぼって走る。
「大丈夫ですかぁ!?」
「え!?」
「……ふえぇ~!?」
そこには、下半身まるだしでうずくまる少年の姿。
視線がぶつかり、見つめ合い、互いに青ざめる。
「ど……ど……どういう状況ですかぁ?」
「おえええぇぇえぇぇ」
「きゃああああぁぁぁ」
突如、赤毛の少年が嘔吐し、王都の地面を汚した。
「おわあぁぁあぁぁぁ」
この時、ドピンクの魔物も猿人族の出現と相棒の嘔吐に驚いて悲鳴をあげたが、それは誰にも気づかれなかった。
魔物は少年のズボンのポケットに素速く身を隠す。
さて、金髪の子供はワンピースにゲロをぶっかけられてしまい、
「ふえぇ~。なんでこんな目にぃ~」
泣きながら走り去った。
最悪だった。
せっかく善意で行動したというのに、お礼どころか吐瀉物をもらうことになったのだから。
ろくに前方を見ず無我夢中で走っていたら、
「わぁっ」
人とぶつかった。
「ごめんなさぃ~」
悪いことは重なる。
金髪の子供は転んで、体をすりむいた。
傷口がじくじくと痛む。
見上げると、屈強な男と太ったアフロの男が立っている。
アフロの方が、
「ジオさん。このガキ、杖を持ってますぜ」
「ふん。ガキの分際で魔術師か」
「こいつも国家魔術師試験を受けに来た手合いでしょう」
「ここで潰しておくのが賢明だろうな。俺様たちが国家魔術師試験に通りやすくなるために」
「へい、そりゃもう。ライバルは少ない方がいい決まってますからね」
「というわけで、ガキ」
筋骨隆々とした男が、地面に落ちたぬいぐるみを踏みつけ、
「ここで死んでもらうぞ」
「ふえぇ~! なんでぇ~!? 国家魔術師試験なんて受ける予定ないですけどぉ~!?」
しかし、中年男性二人はそれを無視して、杖を構える。
(冗談だよねぇ?)
出会い頭に人を殺す輩がいるとは信じられず、上目づかいで様子をうかがったが、二人のおっさんの表情は真剣そのもの。
彼らは杖を振り、
「落岩」
「衝電打」
魔術を発動した。
大きな岩が現れて落下を始める。
殺意のこもった電気が子供に襲いかかる。
「ひぃ~」
きゃしゃな子供が飛び上がる。
運よく攻撃を避けることができたが、次も回避できるか保証はどこにもない。
(本当に殺されちゃうんだぁ!)
膝も声も震わせながら、一応、子供なりに必死になって魔術を発動してみた。
しかし、大人相手に戦えるほどの実力はなかった。
生成した植物がことごとく打ち払われ、あっという間に魔力を消耗。
涙を流して命乞いをするしかない。
だが、
「生まれてきたことを死んでわびろ」
「ふえぇ~。そんなひどいこと言わないでよぉ~」
全然通用しなかった。
呪文が唱えられる。
もはや、これまで。
迫り来る巨岩がスローモーションになって見え始めた。
短い人生の走馬灯が脳内に流れる。
(もう一度、ママに会いたかったなぁ……)
だが、ここでフラグをへし折る大音声。
「熱血だーーー!!」
それと共に、とてつもなく巨大な炎が現れ、岩を燃やし尽くした。
雨と涙に濡れそぼる子供の前に駆けつけたのは、
「いっぱい出してすっきりしたぜ!」
「さっきの気持ち悪い人ぉ~!」
アナコンダは、まるでさっきの恥ずかしい場面などなかったかのように、
「寄ってたかって女の子ひとりをいじめるなんて熱血じゃないぜ!」
かっこよく言い放った。
味方をしてもらった金髪の子供は、
「気持ち悪い人って言ってごめんなさぃ~。きみ、すごくいい人ですぅ~」
「お前、魔術が使えるんだな」
「い、一応ねぇ。弱いけどぉ……」
「熱血だな!」
「えぇ? うん……う~ん?」
会話にならない会話をするアナコンダ。
その腸内で、
『なんでまた挿入らなあかんねん』
魔物が不機嫌になっていることを、アナコンダ以外は知らない。
雨が降る。
通りに人影はない。
どうやら、子供相手に殺意を向けるイカれた大人二人を、アナコンダだけで処理しなければならないようだ。
実際、この大人二人、
「もう一人、杖を持ってるガキが来ましたぜ。こいつも国家魔術師試験を受けるつもりでしょうな」
「この俺様が直々に身の程を教えてやろう」
「ジオさん、優しいです」
「授業料は命だがな。くくく」
「げへへへ。そいつぁいいや」
