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第2話

 龍は家に転がり込むようにしてドアを閉めた。

 鍵を回す音すら、やけに大きく響いた。


 さっきまでの出来事が、頭の裏側でぐるぐる回り続ける。


 未来の死体。

 胸を貫く痛み。

 48時間のカウント。

 逃げても、別の死が更新される。


(……なんなんだよ……マジでもう無理だろ……)


 靴を脱ぎ捨て、玄関に座り込んだ。

 心臓の鼓動が早すぎて、息が追いつかない。


 胸に触れると、刺された場所がうっすら熱い。

 それが現実だと無理やり確かめさせられる。


 無理やり立ち上がって、

 龍はフラつきながら部屋の電気をつけた──その瞬間。


「……は……?」


 そこに“倒れていた”。


テーブル横の床で、うつ伏せの“自分自身の死体”が。


 さっきビルで見たものとは違う。

 後頭部が割れ、血が広がっている。


 まだ乾いていない。

 さっき落ちてきたみたいな、生々しい死体だった。


「……なんで……家に……?」


 背筋が凍った。

 家の中は閉ざされた空間。

 外から運び込まれるはずがない。


 “未来の死体が空間に落ちてくる”

 そんな悪夢みたいな仮説が頭をよぎる。


 震える足で、ゆっくり近づく。

 胸がまた痛む。


「……触れたくねぇ……けど……触れねぇと……」


 死体に指が触れた瞬間──

 脳内に映像が流れ込む。


 今度の死は──“室内”。


 狭い空間。

 蒸気がこもった空気。

 薄暗い照明。

 乾燥したカビの匂い。


(……これ、俺の部屋じゃねぇ……)


 背後で、あの足音が響く。


 トン……

 トン……

 トン……


 一定で、ゆっくりと、

 呼吸も乱れない、ありえない音。


 視界が暗転し、

 後頭部に重い衝撃。


《48 HOURS REMAIN》


 機械のような文字が浮かぶ。



「……くそ……っ……」


 龍は思わず手を握りしめた。

 手のひらに爪が食い込んでも気づかない。


(ビルの階段の死は避けたのに……

 次は屋内で殺される未来……?

 なんなんだよ、このループ……)


 恐怖と怒りで呼吸が荒くなる。


 そのとき──

 部屋の隅で“ゆらり”と影が揺れた。


 龍は硬直した。


 影の形は、人の形をしている。

 窓の外の光じゃ、こんな角度にはならない。

 照明の位置に対して影が“揺れない”。


(……いる……さっきの……!)


 姿は見えないのに、

 確実に“そいつがいる”と分かる。


 影は一歩だけ近づいてきた。


 トン。


 その音に、身体が勝手に逃げようとする。

 しかし足が震えて動かない。


 目をつぶり、必死に呼吸を整えた。

 影が完全に消えたのは、何秒後だったか分からない。



 翌朝。


 ほぼ一睡もできないまま、龍は家を出た。

 日光が痛い。

 胸の奥の痛みも消えない。


(……蓮に……会おう……)


 このままだと、本当に気が狂いそうだった。


 蓮と約束したカフェ。


 蓮は先に来ていて、龍の顔を見るなり言った。


「お前……今日もっと酷いぞ?寝た?」


「……まぁ、寝れたわけないよな」


 蓮はコーヒーを押し出してくれた。


「飲め。カフェイン足りてねぇだろ」


「……ありがとう」


 手が震えて、カップが少し揺れた。


「龍、昨日の……あれから、何かあったんだろ?」


「……別に」


「別にって顔じゃねぇよ。

 昨日より死にそうな顔してんぞ」


「…………」


 喉が詰まった。


 本当は叫びたいほど伝えたい。


──家でまた死体を見つけた

──また未来の死が流れ込んだ

──そばに“あいつ”がいた

──48時間後にまた殺される


 でも言った瞬間、蓮の人生が狂う気がした。


「……説明できねぇよ……こんなん……」


 龍がうつむくと、蓮はゆっくり言った。


「言えないなら、それでいい。

 でも、お前が“本当に困ってる顔”してるのだけは分かる」


 音もなく胸に刺さる言葉だった。


「……俺は、お前の味方だぞ?」


「……蓮……」


「だから……話せる時に話せ。

 無理なら俺はただ隣にいるだけでいい」


 その優しさが、

 今の龍には一番きつかった。


(……蓮……いつか……巻き込むんだよ……お前を……)


 胸の痛みがじんじん広がった。



 店を出て歩き出した瞬間、

 スマホが軽く震えた。


 画面に触れるでもなく、

 バイブでも通知でもない。


 ただ一瞬、画面がノイズで揺らいだ。


《47:58:12》


 幻みたいに、数字が浮かんだ気がした。


(……また、始まってる……)


 龍は拳を握りしめた。


──48時間以内に、この“室内の死”を避けなきゃならない。

 でもヒントが少なすぎる……どうすりゃいいんだよ……!



