日常の中の非日常
燦々と朝日が差し込む部屋。
駆動は勉強机に座り、教科書と睨み合っていた。朝の優雅さとは無縁の空気が彼の部屋を満たしている。
「休校だからって課題出しすぎなんだよ。終わるわけねぇだろ…」
近藤の一件で老朽化が露見し、改修工事になり、生徒たちは自宅待機を命じられた。
しかし、その休校を喜べるほど甘くはなかった。
「デトロイトスラーシュッ!」
勉強に追われる駆動の横で、コーラを片手にパラパラと漫画をめくっている男がいた。
そう、沖田である。
「お前もコーラばっか飲んでないで、少しは手伝えよ…」
「拙者、現代文学を勉強中ゆえ、手が離せぬ。それに、拙者には関わりのなき事ゆえ」
「お前なぁ…誰の金でコーラ飲んでると思ってんだ」
戦いの後、行き場がない沖田は駆動の家に居候することになった。
150年のギャップだらけで、現世の物に興味津々。漫画もその一つだ。
「はぁ〜。なんでこんな事になったかねぇ…」
「歩!歩!ここはどう言う意味じゃ?」
「ん?これはなぁ…」
駆動が説明していると、廊下からトントン、と軽い足音。
その後、ゆっくりと取っ手が回った。
家の朝の匂い──洗いたての洗剤の匂いがふわっと漂う。
「お兄ちゃん。大地くん来てるけど」
振り返ると、は駆動の妹、結が立っていた。
年は駆動の二つ下で、現在中学3年生である。
「マジで?葛葉来てんの?」
「マジ」
駆動はゆっくりと立ち上がり、軽快な足取りで一階に降りた。
リビングに着くと、葛葉が固まったようにイスに座っていた。緊張しているように見え、まるで置き物みたいだ。
「どうしたんだ?朝っぱらから」
「勉強教えてもらおうと思ってよ。お前頭いいだろ?」
「ぼちぼちだよ。…お前、体に傷ってあるか?」
「傷?どこにもないぞ。元気ピンピンだぜ!」
「…そっか」
駆動は胸が少し軽くなるのを感じた。
昨日、止めるためとはいえ、葛葉の体を切り刻んだことがずっと胸につっかえていた。
今でもずっしりとした刀の重さ、血の金属臭が頭から離れない。
「なあ、明日気晴らしに映画観に行かねぇか?せっかく学校休みだしよ」
駆動は軽い調子で言った。
まるで、昨日のことなど何もなかったかのように。
「いいな、それ!」
葛葉は笑顔で答えた。
駆動は少しだけ、肩の力が抜けるのを感じた。
「楽しみだな、映画」
駆動は笑顔を作った。
その笑顔は、少しだけ硬かった。
「……ところで、その…その人誰なんだ?」
葛葉はソファの方を指した。
そこには、コーラをがぶ飲みする沖田の姿があった。霊は普通の人間には見えないはずだが彼の目はしっかりとその姿を捉えている。
「お前、見えるのか⁉︎」
「お、おう…」
沖田はコーラを机に置き、待ってましたと言わんばかりに立ち上がって、駆動の時と同じ様に自己紹介した。
「拙者、沖田総司」
「えっと…誰?」
「何⁉︎拙者を知らんのか」
駆動が説明すると、葛葉は目を見開き驚いた。絵本や教科書でしか見たことのない人物が目の前に立っているのだから無理もない。
「昨日の記憶、まるっと抜けてら」
「取り憑かれた者は記憶がなくなる、と言うことだろうか…」
「それだと俺に記憶があるのはおかしいだろ」
「とりあえず昨日のあった事を話すか」
「…だな」
二人は昨日の出来事を全て葛葉に説明した。
葛葉はきょとんとした表情だったが、最終的には飲み込んだ。
「重要なのは〝肉体の主導権〟だと思うんだ。俺が切ったのはあくまで近藤であって、葛葉じゃない」
「だから拙者は無傷なのか」
「ワンチャン俺死んでたんだな…」
—カタンッ。
窓が開き、暖かい日光と冷たい風が流れ込む。
「その通りッ!いやぁ〜、なかなかの考察です!」
三人が一斉に振り向くと、そこには、メガネをかけた青年が立っており、いそいそと中に入ってきた。
「誰だお前!」
「僕、木戸遊馬といいます!
歴史と霊的存在に強い興味がありまして。いやいやしかし!昨晩の戦い、実に見事でした!」
「見てたのか⁉︎てか、お前も見えるのか?」
「昔から霊感が強くてですね。はっきりと見えるんですよ。それにしても、駆動さんの刀捌き。僕、感動しました!」
興奮する木戸とは対照的に、沖田はコーラを静かに机に置き、眉をひそめ、小さく呟いた。
「感動ねぇ…」
葛葉が木戸に尋ねる。
「なあ、お前詳しいんだろ?なんか霊についてわかるか?」
「もちろんですとも!!」
木戸は声を張り上げ、早口でまくしたてた。
「あなた方が遭遇した霊は、未練を抱えた魂ィ!
彼らは〝満足”、つまり成仏しなければあの世へ帰れません!昨日の近藤勇は現世に来たことで肉体と力を失っており、それを補うために、葛葉さんに取り憑いたのです!」
一瞬の沈黙の後、木戸が勢いを戻した。
「そして!最近、西地区に霊が出るとの噂が!」
(あるあるの展開来た〜……!)
駆動が頭をかく。
「映画見た後ついでに行ってみるか?」
「僕も同行します!」
「お前はまず窓から入るのやめろ!!」
賑やかな空気の中。
沖田だけが何かを感じ取っていた。
(血の匂いが……少しずつ強くなっている)




