日常
学校の改修工事が終わり、久しぶりにチャイムが校舎に響いた。
塗り替えられた白い壁はやけに眩しい。
少しだけ現実感が足りないが、着実に日常が戻ってきている。もしくは、それが日常になってしまったのかもしれない。慣れというのは恐ろしい。
「駆動、頑張れ。あと一時間で昼飯だから」
窓際の席で、葛葉がひそひそ声で囁く。
駆動は返事をする代わりに、ゆっくりと額を机に近づけた。
葛葉の言葉は右から左に抜けていく。
昨夜、溜まりに溜まった課題を気合いで片付けた代償は大きい。
睡眠時間は三時間ほど。
文字は滲み、教師の声は遠くで反響している。
(あと一時間……)
頭がわずかに上下するたび、意識が現実と夢の境を行き来した。
「葛葉、それはなんじゃ?」
隣の席から、素朴な疑問が飛ぶ。
沖田は葛葉の手元をじっと覗き込んでいた。
「これはボールペンって言ってな。ボタンを押せばすぐ使える、学生の必需品だ。試し使ってみるか?」
ペンを手渡された沖田は、新しいおもちゃを買ってもらった子供のように自由にペンを走らせる。
「なんと!筆と墨が一緒になっておるのか!ひとつ拙者にくれぬか?」
「いいぞ。何本でも持ってけ」
数十分後。
解放を告げるように、チャイムが鳴る。
一斉に椅子が引かれ、教室にざわめきが戻った。
昼休みだ。
いつもの四人は、屋上へ向かった。
風は少し冷たいが、空は高く、雲がゆっくりと流れている。
「思っておったのと違ったな、学校というのは」
沖田がフェンス越しに校庭を眺める。
「テロリストも攻めてこなければ、歩に言い寄ってくる女子もおらん」
「沖田は一体どの漫画読んだんだ…」
「まあ、これから体育祭ですからね。進級してから一ヶ月しか経ってませんし。嵐の前の静けさ、というやつですよ」
「もう、何回か嵐来てるけどな」
駆動はそういって、卵焼きを口に運んだ。
「そういえば!」
木戸が声を弾ませ、スマホの画面を見せた。
そこには、記事が書かれており、簡潔な見出しが並んでいる。
——博物館にて霊の目撃情報
人間に紛れ込んでいる霊が発見されたが、現在無害なので、博物館側は特に対策や注意喚起はしていないという。
「そういうことで。放課後、みんなで行きませんか?」
「どうせ猿人の模型と見間違えたとかだろ」
「駆動、ナイトミュージアムじゃないんだぞ」
「博物館……拙者がゲームで集めた化石を、間近で見られるのは楽しみじゃ……」
駆動はスマホから目を逸らし、静かに弁当箱を閉じた。
「無害なら行く必要ねぇだろ。それに博物館なんて、平日に行くもんじゃねえよ」
それを聞いた三人は、口々に不満を漏らす。
「わかってないですねぇ駆動さん。無害有害の話じゃなくて、ロマンですよ。ロ・マ・ン!」
「そーだ!そーだ!」
「歩は、どんな霊なのか確かめたくはないのか!」
駆動は一瞬だけ、三人の顔を見た。
——正直、面倒なだけだ。
だが、それをそのまま言うのも億劫で、別の理由を探す。
「俺は今日、勉強があって忙しいんだよ! お前らこそ、俺に勉強教えろって家に来るなら、少しは自分でやれ!」
苦し紛れの言葉は全く通用しなかった。それどころか、三人にとっては反論材料でしかなかった。
「へっ。そうやってフットワークが重いから、結から買い物すら誘ってもらえなくなったのじゃろうが」
「お前って昔から効率厨だよな。ゲームでも必要な人間にしか話しかけねぇだろ」
「せっかくの学生生活なんですから、もっと青春しましょうよ〜」
駆動は言い返さなかった。
否定できなかったわけじゃない。
ただ、否定するのも面倒だった。
しばらく沈黙が落ちる。
屋上を吹き抜ける風の音だけが、やけに大きく聞こえた。
「……クッ。ごちゃごちゃうるせぇな。行きゃいいんだろ、行きゃあ!」
「作戦成功ですね。葛葉さんが前に言ってた、“煽ればなんとかなる”ってやつ」
「だてに十四年も一緒にいねーよ」
「それじゃあ、あとは放課後に強引に連れて行くぞ」
「「「おー……」」」