 蓮と別れたあと、夕暮れの街を歩きながら、

 龍の胸はずっと熱を持っていた。


 未来ログの“室内”の断片。

 蒸気の音。

 カビ臭。

 薄い照明。

 鉄の反響音。


(……あの場所を探さねぇと……

 48時間以内に……絶対殺される……)


 身体の奥に残る痛みが、

 時間の減少を知らせる“警告音”みたいだった。



 自宅へ続く大通りを曲がって、

 住宅街に入った瞬間だった。


 背後で、**トン……トン……**と足音が響いた。


 昨日と同じ。

 均一で、乱れなく、呼吸の音も混じらない異様な足音。


(やべぇ……来てる……!)


 振り返ると──

 路地の入り口に、“揺れない影”が立っていた。


 形は人間。

 でも重力も光の角度も無視したような黒いシルエット。


「……ふざけんな……!」


 龍は反射的に走り出した。



 住宅街の道を駆け抜け、

 細い路地へ飛び込む。


 人通りはゼロ。

 夕日がほとんど届かない、湿気の多い袋小路。


 影の足音は、速度を変えない。

 一定で、ゆっくりと、

 まるで“確実に追いつける”と知っているような足取り。


(人がいるところに出ないと……でも今戻ったら……!

 クソッ……どうすりゃ……!)


 龍は焦りで思考が千切れそうだった。


 そのとき。

 路地の途中に、古いビルの裏口ドアが見えた。


 錆びついて半開きになってる。

 中は暗闇で、湿った空気が流れてくる。


(隠れるなら……ここしかねぇ……!)


 龍は迷う暇もなくドアへ飛び込んだ。



 中に入った瞬間──

 胸が ギィィッ……! と痛んだ。


「ッ……なんだこれ……!」


 呼吸が乱れ、足元がふらつく。


 中は想像以上に狭く、蒸し暑かった。

 カビ臭と油の匂いが混ざり合い、

 壁には古い配管がむき出しになっている。


 ボイラー室。


 蒸気が、どこかで“シュー……”と漏れている音。


(……この空気……

 まさか……!)


 未来ログが脳内で再生される。


 蒸気。

 湿気。

 薄暗い。

 足音の反響。

 天井の低さ。


──全部一致していた。


(……クソ……最悪だ……

 逃げ込んだ先が……死ぬ場所……!?)


 膝から力が抜けかけた。


 影は、

 外の路地で止まったまま。

 入ってこない。


 まるで「ここで待つ必要はない」とでも言うように。


(……分かってんだ……

 ここが“俺の死ぬ場所”だって……)



 龍は壁に手をつき、

 震える息を押さえながら室内を見渡した。


(どうやって殺される……?

 後頭部……強い衝撃……

 誰がそんなこと……)


 そのとき──

 背後で ガタンッ! と何かが倒れる音がした。


「ッッ!!!」


 反射的に振り返る。


 古い鉄のパイプが床に転がっていた。

 上を見上げると、配管が緩んでいて、

 いつ落ちてもおかしくない状態。


(これか……!?

 上から……押し潰される……?

 でも……それだけじゃねぇ……)


 未来ログでは“衝撃のあと視界が回転した”。

 つまり倒されただけじゃない。


(誰かに……投げられた……?

 いや、影は入ってこねぇ……

 じゃあ何が……)


 視界がぐらつく。

 胸の痛みが増す。


 自分が立ってる位置が、

 未来ログの視界の角度と一致していく。


(……あー……終わった……

 このままじゃ本当に……)


 そのときだった。


「──龍!!」


「っ!?」


 入口の方から声が響いた。


 蓮の声。



「ここ……だろ……!?

 お前が……逃げてきたの……!」


 蓮が息を切らしながら姿を見せた。


 その瞬間、


(……やばい……巻き込みたくねぇ!!)


 龍の身体より先に、心が動いた。


「蓮──来んな!!入るなッ!!」


「なんでだよ!!

 お前こんな顔で逃げて……

 放っとけるわけねぇだろ!!」


「いいから戻れ!!ここ……危ねぇ!!」


 蓮は一歩踏み込もうとした。

 その瞬間、天井のパイプが大きく揺れた。


 龍は叫んだ。


「蓮ッ!!伏せろッッ!!」



 蓮が伏せた瞬間──

 ボイラーの圧力計が 破裂した。


 轟音。

 熱風。

 蒸気が一気に吹き出し、視界が真っ白になる。


 龍は反射的に飛び退いた。


 視界の白の向こうで、

 重い鉄パイプが床に落ち、

 その衝撃で上から古い鉄板が落ちてきた。


 “未来ログの強烈な衝撃”が現実になる寸前だった。


 だがギリギリ外れた位置に落ちる。


「……ッッ……助かった……?」


 胸の奥の痛みが、少し弱まった。


(未来が……変わった……のか……?)



 蒸気が薄れていく中、

 龍は蓮のもとへ駆け寄った。


「蓮……怪我ねぇか!!」


「……っ、なんとか……

 でも……龍……本当にどうしたんだよ……

 こんなん……ただ事じゃねぇだろ……」


「……言えねぇ……」


 蓮は歯を食いしばった。


「言えないことがあるのはいい。

 でもな──

 死にかけてんのに隠されるのは……きついよ。」


 その言葉は、

 未来のどんな痛みより刺さった。



 ボイラー室の奥。

 蒸気の白が薄れきった暗闇の中──


“揺れない影”が、

静かにこちらを見ていた。


龍と蓮のどちらにも気づかれない位置で。


次の48時間の“死”を準備しながら。



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