引き下がるつもりはないらしい。
だが内心、
(さっきの火力はヤバかったな……)
と思ってもいる。
そんなこと、決して表情には出さないが。
子供相手にびびるなど沽券にかかわる。
なんせ彼らは、
(いい歳をした大人だからな)
誇張でも比喩でもなく、本当に歳をくっていた。
屈強な男は、筋肉質な肉体こそ若々しいものの、生え際はかなり後退しており、広々とした額がツヤツヤテカテカしている。
そのデコ助にしっぽを振っているアフロ男。
こちらはしわだらけで、青髭が濃く、大きな腹が出っ張っていて、どこにも若さが見当たらない。
彼らをまじまじと見つめたアナコンダが、
「お前ら、何歳だ?」
筋肉質な男は43歳。
アフロは38歳。
「おっさんじゃん」
「おっさんって言うな! 大人をうやまえ!」
「いい歳した大人なのに、なんで子供をいじめるんだよ」
「黙れ。世間知らずのガキが。大人の苦労も知らない分際で、文句を垂れるな。俺様は国家魔術師になって人生一発逆転を狙っているんだ」
「だから? 子供をいじめていいのか?」
「いじめではない。殺すのだ。貴様も国家魔術師試験を受けるのだろう?」
「国家魔術師に、俺ぁなる!」
「やはりな! だったら、ここで殺してやる!」
というわけで戦いは避けられなかった。
金髪の子供は、まさか自分と同年齢くらいのアナコンダが勝てるとは思ってもみない。
腕を引っ張り、
「逃げようよぉ!」
「熱血だ!」
「話が通じないよぉ!」
「噴炎!」
たった一発だった。
たった一発の魔術で、ずいぶん年上の大人二人が放った魔術を消し飛ばし、更に、軽い火傷まで負わせた。
常識的に考えて、
(子供とは思えない……)
ほどの強さだった。
髪を燃やされたデコっぴろ男が、
「ヤバイ……これ以上後退したらまずい……覚えてやがれ!」
捨て台詞を吐いて逃走した。
「変なおっさんたちだぜ!」
絶体絶命のピンチがあまりにあっさりと一件落着。
助けられた子供は口をあんぐり開けて、呆然としている。
アナコンダに、
「大丈夫か?」
問われて、はっとする。
と同時に、頬が赤くなる。
「あのぉ……ありがとうございましたぁ……」
「余裕だぜ!」
「えっとぉ……そのぉ……」
「ほら。ぬいぐるみ。お前のだろ?」
「あ、うん」
うつむきがちに、声をつまらせ、もじもじ。
ぬいぐるみが泥まみれになってしまったことなど、もうどうでもよかった。
「もしよかったらぁ……」
「ちょっと待ってくれ!」
「えぇ?」
目の前のかわいい子がせっかく勇気を振りしぼってくれているのに、アナコンダは、
「すぐ戻る!」
またしても路地裏へ駆けこんだ。
残された子は、
「もしかして、お腹が弱いのかなぁ?」
と考えたが、それは間違い。
暗がりに入ったアナコンダは急いでズボンとパンツを下ろし、気張った。
するっ……とニョルモルモが肛門から出て来る。
この魔物はアナコンダにだけ聞こえる声で、
『用がすんだら、さっさと出せ』
と要求していたのだ。
アナコンダは感謝の言葉を述べつつ、雨水で丁寧に体を洗ってやった。
ついでに全身を揉んで、こりをほぐした。
ニョルモルモは、緩急自在のテクいマッサージですっかり気持ちよくなったのか、ポケットに入る際には、
「わしは寝るで」
とろんとした目になっていた。
二人ともすっきりしたところで……。
アナコンダは金髪の子のところへ戻った。
「で、何の話だっけ?」
「もしよかったら、うちへ来てくださぃ~!」
「え? なんで?」
「だ、だってぇ、助けてくれたお礼とかしたいしぃ……」
「でも俺、師匠の家へ行かなきゃ」
「師匠ぉ? どこにお住まいの方ぁ?」
「……さあ?」
住所など聞いたことがなかった。
こうなると、何も告げずに走り出したことを後悔するしかない。
「とりあえず、うちに来ましょうよぉ。風邪ひいちゃいけないしぃ……」
二人とも雨でぐっしょり濡れてしまっていた。
金髪パーマの子が魔術で生成した大きな葉は、中年たちに襲われた際、体から外れ落ちていた。
アナコンダは最初から傘を持っていなかった。
戦いが終わってクールダウンしている体に雨は毒だ。
「お邪魔させてもらうぜ!」
「はぃ♡」
щ(゜▽゜щ)




