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屋上の呼び声(Stray Path)



 


 第三の未来ログ──

 “高層ビルの屋上から落とされる死”が脳に流れ込んでから、

 龍の胸の痛みはさらに悪化していた。


 普通に歩いても、

 階段を登っても、

 息を吸っても、

 痛みが胸の奥で脈打つ。


(……48時間以内に、屋上で“落とされる”……

 押された感触……背後に誰かがいた……)


 ログの断片は短いけど、

 確実に“何者かの意志”を感じさせる。


(誰だよ……誰に押されんだよ……

 影……なのか……?

 でも影は触れられる存在なのか……?)


 胸が痛いだけじゃない。

 視界の端がたまに揺れる。

 耳鳴りも増えた。


 未来の死が、

 もう“日常の中に入り込んでいる”感覚。


 午前9時。

 龍は大学のキャンパスにやってきた。


 本来ならこんな日に来たくはないが、

 家にいると胸が痛むだけで頭がおかしくなりそうだった。


(……集中しよう。授業受けて、蓮にも会って……

 屋上なんて行かなきゃ死なねぇ。

 行かなきゃいいだけの話だろ……)


 そう思ったその時だった。


「……あれ?龍?」


 振り返ると蓮が立っていた。

 いつもより顔色悪く見えるのは、照明のせいか。


「昨日のがまだ引きずってるかと思ったけど……来れたんだな」


「来ねぇと逆に不安になるだけだしな」


「……まぁ、分かるわ」


 蓮の声は落ち着いてるけど、

 昨日見た“あの死体”の重さが残っている。


 二人は一緒にコンビニへ向かった。


「そういや龍、今日……変なことあったりする?」


「胸が痛ぇくらいだな。あとは……平和。

 屋上さえ行かなきゃ大丈夫だろ」


「屋上?」


「第三のログ……屋上から落ちるやつだ」


 蓮は少し顔をしかめた。


「……じゃあ、絶対行くなよ」


「行くわけねぇだろ」


 龍は笑おうとしたが、胸の痛みで顔が引きつった。


「っ……!」


「龍!?」


「……大丈夫。

 あとは屋上に近づかなきゃ……」


 そう言った瞬間。


 なぜか龍の視線がふと、

 大学の本館ビルの “非常階段” に吸い寄せられた。


(……なんで……?

 なんで今……あの階段……?)


 目を逸らすのに、少し時間がかかった。


 “誰かに誘われている”ような感覚。


 蓮は気づいていなかったが、

 龍の視界の端で、

 非常階段の影が“僅かに揺れた”ように見えた。


 人ではない。

 けど、何かがそこにいる。


(……絶対行くなよ……

 屋上なんて……)


 その日の講義。


 教授がスライドを映し出しながら言う。


「今日は──

 “都市部の高所事故の統計”から入ります」


 龍の心臓が跳ねた。


(……は?なんでそんな話……)


 教授は続ける。


「都心部では年に──

 “転落死”が……」


(いや、なんで急に転落死……?)


 偶然にしては出来すぎている。

 屋上の未来ログを取得した直後にこれ。


 背中を冷たい汗が伝う。


「龍、大丈夫か?」

蓮が小声で聞く。


「いや……なんでもねぇ……」


 強がって言ったが、

 また胸の痛みが波のように押し寄せる。


(俺……屋上に誘導されてないか……?

 気のせいじゃねぇ……何かが……日常に入り込んでる)


 休み時間。

 龍は水を買うために廊下へ出た。


 そこで──


「龍!これ!」

同じクラスの友達が手を振る。


「ん?」


「図書館でのバイトの掲示。

 昨日言ってた“高層階の窓清掃の見学”募集してるらしいぞ。

 時給高えし行ってみれば?」


(……高層階……)


「いや、興味ねぇ」


「そっか。残念だな」


 友達は去っていった。


 蓮が横に来て言う。


「龍……偶然……にしては多すぎじゃねぇか?」


「……ああ。

 なんか……世界が屋上に向けて誘導してきてる感じすんだよ」


「お前、それ……

 “死ぬ未来に寄せられてる”ってことか?」


「……そうなんだと思う」


 昼休み、二人は校舎裏のベンチに座った。


 その時、風が不自然に吹き抜けた。


 校舎の上──

 屋上のフェンスがキィッ……と鳴った気がした。


 見上げる龍。


 屋上の縁に、人影はない。

 でも、

 “誰かがそこで待っている”感覚だけが残っている。


「……蓮」


「ん?」


「俺……

 屋上に“呼ばれてる”気がする」


 蓮の表情が固まった。


「龍。

 絶対に一人で行くなよ。

 何があっても、俺が一緒にいる」


 龍は息を飲んだ。


 本来なら安心する言葉なのに──

 この時だけは、胸が違う意味で痛んだ。


蓮と一緒にいたら、蓮が“影の視界に触れる”可能性がある。

それだけは避けたい。


「蓮……

 俺は……一人でやる。

 巻き込みたくねぇ」


「巻き込まれたくねぇって言うけどな……

 もう俺は見ちまったんだよ。

 “未来のお前の死体”を」


 言い返せなかった。


 午後の講義の移動中。

 龍は階段を降りようとして──


 ふと、上の階へ続く階段を見た。


 理由は分からない。

 誰かに呼ばれたわけでもない。


 でも、

 足が自然に“上”へ向きそうになる。


(……やべぇ。

 本気で誘導されてる……)


 龍は蓮の肩をつかんだ。


「蓮……

 俺…………

 自分の意志で動いてねぇかもしれねぇ」


 その言葉に、蓮は息を呑んだ。


「……龍。

 見えない何かが……お前を“屋上へ”押してんだな……」


「ああ……

 でもまだ……耐えられる。

 絶対に行かねぇ……」


 しかし。


 その“意志”がどこまで持つかは分からない。


屋上への誘導は、

日常という形で静かに、確実に進行していた。

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